21-① 呪い
アンカは糸を辿って進み、誘導されるように真っ白な室内に入って行く。
扉から入ってすぐに3段の階段を降りて、テニスコート程の広さのある部屋の中央まで歩く。
スルリッ
左の手首に巻きついていた糸は、ここがゴールだと言わんばかりに解けて消え去っていった。
この部屋には入り口が一箇所しかない。窓も無い。
入ってきた扉から出ようと、アンカが振り返った瞬間だった。
ガチャンッ
扉に鍵をかけたような音が響く。
扉を閉めた本人だと思われる男は、そのままアンカと向き会うように、扉のすぐ前にある階段に腰掛けて笑顔を見せた。
「初めまして。アンカさん。」
「……初めまして。…………貴方は……。タトラスさん?ですかね?」
「おお!御名答ー!」
タトラスとアンカは向き合って、互いにそのままの位置で相手の様子を伺っていた。
タトラスが笑顔でアンカに語りかける。
「ここは。耐火の部屋。らしいですよぉ?」
「………………俺に御誂え向きですね。」
「出口は俺の後ろにあるココだけ。俺が唯一の鍵をかけた。で。俺は死んでも鍵を渡す気が無い。」
「…………じゃあ、俺が貴方を倒せれば。鍵が手に入る?」
「そうだねぇ。そこに関しては……。"カルテ"。」
タトラスの右手の平の上に、真新しいファイルが現れ、ひとりでにパラパラとめくれて止まる。
タトラスが話す。
「俺の能力は"カルテ"。俺のプロファイルを元に、患者カルテを作成する。この時の能力の補完の仕方がエグくてさぁー。」
タトラスは、右手のファイルにチラリと目をやりながら言う。
「情報は正確無比。やっぱり。……君は俺を殺せない。」
「…………。」
「君の心理的傾向、性格。特性。いや。縛られている。ともいってもいい。君の全て。……っと、それは言い過ぎたけど。……君の殆どがこのカルテに書かれている。」
「…………。」
「優しいね。君は。……鍵は、僕の心臓の真横にある。心血管と絡めてあるから、確実に僕を殺して、体を引き裂けば出てくるよ。」
「…………。」
「だけど。俺を殺せない君じゃ、ここからは出られない。……何かを犠牲にすることで。何かを得たり、守ったりする。そーゆー事が極端に出来ないから、君はイーネ君に嫌われてるんじゃないの?」
「…………。」
「良く、喧嘩する度に言われるんじゃない?"偽善者が"って。」
「…………。そんな事まで載ってるんですか?」
「まぁ。似たような事は。かな。」
お互い表情を変えない。
またタトラスのカルテが、ひとりでにパラパラとめくれだした。
ドクンッ
アンカは、自分の心臓が強く波打つような感覚を覚える。
それと共に、体も燃えるように熱くなり、心臓が握りつぶされるように痛みはじめ、思わず胸元に手をやり強く押さえつける。
そんな事で痛みは収らず、むしろ強さが増していき、立っていられずに、うずくまるようにしゃがみ込む。
タトラスが言う。
「俺は"カルテ"に疾患も書き込める。君に書いたそれは、"ヒューマンキリング"の異名を持つ蜘蛛の毒だ。たった数秒で全身に回り、数分で死に至らしめる。そいつの怖い所は、全身の皮膚が焼けただれたよう変質し、それを触った他者にも移る所だ。その毒によって、たったの数十分で片田舎の村が3つも潰れた。強すぎる毒に、解毒薬はいまだに開発されておらず、特定危険生物に指定されている。」
アンカはうずくまったまま動かない。
タトラスはその様子を真剣に見ていた。
(……皮膚の変色が見られない。)
タトラスがそう思った時だった。
アンカが立ち上がる。
毒によって滲んでいた汗や、皮膚の紅潮も引いていて、毒に侵されているとは思えない笑みを、タトラスに向けた。
アンカが言う。
「貴方の力はイーネに近い。」
「……へぇ。」
「そういう能力に必要なのは、情報とイメージです。貴方は、極端に逸脱した疾患をかけられない。例えば、俺が寿命を迎える。とか。」
「……そーだよ?」
「蜘蛛の糸に捉えられていた俺に、蜘蛛の毒はイメージしやすかったんでしょ。そういう系統の能力者からしたら、俺みたいなのは嫌になるそうですよ?凄く、直感的に力を使うから。」
「あぁー。確かに。分かるかも。っで?蜘蛛の毒は治されちゃった感じかな?」
「治すのは専門外ですよ。これでもね。浄化に近い感じですかね?」
「いや。それ。治ったと同義でしょ?……!」
すると、タトラスが「はぁ……。」と見るからに落胆した様子を見せる。
「残念。…………これで俺も、君も殺せない。ということが照明された。拮抗状態で時間を潰すだけかなぁ。」
「……いつまで拘束されるんですかね?」
「君以外の全員が死ぬ。その時までだよ。」
2人の間に緊張が走る。
アンカはタトラスから視線を外すと、部屋の壁に向かって歩きながら話す。
「……俺。あいつらがあんなに楽しそうにしてる所。見た事なかったんですよね。いつもどこか不満げだった。」
アンカが部屋の壁に、片手の平べったりとつける。
「……なんで。家族が殺されるのも止めたいですし。家族にできた仲間が殺されるのも止めたい。……いっそのこと、ジャンクも消えて。核師達は能力を活かして仕事をしながら、マシロさんといった貴方達も、穏やかに生活する。……そーはなりませんかね?」
アンカの手の平を中心にして半径2mの円状に、白い壁が真っ赤に染まり、何百度にもなる高熱となっていた。
壁の周囲の空気が蜃気楼のように揺らめく。
アンカの質問にタトラスが答える。
「マシロもテステオーレも。神に成り代わろうとして失敗して。次は、また"あの人"に会おうともがいてる。そのキーパーツが君達である以上。戦争は免れない。自分の大切な人が殺されたくないのなら、敵である俺達を全滅させることだね。」
アンカが手を当てる壁は更にも増して高温になる。
アンカが言う。
「タトラスさん自身は、何でそっち側で戦うんですか?」
それにタトラスが答える。
「……何だかんだで。みんな会いたいからだよ。あの人に。……別に皆んな、好戦的な訳じゃない。……ただ、会える可能性のある作戦にベッドして、協力してるだけ。」
アンカは壁から手を離す。
壁の赤みはみるみるうちに収まっていき、元の白い壁に戻って、何の変化も見られない。
アンカが言う。
「本当に。"俺"じゃこの部屋から出られそうにないですね。」
「言ったでしょ?耐火特化だって。ピーちゃんが、そう願って作った部屋は、そーなっちゃうんだよ。君がもし、炎の神であったとしても出られない。……俺を殺す?」
「……………………殺したくないですね。」
「殺せないの間違いじゃない?……あぁ。力の話しじゃないよ?どちらかと言われれば、精神的な意味で。」
「…………。」
アンカはタトラスの方を向く。
タトラスはアンカに語りかける。
「もし良ければ、俺と雑談でもして過ごさない?」
「何か話しのネタでも?」
「まぁ、一つくらいはね?」
「………………。じゃあ。付き合いましょうかね。それが終わったら。出て行くんで。」
「………………………………へぇ……。」




