16:過去からの騎士
黄金色の輝きの眩さの中に鮮血の色が仄暗い洞窟の中で光の残像を残してながら、周囲に重々しい空気を広げていく。
「私の腕....まぁいいわ、どうせ再生するし」
澄ました顔でそう言って、半分以上無くなった腕を振る。周囲の壁に血が飛び散り、その血はほとんど一瞬で蒸発した頃には腕は既に治りきっている。
「それで....その劔があるから何、私を倒せる?それともその子を助けられる?私はどっちも無理だと思うのよね。なにせ私もっと強いから....」
ね、と。感嘆符五つ分程に語気荒く叫び、地面を踏み砕く。
その音は今日、嫌と言うほど聞いた。だから、もう。
「見えるぞ、その音は」
相手に言っているのか、それとも誰かに宣言しているのか、わからないがただそう呟く。
それによって何ができるわけでもないが。
「くっ…………」
苦しそうに呻きながら薙ぎ払われた劔を両腕を犠牲にして躱す。結果としてそうなったという感じだが。
「なるほどね、良く斬れる劔を手に入れたと。そういうわけねぇ...。だとしても、どうなるの?その子を助けられるの?」
目的の相違をまるで先生のように指導するその顔はしたり顔に近い、しかし人の表情とは完全に隔絶されたもの故の不気味さの入り混じったものであった。
「ああ、普通なら」
「普通なら....、つまりそれは..」
普通では無い。そう次に継がれる筈の言葉は継がれることなく、洞窟内の静謐で透き通った空気の中に漂い、浮かび、そして消えた。
その理由は自身の腕の中にある。
腕の中に眠る茉李は、熱を取り戻し、静かな寝息をたてていた。
「あの傷から....成る程。その劔の正体、なんとなくわかったわ。全く、忌々しい魔族だこと」
眼光は一層鋭く、右手に携えられた劔へと向けられる。
『魔族』という単語に聞き覚えが無いわけではないが、詳しいわけでもない。だからその言葉が胸の中にひっかかり、小骨が喉に詰まったようなえも言われぬ憤りの様な、それでいてどこか焦燥の様でもある不思議な感覚が迸る。
それと同時に相手の警戒心が高まったのを肌で感じる。
それは今自身が手にしている力がいかに強大なものであるのか、相手にとってどれだけの脅威になるのかを猿でも分かるほどに知らせてくれた。
そな事実を知ったからなのか、それとも単純に運動不足のせいか劔の重さが増したような感覚に襲われ、ほんの一瞬、劔を落としそうになる。
そしてそちらに気を取られらと今度は茉李の事を落としそうになり、そちらにも気を遣わなければならない。
そんな両手塞がりの状態で、目の前には臨戦態勢に入っている強靭にして堅牢な怪物。
前門の虎、後門の狼とはまさにこの事だな。などと、気の利いた台詞でも言えればいいのだが。
しかし、だ。例え言ったとしても状況が変わるないし好転するわけも無く、寧ろそんな痴れ事を発すれば瞬時に距離を詰められ、即座に死ぬという選択肢を取るしか無くなる気がする。
結局為すすべもなく、右手にくる疲労と左腕にくる熱量と、頬を滴る一筋の緊張に今は意識を任せるしかなかった。
「どうしたものかな...」
そう呟いた声が相手に聞こえたのかは定かではないが、ジェイドは少し考える様な仕草を見せ、暫く周囲に目をやっていた。
これに何の意味があるのか、何を意図したものなのかは分からなかったがもしやるのであれば今だろう。そう頭なのかに決意が過る。
「ーーーーーーっ」
次の瞬間に見たのは、常に薄ら笑いを浮かべ、雰囲気どころか存在そのものが怪奇的な怪物、ジェイドのひどく驚いた顔だった。
二割増で見開かれた目は、血走っているのがありありと見える。
驚きでなのか、呆れてなのか声は一切漏らさずに、ただ、呆然と。
こちらを見るだけの彫像になったかのように佇んでいるだけであった。
一体何に驚いたのか、こちらとしては全く持って分からないが、とりあえず茉李の体をそっと、近くの小さな穴の中に出来る限り負担をかけない様にと細心の注意を払いながら座らせようとした。
勿論、最も良い形になるまでにあれこれと考え、試行錯誤を繰り返す事三度。手を放り出し足を少し曲げ頭を苔の生い茂った柔らかい部分に凭れさせる形になった。
その状態から変わらない事をほんの数秒確認した後、地面に直立不動で突き立てられていた劔を手に取り、両手にあらん限りの力を込めて握る。相手の喉元を向いていた切っ先は時たま風に揺られるかのように揺れ、その次に瞬きをした時にはまたもとの位置に戻っている。
緊張からの震えか、武者震いか。
剣術を習った事もなく、決して戦闘民族の血を引いてるわけでもない自分にはおよそ後者だ。
そんな事を何度か胸中で反芻した後、締め付けられる喉、これは決してジェイドの力によるものでは無い、からやっとの思いで一握りの小さな、潰れかかった声を発した。
「な....ぁ...来ないのか...」
やっとの思いで出た言葉は相手に届いたのだろうか。と、そんな一抹の不安と、聞こえていなかったときの事を思うと湧き出る羞恥心と寂寥感が頭の中で拮抗していた時。
「あぁ、そうだな。どうやら私は君の事を少しばかり見くびっていたようだ」
と、そう今までにないほど柔らかな口調で、まるで友人に語りかけるかの様に言い放った。
その声色は、今までの北風ではなくもっと温かみのある春の草原をかける涼やかな風になっていた。
心なしか言葉を届ける波も浮かれ気分のようであった。
声の質も言葉遣いも、全ての豹変にほんの少し自体が変わり始めたことを察知する。
「見くびる....」
「あぁそう。見直したって事さ、つまり」
その明朗にして快活で、心地よい事この上ないテノールで放たれる言葉に聞き入りはするが、しかしその意味もその意図するところも、なにもかもがわからない。
何を思い何を考え何を感じて、その答え、その言葉に行き着いたのか。
その過程もわからず、見出された結論さえも自身にとっては難解でーーー。
「思いの外紳士的、いや騎士的であったから、と付け加えれば分かるかな」
両手をまるで茶化すようにひらひらとさせる。やれやれ、という心の声が聞こえるような感覚に陥るほど明瞭な仕草だった。
そしてその言葉と仕草によって相手の意図、そして彼ーールイス=ジェイドが一体どんな者なのか、何に対し敬意を払うものなのかがなんとなくだが理解できた。
それと同時に気付かされた。
ルイス=ジェイド、孤高にして気高い連邦の白騎士。その名を聞いたことは何度だってあることに。
「......」
脱力から劔を手放しそうになるのを感じ取り、また手に力を込める。
そんな小さな所作に、ふっ、と小さな笑いを浮かべ再び怪物、ルイス=ジェイドは、声を上げた。
「連邦が白の騎士、ルイス=フォンゼル=ジェイド。敵である君に敬意を持って闘わせてもらう」
それは、今まで聞いてきた声の中で最も親切で、最も苛烈な戦いの狼煙であった。
半月ぶりの更新となってしまい、すいません。
できる限り書いてはいますが、やはり難しいですね。
と、まあ暗い話はこの辺にしておきます。
そろそろ第一章も終結と言ったところになりそうです。
一体彗はどうなっちゃうのか。てか、ジェイドはどうしたんだろうか。
そして筆者の文体は......。
楽しみに待っていただけると幸いです。




