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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【二章】殺人鬼の晩餐
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3:戦場の白百合

―――――私は貴方の剣となりましょう


冷たい空気を震わせて、そんな契約(ことば)が聞こえた。


―――――私は貴方の盾となりましょう


その声は、とても凛としていて、何者も寄せ付けない、犯し難い雰囲気。


―――――それはそうと、そろそろお目覚めになってはいかがですか?


真冬の早朝の、(さざなみ)一つない、紺碧の湖。或いは、真夏の淀んだ街中に、突然姿を顕す、冷涼な風。

どちらにせよその声は、目覚めろと、言っている。

その言葉は、覚醒への一要因となり、それは小さな泡沫ほうまつになり、上へ上へと上る。自分がいつしか、睡眠という怠惰と惰性を秘めた水面の泡沫うたかたになっているとも気付かずに。

するといつしか、意識が覚醒する。




「お目覚めになられたのですね、我があるじよ」


意識の覚醒直後。眠りから醒めて、伸びさえもまだしていない。

そんな折に、突然言葉をかけられたのだ。

それは、無意識下で聞いた声と同じ。意識を表層に連れ戻した声。

そしてその声の主は、いつしか見た、一人の少女であった。


「どうなさいました?気分が優れませんか?」


ベッドの隣で片膝をついている少女は、金の髪をなびかせて、ひどく心配そうにこちらを覗いている。


「あぁ、夢じゃなかったのな」


冷静にボソリと呟いた。

事情は全て、昨日の時点で聞いている。

だから、驚けるはずもない。ただ、驚かないことと、許容できることはまた別の話である。

つい半日前のことが、映像として蘇った。






「それで、この子は?」


凛として佇む少女を横目に尋ねる。

それに対して、茉李は、少し待って、と一言告げて、しばらく、うんうん、唸り、そして唐突に。


「色々と、省略するけど。簡単に言えば、具現化に分類されるんだけど………わかる?」

「ええっと、つまり」


………具現化。

言葉の意味どおりだとすれば、抽象的な存在を、具体的なもの、形のあるなにかに置き換えることだ。

しかし、そうすると矛盾が生まれる。

そもそも、あの洞窟の劔は、抽象的な存在ではない。

"劔"という具体的な存在、誰にでもわかる姿形があり、それはつまり、抽象概念の世界には居ないということだ。

では、抽象的でないものを、更に具現化するとは何なのか。

ほとんどない情報から、いくつかの情報を選んで、道を作る。

例えば、概念に段階があるとすれば、人は物質の上位であるだろう。

仮にそうだとすると、話は確かに辻褄が合いそうな気がする。

そんな考えをこねくり回しながら、茉李の話を聞く。


「つまりはね、ある場所に留まった思念体が、物質としての体を得たって事なんだけど…」

「思念体……、それって……」

「彗、わかるの?」

「ん、まぁ。昔読んだ本に書いてあった、気がする。確かあれだ。特定の集団や個人の思念がまとまってできたもので、抽象的なときもあれば、それとは逆の事もある。とかなんとか……」


そこまで一人で話して、ふと、茉李の方を見る。


「彗って、博識なんだね」


そう言って向けられた視線は、一人の少女のものではなく、一人の魔術師としての憧れの目だった。


「まぁ、入院してる間は暇だったからな」

「入院って、この前の……」


そう言いかけて茉李は、はっと息を呑む。

多分察したのだろう。入院とは前回のものでは無いと。


「あの、ごめんね。その……嫌な事を…」

「終わった事だよ、気にしてない。それで、話の続きは?」


無理に気を遣わせる必要はない。だって、事実なのだから。


「あ、うん……。それでね、思念体が体を得るのはそう珍しい事じゃないんだけど、ここまで戦闘に特化しているのは……」

「極めて稀……ね」


ため息混じりに茉李の言葉を継ぐ。


「うん……そうなんだ。だから、まだ詳しいことは判ってなくて……」

「いいよ、詳しい事は俺から聞くから」


そう言って、視界の端にいた少女を中央に据える。

黄金の劔の具現化だという少女は、その印象通り、雰囲気そのものが黄金こがねであった。

黄金の髪は、第三応接室と称される小部屋の窓から差し込む光に透けて、その輝きを増している。透けて、翳りを背負ったその光はエメラルドグリーンの瞳に、幻想的な眼光を創り出している。

茉李に勝る、とは言い切れないが、それに劣らない美貌の持ち主であることは、間違いない。


「ええっと、名前は……?」

「その前に一つ、伺ってもよろしいですか?」


丁寧な物腰に、少し恐怖を感じつつ、頷く。


「あなたが、私を呼び覚ましたのですか?」

「まぁ、契約をしたのは俺だけど」


すると。そうですか、と呟く。


「シュヴァリエ=アリス=アフトクラトル、と申します。我が主よ」


少女は名前を告げると、目の前まで近づき、深々と礼をした。ドレスを着たメイドさながらに。


「あ、あぁ。早乙女彗、だ。よろしく………」

「彗様ですね。あぁ、それともご主人様、のほうがお好みでしょうか……」


真剣に考え込んでいる様子だが、そんなにも考え込むような内容ではないと思う。


「まぁ、それは後々話そう。色々と聞きたいことがあるんだが、いいかな」

「えぇ、我が主のご命令でしたら何なりと」

「ええっと、君の事について、可能な限り、全て教えてほしい」

「あぁ、そういうことでしたら……」


そう言って、右手を差し出す。


「主様、手を」

「ん、あぁ………」


差し出された右手に左手を合わせる。ほんの少しヒンヤリとした温度が、伝わる。右手と左手の熱量がだんだんと同じになる。

そうなっていくと、その境界が薄れていって、それが極限に達すると、同一の存在にさえなれる。

というより、実際のところ意識は一体化している。

体の何処かに、幾億本という根を張った樹のが中空に浮いている。それは意識の表層ではなく、深層部。

意識という形而上の物を、仮に湖という形而下の概念に投影したとすれば、その奥底。表面がいかに淀もうと、その下の層は澄んでいる。上澄みが上澄みと言う名を冠するのなら、それは通常上の方向へと向かうのが澄んだ部分だ。だけど、この湖は違う。下に行くほど、その純度は増す。

沈むほどに、繊細な水。水中であるのに、呼吸ができる。体は勝手に沈んでいく。

たが、いくら沈んでも視界の半分を覆うのはあの樹の根だ。

それほどまでに深く、侵食している。なにか、不吉なものを感じる。けれど、下に引っ張られるのは止められない。

そのまま、際限無く沈んでいくと、湖底の様なものが見えてくる。

しかしそこは終わりではなく、何かとの接続部分に過ぎない。結局は別のなにかの始まり。

でも、そこには居た。あの、少女が。

正確には居たという証拠、ぬくもりに近い何かがその少女をかたちづくっていた。

そしてその場に辿り着くと、その刹那に脳を何かが貫いた―――。


ぷつり。


無機質な音が聞こえ、そこで映像が途切れた。



「――――――――――――――――っ」

「あ、彗。大丈夫?」


声が上から聞こえた。どうやら、机に突っ伏しているらしい。


「あ、あぁ……。悪いな、最近こういうの多くて…」


上体を起こしながら、バツが悪そうに頬をかく。


「ほんと。寝るのが好きなんて、赤ちゃんみたいね」


その微笑みに、赤面する。

それと同時に、隣から視線を感じた。


「ご無事ですか?まさか主様がここまで魔術に不向きでしたとは………。私の未熟の致すところ、どのような処罰も甘んじて受ける所存です」

「そんなに、気にしないでくれ」


真剣な眼差しで訴えかけてくる少女。その真摯さに、やや気圧されながらも、何とかなだめる。

そうでもしないと、きっと少女はなんの躊躇いもなく自らを傷つけるような気がする。

無論それは、ただの自意識過剰に過ぎないかもしれないし、それはそれで悪い事ではない。


「それに俺が魔術を使えないのは………」

「体質のせいだからね」


と、尖った声が横から飛びたした。


「ま、茉李………」

「自分のせいだって思ったら、怒るからね、私」


頬を膨らませて、茉李は批判の眼差しを向けてくる。そんな表情に、わずかに頬が綻ぶ。

そんな呆けた顔を、もう一人の少女はまじまじと眺めていた。

日は少し傾いて、地平とやや近づいたのを誇示するように、その威光を一層強めた。





その後、他愛のない会話をして、早乙女彗とその従者つるぎは家路を急ぐのであった。

別段理由があるわけではなかった。けれど、何かがそうさせたのはたしかだ。きっと、あの兄妹の事が気にかかったのだろうと、下衆げす勘繰かんぐりにも似た事をした。




そして今に至る。


「ええっと………なんて呼べば」

「お好きなようになさってください」

「どの部分が一番気に入ってるとか……」

「お好きなようになさってください」

「これだけはい……」

「お好きなようになさってください」


そこまで食い気味に言われると、申し訳なく思えてくるし、困りもする。晩ご飯は何にする?と言う問いに対して、なんでもいい、と答えられたときの母もこんな感じだったのだろうか。白黒のとばりを身にまとった古ぼけた記憶が喚び起こされる。無力感も、行く宛のない憤怒も、僅かな寂寥さえも伴わずに。

そんな表情を見かねてか、それとも何か別の意図があったのか、少女は


「私は、貴方の決めた事ならば全て諒解する、と申しているのです。どうか、お気を悪くなさらないでください」


と言って、やや申し訳なさげに目を伏せた。

なんというか、人の良さが伝わってくるというか、その真摯さは偽りのない――元より疑ってなどいなかったが――ものだと、痛感した。


「大丈夫だ、気は悪くしてない。むしろ、俺のほうが心配だったんだ。嫌われてるんじゃないか、なんて思ったりしてさ」


その一言に対し、慌てて強く否定しようとする。ただ、その言葉を口にする前に、まぁでも、と切り出す。


「嫌われてないなら安心した。これからもよろしくな」


本来なら昨日言うべき事だったろうけど、相手は快く頷いてくれた。


「はい。主さ……」

「あとそれも無し、主様なんて時代錯誤なのは撤廃。俺の事は彗でいいよ」

「で、ですが……主様の名をその様に呼ぶのは、礼を失するというもので、あなたの従者たる……」

「まぁ、その堅苦しい口調はいいとしても、だ。俺は君のことを従者だなんて思わないし、君も俺を主なんて思わないで良いんだ。だから」


だからどうしろと言うのだろう。

今の彼女に何を望み、何を求めるのだろう。

自らを人ではなく、武器であると、道具であるとする少女。これまでのどの瞬間よりも、その眼差しは真っ直ぐだ。


「だから………」


言葉に詰まる。何と言えばいい。こういう時なんと言えば、彼女は納得するのだろう。

今更になって、人との付き合いを疎かにしてきたことが裏目に出た。

もしかしたら。

彼女はむしろ"従者どうぐ"として扱われたほうが、楽なのかもしれない。

戦闘に無駄な私情など、武器であれば要らないのだろうし、それが無ければ戦いの中で死ぬ確率は下がる。更に言えば、守る対象である主は戦闘、魔術共々素人。戦闘の方に関して言えばまだ救いはあるのかもしれないが、魔術の素養に関しては会う魔術師全てに最低評価を受けている。

彼ら曰く、呼吸する超容量魔力タンク、と。

そんな自分を補佐、ないし保護するのであれば、それも致し方ないのかもしれない。結局答えは出ない。ただ余計に袋小路に入っただけ。


「何かお困りでしょうか………」

「え……?」


少女はいつの間にか、下から覗き込むようにこちらを見つめていた。


「お困りでしたら、私にお申し付けください。できる限りのことは致します」


――――あぁ。何を考えているんだろう。

起こるかも分からない未来を、今考えても意味など無いのだ。早乙女彗は全知全能ではない。あるはずが無い。

なれば、不可視の世界を探しても意味はない。だから、今この刹那を選び取るしかない。


「あぁ、そうだな。困った時は頼む。戦いに関しちゃ、俺はドがつく素人なわけだし。だけど、君が困った時は俺を頼ってくれ」


そう言って、座っていたベッドから立ち上がる。少女は未だ片膝をついたままだ。

立ち上がったのはいいが、さてとうしたものかと、考え込んでしまう。

ただ、どうしても一つだけ言いたいことがあるのを思い出した。


「そうだ、名前……」

「はい……なんでしょう」

「シュヴァリエ=アリス=アフトクラトル、なんて長いだろ?だから、そうだな………」


思案に明け暮れているこちらを、心配そうにこちらを見つめてくるのはなぜなのだろう。


「アリス」


一瞬、少女――そして今はアリス――は、驚いたように、目を大きく見開いた。それから、幾刹那かのち、はい、と頷き、そして立ち上がった。

意識していなかったが、結構小柄なのだと気付いた。ちょうど頭一個分程。


「さっきも言ったが、よろしく」

「ええ、こちらこそ。あるじ…………………」


息が詰まって、数秒の逡巡。そしてその後。


「………………彗……」


柔らかな微笑みは、慈愛と共に。或はそれは、声と共にあったかもしれない。たけど確かに、感じ取れた。

それが何なのか、契約の恩恵か、はたまた代償か。善なるものか悪なるものか、或いはそのどちらもか。

今はまだわからない。けれど、いずれわかることだ。




だから今は、差し出された手を握る他ない。



――――――――たとえそれが神であれ、悪魔であれ。

やっと試験が終わり、執筆したのも束の間、何かよくわからない風邪をうつされ、孤軍奮闘の末、遅ればせながら投稿。


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