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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【一章】霧の伽藍
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17:白き気高き孤高の騎士

不思議な爽快感があった。

胸のすくような思い、と言うのが最も妥当な今の感想だろう。

暗く湿った洞窟の中で僅かに吹き抜ける風のように、冷涼な清々しい気持ちが溢れ出んばかりにこの身を占めていた。

いつだったか、こんな事を感じたような気がする。無論気のせいという確率だって大いにあるが。


「随分.....口調や態度が..」


そこまで言いかけた時、その先は言うな、という念の込められた右手が差し出される。

口を噤む。いや、噤まざるを得ない雰囲気に周囲が変貌する。それを創り出している張本人は、そんなことにも気付かずにホッとした、安堵の表情を浮かべていた。

その表情は勿論、人のものではない。が、一瞬若かりし頃、つまり人間だった頃の"彼"の顔と重なって見えたような気がする。

そのせいもあってか、今の怪物の顔は四割増で恐ろしく見える。

しかしそんな言い知れぬ恐怖、かつて抱いた憎悪、その他諸々の心的外傷トラウマも、全てが全て今のその重なって見えた優しげなかおの裡に消え入ってしまった。

もしそれが仮初の安寧だったとしても、それを自身にとってどうするかは結局自分次第だと、そんな事は昔から知っていたから。


「君が素直で良かった...。いや、君という人間とはもう少し話したいと思った。只それだけの事だ」


と。初めて聞いたその声からは想像もできない、巨岩の様に堅牢だったその言葉遣いは、一瞬の内に砕け散ったかと思えるほどに、唐突なその変化は、僅かながらの混乱と、それなりの安心感をもたらす。


「俺と....。話してもいいことなんて無いと思いますけどね」


やや自嘲気味にそう告げると、いいや、と首を振り微笑みながら


「君にはとても特別な何かを感じる。人として、魔術師として、若しくは騎士としてなのかもしれない。まぁ、どれにしても君には好感を抱いているよ」

「.......」


いくら見てもおかしな光景。言葉と口調が外見にそぐわない、この不思議な乖離を目の当たりにする感覚。


「.....あぁ、この姿か。私は慣れてしまったが、君にとってはおかしな乖離だろうね」


と、そう言って右腕を顔の半分腐って骨が露出している部分、更に言えばその目の空洞に指を入れ、そのまま引き剥がす。


「なっーーー」

「驚くのも無理はない。こんな手品、タネを明かされても信じられんだろうからね」


と。

手品、とそんな軽い形容をしたが、今目の前で起こったことは決してそんな言葉で片付けられるはずの無いものだった。

引き剥がされたと思われる半分の骨は瞬間に霧散し、それと同時に体は一回りも二回りも小さく縮んだ。

丸太のような手足も、睨みつける血走った瞳も、全てが空中に黒い霧となって消えていった。


「この姿なら話しやすいだろう?名前は確かーーー」


そこまで言って、空中を眺めていた目をこちらに向ける。なんとなく、その意図を汲み


「早乙女.....、早乙女彗」


などとやや辿々しくなりつつも、17年間付き合ってきた名前は無事に言葉として口外に飛び出してくれた。


「いい名だ、大事にするといい。その名を」

「は、はい....」


何故か、かしこまってしまう自分の言葉に、ほんの少し苦笑いをする。

延々と流れる緩やかな時間の中で、話し合いが始まる。


「その、話したい事というのは....」


何を言われるのだろう。

その疑問が頭の中を埋め尽くす。命を懸けた戦いをするわけでもないのに、またもや汗が頬を伝う。冷や汗が体中で出ているような気にさえなる。


「いや、もういいんだ。終わりさ。ただ、君の名前をきちんと記憶しておこうと思ってね。なに、騎士の矜持とか、男としての嗜みだとか、そんな事じゃないんだ。ただ、聞きたくなったという、それだけの事だ、何も気にせずに君はーーーーー」


そこで言葉が切れる。

継がれる言葉が何なのか、予言と言ってもいいような確信を持っている。


静かに流れる時間はほんの一瞬だけ止まり、また動き出そうとしていた。


それをいつ動かすのか。決定権は今、自分にある。

無意識のうちに劔は手の中にある。やや満足げな微笑みを投げかけられる。

その好意を素直に受け取り、強く、柄を握る。

そっと目を閉じる。

洞窟内の涼しく静謐せいひつで清らかな空気を肺いっぱいに押し込む。

酸素が体の中を駆け巡る。

それは血が体中を走り回るのと同義だ。

血は魔力の元となる。

還元された魔力は全て再び握った劔の中へーーー。


「ーーーーーーーっ」


瞳がそれを捉えた、捉え"られた"のは偶然だった。

殆ど黒い影にしか見えなかったが確かにそれは実体を持っていて、それでいて妙な、物理法則の裏側のような動きで。

黒い影がその後に続くのは確かに見て取れたが、それの発生源は瞬く間に、本当に瞬いている狭間の時間で、距離を詰めてきた。


「嘘、だろ...」


言葉に詰まりながら、咄嗟に劔を前へ。

しかしその行動など意味もない程の速さと正確さ、そして残忍さで首を刈り取ろうとしてくる。



かきん、と。金属のぶつかり合う音が聞こえたのはその一瞬ののちだった。

その音を、音として捉えた時。重い衝撃が腕から全身へと駆け巡る。

地面を踏みしめていた足が、浮く。

無論その後は後ろへの衝撃で転けそうになりながらそれを支える、なんとも不格好な醜態を晒しつつ、戦線を離脱する。


「一体、何が.......」


言葉に出そうなどと意識していなかったものが意識の外側をくぐり抜け、言葉となって驚きの代弁者となる。

ほんの一瞬、その疑問の答えが返ってくると期待したがそうはならない。

次の戦いが始まる。


ほんの数歩の距離程の間合いを一歩足らずで詰める白色だった死神はその周りに纏う靄と共に再び首元めがけて死を放つ。


が、次の一撃は完全に見切れた。

迫る死を自らの劔で跳ね除け、その反動を一瞬体勢を崩す相手に向けて放つ。

確かな手応えとともに、心の隙間に何かが忍び寄った。

二つに引き裂かれ壁に強く打ち付けられたそれは、次の瞬間にはもうもとの状態へと戻り、再びの攻撃へ転じようとしている。


不思議と相手の動きが読める。素早い動きも緩慢なものに感じる。

重かった劔も今は随分と手に馴染んだのか軽く、と言ってもやはり振り回すのには骨が折れるが、なっている。


威圧を孕んだ逆袈裟、喉に向けての刺突、そこから流れるように左薙ぎ、逆風、ほんの一瞬のラグを挟んでの唐竹。

瞬時に次の一撃が白い線となって現れる。そしてどうよければいいのかも自然と見えてくる。


体も、目も、その鋭い斬撃に慣れていく。

劔のおかげか、自身の成長か。後者は殆ど無いに等しいとして、やはりこの劔の力は強烈なものだと実感させられる。


何度めかの刺突が心臓をめがけて放たれた時、右に体をずらし劔の鍔の部分で強く上に弾く。

一瞬の戸惑いも躊躇いもなく即座に数メートル後退し、体勢を建て直す。

また来ると、そういつでも対応できるようにこちらも体勢を整える。

すると、黒い靄の塊はその靄をいつかの様に取り払う。

中からは温厚なかおが出てくる。


「おかしいな、なんども首を落としているはずなのに」


無表情に。無感情に。無機質に。機械的に。

またもや口調が変わる。今度は腐乱死体の様な気持ち悪さは無く、しかし感情の篭った、草原に吹く光の風のような包容感も無い。

ただ、その言葉がそこにあるから。その言葉を話す必要が在るから並べているだけ。

ただの無感情の羅列が響くだけ。


「一体、何が....」


ボソリと呟く。それに呼応するように再びの黒い靄を纏い、攻撃に移る。

もう何度も見ているその太刀筋。いかに剣の素人だとしてももう目が慣れている。


「その太刀筋は、全部ーーーーーー」


と、何度めかの剣戟に自身の考えが及ぶ範囲で最も良い一手を、打った。

筈だった。


「ーーがぁーーーーっ」


太刀筋が曲がる。今までの規範通りの線ではなく、全くの無秩序。

混沌を是とした無茶苦茶な剣の舞。あらゆる方向から、その地形ごと切り刻む。


「ぁーーーーぐーーーー」


速度は何倍にもなっている。それに比例して傷の深さも。そのダメージも。

そして何より蓄積された疲労やら何やらが、今ここで溢れ出る。


十の線に対して、三の線。半分以上は体に大小様々なダメージと傷を残していく。


ーーーー重い。

劔の重みが、今になってやや恨めしく思えてきた。

決してそのせいにする訳ではないが。自身の技量の無さ、拙さや無謀にも憤りを覚えるし、勿論未熟さを悔やみもする。

だが、それだって跳ね除ける力をくれてやると言われたから契約したのだ。

それでは契約不履行になるではないかーーーー。


そんな下らないことが頭を埋め尽くす。


ーーーーあぁ、クソ。

せめて、もっと"速く"劔が振れれば。例えば、西洋の剣ではなく、東洋の、その更に東の。極東の刀の様な"カタチ"であればーーーー。



ふっ、と。右肩が軽くなる。もがれたか。いや、それにしてはまだ重い。

ではどこから先が無くなった。上腕辺りだろうか。


体は浮遊する。地面ではなく天井が近くにある。投げ飛ばされている。

重力が一瞬無になって。その後また襲い掛かってくる。


「くっーーーーがぁっーーーーーー」


唐突に起こる地面との邂逅。

それで意識が全て世界に注がれる。

全身、特に落下した背中に、激しい痛みが奔る。が、幸運な事に下には大した凹凸もなく、大事には至らなかった。だから打撃の痛みだけが延々ついて回る。


「ってぇ....」


暫く、天井と見つめ合ったまま放心状態に陥る。しかしそんな事をしている場合ではない。そう気づいたのはおよそ三秒後だった。

慌てて体を起こし、相手と向き合う。

幸い右肩は千切られてないし、その他にも目立った傷は無い。痛みだけだ。


ふらふらと立ち上がり、劔を両手でしっかりと握り構えて、気付く。

軽くなった理由ーーーー。

両手で握っているのは、大振りな劔では無く、既に原型をとどめていない、柄だけが残ったモノだった。


「なっ.....」


なるほど。どうりで軽いわけだ。重さの密度は圧倒的に刀身なのだから。それがなければ軽くなるのは当然だ。然るべき帰結とでも言っておくか。


しかし、これは困ったことになった。

なんでまた、こんな災難が降り注ぐのだろうか。

もはや憤りだとか悲観だとかを通り越した、何か、悟りのようなものを得た気がする。


依然距離を詰めない相手の事も気がかりだが、今はとにかく武器を探さねば。さもなければーーーー。


「こんなところで、死ねるかーーー」


後ろで静かに寝息を立てる茉李に目をやる。まだ、安らかな顔で眠っている。いいことだ。とりあえず、あの平穏だけは破らせたりしない。

そう静かに決意し、一歩足を踏み込む。


記憶が流れる。

魔術など、俺には全くできない。出来る筈が無いのは当然の事だった。全く習わなかったのだから。

小さい頃からの積み上げなんて微塵も無いし、魔術のいろはなんてものは知っている筈も無い。

ただ、魔力の貯蔵量が半端で無いだけ。閑散とした過疎の村に原子力発電所がある。そんな状態だ。

だがひとつだけ、親父に習った、いや、聞いた事がある。

確かそれはーーーーー"造形魔術"とか言ったか。

世界の根本、その瞬間瞬間の基礎をほんの少し捻じ曲げて、その隙間にできる僅かな空間に魔力を注ぎ、自身の想像を創造する魔術だとか。

細かい事など知った事か。とにかく今はそれに賭ける。

イメージを明確に。想像を世界にねじ込めばーーーー。


ふと気づけば、頭上には巨大な斧。それが落とす影にすっぽりと飲み込まれた俺。

明確な終わりが。今ここにーーーーー。


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