25-⑤ 首輪
<ナユタ>
首輪をつけた瞬間に。人の声が止んだ。
血清適合から、望まなくても聞こえ続けていた、人の心の声。
敵、味方、善、悪。関係なし。
自分の意思とは反して。次々に湧き出る泡のように、聞こえていた声が。
突然止んだ。
全ての核師、その関係者、その周りをイージスが囲んでいて、沢山の人がいるのに、この場所はこんなにも静かだったんだと驚いた。
何故か、喋っている人の言葉が上手く理解できない。
そういえば、心の声と照らし合わせながら他人の言葉を聞いていたんだと理解した。
そして、いつでも信じていたのは、こんなにも煩わしいと思っているはずの、力によって聞こえる声。それに頼っていたんだと理解した。
バンッ
と大きな発砲音。
心臓が張り裂けそうなくらいに驚いた。
だっていつもなら、人が行動に移す前に気づいていたのに。
突然分からなくなってしまったんだ。
前にいる人が。いつも一緒にいる仲間が。何を考えているのか分からない。
僕のことをどう思っているのか分からない。
どうやって話したら。どうやって向き合えばいいのか。
分からない。
――――
「分からないんだよぉぉおおおおおおおおおっ!!」
ナユタがグズグズになって泣いているのを、ニコ、ポッツォ、ベリー、ジーベルが冷やかな視線を向けて見ていた。
ここは生物研究棟A棟の屋上近い場所にあるバルコニー。
A棟は一般の社員も多く、ウッドデッキに観葉植物が沢山植えられたこの場所は、社員達の憩いの場となっている。
更に、会社の敷地内のおおよそを眺めることができ、絶景とは程遠いものの、気分転換にはうってつけの場所だった。
今は中途半端な時間の為、ナユタ達以外に利用している者はいない。
ナユタは備え付けの木のベンチの上に三角座りになって縮こまり、メソメソと泣いている。
ポッツォが言う。
「もぉこれは……。何言ってもダメですわね……。」
「まじでうっっっざ。」
ベリーの言葉に、ナユタはシクシクと泣きながら言葉を返す。
「うん。もっと言って……。今は……。正直な言葉が欲しい…………。」
「きっっしょ。」ベリー
色々な押し問答を経ても変わらないナユタの姿に、ジーベルは頭を抱えながら言う。
「………………………………誤算だよ……………………………………………………。会社に残すのは第3ユニットの予定だったけど…………。第2ユニットを残すか?…………。」
『でも、何かあった時、このナユタ。使い物にナラなくない?』ニコ
「……………………………………それなんだよ………………。」ジーベル
「もっと言って……。」ナユタ
そこに、アルバラを抱えたユウトとダリオが到着し、2人にも事の経緯が説明された。
その上で、ジーベルが言う。
「ユウト。ナユタと付き合い長いだろ?……ユウトから言ってやれば、何とかなるかと思ってだな……。」
それにユウトが間髪入れずに返す。
「え。無理でしょ。もうこうなったらポンコツですよ。三日くらい泣いてんじゃないですか?」
「…………………………冗談だろう?」ジーベル
「過去にタイヨウとケンカした時なんて、三ヶ月くらい引き篭もりして、その後もズルズルとニートしてましたし。」ユウト
「…………。」
『ユウト。ジーベルが青ざめちゃっタじゃん。』ニコ
すると、それまで顎髭を触りながら話しを聞いていたダリオが話す。
「つまり。Mr.ナユタは、新たなステージへの羽化したということだね。新境地というのは、誰でも足がすくむものさ。」
「……ダリオ……さん……。」ナユタ
ナユタが僅かに顔を上げる。
そこでダリオはナユタに寄って、視線を合わせるように屈んだ。
ヒソヒソ声でポッツォが話す。
「あら。ダンディポジティブ男が。以外と今のナユタには刺さるかしら。」
「何それ。」ベリー
「ダリオ。元々会社のお偉いさんとかもやって、若手育てるのとか、上手だったらしいわよ?今もだけど。」ポッツォ
「いくつよ。あいつ。」ベリー
「知らないわよ。55くらいじゃない?」ポッツォ
「え?!おっさん!!ってか、おじーちゃんじゃん!」ベリー
「16歳からしたらそーよねぇ。」ポッツォ
そんな話しをよそに、ダリオはナユタに語りかける。
「Mr.ナユタは優しい子だ。他人の心の声。それは時に甘美で、時に残酷なものだったろう。でも、君は決してそれを他言しなかった。」
「………………………………そうじゃないと………………。人でなくなってしまう………………から…………。」ナユタ
「そんなに簡単にできるものじゃない。でも、いつも聞こえていた音が突然消えて。不安なんだろう。」
「…………。」
「君のその感情は、実に正しいものだ。人の悪意により多く触れた君なら分かるだろう。人とは残酷なものだ。」
「…………。」
「他人を信用しろ。っていうのは、今は難しいだろう。だからまずは。自分から信じてみるのはどうだい?」
「……………………自分?」
「そうさ。君自身をだ。……君自身が信頼を置いている。この人ならば、信じていいと感じる仲間。そう思っている自分の声を。」
周りにいる仲間達は、ダリオの言葉選びの繊細さを感じ、ナユタの心が開かれるのでないかと、希望の光のようだった。
ナユタもずっと俯いていたのが、ダリオと視線を合わせ、話しを聞くことで、徐々に顔の向きが上がって来ている。実にいい兆しだった。
ダリオの優しい笑顔が、ナユタの瞳に映る。
ナユタが言う。
「ぼ…………僕は…………。」
「うん。」
ダリオが傾聴の姿勢を向けた途端だった。
「僕は、自分の事が!一番信用なりませええぇぇぇぇええええええええん!!!うわぁぁぁあああああああんっ!!!!!!」
「……………………………………。」
再び泣き出したナユタに周りが絶句する。
ダリオも困った表情を見せて言う。
「これは……。中々にCry。Mr.ナユタは降りしきる雨の中にいるようだ。そんな日もあるさ。」
「あるさ……!じゃないんだよ!!!!困るんだよ!!大型化したユニットのリーダーだぞ!!!!!3つのユニットが動いてないなんて!!イージスに変に目つけられたくないんだよっ!!!!」ジーベル
ジーベルの言葉を聞いてユウトが質問する。
「第5ユニット。イーネの所も、もういないの?」
それにはポッツォが答えた。
「第1と第5ユニットは、ジーベルとルアちゃんの事で会議して、終わった瞬間速攻で出立したそうよ。それ以外のユニットは、ジーベルからの指示待ちだったし、ナユタがこんな状況で、ズルズル出遅れてるって感じ。」
「ふーん。」ユウト
「ふーん。って。ってかそもそも、仲のいいアンタからナユタへの言葉かけを期待して呼んだのよ?!」ポッツォ
「無理だってぇ。」ユウト
「…………あんたね……。」ポッツォ
そんな話しの最中も、ナユタはメソメソと泣き、ジーベルは作戦変更を余儀なくされることに頭を抱えながら、ブツブツと独り言を呟いていた。
どうやら、ここにいる3つのユニットのメンバーは少しの間、このまま待機になるようだ。
ユウトが抱いているアルバラは、つまらなさそうに欠伸をしている。
メンバーは、何もする事がなくバルコニーから外を眺める。
雨が降った後でもなく、大きな雲があるわけでもないが、僅かな雲の切れ間から太陽の光が差し込んで幻想的な光景となっていた。
ポッツォが言う。
「何だか綺麗ですわね。」
「天使の梯子ってやつですよね。」ユウト
「何ですの?それ。」ポッツォ
「昔、トラヴィス先輩に聞いたんですよね。実際に、こーゆー気象現象のことを"天使の梯子"って言うらしいですよ。」ユウト
そこにダリオが参加する。
「光芒や、薄明光線とも呼ばれるものだね。」
そこにベリーも加わる。
「でもちょっと変じゃ無い?……普通、厚い雲がある時とかに出来るんだけど。」
「詳しいんですのね。」ポッツォ
「……そーゆー小難しいことばっか詳しいやつと、ずっといるからね。」ベリー
「あ。イーネに言おうっと。」ユウト
「別にいいわよ。」ベリー
天使の梯子は、より鮮明にはっきりと見え、会社の敷地内を照らしている。
実に幻想的な風景だった。
そして本当に。
"光の梯子"が見えるようになる。
ユウトが言う。
「うわ。見て下さいよ。本当に空からピカピカの梯子が降りて、地面に着地してるように見えますよ。」
「………………ほんとね。」ポッツォ
「………………………………いや…………。おかしい…………。」
ガチャンッ
ベリーの言葉の途中で大きな音がし、その場に居た全員が音のした方を振り返る。
空から長い光の梯子が降りて、バルコニーに接着していた。
そして、その梯子を伝って黒い筋が落ちて来たかと思うと、地面に触れた瞬間に大きく膨れ上がる。
ぎょぉぉぉぉおおおえええええええっ




