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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【一章】霧の伽藍
20/36

11:その主は絶叫した[鳴動と轟音と爆音と]

額の上にかかる重みに微睡みの海に沈みきっていた意識が戻る。

そこにはバツの悪そうな、いかにもしまった、という感じの少女の顔がある。数秒の思考停止の後、意識が完全に覚醒する。それと同時に状況を理解しようと脳が働くも容量超過によってパンクする。


「あの……これはどういう………?」


口から発せられる乾いた辿々しい言葉に赤面する茉李。どうやら俺は、茉李は額を合わせているらしい、膝枕という特典付きで。


「聞かないで………」


そう言って目を逸らす。まるで罪を咎められる子供のようだ。

そんなあどけなさに一抹の高揚をいだきながら、俺は更に問い続ける。

これも人間の性だろう。


「いやでも、この状況は………」


瞬間、逸らされていた視線がもとに戻る。

この目はきっと、黙らないと殺すぞ小僧、という目だろう。


「イ…………イエス、サー」


恐怖を顔に表さないように広角を無理矢理上げながら、敬礼のポーズをしようとして気付く。右腕が驚く程重い。


「えっと、ま……」

「まだ言うの!!」


顔の距離およそ三十センチ程の、ものすごい剣幕をした美しい顔。

それに向かって、違います、と首を左右に振る。


「えっ……?違うの……?」

「いや、俺の右腕………動きづらいといいますか……」

「そのことね、もう紛らわしいんだから」


と、口を尖らせる。そして静かに顔と顔の距離を離しながら右の手をそっと握る。

キメの細かいであろう肌の感触はまさに新雪のよう、包み込む温もりは真冬の羽毛布団………いや、寒空のもとの柔らかな日差し。

そんな極上の手に包まれながら、初めに感じたことは痛みだ。

耐え難いほどでもないが、確実に何処かにある痛み。


「もしかして、また魔力の暴走とか?」


自分の思い当たる事を、一つしかないのもどうかと思うが、を茉李に聞くが、こちらには視線もやらずただ無言で首を振る。


「じゃ、じゃあ、"古よりこの伽藍に棲まいし永久の惰眠を喰らう者"的な何かに呪いでもかけられたとか?」

「えっと、その古より云々っていうのはわからないけど、多分それも違う」


真面目な顔で返答する茉李に、笑いを噛み殺しながら問う。


「そ、それじゃあ、一体なんで………」

「それが、分からないの」


笑いが消える。噛み殺していた笑いは次元の外に放り出され、残ったのは何とも言えない空気だけ。


「ごめんね、私、何もできなくて」


下から見上げているのもあるのだろうが、それにしても不自然なほどに翳りが増す。痛ましくてみていられなくなった俺は


「全然、気にしてないから、茉李が謝る必要はないよ」


なんて、気休め程度の言葉を軽々しく言うしかできない。

それでも少女がほんの少し嬉しそうにするから、増えた翳りに対抗するように少女の輝きが戻りかけたから、俺はさらに


「それに、膝枕なんて乙な事もしてもらってるしさ」


そう続ける。


「ちょ、ちょっと!!それは言わないで!は、恥ずかしくなるから!!」


やや上擦った、そしてたどたどしい言葉。再びの赤面。

何もかもが神聖なものに見え、何もかもが清浄極まりない現象に思える。

今まで見てきたこの洞窟の神秘よりも、ずっと美しく感じられる。



茉李の顔を見ながら、ふとそんなことを思った次の瞬間、最早殆ど同時と言ってもいいくらいだったが、俺の心の声を聞いて怒ったのか、単純に生き物の匂いに釣られたのならは定かではないが、一匹の獣型が草むらからよだれを垂らしながら現れる。


「おいおい、お前らには読心術でも備わってんのか!!」


現れた瞬間にお得意の、いつからそうなったかは知らない、毒を吐いたが、如何せん茉李の膝の上からの事なのでかっこがつかない。というか、もとより毒を吐くなんて言うのはかっこがつかないものだ。


「彗、ごめんね。ちょっとここで待ってて」


そう言って勢い良く立ち上がる茉李。勿論、その膝に全体重を委ねていた俺の頭は地面と勢い良くハグをした。

後頭部から全身まで、鈍い痛みがその鈍重な足を動かしているとき、茉李の制服の天国的な部分がほんの一瞬だけ見えちゃったのはもちろん見逃さなかった。


「ご、ごめん!つい思い切り立ち上がっちゃった。痛かったよね?」


俺の惨状に気づいたらしい茉李は敵から目を話さないながらも、誠意を込めて謝罪をする。

が、むしろこちらは感謝の言葉を並べまくりたいくらいなので、


「いや、茉李。ありがとう」


と、ほんのちょっぴりも仄めかさずにただ率直にそう応えた。

なんの事だか全くわからない、と言った顔の茉李は


「まぁ、おかしい事言うのはいつもの事だしね」


と、聞き捨てならない事を呟いてから次々と湧き出る獣型と対峙する。


「ごめんなさい、でも…………」


哀しげに獣達を見つめながら、静かに魔力を乗せた言葉を発する。


「純白の天秤、清廉なる妄執、晩鐘を撞くは永久とこしえの護り手」


瞬間、これまで何度も感じてきた刹那にして魔力が増幅し周りの大気を呑み込む感覚。

その一瞬にして恐怖を刻み込む威圧を感じたらしく、次々と後ろに下がってゆく。が、一歩下がった獣型から瞬時に氷漬けにされる。

痛みも、冷たさも、何かを感じる前に完全に凍てつく。目を丸々と見開いた驚愕の表情のまま。


「茉………………李……………?」

「ーーーーーーーーー」

「大丈夫か、茉李!?」

「ーーーーーー!あ、ごめん。うん、大丈夫。その、少し考え事してただけだから」


それが嘘だと、茉李の表情を見れば一瞬でわかる。


「茉李………無理は………」

「彗、多分まだ来る!!話は後でにしない?」


言葉を遮り、鋭い視線を今までとは逆の方向に向ける。その一瞬の行為にほんの少し疑問を抱くも、次の瞬間、月明かりに照らされた凛とした横顔で掻き消される。


「あ、あぁ。分かった。つっても何もできねぇけど」

「うん。だから私から離れないでね」


鋭かった視線は柔らかな眼差しに変わり、俺に向けられる。


「俺、かっこ悪いよな」

「うん、確かに」


自嘲気味に呟いた言葉に対しての返答は思いの外辛辣で、ぐさりと俺の心に刺さった。


「でも、そんな彗の方がいいと思う。なんでかな……?」

「……………………………」


咄嗟の言葉への返答に詰まる。

というか、そんな事考えられないくらい、恍惚の感に浸っている。たぶん、今俺の耳すごく赤くなってるんじゃないかな。


「どうしたの彗?耳、赤いよ?」


あぁ、やっぱり。


「なななな、なんでもないっ!!ほらっ敵、来るよ!!」

「そ、そうね。今はそっちに集中しなきゃね」


そういって、先程からうるさく主張してくる巨大な魔力の方向へと歩み始める。

右手が使用不可能ながらも一応あとに続く。


「ねぇ、彗……」


暫く歩いたところで急に立ち止まり、振り返ってそう言う。


「ど、どうしたの……?」

「やっぱり、ここで待ってて。その、多分、敵は………」


伏せ目がちに、そして懇願するように。発した言葉は柔らかくも、どこか強制力があった。


「俺が居たら足手まとい?いや、きっとそうなんだろうけど………」


否定のできない自身の無力さに歯がゆさを覚えながらも、それでも付いていきたいと、告げる。

そんな俺の必死さを見てか、茉李もやや渋りつつ頷く。ただし、と一言付け加えて。


「無理はしない事ね、危なくなったらすぐに逃げる事。わかった??」

「もちろん、逃げ足に関しては自信あるよ俺」


初めて出逢った時がそうだった。とつい口を滑らせそうになり慌てて噤む。

多分、これは禁句だ。


「うん、情けない事言ってるのに堂々としてるのが、彗らしくていいね」

「いや、俺のイメージ酷すぎない………」

「あ、別に責めてる訳じゃないの。私は寧ろそれは凄いことだと思うわ。自身があるのはいいことだもんね」


腰に手を当て人差し指を立ててウインクをしつつフォローするその女神の様な、いやまさしく女神の姿を見れただけで眼福もので、いっそこの際この幸せを胸に抱いたまま死んだほうが案外良いのではないかなどという不吉な思いを頭に過ぎらせる。


「彗………?どうしたの、真面目な顔して、考え事?」

「あ、いや。何でもない。ちょっと覚悟を決めてただけ」


そ、そう。と不思議そうに俺の瞳の中を見つめつつ何かに納得したように頷き、


「それじゃあ、行こうか。多分この奥にいるから……」


いつに無く緊張した面持ちで人一人が通れるくらいの穴を見つめる。


「そ、そういえば」

「………?どうしたの??」

「聞いてなかったんだけどさ。この奥に居るのって一体……?」


同じように穴の奥を見つめながら問う。が、返答が帰ってこない。何事かと茉李の方に目を向ける。

そこには本当に驚いてるのであろう、目を大きく見開き口をほんの少し開けた茉李の顔があった。


「ま………茉李………?どうしたの……そんな顔して……」

「彗、冗談、上手いね」


無機質な声。殆ど機械だ。


「確かにしょっちゅうふざけてるけど、今回は本当のマジなんだけど………」


なんとなく、嫌な予感がする。


「ええっとね、彗。落ち着いて聞いてね………」


辿々しくなってゆく言葉。それもそのはずで、実際のところ落ち着いていないのは茉李の方だ。


「ま、茉李。まずは落ち着い」


ていられない理由がわかった。が、時はすでに遅し。

耳をつんざく爆音に次ぐ轟音。大地が叫びを上げるような鳴動。

その声を聞いた辺りで大方の予想はついた。なにせその声は今まで嫌というほど聞いてきた獣たちの声だったのだから。

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