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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【一章】霧の伽藍
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18:幾重に重なる壁

咄嗟に、右手にあった役立たずの劔だったもので受け止めようと腕を上げる。が、その劔として破綻している姿が視界に入り、苦い絶望を味わう。


――――――あぁ、本当に死ぬのか。

今からじゃ、何をしようにももう遅い。結局何もできずじまいか。


斧が振り下ろされる。くるくる、くるくると。目まぐるしく回る視界。

おかしいな、痛みが全く――――無い。

死ぬなんて言うのは案外、さっぱりと終わるものだったのか。

もっと生々しく感じていたのは俺の勝手な想像だったんだな。可笑しな話だ。とんだ茶番だよ。


くるくる、くるくる、くるくると。

まだ回るか。諦めの悪い死体だ。さっさとその体を地面に叩きつけて無残に血の花を咲かせてしまえ。


くるくる、くるくる、くるくる、くるくる。

あぁ、右手に手応えだ。肉を断ち切る感触、劔が静かに筋繊維の隙間に染入りそのまま全てを断ち切る感じだ。


くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる。



痛み。やっと来た。遅れて。遅いな。俺はもう――――。


「――――がぁぁぁあああっ――――」


世界を震わす咆哮。耳をつんざくその音に、そして体にはしる痛みに。

意識が覚醒する。不明瞭だった世界の実像がはっきりと見える。

地面との激突の音が耳に入るよりも早く、自分は無意識の裡に受け身を取っていたらしい。

先程感じたほとばしる痛みとは全く無縁なくらいの無痛。

体は尚も少し転がりながら、相手を視界の端に捉える。


おかしい。

全く無傷なのもおかしいが、それ以上に黒い靄をまとった騎士の巨大な石斧を握っていた右腕がないという現実が。


「なっ、なんで……」


疑問が頭を埋め尽くす。視野の中のあらゆる情報を取り込み事実の解析に取り掛かる為、脳はフル稼働する。が、それでもだ。

未だに答えは見えてこない。それでも諦めずに、思考回路が焼き切れるほど考え抜いた。

そして辿り着いた答え――――。

静かに右手の劔に目を向ける。劔として機能しなくなった、破綻したその姿を今一度確かめようと。


「―――――――――」


どうしたものか。おかしな現象が視界の上で起こっている。

破綻して無くなっていたものが、再びこの世界に形を取り戻している。

焼ききれた思考回路の幾本かが再び繋がり、また動き始める。


「――――どういう」


言い終わるよりも早く、視界の端にあった黒い靄はこちらに猛突進をしかけてくる。



――――世界が緩慢になる。

――――モノクロが世界に広がる。

――――その中で唯一色を持ち続ける、劔。

――――体を熱が駆け巡り、溢れ返らんほどの魔力が劔の中へと吸い込まれる。


波のように繰り返す嘔吐感。

唐突に身体が器になったかのような空虚感。

終わることの無い赤と金の螺旋が目の前を通り過ぎ、空中で絡まって一つの線となり、そこに世界が集約される。

ただ一点に濃縮された高密度な世界はその重さに耐え切れなくなって、ぶつん、と。さながら音を立てて切れる糸の如く爆発的な速さで拡がる。


体はそこにある。何も言わず、何も感じず。

只そこにある。

疾風と共に黒い靄が、距離を詰める。いや、距離を詰めたのは、自分。


無意識の支配下で右腕は自身の思い描いた通りの形をした劔を、振り抜く。

右から左に描かれた一本の閃光は空間どころか、その黒い靄という存在諸共(もろとも)断ち切る。

何の技量も、策略も。戦術も思考もそして思いも。

何一つ無い。ただ、力任せに振るわれたその暴力つるぎ

その空間、或いは時空は一瞬の歪みを見せて綺麗な色の粒子を散らしながら消えていった。

そこに残ったものは正しく虚構。

洞窟を白、靄を黒と言うのならば、その空間は透明だろう。

それもきれいな透明でなく、濁った意地の悪い方のだ。


「―――――――――ぉ、終わった…………」


唐突にして荒唐無稽な終わりは、困惑以外の何物も産まない。

それがまとわりついて、今この瞬間をおかしな世界に見せるのだろうか。

だとすれば、早急に…………。


視界が揺れる。世界が黒ずむ。輪郭という輪郭はぼやける。自身の輪郭さえも。しっかりとあるのは右手にまだ握っているという、感覚だけ。

それ以外の存在は、強制的に退去を命じられたかのように、何処かへと姿を消そうとしている。

その大移動に抗おうとしながら、自らもその流れに乗せられ滾々とした暗闇の淵の、深くへと落ちようとしていた。

少しの休憩を、自身に許そう。それくらいの権利、あってもいいは――――


「ねカせネェよ」


耳にまた新しい声の形が飛び込んできた。

それに意識がいくよりも早く、腹部に激痛。熱い、血がその部分だけを多く迸るような感覚。


「―――――ふっ」


口から血が溢れ出す。青鈍色の地面が鮮血に染まる。


「しね、死ね、シネ、ciné」


繰り返される言葉。

その何処どこか故障した機械音声のような声の主は地面で腹を抱えてうずくまる俺を、蹴飛ばし仰向けにする。

もう何度も見てきたはずの天井は何故か色がちぐはぐで、右側だけが煌々と燃えるように赤い。

訳も分からずに呆然としている。

ただ天井の緑と、訳のわからん赤がいい具合にグラデーションになっているなぁと。そんな事をぼんやり考えていた。

突然、その中に黒い影が混ざり込み、周りを飲み込む。


誰かが覗き込む。

その目は血走っていて、その瞳は真紅に染まっていて。

その影には腕が無くて、その影には感情がなくて。


振り上げられた左腕。今日、何度こんな光景を目にしたか。

幾度となく見たその世界に、飽き飽きしたのか、自然と目が閉じていた。

死を受け入れるわけでもなく、かと言って抵抗するでもなく。


頭の中では様々な感情がうごめき、一つの結末へと帰結してゆく。

享受でも、抵抗でも無く、それはどこまでも単純で。

稚拙な結果に躊躇う背中に向かい、誰かが一言添えて背中を押した。


もういいだろう。さっさとこんな茶番――――――。


「終わらせちまえ」


斬撃が飛ぶ、振り挙げられた左腕めがけて。

左腕は宙を舞う。空中でくるくると、回転しながら地面に落ちる。


「―――――ァ」


小さな呻き声が聞こえた。

それは、悲しむでもなく痛がるでもなく、ただ呻かれただけ。

そんな声、聞いたところで何も感じない。今更、何を喚こうともう――。


「――――――――ッァ」

「知った事か」


次に次に襲いかかる斬撃に、目の前の男は何も為さずにただズタボロにされる。なされるがままに、血をそこら中に散らす。

僅かな呻き声は洞窟に反響し、血しぶきは青鈍色を赤く染める。

血しぶきを散らすのは宙を舞う手や足。

斬撃の描く線の数ははさっきまでとは比べられない程多く、鋭い。

周りの地形ごと切り裂く一閃が再生するよりも早く足を身体と別れさせる。

既に意識はない。それ故、意志もなくただ斬り続けている。

まるでそういう機械だと言わんばかりに、ただただ相手の命が絶たれるまで――――――――。





気が付けは、世界はどこまでも血にまみれていた。

目の前にはもはや再生しなくなった手足を心待ちにする、怪物であり騎士であった男が、転がっていた。


「ぁ、ぁぁ―――ぁ」


ぼやける視界。朦朧とする意識。体の調子はすこぶる悪い。

頭割れるように痛むし、体中が重く、節々が痛む。

脚に力が入らず、立ち上がる事さえままならない。だが。


「き、聞きたい事、山ほどある………」


そう小さく呟き、地面に投げ捨てられている劔を手に取り、杖代わりにして立ち上がる。

立ち上がった時、蓄積された疲労とダメージがどっと襲いかかってくる。

それでもなんとか劔を地面に突き刺しながら"男"の元へ行く。



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