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本校は地雷原である

 何故今まで思い出さなかったのだろう。


 全校生徒が集まる大講堂、そのステージ上で語る桃色の髪の女子生徒。

 それをメモまでとって熱心に聞く緑髪。

 対照的に全く興味なさげなハニーブロンド。


 ……なんてこった。


 この学校、とんでもない地雷原じゃない!!



 * * *



 桔梗先生に先導されてやってきた大講堂は、既に多くの生徒で賑わっていた。

 ホールの奥、ステージ側から学年・クラス順の並びのようで、あたしたち2年A組が入った時には、2・3年の生徒が出入り口側の席に詰めていた。


 朝は黒塗りの送迎車から降りるという演出で注目を浴びすぎてしまったあたしだけど、流石に列の中に紛れていれば騒がれないだろう。


 と、思っていたのだけれど。


 ……ざわざわ……。


「……おい、なんかえげつない美少女入ってきたぞ」

「ちょっ、お前知らねえのかよ! あの赤髪は獅子宮紅子だろ!」

「“様”つけとけよ、ファンに睨まれる」

「獅子宮、って……獅子宮財閥の令嬢かよ!」

「あれが……」

「噂通り……いやそれ以上だな」

「何だよあのオーラ……」


 ――思いっきり男子たちに騒がれてる。一応小声ではあるけど。

 でもこういうのって本人の耳には何故か聞こえちゃうのよね。

 てか不良しゅじんこうの方はスルーですかね。スルーだね。からまれたくないもんね。


 あとスマホのカメラを向けるのはやめてほしいな――


「――撮影はやめておいた方がいいぞ」

「え、なんで?」

「無断で写真を撮った週刊誌が翌週に廃刊になったらしい」

「ん? 出版社が潰されたんじゃなかったか?」

「俺は記者が東京湾に沈められたって聞いたけど」

「……まじか」


 ――そういうことになっているらしい。流石にそんな事実はないけれど。……ないよね?


 そして他方では女子もきゃっきゃ言っていた。


「紅子様は今日もお綺麗ね……」

「あの可憐な眼差しで蔑まれたい……」

「あの麗しい唇で罵られたいわ……」

「「「はぁ~……♡」」」


 ……女子の方が明らかに変態なのはどゆこと?

 原作はともかく今の紅子あたしはそういうSっぽいことしてないはずなんだけどなあ……。


 それでも、


「紅子さんはやっぱり凄いですね……!」


 薫子さんにきらきらした瞳で持ち上げられれば悪い気はしない。それどころか良い気になってひょいひょい木に登っちゃうまである。いやないけども。


 別にあたしが何かしたわけじゃないわよ、と微妙に謙遜とも言えない台詞を吐きつつ、着席する。


 ……舌打ちと睨みが飛んできたような気がするけど、相手にはしない。こちとら小学生の頃から妬み嫉みに晒されて生きとんのじゃ、今更ちょっとデカいだけの男子高生くんだりにびびるかい! ってね。

 ……まあこうもあからさまなのは逆に久しぶりだけれども。


 薫子さんが奴の視線に晒されないように座る位置を調整しながら顔を上げると、予想外に大勢の生徒があたしを見ていた。

 その反応は様々で、すぐに顔を逸らしたり、ちらちらと窺っていたり、はたまたぽかんと口を開けて凝視する生徒もいる。……とっとと前向け新入生。


 それにしても何でこんなに目立つかなあ。オーラかな? オーラの泉なのかな? 待ち受けにすれば金運アップ間違いなしかな?


 なんて思っていたけれど、ひとつ重要なことに気づく。


 ――この世界は前世とは似て非なる世界だ。

 地球の地理は同じだし、歴史も大筋は同じだけれど近現代は微妙に違ったりする。具体的には獅子宮家の勃興と獅子宮財閥の存在だ。

 そして文化にも違いがある。

 この世界、カラフルな髪色を気にしないのだ。

 あたしの真紅の髪も、葵の鮮やかな青の髪も、桔梗先生の紫紺の髪も、全く気にされない。

 いや、綺麗だとか発色が良いだとかそういう評価の対象にはなるのだけど。誰も不自然さを覚えない、という意味で、全く気にされないのだ。

 そんな世界で過ごしてきたので、この髪の色を意識したことはあまりなかったのだけど。


 しかし、この世界が前世のゲームだと気づいた今なら分かる。

 この世界に、ヒロイン以外で髪色が特殊な人物は存在しない。

 ……より正確に言うなら、ヒロインとその血族以外、ということになるが。

 まあゲームとしては良くある仕様だろう。モブとヒロインの明確な差別化、といったところか。


 つまり、だ。

 あたしのこの真紅の髪は、この世界で唯一獅子宮家だけが持つもの、ということだ。


 ……そりゃあ目立つわけだ。

 この世界の人たちは赤い髪を不自然に思わないだけであり、決して認識できないわけではない。そして獅子宮家だけが赤い髪を持つとなれば、赤髪イコール獅子宮と認知されていてもなんら不思議ではないのである。


 まあそれでなくとも獅子宮紅子は「誰もが振り向く美少女」という設定・・である。実際に美少女だし。

 幸いあたしは注目されるのが嫌いじゃないから、いくらでも見てもらって構わないけれど。……でも、いい加減後ろ向いてると怒られるわよ?



 ――流石にそこは進学校の生徒、式が始まるころには皆姿勢を正し前を向いていた。


 いや、何のことはない。単に桔梗先生びじんきょうしが式の進行を始めたから注目が移っただけだ。……大丈夫なのかねこの高校。気持ちは分からないでもないけども。


 ともかく、桔梗先生のおかげで式は粛々と進んでいく。

 駄菓子屋の置物と化していそうなお婆ちゃん理事長のお話、フリーダムネバダイとか叫びそうな特徴あるヒゲの校長の演説。


 こういう話を適当に聞き流しつつ要点だけ把握するスキルは今世でよく鍛えられている。だからあたしはさも傾聴しているかのような雰囲気を出しつつ物思いにふけることができる。

 まあそんなスキルはなくとも黙ってじっとしてれば良いだけの話である。あからさまに不真面目な態度をとってもいない限り別に咎められることもない。


 ……あたしの視界の隅でぴょこんぴょこん跳ねている若草色のサイドテールに内心で嘆息する。

 あんな風にきょろきょろとするのはあからさま(・・・・・)だろう。

 担任だろう教師が睨んでいる。が、気づかない。辺りを見回しながら何やら熱心にメモをとっている。

 ……教師が頭を抱えだした。お疲れ様です。


 さすがにまずいと周りの生徒が諭すけれど、「止めないでな。これがウチの使命やから」と強行しているご様子。「教師が恐くてやってられるか!」ってあなたは何と闘っているの?


 そんなカオスの中で、微動だにしない生徒がひとり。


 すぐ後ろでわちゃわちゃとやっているのに、我関せずとばかりに背筋を伸ばし前を向く彼女。蜂蜜色のボブヘアは肩にかからない長さで整然と切り揃えられ、乱れひとつ見当たらない。わずかに窺える横顔にはこれといった表情がないように感じられる。

 姿勢に少しの歪みも隙もなく、微動だにしないその姿は静止画のようで、じわじわと静かな違和感を抱かせる。

 そう、それはまるで人形か何かのような――。


 ――瞬間、大講堂から音が消えた。

 次いで聞こえたのは誰かが息を飲み込む音。


 その原因は壇上にあった。


 すらりと細く伸びた手足、たわわに実る女性の象徴。

 繊細さと大胆さが絶妙な均衡で同居する魅力的な肢体を制服に包み、大講堂のステージへと登壇する。

 歩くたびにふわりと波打つ桃色のロングヘアーが、彼女の通った道に花を咲かせてゆく。

 そしてマイクの前で振り向く。翻った御髪の下には、美しく整った小顔がついていた。

 小さな鼻にぷっくりとした唇、抜けるような白い肌。

 柔らかな印象を与える垂れた目尻には、ぽつんとひとつの黒子ほくろがある。非現実的な美しさに加えられた一点の人間味が、彼女を生身の少女たらしめているかのようである。


 ――まあ有り体にいえばエロい。もう何というか全体的にエロいのだ。

 しかもそのエロさが上品なのだ。言葉を尽くして語るかあるいは沈黙してただ鑑賞するか。そんな二択を迫るようなエロさなのだ……いや、何を言いたいのか自分でもさっぱりだけども。


 とにかく、そんなただならぬ雰囲気の美少女が登場したものだから、大講堂全体が驚愕とか感嘆とか劣情とかその他もろもろの感情によって硬直してしまうのも無理はないのかもしれない。……この学校いい加減美少女耐性なさすぎだろう、とは思うけども。


 大体元聖カタリナの生徒達は彼女を知っているのだから、今更静まり返る必要もないはずである。


「ご紹介にあずかりました、元聖カタリナ女子高等学校生徒会長、そしてこれより湘西カタリナ高等学校生徒会長代行を務めます、三年生、夢小路桃香と申します」


 そう、彼女は元聖カタリナの生徒会長であり、これからは新生湘西カタリナの生徒会長代行。

 そして重度のメンヘラちゃんにしてヒロイン達を次々殺めるシリアルキラーである……って、それはゲームか。現実とゲームがごっちゃになっちゃってるわね……。


 ……ん?


 ……んんん?


 ……あ。



 何故今まで思い出さなかったのだろう。


 ――それはきっと、この世界が『俺千』のゲーム世界であるということの本当の恐ろしさに気がついていなかったから。

 そしてそれは、この世界が前世の創作物であるという現実から、あたしが目を背けていたから。


 ステージ上でスピーチを始める桃色の髪の生徒会長。

 きょろきょろから一転、熱心にスピーチをメモ片手に聞く緑のサイドテール。

 そして少しの熱も感じられない、茫洋とした瞳をただ前方に向けるハニーブロンド。


 ……こんな髪色の生徒は勿論、ヒロイン以外いない。


 そして。


「……なんてこった」


 思わず声が漏れる。こちらを窺うような視線を感じたけれど、すぐに逸れた。あたしの言葉とは思えなかったのだろう。

 けどそんなことはどうでもいい。


 ――このヒロインたちに主人公を渡してはいけない。

 彼女たちのルートに、主人公を立ち入らせてはならないのである。


 ……万が一そんなことになれば、その先にあるのはただひとつ。


 我が身の破滅だ。


「――私は本校を、笑いの溢れる学校にしたいです――」


 そんな言葉が耳に入ってくる。


 ……何が「笑いの溢れる学校」だ、優等生の皮を被ったサイコ野郎め。


 心中で盛大な悪態をつきながら、大きな溜息をひとつ吐く。

 そしてふざけた冗談を飛ばす。


 ――笑いどころか地雷だらけじゃないの、この学校! とんでもない地雷原じゃない!!


 そうでもしなきゃやってられなかった。


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