17-④ 可愛い子には旅をさせよ
ラスターの様子が変わる。
身につけた衣服は裂けて無くなり、無理をしたその姿は、体の内側から膨れあがるようにどんどん巨大化していく。
そらはもう、ラスターというよりは、肉の塊に、かろうじてラスターの頭だけが残っているだけ、と言った方がいい。
[ゴゴゴゴゴゴゴゴッ]
獣の咆哮のような叫びに、思わずイーネとトラヴィスは両手で耳を覆った。
大きなホールの中だが、肥大化したゴミの塊で溢れ返る。
挽き肉のようなそれらは熱を持ち、靴が焼ける中、肉の塊に乗るしかない。
おそらくトラヴィスの靴は完全に焼けて無くなり、足の裏が焼かれ続けているような状態だろう。
イーネがトラヴィスに向かって叫ぶ。
「大丈夫かよ!」
「だいじょーーーーぶ!!」
(んな訳ねぇだろ……。)
――。
イーネが能力を使って、自分とトラヴィスを空中に静止させる。
トラヴィスが言う。
「俺、自由に動けねぇじゃん!」
「足無くなるぞ。お前。」
肉の塊は肥大化し続けている。
暫くすると、肥大化するスピードが少しだけ緩まり、かろうじて残っているラスターの顔がこちらを向いた。
「ここここ殺s……t。」
[グチュチュ]
肉の紐のような物が数本伸びた。
そらはクルクルと回りながら速度を上げ、激しさを増し、ホールの壁をも削っていく。
――。
イーネは能力を使って数回は回避した。
しかし、逃げ場の無いホールの中。
肉の竜巻のような、全てを飲み込む攻撃は、回避不可能だった。
「あは。あは。あは。あはははは。あははははははっ!」
ラスターの声だろう。
それは、ラスターの声でもなくなっていたが。
ホールの中に笑い声がこだました。
――――――――
イーネはほんの数秒、気絶していたようだった。
肉の塊の上でうつ伏せで倒れていて、頬や手の平が焼ける痛みで目を覚ます。
(どうなって……。)
イーネが上半身体を起こすと、背中から重たい何かが横にズレる感覚がする。
「………………は?」
イーネが自分の背中に目をやる。
そこには、かろうじて人の形は保っているが、火傷と、切り刻まれたような傷によってボロボロになったトラヴィスが、力なくイーネの背中におぶさるような形になっていた。
「ト……トラヴィス…………。トラヴィス!!!!」
返事はない。生気もない。
(……っ!!!息…………!息してんのか?!…………死んで………………。いや、少しだけ…………。息…………あるか?!…………俺を庇った?!そんなこと出来るレベルの話しじゃ……。なにやって…………!)
「あは、あはははは!あはahahahaha!!」
イーネが、状況の把握もままならない間に、もう既にラスターの声では無い、何かの笑い声が耳に入る。
僅かに残ったラスターの顔がイーネとトラヴィスの方に向いた。
「…………………………っ…………。」
イーネは動くことも考える事も出来なくなっていた。
自分と、背中にいるトラヴィスの死だけを感じる。
(俺……。マジで何やってんだ………………。)
肉の塊から、また数本、攻撃の為の触手が伸びていた。
イーネは動けずに、背中にもたれたまま動かないトラヴィスとそこに留まっていた。
「…………ばぁい。ばい。ままま。マシロ様の……。為に。」
カタンッ
イーネだけには見えていた。
肉の塊の上から誰かが降ってくる。
グチュ
そのまま、その誰かは、肉の塊にめり込んだように見えて、バランスを崩してゴロゴロと落ちるようにしてイーネの近くまで来た。
ジュッ
その人は、受け身をとり、倒れた姿勢から起き上がる。
手の平を肉の塊につけたときに、一瞬だけ焼けるような音がした。
その人が声をかけてくる。
「…………大丈夫?イーネ。」
「……………………マリ。」
マリが上から降ってきた時、肉の塊にめり込んだ部分が、ボコボコと波打っていた。
ラスターが叫ぶ。
「ナニをしたナニをしたナニをしたナニをした何をした何をした何をしたぁぁぁああああああああ!!!!」
肉の塊は、あちこちで波打ちはじめ、ボコボコと膨れては縮んでを繰り返して不安定になっているようだった。
マリが肉の塊に向き直って言う。
「…………。麒麟の血清です。」
[グチュグチュグチュグチュグチュグチュ]
「イーネとベリーの為にすり替えてから。ずっと私が持ってました。」
[グチュグチュグチュグチュグチュグチュ]
「二つの血清に適合した人って、今までに居ないんですよね。……最初の方に、貴方の授業で習ったんですよ。血清どうしの相性って凄く悪いらしいですね。」
[グチュグチュグチュグチュグチュ]
「一か八かだったんですけど。拒絶反応。あって良かったです。」
「モブの分際でぇ………………!!」
僅かに残るラスターの表情は怒りに歪んでいた。
「またお前かぁぁぁああああああああ!!!!マリ・リルベラぁぁぁああああああああ!!!!」
肉の塊は肥大と収縮を繰り返し、端の方から挽き肉のような物がボロボロと溢れて崩れているようだった。
ラスターは「ぅっぅっぅっ。」と何かを吐き出しそうな小さな嗚咽を漏らしている。
マリはその間にイーネとトラヴィスに近づく。
「大丈夫?…っ!……。トラヴィスさん……。」
「多分まだ死んじゃいねぇ……。かろうじて……。だけどな……。」
「すぐにこの場を離れよう。他の皆んなは?」
「分かんねぇ。散り散りになってる。」
「マシロさんの拠点に繋がる道はあるんだけど……。」
「アホか。殺されるのがオチだわ。彼女じゃねぇんだぞ。」
イーネはトラヴィスをそのままおぶって立ち上がる。
「何それ冗談?取り敢えず、この部屋から出……。」
マリが言いかけた時だった。
[ゴガガガガガガガガガッ]
咆哮のような大きな音と、肉の塊を中心にして外側に吹く突風に、イーネとマリは立っていられずに膝をつく。
その咆哮を上げていたのはラスターのようだった。
肉の塊の中から、ゴミの様な肌の色をしたラスターが、上半身を取り戻し、イーネとマリを上から覗きこんでいた。
「お前らだけはぁぁあああああああ!!殺してやるぅぅぅううううううう!!!」
建物全体が大きく揺れていた。
ラスターの頭上で肉の塊が圧縮されるように集まっている。
(クソ……。力使いすぎて発動しねぇ……。)
(イーネの能力をコピーする?!それしか……!)
2人が考える間もなかった。
圧縮された肉の塊が炸裂する。
ホール全体に。
逃げ場は無い。
圧縮された肉は、マグマのマシンガンの様で、建物の壁が焼けて煙が上がり、周囲は何も見えなくなった。
死。
マリとイーネとトラヴィスの物語は、ここでお終い。




