22-③ 知る
<アンカ>
ガラガラガラッ
大量の黒い粒子は、部屋の壁や天井を大破させて上へ上へと登る。
その中に埋もれるように、押し上げられるように、少女の姿をしたアンカがいた。
アンカの周囲だけは、赤い障壁によって粒子の侵入を阻んでいる。
いつしか可笑しなタワーを突き抜けて、周囲に夜空が広がると、忽然と黒い粒子は消え去った。
空へと打ち上げられるような形になったアンカは、そのまま空中に留まって見下ろす。
視線の先には、中位のタワーの屋上に佇む、マシロの姿。白のシャツにジーンズ。白のキャップを後ろ向きに被っている。
アンカはマシロと距離を取りながら、フワリとタワーの屋上に降り立った。
円形の広場。周囲を照らすものは月明かりのみ。花が蕾から少し開きかけたような、上に向かって細長い台形の壁が周囲を囲っていた。
マシロはアンカに声を掛ける。
「ガド様が書き留めたメモ書きを、ユキハルだけが読めた。そこには、名前と計算式、それと、君が女性であるであろう事が書かれていたんだよ。ユキハルの言い方だと、君だけ特別に見えたそうだ。会いたかったよ。アンカ。」
アンカは、少し微笑みながらマシロに言葉を返す。
「特別?何かの間違いですよ。あなたも彼を知ってるのなら、そんな事をする人だと?」
「僕も信じられない。だから、君の可能性に掛けたんだ。」
マシロは少し興奮しているようだった。
顔の前で片手を握りして言う。
「君を殺せば……。あの方は……。あの方はきっとお見えになる……………………!」
周囲に黒い粒子が立ち込めた。
アンカは思考する。
(まずは自分に有利な場所の取り合い。負ければ不利。)
アンカの周囲が燃えさかる。
進行してきた黒い粒子とぶつかふと、粒子と炎が混じり合って渦を描いた。
ブワァッ
黒い粒子が炎を押し除け、広場全体を包み込む。
(……負けちゃった。)
ズガガガガッ
アンカの足元から、三角形の形をした、鋭利な黒い刃が幾つも伸びてアンカを襲う。
それをアンカはヒラヒラと躱わすが、躱わした先を追うように、次に次に。まるで氷柱のようにも見える黒い刃が、アンカを狙って地面から生え、幾重にも重なる。
一つの場所に留まってはいられず、アンカはマシロの周囲を回るように走り出した。
まだ黒い刃はアンカを追う。
更にはアンカの対面から、黒い粒子が密度を増して、覆い被さるように迫って来た。
(一息でも吸えば、内側から引き裂かれる。)
「烈火。」
ボウッ
黒い粒子が大きな炎に飲み込まれ、アンカはそのまま、炎の中を直進する。
まだ黒い刃は、アンカを追い続けて地面から次々に伸びている。
「破邪の陽ーアメイロ。」アンカ
ガチンッ
炎を抜けた先で、黒い粒子を鎌の形に変形させ携えた、マシロの刃と、アンカの刃がぶつかった。
アンカは、まるでフラフープかのように、円形の刃の内側にいて、その変わった形の刃を振るう。
ガガガッ
マシロの振るう鎌と、地面から伸びる刃が合わさるようにしてアンカを襲う。
「陽炎。」アンカ
ドッ
マシロも、アンカ自身も巻き込んで、横一直線。壁のような火柱が、高く高く上がる。
その壁にまとわりつくように黒い粒子が覆い被さり、炎によって明るく照らされた周囲は、瞬く間に暗くなった。
横一直線に伸びた炎が、黒い粒子に押し込められるようにして鎮火していく。
「獄車二輪。」アンカ
ブワッ
広場の床と並行に、8の字の形をした炎が上がる。
二つの車輪を合わせたような炎は、中央が赤々と燃える。
その炎の上に浮かぶように、距離を取って対面に、何の武器も持たないアンカとマシロが立っていた。
マシロが言う。
「僕は殆どエネルギーを消費していない。でも。君は違う。そのまま続ければジリ貧だよ。」
「心配ですか?」
「いや。…………凄くテンションが上がるよ。」
マシロはニヤニヤと笑っていた。
マシロの周囲に、黒い粒子がまとわりつく。
マシロが言う。
「遊酒卜髑髏。」
マシロの周囲に実体化しているのか分からない、半透明の骸骨が、夥しい数出現する。
そして、それら骸骨はそれぞれに違う武器を構えている。
(一撃。かすっただけでも死。)アンカ
骸骨が波のようになってアンカを襲う。
アンカはその場を動かず、呟くように言う。
「炎華一ノ葩―紅蓮花衣。」
アンカの手元に、短刀が現れた。それは、持ち手と刀身の差がまるで分からず、まるで一本の棒のような短刀で、全体的に僅かな赤みを帯びていた。
それを手にしたアンカは。
パシパシパシッ
顔から足にかけて。
自分の皮膚を十数箇所にかけて切り裂いた。
アンカの血が短刀が空を切ると共に飛び散る。次の瞬間。
ブワッ
アンカが皮膚を切り裂いた場所と、全く同じ箇所。マシロと骸骨に赤い花が咲き誇る。
骸骨はアンカに襲いかかる直前で、全身に花が咲いた状態で静止した。
「……っつ?!」マシロ
アンカと骸骨とマシロの周囲を舞うように、赤い花びらが舞う。
それは、マシロと骸骨に咲き誇った、赤い花の花弁が落ちることで引きおこっているようで、体に咲いた花の花弁が落ちる度に、マシロは花の奥の、体の内部が焼けるような激痛を感じる。
アンカがまた呟く。
「炎華ニノ葩―焦心乱華。」
骸骨とマシロの体に咲き誇る花が肥大化する。
骸骨は完全に、花に飲み込まれるようにして黒い粒子となって消え去っていった。
マシロは激痛を感じながらも、手元に黒い粒子を集めると、今度はマシロの手元に短刀のようなものが現れる。
それを手にしたマシロは。
パシパシパシッ
自分の体に咲き誇る花の上から、アンカよりも更に深い皮膚深層を切り裂いた。
確かな斬撃による痛みがある。ところが、そこから血は吹きでず、小さな紅い蝶が羽化するよう次々に天に登る。
アンカはマシロに言う。
「その花は、貴方の感情や執着によって肥大化しています。鎮めようと鎮まるものではなく、むしろ抑え込んだ情念が、更なる火種となる。」
「はは…………!ははははっ……!!あははははは!!!!アンカ!!君は本当に凄いんだね!!!!」
今現時点だけを見れば、押されているのはマシロに見えるが、何故かマシロは心底嬉しそうに、狂った笑い声をあげる。
アンカが呟く。
「炎華三ノ葩―灼天花葬。」
赤い花びらと赤い小蝶が、マシロの上空一点に集まる。
ドッ
そして、巨大な火柱がマシロに向かって一直線に打ち下ろされた。
周囲の温度がいっきに上がり、炎によって辺りが煌々と照らされる。
「はははっ!!あははははははっ!!」
常人ならば燃え尽きるはずのその火柱の中から、マシロの笑い声が聞こえる。
今度はマシロが言う。
「崩天重圧界。」
ドッ
突然アンカは、床に押し付けられるように突っ伏した。
アンカを中心に半径数メートルにかけて、重力が何十倍にも跳ね上がったようだった。
その圧力は真上からだけでなく、上下左右、全方位から均等に、アンカを押し潰すようにかかる。
地面は圧力に耐えられずミシミシと陥没し、アンカは、膝をつくなんてことは微塵も出来ずに、地面に縫い止められる。
「…………!……。」アンカ
アンカの表情が初めて僅かに歪んだ。
それと同時に、マシロに降り注いでいた巨大な火柱が収縮して消える。
全身に切り傷があるものの、火柱の中に居たとは思えない元気なマシロの姿が見える。
マシロが言う。
「あははははっ!!あー!おっかしい!!悪いけど、もーちょっと君を痛めつけなきゃねぇ!!悲劇で喜劇じゃないといけないんだから!!」
重力に押し潰されながら、アンカが呟く。
「炎華四ノ葩―灰花断命。」
「がっ…………!はっ……!」
マシロが口から血を吐き、両手でお腹を抱えてうずくまる。
マシロが吐いた血は黒かった。
マシロはニヤニヤと笑いながら言う。
「……肺……。内臓か……。さっきの攻撃で体の中に沈められた灰が、一斉に発火したみたいだ……。内側から燃やされ尽くして死ぬ…………はずだったんだろうねぇ……。あははははっ!!そりゃ普通は死ぬよ!!こんな力!!!」
アンカにかかる重量は弱まらない。
(……さすがに弱くはないか……。)アンカ
ボウッ
アンカの体が燃えたかと思えば姿を消して、マシロの背後に立っている。
マシロは驚いて、振り返って言う。
「マジか!グラビティは簡単に抜けられちゃうのか!!」
マシロの周囲から、黒い粒子がまるで生きているかのように膨れ上がって、波のような形となってアンカを襲う。
ザザザーーッ ボウッ
アンカの周囲では炎が渦を巻き、黒い粒子と炎がぶつかり上がって、天に向かって激しく登った。




