20-④ 束の間の休息
深い森の中に足を踏み入れている。
高く太い樹木が林冠を形成し、光が届かず、薄暗くて薄気味悪い。
手首に巻きついた糸を辿って進み、終着点が近づいてきているのか、アンカにしか知覚出来なかった糸は、他のメンバーも目視で確認できるくらいには細い糸になっていた。
アンカ、イーネ、ベリー、マリ、ニコ。たった5人。
少なくとも、マリは、もっと攻撃に特化した核師を入れるべきだと思っていた。
(ユウトさんとか……。能力的にあれなら、ポッツォさんとかさ…………。)マリ
マリが、他のメンバーに聞くように言う。
「…………なんか……。作戦とかって……。あるんですか?」
それに答えたのはベリーだった。
「さっさとアンカが、フリーで動ければいいんじゃない?」
「…………つまり……ノープラン?」マリ
「違うわよ。事実よ。」ベリー
「………………ふーん……。」マリ
[カリカリカリカリ]
少し遠くの方で、微かに聞こえた不気味な音に、アンカ以外の全員の歩みが止まった。
何故かアンカだけは歩き続けて、他のメンバーの様子に不思議そうに振り返る。
「どした?」アンカ
「どしたって!……ジャンクの音しましたよ?!」マリ
「………………。」アンカ
アンカが目を丸くして言う。
「……ずっといるけど…………。襲ってこないんですよね。確かに。だいぶ距離は縮まってきましたけど。」アンカ
「……知ってたんですか?」マリ
「まぁ……。とっくに囲まれてますよ。凄い数いる。でも。先に進ませてくれるうちに進んだらいいんじゃないですか?…………目的地に近づいたら嫌でも襲ってくるんでしょ。」アンカ
アンカの発言に、イーネが嫌そうな顔をして言う。
「……言えよ!!それ!!」イーネ
「…………知らないって。……知らなかったから……。ごめん。」アンカ
「……………………テメェのそーゆー……!煽るつもりのねぇ発言が一番腹立つんだよ…………!!」イーネ
(…………1人だけレベルが違う…………か……。)マリ
[カリカリカリカリ]
また少し近くでジャンクが発する音がする。
イーネが言う。
「ニコもマリも力使うなよ。温存しとけ。そこにアホ面クソ兄貴いんだからな。俺の近くいとけ。最悪、アンカに押し付けて距離とんぞ。」
「……いや。それでいいけど。……後でクソ兄貴って言った分お前に返すからな?」アンカ
それに対して、イーネはアンカに舌を出して中指を立てている。
(…………きょうだい喧嘩してるし。)マリ
[カリカリカリカリ]
少し離れた木の影にジャンクの姿が複数体見える。
どれも中型の虫のような形。
地を張っているジャンクもいれば、飛んでいるジャンクもいる。
[カリカリカリカリ][ブーンブーン][ヂヂヂヂヂヂヂ]
不快感を感じる音が周囲から大量に聞こえ、それは徐々に近づいているようだった。
(音だけで……!凄い数いる……!)マリ
アンカが言う。
「変に力使ったら森が燃えるからなぁ……。」
そう呟いた後、アンカが手の平を胸の前で向かい合わせると、その間に炎が灯る。それは少しずつ大きく成りながら形を形成し、アンカが片手を炎の中に入れたかと思うと、引き抜く動作と共に炎は剣のような形に変わる。
炎が消え、剣の姿が露わになると、それは剣とは言い難い形を成していた。
完全に三日月の形をしたそれは、中心に持ち手があり、半円状の刃は仄かに赤みがかっている。
「…………破邪の月 ハレヤ。」アンカ
三日月型の刃が空をきると、通った筋がジリジリと燃えているようだった。
アンカが三日月型の刃を片手に踏み込む。
と同時に、周囲から大量のジャンクも襲ってくる。
フッ ドサッ
それは殆ど音もなく。いとも簡単に。
既に、最初の虫型のジャンクが分断されて横たわっている。その断面は、焼けただれたかのように煙を出していた。
そして次に。次に。次に。
バタバタとジャンクが機能を停止していく。
マリが言う。
「………………アンカさんって……。戦ったことない……って言ってなかった…………?」
それに誰も答えない。マリが続ける。
「…………………………どーみても……………………。戦闘に特化した能力…………と技…………でしょ…………。」
それに少し間をおいて、イーネが答えた。
「…………あのなぁ。マリ。」
「……なに……。」マリ
「あいつの言うこと、8割は信じるな。あいつの目算ほどガバいもんはねぇよ。」イーネ
「……………………………………そうみたいね……。」マリ
ダァンッ
ジャンクの山の上に、汚れてもいないアンカの姿。
アンカはまだ森の先を見つめていた。
[ヂヂヂヂヂヂヂ][ブーンブーン][カリカリカリカリ]
次のジャンクの群れが押し寄せる。
(……核師の遺体が使われているジャンク亜種……。か……。でも、多分、一度上手く適合したジャンク亜種をクローンのように量産したような感じだな。巨大化や怪力。どれも単純な力をベースに昆虫類に組み込んだ。……そんな都合よく、同じ能力者も何人もいないだろうから、1人の核師の遺体から複数体のジャンク亜種を作成して、さらにクローンで量産……。生物とは呼べない……かな……。)
アンカは三日月の刃、ハレヤを構える。
(…………こんなのでも、一般人には脅威だし、数が多けりゃ核師も困る。…………いい使い捨ての駒として作られたのか。)
ジャンクが次々と機能を停止していく。
(……ジャンク品……。だとしても。……冥福を祈るよ。)
[ヂヂヂヂ……] ドサッ
大量のジャンクの山々が森の中に出来ていた。
ガァァァアアアアアアアッ
森の中からけたたましい咆哮がする。
(……で。あれがジャンクね。……マシロって人が作った。)アンカ
アンカの後ろの方では、マリやニコの焦る声が聞こえる。それに対してイーネが何か言葉を返しているようだった。
(……また変なこと言ってるなイーネのやつ。……"俺"には突っかかってくるからな。あいつ。)アンカ
ガァァァアアアアアアアッ
森の奥からジャンクがゆっくりと姿を表す。
マンモスと言うには短い鼻。皮膚というよりは甲羅に近い肌。鹿というには複雑な角。動物というには、巨大で禍々しい姿。それは紛れもないジャンク。
(これがジャンク……。)
アンカはハレヤを構える。
ジャンクは瞳孔を光らせて、肌の表面が淡く発光していた。
(…………"あいつ"に近い力を持ったマシロさん…………ねぇ…………。)
アンカの構えるハレヤが赤い光を放つ。
「…………………………だとしたら。あまりにも……ジャンク品だな。」
ガァァァアアアアアアアッ
「月炎。」
チリッ
火の粉が舞うような音が聞こえた。
ボッ
高く高く。綺麗な円柱状の火柱が上がる。
ジャンクを燃やし尽くし、森のごく一部だけが焼けて、少しずつ柱は細くなって消えていく。
これまで、ジャンクの討伐に、多くの核師が命をおとし、多くの核師が時間と労力を割いてジャンクの討伐を担ってきた。
最低でもそれは半世紀。
血清の確立。血清への適合。ジャンクとの対峙。
ジャンクによって大切な人を失った者も、数多くいる。
そんな事実が馬鹿らしくなるほどに。
何とも呆気なく。
「…………………イーネ言ってたね。…」マリ
「あ?」イーネ
「………………物語は終わったって。」マリ
「……あー。いったなぁ。」イーネ
「…………………………本当だね。……だって……。」マリ
火柱が完全に消えて、アンカが持っていたハレヤも、煙のように消えていく。
灰も残らなかったジャンクと、ジャンク亜種の山だけが残る。
「……………すっっごい強い人が。全部1人で解決しちゃうんだから。」マリ
「…………。」
「もう誰も必要ない。……これから、派手な物語を望む方が辻褄が合わない。………周りの苦労なんてのは。……その人を、より魅力的する為だけの……。かませ犬……ね。」マリ
「だから、このメンバーでいいんだよ。勇者様とその他の4人だ。」イーネ
「…………。」
アンカは、イーネやマリ達のいる方を振り返って言う。
「先。進もうか。」




