第13話 竜(ディノス)─地を統べる脅威─
耳を劈く甲高い咆哮。
緑色の鱗に覆われた皮膚。
鋭く巨大な爪を携え、二本の足で立つその姿はお伽噺のように語られるディノスの姿そのもの。
百メートル以上も離れた所に居るにも関わらず、その存在感は馬が怯え落ち着きなく暴れだす程だ。
遠くからでも、少なく見積もって四メートルはある。
鋭く凶悪な眼に馬を丸ごと噛み砕いてしまいそうな顎と牙。
「ティアディノスだ。しかも──」
一頭ではない。
そこには四頭ものティアディノスが居た。
ガリュバス──ティアディノスの中でも小柄だが群れを好む。
運が悪かった。
一頭ならば、力を合わせれば何とか退ける事も出来た。
だが、こちらよりも数が多い。
自然と一人で数頭を相手にしないといけない。
御者は悲鳴を上げて馬から落ちて、腰を抜かす。
ロウアンがリアナの顔を見る。
リアナの視線は既にガリュバスを捉えていた。
その物怖じしない視線に安心したように一瞬笑みを浮かべ、すぐに引き締める。
「君は一頭頼む。残り三頭は僕が引き受けよう」
「しかし──」
ガリュバスがこちらへ駆けてくる。
遠くからでも地を蹴る度に地響きを感じた。
「これでも場数は君より数段上だよ。それに昨日の夜のダメージもまだ残っているだろう。まぁ、何とか乗り切ろうじゃないか」
ガリュバスから目を離す事はなかった。
馬車と馬を守る為、ロウアンもガリュバスへと迎撃に向かい、リアナもそれに続く。
リアナは剣を構える手が震えるのを感じて、より力強く握る。
ガリュバスは無造作に駆け回りながら獲物であるリアナ達を囲む。
一直線に襲ってくる訳ではないので、動きが読みにくい。
一頭が鳴き声を上げると一斉に掛かってくる。
その爪は大地を抉り、その強靭な尻尾を振るえば岩をも砕く。
(一撃でも当たれば致命傷になる……)
ティアディノスの力を目の当たりにして、ようやくロウアンが恐れていた理由を本当の意味で理解した。
「見て分かると思うが、受けるな。全部躱せ。そして俺に構わず一頭に集中しろ!」
ロウアンの口調が荒くなる。
人を気遣っている余裕はない。
ロウアンは素早くガリュバスの懐へと入り込み、一撃を入れる。
だが、硬い鱗に覆われたその身体から出血する事はなく、体重の差もある為微動だにしない。
(やはり速いだけの剣じゃあ通用しないか)
速さを意識して斬り掛かってもダメージは通らず、重い一撃に集中すればガリュバスの格好の的となってしまう。
どう攻略するか考える間もなく、ガリュバス達の猛攻は止まらない。
(もってくれよ)
ロウアンから放たれる闘気の量が急激に上がった。
基本的には闘気の量はある程度に抑えて戦うのが定石である。
闘気量を上げれば勿論強くなるが、疲労が一気に溜まり、長期戦、連戦が出来ない。
常時危険から守る事を旨とする騎士は、こういった護送任務中にその様な戦い方はしない。
だが、それも死んでしまっては無駄な気遣いとなってしまうだけ。
今この瞬間を全力で乗り切る。
「うらぁぁぁぁぁっ!」
先程までとは比較にならない速さでガリュバスの猛攻を躱し、再び懐へと入る。
腹の皮膚の弱そうな部分を狙い定めて斬りつける。
ガリュバスから血が出る。
咆哮が木霊する。
直ぐ様に別のガリュバスの爪がロウアンを襲う。
爪を受けないように上手くガードするも数メートル後ろに飛ばされる。
ロウアン自身も受ける直前に後ろへと飛び衝撃を逃がしていた。
短い攻防の中で既にロウアンの息は乱れている。
しかし、ガリュバスは血を流しながら怒りを募らせているだけだった。
倒れる気配すらない。
──リアナの方もガリュバスの攻撃を躱しながら、何度も剣を入れるも一向に傷を与える事が出来ていなかった。
ロウアンは三頭を相手に一撃の有効打を入れているにも関わらず、自分は一頭を相手に苦戦を強いられている。
早くこのガリュバスを倒してロウアンの援護へといきたかった。
その焦りが剣を曇らせてる。
実戦での経験が無さすぎる。
(どうすればロウアンさんを……)
焦りから生じた油断。
ガリュバスの尻尾が襲い来る。
咄嗟に無理な体勢で何とか避けるも、頬を掠める。
無理な体勢で躱した事により、昨晩のガーゼルから受けた横腹が痛む。
そして痛みでガーゼルの顔が浮かぶ。
『人の心配してる場合じゃねぇだろ。今はてめぇのやるべき事に集中しろ』
そんな喝が脳裏を過った。
余計な事を考えている場合じゃない。
(昨日の戦い方を思い出せ)
そしてガーゼル、父との戦いを思い起こす。
「参ります」
リアナが纏う闘気の量が一段と増した。
ガリュバスの爪を躱し、牙を掻い潜り、背後を捉えた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
尻尾へと剣を振り下ろす。
「ギャャャャォォォオオオ」
尻尾は切断されて、ガリュバスは痛みで地を転げる。
勝機が見えた。
リアナは間を開けずにガリュバスの首を狙う。
──が、怒り狂ったガリュバスは倒れた状態の身体を波打ちながら、リアナへと突進した。
リアナは後ろへと飛ばされるも、勝機を逃すまいとすぐさま立ち上がる。
「まずは一頭だっ! 援護する!」
ロウアンもこの絶好の機会と、リアナの想像以上に希望を見出した。
これなら、三頭になれば二人でなら勝てるはず。
ロウアンは上手く三頭の攻撃を誘導して隙を作り、リアナの元へと向かった。
「はいっ!」
尻尾を斬られたガリュバスは怒り狂ってはいるが、尻尾を斬られた事によりバランスが上手く取れなくなり、動きが鈍くなっていた。
ロウアンが囮となり爪を払い、動きを止めさせた。
リアナはその隙を逃さずに首へと剣を突き刺した。
悲鳴のような鳴き声を上げながら、ガリュバスは暴れるように倒れていく。
勢いでリアナは飛ばされるも、上手く着地する。
首を貫かれたガリュバスは動いてはいるが、立ち上がる力はもう無さそうだった。
「よしっ! 残り三頭なら何とか──」
「グギァァァァァァッ」
後ろを振り返るとロウアンが相手にしていたガリュバス三頭。
そしてその後ろにはもう三頭のガリュバスがこちらを赤く鋭い眼で見ていた。
リアナも一頭を相手に疲弊していた。
それでも残り三頭ならば戦える。
そう自らを奮い立たせていた。
だがその心が音を立てて折られた。
ロウアンの瞳からは光が消えた。
悪い事は容赦なく続いていく。




