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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【二章】殺人鬼の晩餐
32/36

1:殺人嗜好者

長い藍色の髪は後ろで結ばれ、男が不可思議な動きをする度に数瞬遅れて揺れ動く。

黒い帝国の軍服と、赤い腕章。

その腕章には銀の刺繍が縦に三本、その隣に金の刺繍が三本、夫婦のように並んでいる。そしてその刺繍とは全く異なる金属製の六芒星が二つ、他の二つを圧倒するように佇んでいる。

銀の刺繍は尉官を、金の刺繍は佐官を、六芒星は将官を示しているので、この男は中将、ということになる。

人が見てくれだけではないのだと、こんなにも表現するのはなかなかに難解であると思わざるを得なかった。

そしてそれと同時に、焦りが瞬間的に勢力を増した。

今まで狭かった部屋は、更に一段と狭く感じる。それは、男の発する雰囲気が尋常ではなかったから、というのもあるが、多分最も大きな要因はその切れ長で少し垂れた目であった。

左の瞳は地獄の口が開いたかのような、まさしく煉獄の炎と言うにふさわしい真紅。

右の瞳は、左の発する灼熱とは真反対の極寒。それは純白と言うにはやや(かげ)りがあり、それでも白さの際立つ瞳は月――いまだ踏まれたことのない裏側――がごとくであった。

その双眸は見るものを、或いは魅了し或いは戦々恐々とさせた。

無論、彗は後者であった。


「君が、最近入ったばかりの新入り。だったね」


どこからその情報を仕入れたのか。その言葉が本来なら飛ぶはずだった。

しかし焦燥の局地に至らんとする思考は、そんな単純な返答さえかくしてしまうのだ。

と、相手の中将は思ったであろう。

しかし、彗の思考はいたって冷静であった。


「その質問に答える前に聞かせていただきたい。ここはどこか」


やや語調を強く――自分が思うよりも更に強力に――相手に抗うように言い放たれたそれは、敵意以外には何も込められていなかった。


「ほぉう、この状況で私に質問をするか。いや、なかなか面白いが、少し危険だとは思わないか」


その返事に、待ってました、とばかりに得意げな顔で彗は先程より口調をやや穏やかに話し始める。


「身の上に危険が及ぶ心配はありませんよ」


そう切り出すと、相手は僅かに緩やかな傾斜を描いた眉の角度を少し急にした。


「簡単な事です。一〇年前の災害の時点で、連邦と帝国の二国間には、文民軍人問わず危害を加えることを禁止する条約が結ばれています。それをおろそかにしたものは、たとえ中将であっても謹慎か降格、最悪クビなんてことになりかねません。まぁ、せっかくの中将という地位を私みたいな何も知らない()()()を殺すことで手放したいのであれば止めはしません」


男に対し、威勢よく言い放った。勿論、最後の言葉は虚偽であるし、その威勢の良さだって半分は虚勢で構成されている。

が、それ以外は全て正しい、事実である。

一〇年前のあの災害で両国の領土には理外者(デリッター)――帝国ではファングと呼ばれていた――が出現し、即時対応を求められた。

その結果、慢性的な疑似冷戦状態は一時的に終結。また二国間で、この未知なる存在の姿がこの星表面から消え去るまでの友好条約が結ばれた。

だから、この状況下で敵国とはいえ有効条約を締結した国の一般市民を殺せるはずがない、と踏んだのである。


「仮に今ここで君が死んでも、証拠を消せばいい話だろう?」

「そんなことを、帝国樹立当時から続く軍隊がしますか」

「場合によっては……ね」


そこで焦りを見せてはいけない、と強く言い聞かせながら何かに納得したような面持ちになる。

そして、しばらく考え込んでから、なるほど、と前置きをする。


「なるほど、そんなふうだから帝国は衰退を続けるんですね」


男の表情が変わった。灼熱地獄を秘めたその左目が僅かに痙攣(けいれん)し、再び眉の角度はは急傾斜になる。

これは一種の賭けだと、その時思った。逆上されれば反応する暇もなくこの世界とは永遠におさらば。

かと言って、こんな安い挑発に乗るとも思えない。


「それは、帝国軍人に対して言ってはいけない言葉だと知ってのことか」


語調が荒っぽくなった。

一筋の汗が、小さな流れとなって頬を伝う。その一〇倍の冷や汗が背中に滝をつくる。

これは失敗か、とそう悟った。

きっと数分後には死んている。死んでいて当然のことを言ったのだから。


「えぇ、自ら選択することを捨てた、帝国軍人に対してね」


人生最後に、嫌味をたっぷり込めた言葉を吐き出して、死とともに同棲する準備をする。

本来は様々な手順があるのだろうが、今回は簡単で、ただ目をつぶるだけ。

それだけで世界は終わるのだ。

せめて最後に、さよならを言う相手ぐらい欲しかった、と内心で思いながら、すべての現象を自然の成り行きに任せる。






「まぁ、合格といったところですかね」


声が聞こえた。

その声はもはやなんの怒りも、策略的な響きも無く、ただそこに居る相手と、そこには居ない相手に対して告げられた言葉、という響きだった。

数瞬の硬直と、その直後の虚脱感。

あたかもそれは魂の引き抜かれた操り人形(マリオネット)のようでもあった。


「おや、まだ目を瞑ってるな。まさか人形なんてことは無いだろうな」


と、先程の声が続ける。

その直後に肩に重みがかかる。そしてじわりと、人の体温が服越しに伝わる。


「あぁ、えっと………」


慌てて目を開け、肩にのしかかる重みの主を見やる。勿論、帝国軍の服を着た、彗より頭半分だけ背の高い、あの男が立っていた。

あの小部屋はいつの間にか跡形もなく消失し、そこには先程の部屋の何十倍もある、大広間へと移り変わっていた。

どこか見覚えのある、大広間だった。

そしてその男の目を再び見すえ、そしてその後ろに控える仲間と思わしき一団を視界に捉え、思考が音速にも似た速さで稼働を始めた。そして三秒ほどの間に導き出された答え、それは、一連の出来事が試験であった、ということだった。

その者の在り方は信頼するにあたうか否か。

その技量は命を託すに足るか。

その思考は彼らに利益をもたらすかどうか。

体感としてほぼ一日の出来事は、すべてが仕組まれた、試験であった。

それも、出題者の(たち)がとびきり悪い類の。


「つまり、騙された。ということなんでしょうか」

「うん。そういう見解で間違いない」


きっぱりと言い放たれ、もはや反論の余地がなかった。

仕方無しに、ため息を一つ吐く。

すると、脳裏の水面に急浮上したのは、漆黒の瞳と絹の髪を携えた、端正極まりない美貌だった。


「そうだ、茉李。茉李は…………」

「無論、無事さ。当たり前だろう?我らがお嬢なんだから」


男の話しぶりは、執事のようで、しかしどこかに侮りのような含みがあった。

そんな男を横目に、彗は他のことに思考を巡らせていた。

お嬢という言葉はたしかに彼女に似合っている。が、そんなことよりも、彼女の無事を知れた時、安堵の泡沫がその存在を大きくした。

再び口から漏れたため息は、前回のものとは違ったものであった。


「そんなに安心したかい?」


やや楽しげに、男は訪ねてくる。


「えぇ、まあ、命の恩人ですから」


果たしてそれだけが理由なのか?と、言いたげな目を向けては来たがそんなことは関係ないとばかりに視線をそらす。

勿論、それは図星だ。

命を助けられた事だけに恩義を感じている訳ではない。

それ以外のことのほうが、もしかしたら比重が重かったかもしれない。

などと一人、思考の洞窟で孤独な推測を弄んでいる時、男の背後から声が聞こえてきた。

どこか聞き覚えのある声だった。


「やぁ、小僧。この前はどうも」


その声は、怒りという火薬を込めた弾丸を殺意という銃身に装填し、撃ち放たれたものにも似ていた。

思考の洞窟から、記憶の宮殿へとスイッチを切り替える。

一国の主が住むにしても大きすぎるその宮殿の中から、その声の主のことを懸命に思い出そうとする。

しかし、結局見つけられなかった。

ほとんど初めてに近い出来事に、やや驚きながらも、おそるおそるその憤怒を身にまとった男を見る。


―――薄汚れた軍靴ではあるが、紐はきちんと結ばれている。

そうデザインされたのか、もしくは経年劣化などによってそうなったのか判然としない、だらしのない黒のスラックス。

やけにその長さを主張する、軍用の合成皮革のベルト。

そして下半身を覆った服の色と同じ色をした、第二ボタンまで開け放たれたシャツ。そこには所在なさげに結ばれた――これもまたゆるく締められていて鳩尾(みぞおち)のあたりに結び目が来ている――ネクタイ。

そして――――――――。


―――――思い出した。

やや彫りの深い顔は、西暦世界(むかし)の彫刻にも似ていて、身だしなみを整えれば確実に男前だ。

だが目の前の男がそう呼ばれるには、まずほとんど無秩序にその手を伸ばす髪をなんとかせねばならないだろうし、顎に薄く生えた不揃いのひげも剃らねばなるまい。

それと、気だるそうな目と、始終くわえている火のついていない煙草もだ。

そんな一瞬の感想と、同時にもたらされた記憶は合致した。

それは、いつぞやの洞窟にて、全身全霊のアッパーを喰らわせた男であった。確か、誰かから隊長と呼ばれていた気がしたが、何故かその部分だけ思い出してはいけないと、記憶しているはずの脳細胞が悲鳴を発する。


「あ、あんたは………」

「あんたじゃねぇ!あなただ!俺はお前の上司なんだから!」


さらりと、衝撃の事実を告げられた。

まさか一度アッパーを喰らわせた相手が上司だ。そんな事ありうるのだろうか。まぁ、その生き証人が目の前で睨みつけてきているが。


「あぁ…………その………………」 


なんと言えばいいのか。というか、なんと言っても弁明はできない。


「まぁ、話は後でゆっくり、時間をかけて丁寧に聞いてやるから。とりあえずは………」


そういって、手招きをする新しい上司。

嫌な予感。ただそれだけしか頭にない。

しかし、そうやすやすと上司の命令に背くわけにもいかない。

少なくとも、組織に組み込まれた一個人として、当然のことではある。


「はぁ…………ただ今そちらへ………」


その直後に幾度めかのため息をつく。深く深く。


「なんだ、そんなに不満か?」


天井を見つめながら、男は問う。


「不満云々より、これから先の展望が全く見えないことに対する不安、ですかね」

「そうか?案外良い方向にしか向いてない気がするけどな……」


ぼそり、そう呟いた男の名前をまだ聞いていないことに気づいた。

それは相手の方も同じだったらしい。

視線を天井からこちらに移し、そして僅かに呻いたあと。


綺崎修哉(きさきしゅうや)だ、よろしく」


と、簡潔に名前だけを告げた。今度はこちらの順番だと、そう思い口を開こうとする。

直後、綺崎の掌が目前に迫る。


「いや、知ってる。当然」


と、どこか冷めたような口調で言った。

一体何を思い、何を考えこのような様相に至ったのか。彗の知るところではない。


「行くぞ」


しばらくの沈黙に、居たたまれなくなったのか。それとも何か別の理由があったのか。

考えるだけの時間は十分にあったが、それを考える前にもう一つなにか引っかかるものがあった。

記憶の昏い底に、黄金のシルエットが浮かび上がる。

無論、その思考は綺崎の声で途切れたが。


「ええっと、どこへ…………」


その問いに対し綺崎は、お前は莫迦か、と言いかけて再び考え始めた。


「教会さ。まぁ、話は道中でするから、黙ってついてこい………。あぁ、だが。服だけは変えよう」

「ふ、服?」


と、自分の姿を見る。

あぁ、たしかにひどい姿だ。敗残兵か浮浪者のどちらかに見られてもおかしくない。


「ほれ、ここの服だ。なんも手は加えてないからただの服だがな」


と言って投げられた黒い服。

それは几帳面にたたまれていて、わずかに洗剤の匂いがした。


「さっさと着替えてこい。そしたらすぐに出発だ」


とは言っても。どこで着替えればいいのか。

更衣室はどこにあるのだろう。

あたりを見回すも、そういったようの表記はない。

綺崎の方を見ると、俺の後ろの方を指さしている。

見れば、そこには細い道があった。

まっすぐとその道を進んた先にあった更衣室で着替えを済ませ、足早に戻る。


「おぉ、なかなかに似合ってるじゃねぇか。うむ、さすがは呼吸する象牙細工君だな」


そう訳の分からないことを言い、すたすたと歩きはじめる。

多少の引っかかりを心に残しながら、ついていく。


「あ、ええっと。教会……でしたよね」

「あぁ、そのとおり。教会さ。なんの変哲もない」


やけにそわそわとしている。なんだか落ち着きがない。

時おり、左右に目を流している。


「たけど、ちょっとした事件があってな」

「デリッターの被害、ですか」

「そりゃあまあ、俺達に回ってきたんだから」


広間を抜けた。

ガラス張りの自動開閉扉が開き、外界の空気が舞い込む。

心地の良い、乾いた風。

春の暖かさが染み込んだ空気が、体を包み込む。

呼吸の度に、体は喜びの声を上げる。殊に肺が幸せだ。

差し込む光は、生を実感させる。

皮膚を通り越して、内臓にまで心地よさが伝わるようだ。


「あぁ、やっと出られた!なんで局内は禁煙なんだろうなぁ」


あぁ、それであんなに。と、一人で納得してしまう。

そんな俺の事は既に眼中になく、ポケットからライターを取り出し、ずっとくわえていた煙草に火をつける。

深く吸い込み、大きく吐き出した。煙が大気と混ざり合う。


「さぁて、向かおうか。現場にな」

「ああ、そういえば具体的に何があったんですか?その教会で」

「殺し…………、あぁ、あれは殺しだろうな」


何かを確認するような、僅かな空白。


「まぁ、その場所で見たほうがわかりやすいだろう」


そう言って、右手を上げる。すると、通り過ぎようとする車が止まった。どうやら来るまで行くらしい。

車に乗り込むと、数枚のコピー用紙が渡された。

そこには、無残に切り裂かれた、人だった"モノ"が写し出されていた。それは、吐き気を催すまではいかないまでも血の気がひくのには十分な写真であった。


「これは……」

「吐くなら外で………なんだ、意外と平気そうじゃないか」


軽く驚きを見せつつ、話を続ける。


「そいつは、今から行く教会で起きた事件だ。二日前、そこのシスター達が発見した。被害者は八人、全員そこに住み込んでいる聖職者。生存者は勿論いない」

「見ればわかります。こんなので生きてられるはずが………」


そうつぶやくのも当然の惨状が、写真にはあった。

一人は首と体が八(メートル)離れた場所にあり、その間には鮮血の赤絨毯が広げられている。

一人は手足が別人のものに変えられている。

一人は首が天井から吊るされ、手と足は地面にめり込み、胴体は四等分されていた。

そして残った五人は、文字通り挽肉と化し、それは赤黒い小山を成していた。

やはり人、少なくとも、人の感性を持ち合わせているもののやることでは無いのはよくわかった。


「それで、そのシスターっていうのは……」

「一人は血の海を見て卒倒、他の二人が通報した」

「あ、いえ。そういう事ではなくて」


じゃあ何が聞きたい、と言う視線を投げかけてくる。


「話は聞けるのかなぁと…………」

「勿論聞ける。教会は一時的に閉鎖されてるが、そこに隣接した家で保護されてる。だが、話を聞いてどうする?相手は人間じゃないんだぞ?」


確かにそうだ。それに、その発見したシスターというのが犯人を見ているわけでもないのだから、聞く必要はない、か。

ひとり、思案に明け暮れていると。


「ただな、話の核心はここからなんだ。実は、こういった事件が最近多発している。どういうことが分かるか?」

「同一犯……ですか」

「あくまで、可能性の話だがな」


楽しげに笑う綺崎。一体何が楽しいのやら。


「でも、そんな知能犯じみたことやりますかね、デリッターが」

「素人が何を言ってる。居るんだよ、知能を持ったやつが。ごく稀にだが」


そう言って、車窓の外を流れる、日常の景色に目を向ける。その仕草に、何かを感じないわけでもない。だが、それ以上に、その言葉の響きが頭の中で渦巻いた。


「そうなんですね、勉強になります先輩」

「あぁ、その敬いついでにウイスキーでも買ってこい」


その言葉に嫌味がこもっているのか、こもっていないのか、窺い知るところではない。

だか、やられっぱなしは性に合わない。

せめてもの反撃をと、嫌味を込めてこう言った。


「後輩への優しさとして、車内で煙草はやめてください」




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