6:薄ら笑いと名もなき兵
鈍い激痛が走る中、意識は一点、右手に握られた剣に向いていた。
蹴られた痛みがまだ体中を駆け巡る。その痛みをはっきりと覚えている体に次いで来た衝撃は地面に打ち付けられた衝撃だろう。
剣を手放さないように、一段と力強く握る。
「んだよ、そんなもーーーーー、まだ意識あるみてぇだな」
薄ら笑いを浮かべながら俺の方へと歩く男。
右手に握った剣を地面に突き刺し、それを杖代わりに立ち上がる。
「なんだ、俺より背ぇちぃせえのかよ」
「ああ??てめぇ、俺の背を小せぇだと?いい度胸じゃねぇかぁ!!」
「げっ!そんな怒るのかよ!!」
軽く言ったつもりの暴言は無事相手の逆鱗に触れたようだった。
「死にさらぁせぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!」
天高く振り上げられた剣はまっすぐに俺の方へと落ちてくる。
一瞬、剣で防ごうなどという考えも浮かんだ。が、頭に走るノイズのような何かに邪魔される。そんな事をしているうちに剣で防ぐだけの時間が無くなる。
「くっそがぁぁああ!」
舌打ち混じりに叫びながら左に跳ぶ。
間一髪、まさしく紙一重で回避には成功した。がその後の事を考えていなかった。
当然のように地面に体を打ち付ける。斬られるよりはマシだ、と自分に言い聞かせる。
「休む暇は与えねぇぇぇええっ!!」
耳をつんざく絶叫。再び振り上げられる剣。今度はしっかりと柄を両手で握りしめている。
「まて、何をそんなに怒ってーーー」
「問答無用!!即極刑っっっっっ!!!!」
「聞く気ねぇのかよ!」
という俺の声をも掻き消すほどの絶叫は、さっきよりも大きくなっている気がする。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
幾度となく俺の頬やら腕やら足やらを掠める斬撃。一体どれだけの擦り傷を作っているのやら。
王宮騎士団とやらを相手にまだいくらかの擦り傷しか受けていない事が凄いことなのではないかと自惚れ始めると同時に、目の前の男は大して強くないのではないかとたかをくくりはじめる。
「ちょこまかちょこまかァァあっ!!!」
避けるな、とでも言いたいのだろうか。残念だがそれは無理だと大声で叫んでやりたい。避けなければ死亡は確定だ。
「逃げんじゃねぇッ!!!」
「無理言うなッ!!」
空気を断ち切る斬撃が放つ爆音。それにかき消される俺の叫び。
「死ね死ね死ね死ね死ねぇえ!!」
怒りに任せて我武者羅に振る剣は幾度となく空を切る。
「これ以上は!」
振り下ろされる剣を右に避ける。
「無駄だと!」
薙ぎ払われる剣を自身の剣で受け流す。
「思うんだけどな!」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇえ!」
怒りを鎮めようとしてもその相手が鎮まろうとしないならば鎮まるものも鎮まらない。
胸中に諦めを感じながら、僅かに何か、強い感情を抱いた。
「そんなに怒ることか」
自身でもわからない強い感情からつい語気が荒くなる。
それに呼応するように相手の攻撃も威力を増しているように思える。
大きく振りかぶり、大きく振り下ろす。当然そこに隙は生まれる。
一秒にも満たない隙、しかしそれが今の俺にはしっかりと見えた。
「うらぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
剣の柄の部分を相手の脇腹に打ち込む。当然男は苦しそうに軽く呻いた後、その場に場たりと倒れ込む。
が、騎士という事もあって日頃から体を鍛えている分、ダメージは多くは無い。そう直感的に理解する。
「少しは………頭を……冷やせ」
いつの間にか息が上がっている。日頃の運動不足が裏目に出た。
相手は息切れ一つしていないのにーーーーー。
息切れ一つ?それはつまりーーー。異変に気付いたときにはもう遅かった。
脇腹に走る激痛。
それは今まで受けたものとは比べ物にならない程の痛み。
全身の神経が麻痺しそうになるほどの痛み。
「ぐっ…………」
今度は俺が痛みに耐えかねて地面に片膝をつく。すると上からあの聞き慣れてしまった声が聞こえる。
「形勢逆転ーーーーだな」
また男の事を見上げる形になった。が、今重要なのはそんなことではない。
それは自分がよく分かっている。しかし、分かってはいても体が動こうとしない。
心の中では逃げなくては、と警報が鳴り響いている。それ程に心は、脳は、危険信号を発しているのに、今俺にできる事、それは男を見上げる事だけだった。
「いや、ほんとに助かったぜ。頭に血が上ると周りが見えなくなってよぉ。技の精度も十分の一位になっちまうんだなぁ……困ったもんだぜ」
ため息混じりにそして本当に感謝しているように語りかけてくる。
それに対する怒りが無いわけではない。むしろそういった感情はとめどなく溢れてくる。
「怒る?悔やむ?それとも泣き喚く?どれにせよ滑稽なのは避けれないぜ?なぁ、鳴り物」
「俺はーーーーー」
「なんだ?言いたい事があるなら今のうちにーーー」
ぷちん。音を立てて何かが切れる。
「くそがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
怒りに任せた叫び。
詠唱とは言い難いそれは、一瞬の内に魔力を膨れ上がらせる。自身の体全体を覆うようにして溢れてくる魔力。
「詠唱??いや、詠唱破棄?どちらにせよ、執行官らしいじゃんか」
溢れ出る魔力。多分魔術を使うのに十分すぎる量になっただろう。
もしこのままこの膨大な魔力をそのまま魔術へと変換できたら、きっと目の前で余裕を身に纏っている男の鼻っ柱を圧し折れるかもしれない。
ただあくまでそれは出来ればの話、できる事を前提とした話だ。
「ん??早く撃たねぇのか?それとも挑発?」
右手に握ったる剣を上に向かって放り投げ、縦に回転しながら落下してくる剣の柄の部分を左手で握る。
そんな事をしながら一歩、一歩とこちらに向けて歩ゆんで来る。このまま無防備な状態では確実に殺される。が何もできない、挑発としか取れないその行為にはかなり苛ついたが。
「鳴り物よぉ、おまえもしかして魔術使えないんじゃないのか?」
三日月の形に口を歪め、王宮に仕える騎士とは思えないほど品格の無い笑いを見せる男。
「撃ってやるさ…………今すぐにでもっ!!!」
「口だけは達者だなぁ………鳴り物………」
そう言って今までのゆっくりとした歩みを止め、一瞬のうちに今までの距離を詰める為か低めの体勢をとる。
剣の刃を俺とは真逆の方向に向け、右足を前、左足を後ろへ伸ばす。
「無防備な今、俺が逃すと思うか……?」
「思わないね、その下品な笑いを見てると」
「ほざけっっ!!!」
訓練場に響き渡る声。
同時に俺の動体視力で視認できるかできないかの境界線の速さで男が走り出す。
相手と自分の距離はおよそ30メートル程。今の男の速さならば数秒とかからないだろう。
「くっそっ…………」
発動しない魔術。普段使わない魔力を使ったせいなのか一向に動こうとしない体。徐々にではあるが、着実に力が抜けていく。
カラン。という音に意識がいく。次いで目が。
あぁ……………死んだな、俺。
空虚な心の呟きが、音を立てて右手からこぼれ落ちた剣に写った俺の瞳にこだまする。
そんな諦めを色濃く映した瞳を見た男は、途中で動きを止める。剣を地面に刺し、それに寄りかかるようにして期待はずれ、と言った顔でこちらを見てくる。
「つまらねぇな、せっかく魔術が体験できるかと思ったのによぅ」
「ーーーーーーーーは?」
唐突に放たれた男の言葉に俺は何かを失ったような気がした。
「つまらねぇ、って言ってんだよ。」
ツマラナイ。
男の言葉は予想以上に俺の心に響いた。悪い意味で。
「俺を、殺そ、うとした、のも含、めてか?」
全身から力が抜け、口もまともに動かなくなってきた。が、何とか相手に問いかける。
「無論だ、お前は避けるばかりでつまらんし、少し本気を出せば虫けらにも劣る。そんな奴を相手にして誰が面白いなんて思うんだよ、そうだろ、な?」
ふつふつと湧き上がってくるのは怒り以外なんと言えようか。怒りが俺の頭の中を支配してゆく。
「あぁ…そうかよ………」
自分にも聞こえないほどの小さな呟き。
「あぁ?今なんてぇ?」
「よくわかったって言ったんだ!!」
さっきまでまともに動こうとしなかった口が今は動く。動くならば言いたい事を今、ここで、言ってしまおう。そんな決意からか、言葉はすんなりと口から出ていった。
「今、ここで、てめぇをぶん殴んなきゃいけないってなぁ!!!!!」
「なっ…………」
動こうが、動くまいが、もう一切関係ない。ありったけの力を、ここであいつに向けてぶちかますだけだ。
「ーーーーーーーーーーーー!!!!!」
左腕で右腕を支え、無理矢理前にかざす。
「てめっ…………」
地面に突き刺した剣を即座に引き抜き、応戦に出ようとする。
が、俺の方が早い。俺の方がーーーー
「ーーーーーーーー早いっっ!!!!!」
そう叫んだ瞬間。
俺の頭の中に、昔親父から聞いた言葉が、唐突に浮かび上がってくる。
公園か何処かで遊んだ帰りだったのか、沈かけた太陽の光、目の痛くなるような光線が記憶に色濃く残っている。
俺は親父の筋肉質でガッシリとした背中に背負われていた。
物心がつく前から、親父が魔術師だって事は知っていた。なにせ魔術を見せると赤ん坊の頃の俺が喜ぶもんで、手を変え品を変え、色んな魔術を俺に見せてくれた。
だから、俺は小さい頃から親父のような魔術師になる、そう決めていた。
そんな俺に一つ、親父が教えてくれたことがある。それが、きっとこの時だったのだろう。
『いいか、彗?魔術っていうのは見えない物を自分の力で形にすることを言うんだ。これさえ覚えておけば、お前は立派な魔術師になれる。俺が保証するさ、なんせお前はーーーーーー俺の息子なんだから』
あぁ、そうだった。完全に忘れてた。方法はずっと昔に教えて貰ってた。
それを俺は忘れてただけだ。
見えないものを形にする。形を創るのはおれの魔力。
ただ、それだけ。たったそれだけーーーーーーー。
刹那、目の前に視界をすべて覆い隠すほどの巨大な火球が生まれる。
「こ、これは……」
目の前の"それ"が自身の力から生み出された物だと知り、絵も言われぬ恐怖が体を駆け巡る。
「凍てつき、鎮まれ。氷結晶!!!!!」
頭を支配するものが怒りから恐怖へと変化してゆく中、忘れかけていた鈴の音の様な声が、戦場には似つかわしくない美麗を極めた声が俺の耳に届いた。と同時に恐怖の対象が青い巨大な氷の結晶へと変化する。
「はあぁぁぁぁあ!!」
凍りついた巨大な火球だったものは、男の叫びと共に真っ二つに両断される。両断された瞬間、巨大な火球だったものは青白い光の粒子となって消えていく。
その中に残ったのは、忌々しげな表情でこちらを睨みつける男だった。
今度こそ殺される、確実に。
頭の中で再びそう警報が鳴り出す。咄嗟に落ちている剣を拾おうと右手を伸ばす。が、伸ばした右腕に違和感が走る。痺れる。掴もうとしても掴めない。それが即ち死を意味していると言うことがわかっていても。
「くそ………が………」
「命運尽きたな!!鳴り物ぉぉお!!」
剣の切っ先が俺めがけて向かってくる。死が俺に向かって歩いてくる足音が聞こえる。
「そこまでだ!!!」
その正体不明の声は俺に向かう死の足音を掻き消した。
なんか、また投稿にかなり時間がかかってしまい、本当に申し訳ないです。
なぜだろう、今年に入って急に忙しくなった気がします
リアルな方がかなり多忙を極めちゃっている感じなので
投稿がマイペースになると思います。待っていただけるとありがたいです。
投稿ペースは最低でも二週間に一話はしようと思ってます。




