26-③ 猿の手でもかりたい
一般の社員の避難が完了し、会社内に残っているのは核師だけとなった。
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ
ズドドドドッ ズガガガガガッ
戦闘音が鳴り響く。
形質変化を伴う組織種の核師というのは少ない。そもそも、感覚種の適合者より組織種の適合者の方が少ないのだ。
ハーネスを着用したからといって、能力が使えなくなる訳ではない。だが、イージスの使用許可無しに能力を使うことは許されない。
核師は全員、一般的な武器の訓練も積んでるが、だからといって、軍人用に作成された軍用武器をすぐに扱えるかと言われれば別だった。
まともに扱えているのは、武器の扱いにも類いまれなるセンスをみせるユウトくらいなもの。
その為やはり、最前線に立って魔物を狩る者は限られ、ユウト、ダリオ、ポッツォ、に加えて、脳内でリズムを刻むだけでも自身へのバフ効果を付与できるニコ。そして、気まぐれに加勢しているアルバラだった。
一般の社員の避難が済んだことで、ダリオの指示によって、戦闘に向かない核師も避難していき、会社の敷地内から人気がなくなっていく。
魔物を狩ること自体は問題なかったが、減らせば減らした分だけ増える魔物に、全員が僅かに疲弊していく。
広いタイヨウカンパニーの敷地内。
それぞれ分かれた場所で討伐をこなす。
そしてそれぞれが、焦りや不安の声を漏らしていた。
「これ……!討伐するのは問題ないですけどっ……!いつまでやるんですの?!」ポッツォ
(『歌いたくなるんだけど……。』)ニコ
「うーん。光の梯子の実態はない。消える気配もない。…………しびれるねぇ。これは……。」ダリオ
「弾無くなるんだけど……。」ユウト
(『飽いたな……。』)アルバラ
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ
だからといって魔物を放置することも出来ない。
目の前の魔物を討伐する。ただそれを繰り返して時間が過ぎる。
その時だった。
'「あ。あ。あー。てす、てす、てす。」'
「?」
それは、社内に響く放送だった。
誰も聞き覚えのない、男性か女性かも分からない、中性的な声。
放送は、その中性的な声の主の陽気な調子で続く。
'「初めてお会いする方も、お久しぶりの方も、まずはご機嫌麗しゅう。日頃より格別のお引き立てをいただき、誠にっ!ありがとうございます。とはいえあるいは、お忘れの御方もあろうかと存じますので、ここで改めて名乗らせていただきます。…私どもは、タイヨウバイオカンパニーの末席に連なる下請け業者。何でも屋。"猿の手"。と申します。そして、その代表を務めておりますのが、このわたくし、オウジでございます。すでにご存じの方は、今後とも変わらぬごひいきのほどを。まだご存じでない方は、せめて名前だけでも。お心にお留めお置かれてくんなまし。」'
放送を聞く全員が、戸惑いの表情を浮かべる。
まだ放送は続く。
'「この度は、あのタイヨウバイオカンパニー様が大!変!な事態と聞き、急ぎ駆けつけた次第です。日頃より大変お世話になっている御社ですので?本日は特別に!特別に!特別に!!……我が社の秘蔵っ子を連れてまいりました。…我が社が誇る切り札、その名も「黒の君」。彼にかかれば、いかなる厄介事も根こそぎ片付けてみせましょう。さあ、どうぞ。どうぞ!どうぞ!ご覧あれ。……なお、ひとつだけ申し添えておきますと、我が社、割増のご請求はあっても、割引は一切ございませんので。その点は……どうか悪しからず。」'
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
『………………。』
全員呆気に取られていた。
誰も聞き覚えのない"何でも屋"、"猿の手"のオウジという者の言葉。
ただ1人、ユウトだけが、頭の片隅にあった記憶を思い出していた。
(…………そういえば……。"辞めた核師"の受け皿になってる。っていう所が……。そんな名前だったような……。)
ぎょぉぉぉぉおおおええ……
バシュッ
その放送から数秒遅れて、魔物の声が止んだ。
地面からは、三角形の形をした、鋭利な黒い刃が幾つも伸び、その黒い刃によって、全ての魔物の体が分断されていた。
突然現れた黒い刃と、それによって全ての魔物が討伐されたことに、メンバー全員が驚きと戸惑いの表情を見せる。
そうした状況は知らないままの様子で、放送のスイッチを切り忘れたような会話が、会社の敷地内に響いた。
'「ちょっとぉ!僕、口上うまいやんー?即興にしては風情があるわぁ。」'
その中性的な声と会話する、もう一つの子供っぽい声も響く。
'「プリンス凄いでちっ!あれみたいでちたよ。あれっ!えぇーっとぉ。ねっとちゅーはんっ!」'
'「いや急に安っぽいなぁ。」'
'「お安いのはいーでちっ!」'
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ
そんな会話の最中関係なく、再び魔物がどこ彼処で姿を現す。すると、
'ピリリリリリリッ'
放送を通して着信音が聞こえる。
'「はい、もちもちー?」'
子供っぽい声の主が電話に出ている側で、ガチャガチャと音が鳴り、中性的な声の持ち主が、どこかの窓から覗いているのか、少し距離が離れて声が聞こえる。
'「あれぇ?なんやジャンクの声するやん?あちゃー。ありゃりゃ。なんやろ。梯子?次から次えとジャンクが湧いて出て。こりゃまたけったいやなぁ。」'
着信の後は、スピーカーで話しているようで、電話の向こうの男性の声も放送を通して流れる。
'「全部倒しましたけど。また出てくるんですけど。」'
それに子供っぽい声が答える。
'「全部ぶっこわせばいいちーっ!!」'
電話の向こうの男性が言葉を返す。
'「いや……。……なんか……。実体がなくて……。」'
するとまた、ガチャガチャと音がして中性的な男性の声が近づいて聞こえる。
'「はいはい。そしたら、ほな。"占い"ましょか。」'
その後は暫く、紙をめくるような音が響いた。
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ
その間も魔物は襲ってきている訳で。意味の分からない放送を聞いたままメンバーは戦闘をこなす。
ポッツォは誰にも聞こえないであろうが、大きな声で愚痴を溢していた。
「ほんっと……!何なんですの?!この放送っ!!」
また暫くして、紙をめくる音が止んだかと思えば、中性的な声が放送を通して響く。
'「あらあらあら。これはこれは。君なら何とか出来るみたいよ?」'
それは電話の向こうの男性に向けられた言葉らしく、男性が答える声が響く。
'「いや…………。……………………無理ですけど……。」'
その言葉に、中性的な声の主はやや怒り気味で言葉を返している。
'「僕の占いで出来る言うたら出来るんよっ!!どーせやっても無いのにそないなことばっかゆーてやなぁっ!」'
'「…………。」'
中性的な声の持ち主の話しは続く。
'「あー!分かった。これやな。これか。ほんまにもぉ手がかかるやっちゃなぁ。ほな。ほな。ヒントあげるわ。…………君にはね。"浄化"って言った方がいいみたいやね。分かるやろ?"浄化"やん。」'
電話の向こうの男性が答える。
'「いや………………。分かりません…………。」'
また中性的な声の主の、やや興奮した声が響く。
'「なんっでやな!分かるぅ言うてるやん?!分かる言うたら分かるの!僕が言うたら、それはもぉっ!分かるのっ!!分かるぅ?!」'
'「…………。」'
騒がしかった放送に、長い沈黙が訪れた。
その間は、会社の敷地内に戦闘音だけが響く。
随分と時間がたった後、まだ通話が切れていなかったのであろう、男性の声が響く。
'「……………………え?…………。"言ノ葉"…………ですか?………………いや俺……。子供の時以来やったこと……………………。」'
男性の声を、中性的な声の主が遮って言う。
'「はいっ!それ!絶対それ!それしかないっ!じゃ!それぢゃっ!頼んだわよっ!!」'
ブチッという音と共に、通話は中性的な声の主によって切られたようだった。
子供っぽい声が言う。
'「そんな切り方したら可哀想でちー。」'
それに中性的な声の主が言葉を返す。
'「あの子はね!顔もかっこいいわ!背格好もかっこいいわ!女の子にモテるしっ!庇護欲掻き立てられる感じの不思議ちゃん的ポジションで甘やかされ過ぎよっ?!絶っっ対ひとりっこやわ!あの子っ!!僕は甘やかしませんよ?!」'
なんてやり取りが響く。
――――――
タイヨウバイオカンパニーのビルの屋上から、魔物の様子を見下ろしていた男性は、一方的に切られた通信端末をポケットにしまった。
放送を通して、自分の悪口が大きく響いているのを聞き流しながら。
漆黒の髪に漆黒の瞳。
猿の手オリジナルTシャツに黒のズボン。
彼は困ったように、1人呟いていた。
「………………どうやってやるんだっけ…………。」
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ
魔物の声と戦闘音。でもそれは、たいして彼の耳には届いていない。
何も気にしていない彼は、マイペースに時間をかけながら考え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……………………。理の外に在るもの……。名を持たず……。形を持たず……。ただ影として………………。」
ブワッ




