13:咲かずのガーベラ
目の前に咲き誇る幾千の氷の華。に見えたそれは決して華のように可憐で芳しいこともない、命を殺すための槍であると、自身の意識が鮮明に理解した瞬間。
大顎の怪物は串刺しにされていた。
「.........」
その氷の華には怪物の血と思われる橙色と赤色を混ぜたような色をした液体が滴っている。
「.....ぁ....ぃ....」
口から出た言葉は、辿々しいなんて可愛らしいものではなく、もっと酷い、意味のある言葉ではない何かを発しているだけだった。
「彗ッ.......!!」
少女は足早にこちらへと駆け寄る。
「ぁ....ぁ.......」
「喋らないで彗.......。今すぐに治してあげるから」
そういって少女は膝を地面につき、両の手を差し出す。
「少しだけ待ってね」
そういった瞬間、魔力が手の方へと流れ俺の体へと注がれる。
徐々に身体の痛むところがなくなってゆく。
最初に朧げに霞んでいた視界がはっきりとなり、痛んでいた腕や脚の痛みが引いていく。
「だいぶ良くなった?」
「......あぁ....かなり.......ね......」
まだ少し声が出ないが、それでも瀕死の状態から軽く痛むくらいまで回復したのは、絶え間無く紡がれた魔術の恩恵だろうか、はたまた茉李の持つ何かのお陰なのだろうか。
「とにかく、今はここで少し休も?また膝枕してあげるから」
「確かに.....それはいい提案だけど......」
まだ軽く痛む上半身をなんとか起こし、やや重い頭を横に振る。
「だめっ!もう無理はさせ.....」
「そういうことじゃ無いんだ、また来る」
「来る、って........そんな気配全然.....」
違う。そう声を出そうとした時、大きな振動が遠くの方から聞こえた。
「嘘........、まだいるの.....」
「ああ、でも....」
「彗、とにかく今は逃げよう。あの怪物が来る前にどこか小さな場所に」
もっと恐ろしいのは他にいる。そう声を上げたくても、出るのは咳ばかりでただ茉李を心配させるだけ。
「肩、貸してあげる。だからゆっくりでいいからあるこう?」
結局、自身の感じるは違和感を茉李に伝えられないまま鳴動とは逆の方へと進む。
「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」
そう聞かれたのは歩き始めてからしばらく経った頃のことだ。
「え.....?あ、あぁ...うん。さっき言いかけてたのは....」
「彗......?」
「ぁ....ぁ....ぁ....ぃぃぃ.....ぁ...」
言葉が、出ない?
「どうしたの、彗?どこか痛む?」
違う。痛む訳ではない。痛む事なく何かななどを締め付けられる感覚。
まるで誰かに首を絞められてるような......
「なかなかに鋭いじゃない、君」
唐突に聞こえてくる声。それは女のような口調とは噛み合わない低く野太い男の声だった。
「...ぁ....ぇ...」
「誰ッ!!!!」
声がうまく出ない俺とは違い、茉李は相手がいるであろう場所、暗く続く洞窟の奥の方へと声を投げる。
しかし、投げられた言葉は帰ってくることなく、一方通行のまま数秒間の間が空いた。
その少しの間に何かしらの恐怖を覚えたのか、茉李は今一度言葉を発しようとした。その時、
「貴方とは話してないのよガール」
それは、今までの低い中にもどこか陽気さがあった声とは違う、本物の殺意が篭った、凡そそれが本性だろう、声だった。
「私が話したいのは、そっちの可愛いボーイの方」
しかしそんな声も唐突に終わりを告げ、また初めのように柔らかく、どこか陽気で、そしてどこまでも気色の悪い声に戻る。
「ッーーーーーー」
完全にペースを乱された、相手のペースの中に取り込まれたといったほうがいいだろうか。
いつしか締め付けられる違和感に慣れてしまい、思考は完全にクリアになった。随分冷静に考えられるほどに。
「ねぇ、それで。そっちのボーイはどうしてなんにも話してくれないの?」
「それは、あなたが......」
「女はお黙りっっっ!!!!」
暗がりで見えないが、きっと凄い剣幕で叫んでいるのだろうというのが伝わってくる。
それと同時にほんの少し、首を締め付けられる感覚が強くなった気がする。
「ええ、でもそうね。思い出したわ」
言葉が終わると同時に指を鳴らした、パチンという音が響く。
首を絞められる感覚が、ふっと消える。唐突に。今までが嘘のようにというのが正しいだろう。
「が、はっ.....っ....」
締め付けられていた気道が突然に広がり、今まで詰まっていた空気が一気に喉に通りだす。
久しぶりに沢山の新鮮な空気を吸い込んだ肺は幾分か元気になり、それに連れて自分自身もほんの少し元気になったような気がする。
「さっ、これでいぃっぱいお話できるわね」
あいも変わらず気色悪い声でそう告げる。なんだか鳥肌が立ってきた。
「話すのはいいが、先ずは姿を見せたらどうだ?」
「あら、それもそうね。ウフフッ、でもきっと驚くわよ?」
その声とその口調の時点ですでに驚いている。出来ればこれ以上の驚きとは無縁でありたい。
そんな密かな胸のうちを嘲笑うかのように、カツンカツン、と馬の蹄と地面がぶつかるような音が聞こえる。どんな靴を履いているんだ一体。
くだらない考えが頭をよぎる中、隣の茉李は足音が一歩近づく毎にその表情を強張らせている。
徐々に、暗闇からその姿が現れる。
小さな頭と短く刈られた頭髪、その頭の数倍ほどある広すぎる肩幅、その堅牢な肩から伸びた二対の腕。そのどれも、丸太のように太い。
「どういう....ことだ...」
言葉を失う。上半身が見えた辺りでわかった。あぁ、こいつは人間じゃない、と。
暗闇から現れた上半身は、人間のそれとは遠くかけ離れたもので、すべて違う動きをする毛で覆われた腕を見ているだけで、意識が遠のく、喩えではなく本当に。
「ね、驚いたでしょ?」
「.....」
楽しげに、どこまでも陽気に話しかけてくるが、それが発している顔は人の顔ではなく牛のようで、更には右半分が腐り果て、骨格が露出ている。
まともに直視すれば、発狂するようなものだ。
「全く、ノーリアクションは悲しいわね」
そう言って更にこちらに歩みを勧めてくる化物。そうすれば自然と下半身も視界に侵入してくる。
そしてその脚もやはりとても逞しく、一蹴りで人間の頭を打ち砕けそうなほど屈強で、その足は馬のものと全く、その逞しさは馬の脚とは比べ物にならないが、同じだった。
「あぁ、自己紹介がまだだったわね。私はーーーー」
「風よ、凍てつき切り裂けーーーー!!!」
目の前の化物が中心に回りだしていた世界。それに抗うように一陣の風が、吹き抜けた。
前回言ったように後書きでは時々キャラの設定なんかを書いてきます。記念すべき第一回は主人公です!!
早乙女彗【サオトメスイ】
身長176cm、体重65㎏、5月23日生まれ。
黒髪黒瞳のイケメン。
チェスや将棋といったボードゲームと料理が得意。
かなりの秀才で、学校も実は進学校。成績は常に良く、テストもだいたい一位だった。
一般では超高スペックだが、魔術に於いての才能は魔力の量だけ。




