第14話 絶望の果てに
「リアナ君。馬車と共に先に行ってくれ。僕がここで時間稼ぎをする」
もう言葉に覇気はなく、何の感情も読み取れなかった。
「それではロウアンさんが──」
ロウアンは手を挙げて制止する。
表情はない。
「言い合っている時間はないよ。僕も隙を見て何とか逃げる。あんな奴らに勝てるはずないからね」
方便である。
ロウアン自身ガリュバスの群れから逃げ切れるとは思っていなかった。
ただリアナが納得して、先に行ってくれさえすればそれで良かった。
リアナはロウアンの目を見て、小さく息を吐いた。
「御者さん。立てますか?」
リアナが大声で離れた御者へと問い掛けた。
御者は大きく頷いた。
「では、馬車で先へ行っていてください。近くにはモンスターもいないと思いますので、何処かで身を潜めていてください。必ず迎えに行きます」
「リアナ君!!」
ここへと残る発言をするリアナに戸惑い焦る。
「ふふ、まだ焦る事が出来るんですね」
先程までの無感情に諦めていた自分に気付かされる。
「勝てないなら──どうにか二人の力を合わせて逃げ切りましょう」
馬車を守り、全てを討伐する事から、どうにか生き延びる事へと目標を変更した。
「私一人ではここから逃げ切る事も出来ません。でも、ロウアンさんの経験と知識があれば、二人でなら……」
ロウアンは歯を食いしばって頭を大きく振った。
幾ら騎士団長の娘とはいえ、入団してきたばかりの新米騎士にこの絶望的で諦めていた状況から、奮い立たされたのだ。
(何をやってるロウアン・アグラス。まだ死んでないんだ、勝手に希望を捨てるな)
「あぁ、団長に『死ぬな』って言われているからね。どうにか逃げ切ってみようか。」
「はい!」
絶望的な状況には変わりなかった。
素早いガリュバスの群れから逃げ切るのは、今の二人には不可能に近い。
『せっかく騎士へとなったんだ。死ぬな』
スルガの言葉が二人を支える。
「ここら一帯は残念ながら見晴らし良い荒野だ。でも少し戻れば岩が沢山ある所があった。その岩陰を使いながら、ガリュバスの群れを何とか撒こう」
一頭を倒されて、様子を窺っていたガリュバスの群れは後続の三頭と合流し、咆哮を上げながらこちらへと走ってきた。
リアナ達は距離を詰められる訳にはいかず、背中を向けて全力で走った。
「ロウアンさん」
「なんだ?」
「岩場までの間はどうやって?」
苦し紛れの笑顔を浮かべた。
「気合いと根性……かな」
リアナもくすりと笑う。
「承知致しました」
決して余裕はなかった。
実際戦って強さを知っているだけに恐怖心もある。
それでもなお、二人は笑った。
瞬発的な速度ならリアナ達も負けて居ないだろうが、長距離を走るとなれば、確実に距離は縮まっていく。
「限界か……一旦攻撃を凌いで、隙を見てまた逃げるぞ」
背後を襲われる前に二人は振り返って迎撃の体勢を取る。
こちらの軽い攻撃で怯む事すらしないのは理解している。
なので、確実に避けて危険を冒すような間合いには入らない事を意識する。
「くっ……」
上から牙が。
左右から爪が。
斜めから尻尾が。
六頭のガリュバスの攻撃は、逃げる隙すら与えてはくれない。
それどころか一瞬でも油断すれば、猛攻の餌食となり命は無くなるだろう。
「うぉぉぉりぁぁぁぁ!」
痺れを切らしロウアンは闘気を全開にした。
その剣閃はガリュバスの猛攻に劣らない。
四頭ものガリュバスを叩き崩し、一瞬の隙を作る。
「今だ逃げるぞ!」
息も絶え絶えに、顔を歪ませながらもリアナに指示をする。
短く頷くと、迷わず踵を返した。
一瞬の迷いや戸惑いが、命取りになる。
ロウアンの身体が心配ではあったが、指示に従って走った。
ガリュバス達は立て直し、すぐに追い掛ってきた。
それ程まで距離は稼げていない。
これを何度も続けていく事が出来る程二人の体力は無尽蔵ではなかった。
(もう追い付いてきたのか)
ガリュバスの地響きを起こすような足音が焦りを生む。
瞬間。
「しまっ──」
闘気を使い過ぎて無理が祟った。
ロウアンの足が縺れて、体勢を崩す。
この隙をガリュバスは待ってはくれない。
あの猛攻がロウアンの頭を過る。
リアナは咄嗟に振り返り、闘気を振り絞るように放った。
「リアナ君! 駄目だっ!」
決して考えての行動ではない。
最善ではないのかも知れない。
ロウアンはその選択肢を望んでいない。
それでも。
身体が動いた。
心が叫んだ。
ロウアンを見捨てるな、と。
「はぁぁっ!」
溢れる闘気と共に短く叫ぶ。
リアナは覚悟を決めて迫りくるガリュバスの群れへと踏み込む──。
その瞬間。
一陣の風がリアナを横切る。
轟音と共に一頭のガリュバスが吹き飛ぶ。
巻き込まれる形でもう二頭も地面へと転げ倒れる。
他の三頭は突然の衝撃に狼狽するように後退りする。
「二人共、よく持ち堪えてくれた。後は私が引き受けよう」
その聞き覚えのある声は。
見慣れた頼れる背中は。
一瞬で二人の張り詰めた気を緩めさせた。
リアナは安堵し、思わず膝を付きそうになった。
先程までの恐怖心も自然と消えていく。
「──お父様」
「リアナ君。団長と呼びたまえ」
そこにはスルガ騎士団長が佇んでいた。
ガリュバスを前にして尚、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
後退りした三頭のガリュバスは奮い立たせるように咆哮を上げて、襲い掛かってくる。
ガリュバスの爪がスルガへと届きそうになった瞬間、スルガの闘気が他とは比較にならない程に膨れ上がる。
仲間であるリアナやロウアンですら、思わず身震いする程に。
次の瞬間には、襲い掛かったガリュバスの爪は、腕ごと宙に舞っていた。
その太刀筋は二人には捉える事が出来ない。
ガリュバスが悲鳴を上げた。
だが、その悲鳴も最後まで叫ぶ事は出来なかった。
既に三頭のガリュバスの首が斬り落とされていた。
残りのガリュバス達は戦意を完全に削がれており、先程までの凶暴さは鳴りを潜めて、遁走した。
あれ程までに二人が必死になってどうにもならなかったガリュバスをいとも容易く撃退した。
スルガは大きく息を吐いた。
「さすがにガリュバス相手は疲れるな。二人共よくあの数を相手にしていたな」
その言葉に嘘はなかった。
余力を十分に残してガリュバスを撃退したように見えるが、それは本気を出してこその余裕だった。
出し惜しみはしていない。
「スルガ騎士団長……もうしわ──」
「ロウアン君」
ロウアンの謝罪を遮った。
ロウアンは今回の件、自身の判断ミスにあると思っていた。
もしモンスターが少ない状況に気付いた時点で、『なるべく早く帰る』ではなく、『一旦引き返す』選択をしていたら。
またガリュバスに出会った瞬間に戦う事より、最初から逃げる事を念頭に置いていれば、スルガの助けがなかったとしても命を落とす事はなかったかも知れない。
「よく戻る事を判断してくれたね。お陰で間に合った。私もモンスターの様子がおかしかったから、気に掛かって急いでたんだよ」
「ですが、団長。僕はもっと早く正しい判断を取っていれば──」
どれだけ励まされても、後輩であるリアナまで命の危険に晒してしまった事の後悔の念は消えなかった。
スルガは優しく笑む。
「でもこうして生きている」
「それは……運が良く」
「そうかい? ガリュバスの群れに遭遇している時点で運が良いとはとても思えない」
戯けるように手を広げる。
だけど、確かにスルガの言う通り運が良ければ、あの事態に遭遇する事はなかった。
「生き残れたのは、間違いなく二人の判断力と力、そして諦めない心が成し遂げたものだ。私はそれを誇りに思っている」
「勿体ない……お言葉です」
ロウアンは張り詰めていた線が切れたように、涙が溢れた。
そんなロウアンの肩を優しく叩く。
「君はこれからの時代を担う騎士だ。期待しているよ」
「はい!」
スルガはその返事を受けて、満足気に視線を移した。
そしてリアナと目が合う。
何故か視線は鋭かった。
「それでなんで睨まれているんでしょうか?」
頼もしかったスルガは一転、急に動揺し始める。
「知りません」
不機嫌そうにリアナは答える。
まだまだ自分に対しては本気を隠している事に怒っているのか。
はたまた、自分自身をもっと褒めて欲しくて怒っているのか、理由は分からない。
「今日はもう疲れてますので、見逃してあげます」
そう言いながら、そっぽを向く。
「まだ狙っておられたのですね」
遠慮がちに聞くスルガの姿はどんどんと小さなものへとなっていった。
「当然です」
「当然なんですね」
スルガは一人肩を落としながら、大きなため息を吐いた。
そしてスルガは数時間前の自身を密かに後悔していた。




