第15話 お察しします
──半日程前、ナジー街駐屯所。
椅子に座りながら机に肘をつき、頭を抱えている男が居た。
「はい、隊長。お水と薬です」
「……お、わりぃ」
二日酔いのガーゼルだった。
マリーはこれ見よがしにうんざりとした態度を取る。
「あれ程言っているではありませんか。深酒をなさらないようにと。リアナさんとロウアンさんのお見送りもろくにしないで、上に立つ者としての自覚をお持ちになった方が宜しいかと思いますよ」
「わぁった。悪かったって……あんま大きい声出さないでくれ」
普段場違いな声量を披露しているガーゼルは見る影もない。
マリーは大きなため息を吐く。
二日酔いの時はいつもの光景である。
「今、シグナ地方で不穏な動きも報告が入っているのですから、気を引き締めてください。もし何かあれば──」
「ん、わりぃ。だが、そう悲観的になる事ねぇよ。今シャルベリアの騎士団に調査要請してるとこだ」
そう言って、椅子の背もたれに体重を任せ、仰け反りながら天井を見て唸る。
そんな醜態を見せられて、マリーは安心するはずもない。
「せめて二日酔いにはならないように飲酒を制御してください」
「善処しよう」
マリーは頭を抱えながら、短く息を吐いた。
──三度扉を叩く音がする。
自然と二人の視線は扉へ移る。
「失礼しますよ」
聞き馴染みのある声。
「団長か。入ってくれ」
スルガが扉を開けて入ってくる。
ガーゼル、マリーと順に視線をやって全てを察したように笑う。
「二日酔いですか。隊長は相変わらずですね。マリーさんも大変でしょう」
「お分かりいただけますか」
「勿論」
ガーゼルは不服そうに身を起こして、机を軽く叩く。
「おいおい、団長まで何言ってんだ」
「マリーさんに苦労ばかり掛けないでくださいよ」
腰に手を当て、子供を諭すように言う。
マリーは何度も頷く。
さすがのガーゼルも団長相手に善処では済ませられず、息を吐きながら頭を掻く。
「ったく、説教かます為に来たのか?」
「隊長が要請していた調査の任務で来ました。それでせっかくシグナ地方へ出向いたんで、隊長にご挨拶をと」
「そいつは律儀なこった。それで首尾は?」
先程までのだらしなさから一変し、覗き込むようにスルガの報告を待つ。
「噂の魔力を持ったモンスターが居ました。それも北の地方にしか生息しないはずのゾルドファングが」
「迷い込むにしても不自然ですね」
マリーは顎に指を当てて考え込む。
スルガが同調するように頷く。
「分析班の結果待ちですが、あれは突然変異というよりかは──」
「何者かが意図的にって訳か?」
「えぇ」
ガーゼルとマリーの表情が険しくなる。
誰が何の目的でそのようなモンスターを作り上げ、シグナ地方へ放ったのか。
「このシグナ地方を狙っての事でしょうか?」
マリーの問いに引っ掛かるように考え黙る。
「それとも帝国シャルベリアを狙っている」
二人と同じように考え込みながら呟く。
しかし、マリーにはその目的は見当もつかなかった。
なので、マリーは自分が取れる行動を取る。
「ではこちらの方からも調査を致しましょう」
「いや、今はいい」
マリーの案が却下されて、勢いよくガーゼルを見る。
「何故ですか?」
「こりゃ、シグナ地方や国を狙っちゃいねぇ。恐らくは個人的なもんだろ」
「何を根拠に」
自然と苛立ちと不安が声に出てしまう。
マリーやガーゼル、この駐屯所にいる隊員の多くは元々がシグナ地方出身。
自身の故郷で不穏な動きがあれば、すぐにそれを排除したいと思う気持ちは当然あり、マリーもその一人であった。
「もし国なんかを狙うなら、こんなあからさまに目立つ動きはしないでしょう。わざわざ魔力を宿したゾルドファングをシグナ地方に放つこともない。もっと綿密に、水面下だけで動いてくるでしょうね」
「オレも同感だ。モンスターをアッシュ地方から連れて来たならそっちの奴の可能性も十分にある」
もし個人でやっている事であれば、隊を動かしてまで調査する事ではない。
下手に動けば、他国へと隙を見せてしまう事となる。
その方が問題だった。
「ま、どっちにしてもだ。今の情報だけじゃあ動くには不十分だ。分析結果やら新しく情報やらが入ったら教えてくれ。こっちでもやれるこたぁやる。オレの管轄で好き勝手させたりはしねぇよ」
「それは頼もしい限りだ」
視線はスルガの方にあったが、その言葉の真意はマリーへの気遣いにあった。
何かあればここは守る。
誰であろうと好き勝手にはさせない。
その言葉でマリーの強張っていた表情が少しだけ緩んだ。
「しっかし、まさか帝国の英雄であるスルガ団長が今回の件で出向いてくるとはな。てっきりクラトス団長辺りを寄越してくると思ったが」
「たまたま暇だったのが私だけだったんですよ」
「嘘つけ」
騎士団の団長は基本的には国の防衛の為、あちこちと任務で長期間離れる事は少ない。
ただ、例外はあった。
他国、他種族との交流に長けているのがスルガであり、他の騎士団長より、そういった遠征の任務を任される事が多い。
「そう言えば御息女のリアナさんも今朝までこちらに来られてましたよ」
『リアナ』という言葉に、反射的に背筋が伸びる。
「リアナがですか? 一体何しに?」
まさか自分の命を狙ってわざわざシグナ地方まで赴いてきたのかと想像してしまう。
リアナならあり得なくはないだろう。
「いつもの物資護送の任務です。初任務のようでしたよ」
任務と聞いて胸をなで下ろした。
「しかし、リアナもこっちの方へ任務に来ていたとは──」
そこまで発すると一人の男の顔が浮かんできた。
ディオンだ。
恐らくはスルガがシグナ地方へ任務に来ている事を分かった上で、ガーゼル隊の駐屯所までの物資護送の任務をリアナに振ったのであろう。
「あいつ、いつか殺す……」
虚空を睨みつけながら、静かに呟く。
そんなスルガの姿を見て、ガーゼルの口元が吊り上がった。
「そういやリアナは団長に勝ちてぇって頻りに言ってたな」
スルガの顔から血の気が引いていく。
リアナが勝つという事。
それは即ち自分の死を意味していた。
「どうした? 顔色わりぃぞ」
「先程までの御自分にも言ってやってください」
いつもの調子に戻ってきたガーゼルに釘を刺す。
ガーゼルは豪快に笑った。
スルガは心配そうにガーゼルに尋ねる。
「リアナは失礼な事はしませんでしたか?」
「リアナさんは真面目で良い子でしたよ」
マリーの言葉に少し安心した。
そもそもスルガ以外を相手にしている時は至って普通の女性である。
いつになればリアナと普通に接する事が出来るのかと遠い目になる。
「だが、ありゃさすがは団長の娘だな。あの歳であの強さは異常だぜ」
「でしょ! リアナは才能溢れた凄い子なんですよ! 入団してきてからも日に日に強くなってきていて、もうすぐにでも騎士団長になってしまいそうなくらいには強いんです!」
「お、おう。そうだな」
(親馬鹿だな)
ガーゼルとマリーは冷ややかにスルガを見つめる。
「これは団長も大変だと思ってたが──」
「リアナさんも苦労されているんでしょうね」
二人は何かを察したように顔を見合わせ、小さく頷いた。
そんな二人を余所にスルガの娘語りは熱を帯びていった。
「この前なんかは子供が怪我をして泣いている所を見て、助けてやってたりして、そりゃあもう妻に似たのか優しくって──」
「お、おう。優しい嬢ちゃんだな」
「とても素敵な娘さんだと思いますよ」
ガーゼルとマリーは苦笑いを浮かべた。
スルガの娘自慢はまだまだ続きそうであった。
そして後にこの他愛のない時間がリアナ達の救援が遅れてしまった原因となる事を、この時のスルガは知る由もなかった。




