17-② 可愛い子には旅をさせよ
ラスターは相変わらず、くたびれた白衣に丸眼鏡。ボサボサの髪を後ろで一つに括っている。
しかし、その瞳孔は獣のようにする縦に鋭く、皮膚の下では、何か虫のようなものが数匹うごめいている様だった。
イーネは思考する。
(チッ……。体に虫を飼ってやがる。ランダムで動く虫のせいで、分断できねぇ。)
すると、ラスターが言う。
「おー。怖。いきなり首でも落とそうと?君の力の対策。しない訳ないだろ?」
それにイーネが言葉を返す。
「その目。どうした?……虫まで飼って。人間辞めたか?」
「ふふ。この目?この目は僕の能力さ。」ラスター
「………………やっぱり血清に適合してやがったか。」イーネ
「え?!そーなの?!」トラヴィス
ラスターは愉快そうに話す。
「安心してよ。感覚種だから。本当は組織種が良かったけど、適合できる物が無くてね。」
「……言っていいのか?俺らに知られてない能力。お前のアドバンテージだろ?」
「いやぁ。どうかな。この能力に関しては言った方が怖いかも?」
ラスターが続けて話す。
「"視覚共有"。シンプルだろ?……僕は、"僕の見ている物を任意の他者と共有する"ことができる。」
「しかく……きょうゆう……?」トラヴィス
「………………。」イーネ
その言葉でイーネは全てを理解していた。
イーネの初めての任務で、任務先に大男が来たのも、マシロが襲撃時に、15対のジャンクを放った理由も、イーネとベリーが組織に入ってから、すぐにマシロの襲撃があったのも。
全て、ラスターを通して、核師の全ての情報が、マシロに渡っていたからだった。
そして、おそらく今、この状況も、ラスターを通してマシロへ情報が流れている。
ラスターはニコニコと笑顔で言う。
「でもさ。まだ疑問でしょ?イーネ君はさ。」
「…………。」
「君達、きょうだいが狙われる理由。」
「んえ?」トラヴィス
「トラヴィス。黙ってろ。」イーネ
「あ。またっ!」トラヴィス
トラヴィスはイーネの方を見る。
その真剣な表情に、トラヴィスは素直に黙った。
ラスターが言う。
「…………マシロ様が崇拝する神様。君達の……育ての親って言っていいの?ちょっと。そこは僕も詳しく知らないんだけど。」
トラヴィスはイーネの様子を見ていた。
そのトラヴィスが、苦しい表情をする。
「マシロ様はね。君達きょうだいを殺せば、そのお方に会えると思ってる。僕は全力でその手伝いをするだけ。」
イーネの瞳から光が消えていた。
無表情には、底知れない怒りがこもっている。
イーネは呟くように、それでもはっきりとした口調で言う。
「………………やっぱりか……。………………反吐が出る…………。誰が………………。」
「ああ!やっぱり!気になるよねぇ!」
イーネと相反して、ラスターのテンションは上がっているように見えた。
(…………誘暴症だ。)
トラヴィスはラスターの様子から確信する。
ラスターは言う。
「そのお方の文字が読めるのは、テンジョウ ユキハルだけだよ。テンジョウ ユキハルも、自分の発言が、ここまで大事になるなんて思ってはないし、現に今も、そのせいで、今の抗争があることに、気づいてないんじゃないかなぁ。」
「…………。」
「君達きょうだいに関するメモ書きがあったらしい。特徴と計算式。たったそれだけ。それに、君達はひっそりと暮らす為の呪いをかけていた。どれだけ探すのに苦労したかぁ。」
「………………クソが……。」イーネ
「そう!その通り!君の方から飛び込んで来てくれたんだよ!イーネ君!あー!嬉しかった!!」
イーネの表情は怒りに歪んでいく。
一方でラスターの表情はどんどんと、にこやかになっていく。
「君のせいで、君のきょうだいは狙われる。君のせいで、君のきょうだいは死ぬんだ。そして今日も、君のせいで君の仲間は死んでいく。」ラスター
「…。」イーネ
「ラスター!黙れぇぇぇえええ!!」トラヴィス
トラヴィスの突然の大声にその場の空気が凍りついた。
イーネが引いた表情でトラヴィスを見ると、トラヴィスはイーネに光属性の笑顔を見せて言う。
「だな!イーネ!」
「…………………………。そーだな。」イーネ
イーネの表情も少しだけ穏やかになっていた。
トラヴィスがラスターに向けて言う。
「いつからそんな嫌なやつになったんだ!ほんっと嫌なこと言うなぁ!イーネのせいな訳ねぇだろ?こいつの選択はこいつのもので、それ以外の選択はそれ以外のもんだ!あいつのせいとか、こいつのせいとか。そーゆーこと言うやつがどんなやつか知ってるかぁ?!」
にこやかだったラスターは怪訝そうにトラヴィスを見ていた。
トラヴィスが自信満々に言う。
「弱い奴が言うことだ……!。」
「…………君は。昔から、バカの癖に口だけは一丁前だね。」
ラスターの足元にネズミ型のジャンク亜種が群がり始めた。
ラスターは白衣の中から手のひらサイズのビンを取り出す。
それにはテンジョウ家の護符が貼られ、封がしてある様だった。
ラスターはその護符をめくってビンの蓋を開ける。
ゴプゴプゴプ
ビンの中から挽き肉のようなドス黒い塊が次々に溢れ出る。
それは足元に群がるネズミ型のジャンク亜種を飲み込みながら、ラスターの体にへばりついていっているようだった。
「何だあれ。気持ち悪りぃ。」
トラヴィスが顔を顰めて呟く。
ラスターが話す。
「こんな場面なのに、いるのは感覚種の僕、戦闘向きではないイーネ君。そして一般人……。今も君達が僕に踏み込めないのは、君達に力が無いからだ。アエツ君だったら、もうとっくに僕は撃ち抜かれていたのに。残念だねぇ。」
ゴミのような色をした肉は、ラスターの体を押し上げて肥大化していく。
「そして僕は、そのアエツ君でさえ手を焼いた力を手に入れる。君達に勝ち筋はない。イーネ・フィズニア。君は、今この場で殺す。そしてそれが……この戦争の……始まりの合図だ。」
ラスターの足元で肥大化した肉の塊は見上げる程に大きくなり、そこから肉の鞭のような物が何本も飛び出てきてイーネとトラヴィスを襲った。
ドドドドドドドドッ
それをそれぞれが躱わす。
イーネは思考する。
(うぜぇけど、ラスターの言う通りだな……。しかもこんな化け物みたいになりやがって……。こっちに攻撃の手が無さすぎる……。どーするか……。)
「おぉっらぁぁぁああ!!」トラヴィス
ドチャッ
トラヴィスが肥大化する肉の塊目掛けてトンファーを振り下ろし、肉の塊を削ぎ取る光景が目に入った。
攻撃を仕掛けているトラヴィスに向かって、すぐさまに肉の鞭が伸びるが、空中姿勢でも体を捻らせて、敵の攻撃を回避している。
肉の塊から少し距離をとったトラヴィスが言う。
「案外いけんね!」
「ははっ。脳筋バカ。やれやれ。やってやれ。」イーネ
「…………無駄なことだね。」ラスター
[ブチュブチュブチュチュ]
「?!」イーネ
――。
今度は塊から、肉の柱のような物が壁に向かって伸びると、壁に当たった衝撃でバラバラに飛び散る。
イーネの能力によってイーネとトラヴィスが空中に避け、肉の柱が収まったタイミングで地面に降り立つが、散らばった肉の破片の上をどうしても踏む事になり、ジュッと焼けるような音と匂いがする。
(何だこれ?!……まずいな!俺はまだ団服だが……!)イーネ
「うーわ!俺やばいかも!」トラヴィス
ドドドドッ
肉の鞭が休む暇も与えずに2人を襲う。
2人バラバラに回避する。
肉の塊の上から、ラスターはニヤニヤと見下ろしていた。
「さぁ。いつまで続けるのかな?」
――――――――
<マリ'story>
マリは当てもなく、広い家の中を散策していた。
オープンキッチンのあるエントランスだけでなく、大浴場や娯楽施設も完備されていることなど、特に重要な情報には、なり得なさそうな事ばかり知っていく。
(まぁ……。怪しそうな所なんて無いよね。そもそも、トラヴィスさんが、課長室からここに繋がる道を見つけたんだっけ?…………なんか、あの人って野生児って感じだし、強運とかも持ってそうだし……。そーゆー野生の感とか、運とかで引き当てたようなものよね……。そもそも、皆んなの所へ繋がる道なんて。あるかも分からないのに……。)
それでもマリは諦めきれずに家の中をフラフラと彷徨っていた。
やる事が無い。とも言い換える事も出来る。
マリは家の中を歩きながらぼーっと考える。
(あの時。なんて言ってたっけ。トラヴィスさん……。…………………………あー。なんか、ラーメンの匂いするとかって……。匂いなんかしなかったけど。……………………でも、マシロさんって、あの時ラーメン食べてたんだっけ?…………。匂い…………。匂い。ねぇ。)
マリは、匂いから連想して、自分が核師になったばかりの事を思い出していた。
(私。血清に適合して、嗅覚が人より優れてるって言われてたんだよね。…………今思うと、それもラスターさんが、イーネとベリーを核師に引入れるために、私を都合よく使う為の嘘だったんだろうな。)
マリは立ち止まって、試しに鼻から少し大きく息を吸ってみた。
(家中いい匂いなんだよねぇ。なんのフラグランスなんだ……ろ………………。)
マリの表情が驚きに変わる。
(ほんの……。ほんの僅かに……。肉が焼けるような……。嫌な匂い……。)
マリは直感的に何かを感じ取って動く。
(………まずは……だ、団服だ!…)




