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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【一章】霧の伽藍
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8:煩悩と怪物と

「ーー?あぁ、またこれか……………」


何度目かの目覚め。その都度毎のベッドの感触。

だが、今回は何か違う。今までよりなんだかベッドが狭い気がする。

いいや、これは確実に狭い。

確かこのベッドは一人で寝るのには十分な大きさの筈だが。


巡り巡る思考。

暫く考えたが結局理由はわからないまま、時間だけが過ぎてゆく。

ベッドの左側に置いてある棚の上の時計は19時を指している。

音のない時計は、一秒ずつ、一定の周期で進んでゆく。


ふと、そんな沈黙の中に音を捉える。

すぅすぅ、という誰かの寝息。まるで赤子のように安らかな寝息だ。

きっと茉李だろう、なんとなくそんな気がする。

なんとも不確定だが、自分の感覚的にはかなり確信がある。


一体その寝息はとこから聞こえてくるのかと、確かめたい気持ちに駆られ上半身を起こそうとする。

勿論理由はそれだけではない、茉李の寝顔が見れるというものもある。

が、そこである事に、ある異変に気づく。

すぅすぅという寝息。それは自分の近くで聞こえているような気がする。


瞬時に起きた瞬間から今までの事が繋がる。

具体的にはなぜベッドを狭く感じたのかという疑問に対する答えが。

思考の中ではもう既に気づいた。が、動き出した体は止められない。

そのまま上半身を起こす。その時に視界の端に映った。自分の右隣で寝る、黒髪の美少女が。

カーテンの隙間から漏れる月明かりが少女の横顔を照らし、その美しさ、奥ゆかしさをより一層引き立てる。

いつものきっちりとした制服とは違い、初めて見る部屋着はかなりラフなワンピースとその上に羽織った薄いパーカー。白雪のような太ももが半分以上見えてしまう程丈が短く、胸元も緩めになっていて、目のやり場に困る。

いや、できれば目があと十個ほど欲しかった。それとカメラ。


「んっ…………あれ………?彗、起きてたの?」


そんな邪な下心を感じ体か危険信号を発したのか、唐突に茉李が起きる。

目を擦りながら放たれる寝惚けた声はもはや天使の囁きだ。

が、それよりも意識は起きたのと同時に重力に負け左肩からパーカーが落ち顕になったなだらかな曲線に意識が行く。また一段と目のやり場に困る。


「ま、ま、ま、茉李………。お、お……おはようっ!」


一体どこから声が出たのかと自分で驚くほど声が裏返る。

動揺が動揺を呼び、それを自分で纏う形になった。

が、それを動揺とは知らない茉李は


「ふふっ………、変な声。おはよう、彗。あ、でも今はこんばんは、かな」

「あ、あぁ…そうだね……。うん、全くその通り……ははっ……」

「う〜ん、何か彗、おかしいよ?」


訝しげに俺のことを見つめる。

まずいぞ。これはまずい。茉李の寝顔とかその他色々をカメラに収めようと思ったなんてバレてしまったら色々と大変なことになる。

まず余生を謳歌することは叶わなくなるだろう。

なんとしても、それは避けなくては。


「ねぇ、彗??」


ぐいっと身体を前に出してやや怒り気味に聞くも、そちらに意識は殆どいかず顕になった左肩やら胸元やらにすべて持っていかれる。

同時に、理性もだんだんと後退を始めたような気がする。

まずいまずいまずいまずい。

頭の中を延々と駆け巡るのはまずいという言葉と甘く薫る誘惑だけ。



「えっと………彗………?もし間違ってたら……」 


言葉にされればきっとどこか異次元の果てへと飛んでしまうであろう理性。

そうなる訳にはいかない。けものになるのはきっとまだ早い。

理性を保とうと無限に浮かんでくる戯言を延々考えるうちに思考はパンクし、何かを考えるのも億劫になる。が、僅かに残った理性が最後の一言を放つ。


「ちょっと俺外出てくる!!!!!」


茉李の質問も一切聞かずにベッドから飛び降りる、と言うか殆ど落ちかけていたのに終止符を打った。

重力に逆らわずに落ちてゆく体は緩やかに回転をしながら地面との距離を詰める。

ちょうど地面につく頃には半回転し終わるくらいで、手と足を地面につけてそのままクラウチングスタートをかまそう。

そう心に決めたとき、実際にそれは予想通り起きた。台本どおりと世界が笑っているかのようだった。

そんな事を感じながら作戦どおりの姿勢から、作戦どおりのクラウチングスタートを決め、決して狭くはないが走り回るのには不十分な大きさの部屋の中を駆け抜ける俺の姿があったことは俺が一番知っている。







いつだったかこんな事があったな。と走りを歩きへと変えながら自分に聞いてみる。

確かあの時も茉李から逃げていたんだったか。

今は違う意味で逃げているが。

春の街に吹き抜ける夜風はほんの少し甘く、空を覆うように伸びる雲はほんのりと淡い桜の色をしていた。

そんな色はどこにも無いのに存在してしまうその色が、時間の流れにたった一つ取り残されて悲しげに俺を見下ろす。

いや、あの目は同情だろうか。まぁ、どちらにけよ俺はあの雲と同類になってしまったのだ、と歩くのをやめてふと感じる。


街中には未だ活気がある。途絶えることのない雑踏と絶え間なく行き交う人々。中心街の夜はまだ始まってすらいなかった。


「さてと、こっからどうしたもんかな」


そう独り言をこぼすのは俺一人、周りの人間はあくせくと帰路なのか、それとも取引先なのか、はたまた別の何かなのか、それらに向かって急ぎ足だ。第二エリアと第三エリアを繋ぐ橋、正式な名称が無いこの橋は今の自分になんだかあっている気がして、体が勝手にここに来てしまった。


「何も持ってこなかったな……俺。素晴らしいくらいに」


今あるものは、生まれつき記憶力がいい頭と人よりずっと多い魔力と、あと自分で言うのも気が引けるが、かなり整った顔くらいだろう。

なんだか生きていけそうな匂いがするのは俺だけだろうか。


「とにかく、帰るとするか……、別に家出するわけでもないし、家出する理由があるわけでもない。てか、むしろあの家に一生いたい」


そうだ。あの家には茉李が居る。

だったら今すぐに帰るのは当然の帰結、当たり前の終着点と言っていいだろう。

そう決まれば後は行動するのみ。帰ろう。そして、事情を話そう。

正直に話せば叱られるくらいで済むはずだ。それはそれでいいと思う。

案外簡単に家に戻る決心がついた俺は、そのまま橋の上から離れる。

家まで二十分ほどだろうか。その道を噛み締めながら帰ろう、とそう心に決める。

風に乗って届けられる香辛料の匂いが空腹感を増進させる。

そんな折、誰かに呼ばれたような気がした。

小さな声は、雑踏に掻き消されてしまう程の小ささで他の人達には聞こえていないであろう。

何故自分にだけ聞こえたのかは分からないが、誰かに呼ばれたのは確かだ。

誰?何処?何故?

頭の中で疑問が渦を巻き、雑踏すらも掻き消す。


「ーーーーーーーー」


言葉にならない言葉を頭で思い浮かべたまま、俺は声のする方へと歩いていた。

街の中をフラフラと歩き、そのまま街を抜け、高層ビルなどが周囲に無いかなり開けた公園。夜というのもあって、人は殆どいない。

そんな中を何かに連れられるように歩く俺は完全に不審者だろう。

が、今はそんな事は関係ない。なぜか、足どりは軽く、息も上がらない。

声は何かをしきりに囁いている。が、その囁きも結局聞き取れないまま、俺はその声がする方へと歩き続ける。


「ーーーーーーーーーー」

「ーーーーーーーーーー」

「ーーーーーーーーーー」


公園の奥の奥、日中の人が多い時間帯でさえ殆ど人が出入りしないそこに俺はいつの間にか立っていた。

辺りには鬱蒼と生い茂った草木。天を包む幾重にも重なった枝。

その間から見える夜空に散らばったとした光。

そんな幻想的な風景の中にぽつりと、ただ俺が立っている。

目の前には人間の何倍も生きているであろう樹木。

その荘厳さ、偉大さ、壮大さは自然にしか成せない業だろう。が、他にも感じるものがある。

微量な魔力。ほんの僅かな、それこそさっきまで聞いていた声と同じ様にこの世界に何とか存在していると言った風の。


『ここに………………来て』

「え?」


瞬間、俺の視界はいつかのように光に飲み込まれていた。


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