15:血の契約
「.......ま....り....??」
血に濡れた、線の細いその体は恐怖からかそれとも身体機能の低下からか僅かに震えていた。
「よ....かっ...た...どこ..も..けが..してな...い..」
「そんな事より!茉李の、か、体が...」
沸き立つ感情。それはどれもバラバラ。
怒りと恐怖と無力さと虚構と虚無と悲しみと哀愁と無念と満足と不安と恨みと苦しみと哀しみと切なさと満足と不満と嫌悪と恥と軽蔑と嫉妬と罪悪感と諦念と冷静と焦燥と憎悪と愛憎と困惑と憧憬と、怒りと怒りと怒りと憎しみと憎しみと憎しみと憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎ーーーー
「だめっ......彗...」
頬に触れる冷たい手、その冷たさが滾る怒りと憎しみを一瞬の内に掻き消す。
「そんな...怖い...顔..彗には...似合わ...ない..よ....」
そう言って笑顔を浮かべる。もとから白く美しかった肌は以前のような健康的な純白ではなく失血による青白さへと変わり果てていた。
「そ...そんな....為..に...」
何でこんなことを。そう頭の中で疑念が渦巻く。
滴り落ちる血が徐々に地面に染み込んでゆく。まるで少女の命の終わりを告げるかのように。
考えろ。考えろ。今この状況を打破できる方法を。
今までそうしてきたじゃないか。どんな状況だってなとかなってきたじゃないか。
そう考えるうちに、ある事に考えが帰結する。
助けるのは自分だけだった、だから俺は今までなんとかなってきた。でも今は違う。
自分だけじゃない。それに命も懸かっている。
学校で出るテストとか、くだらない知能テストとか、チェスや将棋のようなボードゲームでもない。
これは人の命が懸かっている、ゲームでない現実だ。
ゲームならば負けてもいい。負け即ち死という等式が成り立たないからだ。
しかし、もしこの現実をゲームに置き換えるならば負けは死と直結する。
ここから抜け出さねば茉李もそして、助けられた俺でさえもーーー死ぬ。
どうする、どう逃げる。
このまま茉李を抱いて逃げていたのでは脱出する前に茉李が死ぬ。
まず第一に脱出できるかさえ不明だ。今まで来た道順はすべて記憶している。が帰りがその道順であるとは限らない、いや寧ろその可能性は殆どゼロに等しい。そう考えて妥当だろう。
だとすれば仲間を呼ぶか。やはりそれでも時間切れだ。
どうする。とにかく何か方法をーーーーー。
「はぁ、全く仲良しごっこなら他でやりなさいよ」
考えに収束がつかず、延々うつむいて考える俺に向かって放たれた低く野太い声が鼓膜の奥に重くのしかかる。
しばらくの間沈黙を守り続けてきた怪物は唐突に口を開きそう毒を吐いた。
そして同時に気付かされた。
そうだ、問題はまだあった。この化物だ。
この化物を倒さない限りここから逃げ出す事はもちろん、生きて帰ることさえかなわない。
「くそっ........」
募る焦燥。積もる憤りと絶望。どうしようもなくのしかかる無力感は拭い去れず、その場に延々と佇み諦めろと囁いてくる。
いっそこのまま死のうとも一瞬考えたが、茉李が助けてくれたこの命をそんな風に無下に扱うこともできず、せめて茉李だけでもと言う考えが巡り始めていた。
「どうやら手詰まりのようね。それじゃあお終いにしましょう、その体は標本にして一生部屋に飾っておいてあげるわ」
そう言って再び血の滴る右腕を剣の形に変え、大きく振りかぶる。
いとも容易く絶体絶命の窮地に追いやられる。
頭ではいつまでも考えが巡り巡るばかりで、何も解決しない。
三度目の窮境はもはや死を意味している。命を懸けて助けられた命はこうも簡単に殺されてしまう。
「さようなら」
静かに告げられる死刑宣告に一瞬で諦めがつく。そして再び訪れた走馬灯にもううんざりだと小さく首を振り、項垂れる。
もう助かる可能性の無い美しい少女が柔らかな微笑みとともにそこに居る。
俺も死ぬ。このまま。何もできないままーーーーーー。
嫌だ。死にたくない。俺は、俺にはまだ....。
なんとしても助けたい。この少女を、たとえ自分の命を削ったとしても。
俺を命がけで救ってくれたこの子を。是が非でも。
"力があればーーーーいいのか?"
まだ幼さの残る、しかし凛と澄んだやや棘のある声。
それが聞こえた時、世界は時が止まったように静止した。
あと、数十センチも無い程の距離にある怪物より造られた剣。舞い上がる砂埃。天井から落ちる水滴も空中で底の圧し潰された球の形をして留まっている。
全てが止まった世界で少女の声は淡々と告げる。
"力さえあれば、お前はこの怪物に勝てるか"
違うーーー。俺が求めているのは怪物を倒すことじゃない。
茉李を、この子を助けられる力が欲しい。
"その為には力が必要だ。こんなやつ、すぐに倒せるくらいの、強い力が"
だったら俺はその力が欲しい。この怪物を倒せる力がーーーーー。
"ならば、しろ、血の契約を。お前に、その覚悟があるならばーー"
やってやる、覚悟ならもうある。だからーーーー
「結ぼう、血の契約を」
静かに、時がまた動き始める。
あと一瞬あれば俺の首を刎ね飛ばす事ができたであろう右腕は既にそこには無く、あるのは顔いっぱいに困惑を浮かべた怪物。
次の瞬間、爆音と共にジェイドは壁や天井を蹴りながら後退する。
「一体、何を....」
そう不思議そうに睨みつけるジェイドだが、俺だって何が起きたのかわからない。
ただ、今感じるのは右手にずしりとくる重み。
一瞬でも力を抜けばすり抜けてしまいそうなほど、強く重くのしかかる。
「その劔は.....いつの間に..」
ただ、延々と考え抜いた挙句、結局答えが見つからないまま俺は、ジェイドの言う右手に現れた劔に目を落とす。
其の劔は、黄金の刀身に行く筋かの赤い線が入っていて切っ先は鋭く鍔の部分が弐対の翼のようになっている、何とも幻想的な劔だった。
その重みを感じる度、心から恐怖という言葉が消えてゆく。
「Überwinde Sanktionen gegen Blut und Säuberung Hier bin ich derjenige, der den Clan bringt」
何処かの国の言葉でそう小さく呟いた。聞いたこともない、頭に浮かんだ言葉を。
しかし、劔の方はその言葉を分かっているようで、呼応するように赤い線の部分が強く光りだす。
穏やかに、反撃の合図をするようにーーーーー。
宣言通り、なんとか今日中に出せました!!
次の話が頭の中にある内に執筆を進めなくては……………。




