24-⑤ 猶予
辺りはもう暗くなり始めている。
タイヨウバイオカンパニーは正規の就業時間が終わり、多くの職員が退勤していた。
入り口の門はまだ開け放たれているが、24時間、門の横の守衛室に警備員が在中している。
タイヨウバイオカンパニーには"血清"という超重要機密物質が保管されているため、一般の会社よりも警備が手厚い。
必ず社員証を携帯するか、万が一にも紛失等した場合は、警備員に氏名や所属部署を伝えて、まずは入門後の警備システムを切ってもらう必要がある。
何もせずに会社に侵入した場合、大きなアラーム音がなり、射程範囲であればカラーボールが飛ぶなどの処置が施される。
そして、万が一、施設の中に入れたとしても、社員証が無ければ入れない場所が多くある。
そんなタイヨウバイオカンパニーの正門付近で、高校の制服を来た2人組が怪しく立っていた。
全く同じ背格好、全く同じ顔。違う点といえば、1人はツーブロックをオールバックにかきあげ、もう1人は前髪をつくるようにして下ろしていた。
前髪をつくっている青年が、もう1人の青年に不安そうに声をかける。
「ライガ。ほんとにやるのかよ?帰りにファムチキ買って帰ろうぜぇ……。」
それに、ライガと呼ばれた青年が答える。
「帰るなら、フウガ、お前1人で帰れ。ここまで来てやらん奴がどこにいる。」
「そーっちゃそーだけどぉ……。」
オールバックの青年、ライガが言う。
「職員の殆どが退勤し、今の中途半端な時間は出入りが極端に少ない。入るのは社員証を持ってる奴だけだろう。警備員をのして警備スイッチさえ切れば、中に入れる。」
「へーへー。」
「俺が警備員をしめる。お前は、俺が合図するまで、ここで待機してろ。」
そうして、ライガは素早く動きだした。
もう1人のフウガと呼ばれた青年は、ライガから視線を外し、隙を持て余す学生のフリをして周囲に溶け込む。
ダッ
ライガは低い姿勢で警備室に近づき、周囲に人気が無いことを確認して、中の警備員には悟られないように警備室の中を確認する。
(警備員が1人。完璧だ。)
警備室は受付側の窓が開け放たれている。
ライガは大胆にも、その窓から体を滑り込ませた。
「……な?!」
警備員が驚いて小さな声を漏らした瞬間には、ライガは警備員の背後に回って警備員の首を絞める。
「…………っ!!!」
警備員はそのまま、身動もとれず、声も出せないまま、ライガに締め落とされて気絶した。
(……よし。警備システムのスイッチを切…………。)
「すんませぇーんっ!ちゃーっすちゃっすー!」
ライガがまだ警備員の首に手を回している状態で、受付の窓の方から陽気な声が響いた。
ライガは焦りの表情を滲ませる。
(……来館だと?!)
その陽気な声の持ち主は、話しながら近寄っているようだった。
「さぁせぇーん!こんな時間にぃ。しかも社員証もないんっすよぉ。従業員欄参照してもらってもいいっす…………。」
陽気な声の持ち主は、受付の窓から警備室の中に視線をやった。
警備員を絞め落としたばかりのライガと、視線が合う。
ガッ
その瞬間にライガは警備室の窓から飛び出し、同時に、受付に現れた男性の頭部に向かって本気の蹴りを繰り出した。
奇襲とも呼べるその攻撃を、男性は腕を防御姿勢にして受け止める。
ライガが驚く。
(なに?!今の防ぐか……?!運が悪い……!こいつ……。核師か…………!!)
それに対して男性の方も焦りの表情を滲ませる。
(……なんだこの蹴り?!重いっ……!!いや!今はとにかく……!!)
男性が叫ぶ。
「ユウナ!!ルアちゃん!!下がってなさいっ!!!」
その言葉で、ユウナとルアはたじろぎながら、2人で身を寄せ合った。
ライガは視界の端に、女の子2人の姿を確認する。
(子供?……娘か……?いや、今は……。)
ガッガッガッ
ライガが体術で男性に攻め込む。
若者ならではの軽い身のこなしと変則性。
男性は防戦一方ながらも、有効打を受けることなくいなしてしていた。
(若いなぁ!それに……!何だ?!普通とは違う……。まるで…………。核師と組み手をしてるみたいだ……!……俺の体内に残っていた僅かなジレは、ユウナとルアの所につける……!完全な体術勝負…………!)
ガッガッガッ ガガガッ
タイヨウカンパニーの正門で、この場所には似つかわしく無い程の、手に汗握る格闘術が繰り広げられる。
攻めているのは常にライガだったが、男性は全てをいなしながら、まるでライガを分析するような鋭い視線を向けていた。
ザザザッ
何十分にも感じるような1分間の攻防の後、2人は互いに距離をとった。
息も切らさずライガが言う。
「お前。知ってるぞ。長い間、感覚種の序列1位として、他を寄せ付けない圧倒的な力を誇っていた。麒麟の討伐者。アエツ・ダイヤモンドだな。」
それに対して、しっかり息切れしているアエツが返す。
「はぁ……。はぁ……。はぁ……。いやぁ……。はぁ……。こんな高校生に知ってもらっちゃって。はぁ……。おじさん嬉しいけど……。はぁ……。君。ここで何してんの?」
「俺に勝てたら教えてやるよ。」
「…………若いのに核師事情に詳しいようだ。……そーゆー子を、俺は知ってるよ。シキ君とサクヤ君って言うんだ。…………もしかしてだけど君。テンジョウって名前じゃないかい?」
それに対して、ライガは不敵な笑みを浮かべた。
「惜しいな。俺は"テンゲ"だ。」
ライガの視線がユウナとルアの方に向いた。
それを追うように、アエツの視線もユウナとルアに向く。
そこには、ライガとそっくりな見た目をした、もう1人の青年。
アエツは絶望の表情を滲ませる。
(もう1人いたのか?!………………!!!)
ライガが叫ぶ。
「フウガ!!その子供を拘束しろ!!!」
(…………娘達が………………!!!!)
アエツが焦りと不安に駆られた瞬間、フウガが答える。
「え。やだよぉ。そんなことしねぇって。」
そのままフウガは、ユウナとルアに視線を向けて優しく言う。
「ごめんなぁ。怖いよなぁ。大丈夫だからなぁ。」
その様子にアエツは肩の力が抜ける。ライガは不満を露わにして言う。
「馬鹿がっ!こいつは核師だ!!血清のありかを知ってる!娘を人質にとれば、簡単に血清が手に入る!!」
「いや。だから。そんな人質にとるとか止めろよなぁ。」
2人の会話を聞いていたアエツが問いかける。
「君達の狙いは血清って訳か……。分家といえど、テンジョウの一族だろう?……こんな危険を犯す必要があるのかい?」
それにライガが答える。
「分家のテンゲはな。親は核師だが、子には血清適合を進めて無い。それに……。あぁ。そういえば。アエツ・ダイヤモンドは前線を退いたから、知らないのか。」
「…………何の話しだっけかな?」アエツ
ライガが答える。
「統治主総大令によって。全ての血清が"イージス"のものになる。そーなる前に血清適合に進まないと。俺達は一生。異能を持つ機会を失うんだ。」
「……なっるっほっどぉ……。」アエツ
ユウナとルアの近くに居たフウガが、アエツの方に寄ってくる。
フウガが言う。
「人質とかは嫌だけど。シンプルに強い人とやるってゆーなら。力貸すぜ。」
完全な二体一の構図。
アエツは焦りの表情を滲ませながら戦闘体制をとる。
「………………娘の手前だ……。かっこわいる所は見せられんなぁ……。」
それ対して、ライガとフウガは余裕の表情だ。
先ほどのライガとアエツの戦闘の様子から、アエツの体術の力量は計り知れているのだろう。
2人がかりなら楽勝だというオーラが滲み出ている。
(…………確実に負けるな……。どーしたもんか……。)アエツ
一触即発の空気。
3人はジリジリとお互いの間合いを見計らい、誰から仕掛けるかの読み合いに入っていた。
ユウナとルアの2人にも、その緊張が伝播するような、そんな空気。
そこに。
「アエツさんだ。」
まるで似つかわしくない。緊張感のない赤の他人の言葉が飛んできた。
ライガ、フウガ、アエツは、声のした会社の方向を一斉に見る。
(…………気配が無かったぞ?!)ライガ
そこには、黒の団服を着た男性が1人。
団服と同じ繊維で出来ているであろう黒のキャップを後ろ向きに被り、帽子の下から金髪の癖毛が見えている。背格好や体格は大人のそれだが、ライガとフウガと、それほど歳が変わらなそうな顔。
その男性が言う。
「あのぉ……。良ければ……。僕も戦いますけど……。」
その言葉にアエツが返す。
「新人さん?!いやー。助かるねぇ!」
「はい。統治主総大令の直前に滑り込んで核師になりまして……。ほんのペーペーなんですけど……。なにかは分かりませんが、大変そうですねぇ。」
ライガとフウガは、現れた男性に対して強い警戒姿勢をとる。
アエツが言う。
「血清目当てで会社に侵入しようとしてた所を鉢合わせてしまってなぁ!」
それに男性が言葉を返す。
「会社に侵入……。高校生……?かな……?若いのに度胸ありますね。」
「若いって!俺から言わせたら君も十分若いけどなぁ!わはははっ!大学生くらいかぁ?え。まって。じゃあ俺が働いてる大学から核師になった子か?……あれー?ラスターがいなくなってから、大学からは取らないって聞いたんだけどなぁ……。まぁ何にせよ!また今度お礼しないとだなぁ!」
男性も戦闘姿勢をとりながら言葉を返す。
「いや。これでも結構歳いってますよ。僕。」
4人でジリジリと互いを警戒し合う。
これでニ対ニの構図。
アエツが言う。
「俺の名前は知ってくれてたなぁ!君の名前はなんていうんだ?!」
「ガドっていいます。」
「変わった名前だな!!」
ダッ




