18-③ 主人公
夜遅く。
タイヨウは1人、真っ暗な理事長室の椅子に深く腰掛けていた。
後ろの窓を全開にしていて、気持ちのいい夜風が部屋の中を通っていく。
タイヨウは、どこでもない一点をぼーっと眺めていた。
(……………………。俺は………………。どうしたいんや……。)
カタンッ
「こんばんは。」
背後から聞こえた声に、タイヨウは驚いて振り向く。
高層にある理事長室にも関わらず、外から来たであろう人物が窓枠にしゃがんでいた。
彼は窓枠から足を下ろして、窓枠に腰掛けるように体制を変える。
「………………緋色の髪…………。緋色の瞳……。」
タイヨウが呟くように言うと彼は優しい笑顔をタイヨウに向けた。
彼が言う。
「アンカって言います。貴方がタイヨウさん?」
「……………………あぁ。」
「ちょっと。お話し、しませんか。」
タイヨウだけが緊張していた。
アンカは優しい表情で話しだす。
「俺の弟と妹が世話になってます。」
「…………イーネと…………ベリーやな……。」
「はい。で、弟に聞いたんですけど、"--"に会いたいんですよね?」
ガタッ
タイヨウは久しぶりに聞いたその名前に、より一層顔を強張らせ、体を硬くした拍子にどこかにぶつけて音がする。
アンカが続ける。
「会えないと思いますけどね。でも俺らは巻き込まれてしまった。いや、俺の弟が知らずに首を突っ込んだのか。」
「…………。」
「昔、"あいつ"が残したメモに俺達の事が書いてあった。それをテンジョウ ユキハルだけが解読し、周囲に漏らした。それは随分前の事なんですかね?」
「…………。」
「マシロは今になって、そこに書かれていた俺達を狙うことにした。貴方はとっくに忘れていたけれど、"あいつ"に会う方法を模索していた最中に、マシロさんと再開して、マシロさんの思惑に気づいた。」
「…………。」
「"あいつ"に会えるかもしれない……。貴方は敢えてイーネを遠ざけ無かった。ま。イーネもやられて黙ってるタイプじゃないですからね。」
「………………謝罪の言葉でも述べろ言うんか。」
強張った表情をするタイヨウに対して、アンカは笑顔のまま言う。
「まさか。お願いに来たんです。」
「…………お願い?」
「俺らを殺せば"あいつ"に会えると思ってますか?……少なくとも、マシロと言う人はそうなんでしょうね。…………貴方は?」
「……………………俺は…………。」
暫く沈黙の時間が流れる。
タイヨウはゆっくりと口を開いた。
「……………これは…嘘偽りない。俺のほんま思いや。」
「…………。」
「………イーネ達を殺しても、あの人には会えへん。……マシロが今になってそこに手を出したのは、藁にもすがるような思い……。死ぬ前の、最後の足掻きみたいなもんや。…………結局会えへん。ってのがオチねん。」
アンカは黙ってタイヨウの言葉を聞いている。
タイヨウが続ける。
「そんな博打みたいなもんに、俺の大事な社員殺されへん……!その戦いで傷付く奴らを黙って見過ごせへん……!…………でも……。もぉマシロは動きだした…………。あいつは俺らを……。君らきょうだいを潰しにくる……………………。その周りの人間なんて、もっとどうでもええんや………………。俺は………………。」
タイヨウが俯く。
両手の拳を強く握っていた。
(俺は何をしてんのや!!!………………力を求めて!!……あの人を求めて……!!自分の為に犠牲をだすばかりで………………!何も………………!!)
少ししてから、アンカが口を開いた。
「それが聞けて良かったです。」
「…………………………は?………………良かった?」
タイヨウが顔を上げて、アンカの顔を見る。
アンカの表情は変わらない。
アンカが言う。
「俺を核師にしてくれますか?それが都合いいんで。」
「……………………なに言っとんのや?…………殺されそうになってんやで?君ら。………………核師やて?」
それに対して、アンカは当たり前のように答える。
「誰も死なせませんよ。俺の家族も。貴方の社員も。それでいて、マシロさんを止めればいいんでしょ?」
「………………。」
「その最中でもし、"あいつ"が出てくれば万々歳ですね。貴方は。……まぁ、そこは期待しないで下さい。」
タイヨウは呆気に取られていた。
アンカが笑顔で言う。
「じゃあちょっと、都合して欲しい事あるんで、メモしてもらっていいですか?」
――――――――――
タイヨウバイオカンパニーに巨大な肉の塊のようなジャンクが襲来してから。
1ヶ月が経った。
マリはその1ヶ月を頭の中で振り返る。
(あの日、巨大なジャンクを倒した後、アンカさんだけ居なくなっちゃって、文字通りの丸投げ………………。タイヨウさんとポッツォさんに、あれは誰だと問い詰められるのを、無理すぎる言い訳で押し切り…。
マーリアスに居た皆んなを本部に返す手続きでも、アンカ達の事を伏せたまま、無理やりのゴリ押し……。
その後は、タイヨウカンパニー関連の医療施設で全員、強制入院……。私はその日に帰れたけど……。
ほんとに、あの時が1番大変だった…………。
イーネとベリーは、この1ヶ月、まったく動く事もできず、まるで植物状態みたいだった。殆どを眠った状態で過ごしてたんじゃないかな……。最近になってやっと、少し起きていられるようになったらしい……。
アエツさんとトラヴィスさんは2週間で退院。アエツさんはジレを失ったせいで完全に核師としての活動を辞めたみたい。事務職には最近復帰。
トラヴィスさんも、能力も無いのに戦って、しかも、ラスターさんと戦闘した部分の記憶がごっそりと抜け落ちてるって聞いた。強い外傷によるもの。って言ってたかな……。それもあって、核師としての活動は完全に禁止命令……。
ニコは3週間くらいで退院。ただ、能力使用については暫く科学班による観察が行われ、要経過観察……。
ユウトさん、レン君、ナユタさんは3日ほどで退院。アルバラはユウトさんによる保護観察下で、レン君からテンジョウ家の言葉を教えて貰ってるらしいけれど……。上手くはいってないみたい……。
そのテンジョウ家、もとい、テンジョウ ユキハルについては……。何も変わらず……。付かず離れずというのか……。完全にジョーカー的な立ち位置にいる感じ……。
タイヨウさんは相変わらず。…………それで、おかしなくらに誰もタイヨウさんを問い詰めない……。きっと今ならタイヨウさんは全てを話すんだろう……。そして。死ぬ。そんな事、ある意味で許されないからだ……。
そして……。私も………………。イーネやベリー達に感じていた違和感について、誰にも話してない。…………それは、あの子達が抱えている問題な気がするから……。)
(けれど、あの巨大なジャンク襲来の日をきっかけに、各地でのジャンク亜種の出没が嘘みたいに無くなった。
…………その時は世間に騒がれたなぁ。一月立って、少しおさまった気もするけれど、ただの職業なのに、核師に対して'ファン'なんて言う人まで現れて……。まぁ、周りからの支持があるのはいいことよね……。)
マリは施設内を歩く。
(……で、今日は身体測定?…………らしい……今までそんなの受けたことないんだけど…………。場所は生体研究科-γ班……。ってラスターさん死んでどうなったんだろう?……)
そんな事を思いながら、身体測定に指定された部屋に、時間通りに向い、部屋の扉をノックした。
中から、「どうぞ。」と声が聞こえて入る。
「失礼します。」
簡素な部屋の中には、白衣を着た男性の前にパイプ椅子が一脚だけ。そこに座れということだろう。
何やら書き込んでいる白衣の男性を横目に、マリは椅子に腰掛けた。
「………………あ。」
マリが間抜けな声を出すと、白衣の男性は凄い剣幕でマリにつっかかってくる。
「マリ…………リルベラぁぁぁああああ!あの日、死亡解剖の時間が知りたいとかなんとか言っただけで何も伝えず、その後に職場が半壊!!重要能力の核師達があいついで病院送り!!何か気づいてたなら、言うことがあるだろぉぉぉおおおおおお!!!!!」
「…………生体研究科-γ班の課長になったんですね。ジーベルさん。」
薄汚れた白衣にガリガリの体格、黒髪に緑色の髪が混じった髪。頭のてっぺんだけを雑に一つに結んだ、噴水のよう髪型。右の頬から左の額まで、帯状に火傷のような大きなアザ。生物研究科-β班の課長だったオライオン・ジーベルがγ班に移動となったようだった。
ジーベルが言う。
「しかも聞けぇ!聞いてくれ!!核師は血清適合の後、体質が変わったり、精神的に不安定になりやすい!定期的な身体測定や面談が必要なのに、ラスターの奴、なんっっっっっっっっっにもやってない!!!ふざけるなぁぁぁああああ!!」
「………………大変ですね。」
「マリ・リルベラ!!君のチームが1番酷い!!酷い!!酷すぎる!!聞いたか?!!イーネ・フィズニア 19歳。かっこ。改め15歳。かっこ閉じる。って………………………あほかぁ!!その年齢の4-5年なめんなよ?!!中3と大学1年の違いだぞ?!!!」
(…………………………知らなかった…………。え?15歳??)
「しかもあの武器壊しの天才テンジョウ ユウトまで居るし!!あいつ、何食わぬ顔してやがった!!わかるか!ほんと、何食わぬ顔な?!!」
(ユウトさん、私達のチームに入ったことになったんだ……。)
「ナユタに関しては身体測定拒否!!…はぁ?!!!」
(ジーベルさんが嫌なんだろうな……。)
その後もジーベルのネチネチ文句を右から左に聞き流しながら耐えていると、ある程度言い切ったところでジーベルは少し落ち着きを取り戻してマリに向き直った。
「………………じゃ。はい。始めるから。」
(…………やっとだ……。……前もそーだけど、緩急が凄い……。)
その後、いつくかの質問に答え、血清適合によって発達した犬歯の状態などをみて貰い、暫く時間が過ぎた。
ジーベルが言う。
「はい。じゃあ終わり。」
「…………あ、ありがとうございました。」
「また1ヶ月後ね。」
「え?!1ヶ月後?!」
「…………………………なに?」
ジーベルがマリの反応に、不愉快そうに顔をしかめてジロリと睨みつけた。
マリは少し怯えながら答える。
「は………………早く…………ないですか?ペース……。」
「何か文句でもぉぉ?…………!」
「…………いや。無いです。」
「ならよし。」
ジーベルは表情を戻して、手に持っているバインダーに紙のカルテのようなものをはさんで何かを記入している。
手を動かしながら、ジーベルが言う。
「あと、マリのチーム編成、少し変わるから。あとでⅢ-A会議室に行って。あと、そのまま任務。」
(あ……。そっか……。γ班の管轄だから、チーム編成とかも、この人がしていくのか……。)
「……分かりました。」
「じゃ。行っていいよ。」
ジーベルにそう言われ、マリは部屋を後にする。
部屋の中にはジーベルだけ。
ジーベルは自分が書き込んだマリの観察結果を再確認した。
そこには。"誘暴症の疑い有り"の文字が目立っていた。




