解決策模索
5.6限目は自習だった。あまり自習という時間は好きではないが、この日ほどこの時間をありがたいと思ったことはない。この時間中になんとかして対策を練らねば。
「さて、どうするかなぁ。」
いつもなら周囲は皆爆睡しているので、つぶやいたところで反応するものなどいない。しかしこの時間、隣の席の佐々あかりと後ろの席の境潤がなぜか起きていた。
不思議そうな顔であかりが顔を傾ける。
佐々あかり。145cm。黒髪のショートボブ。このクラスの女子は全員女子バスケ部員なので、もちろん彼女もバスケ部。
性格はいたって温厚。内気で恥ずかしがり屋さん。おまけに努力家。朝練にたまに参加している。完璧じゃないですか!素晴らしい!
日々2次元キャラの性格とリアルキャラの性格とのギャップに悩まされていて、さらにはスポーツクラスということで活発な人間しか周囲にいない僕にとって、こんな女の子は癒しそのものである!うんうん!
『浮気はダメなんだからねっ!』
人気声優演じる僕が愛してやまないゲームのキャラ、アヤセたんの声が脳内で再生され、現実を取り戻した。いや、それ現実じゃないです。
さておき、ただあかりの体格は正直バスケには不向きである。バスケットボールは身長が低い選手に有利な点が極めて少ない。ルール上のみで言えばむしろ不利な点しかない。
バスケットボールについて詳しくない人や、少しかじったくらいの人なら小さい人でもやっていけるのではないかと思うかもしれない。細かく動き回れる、足元をかいくぐれる…など思いつくかもしれないが現実はそう甘くない。
バスケットには基本的に5つのポジションがある。
1つ目はポイントガード。チームの司令塔的役割で、円滑なゲーム運びやプレーの指示、ボール運び等を担当する。もう1つの重要な役割は"アシスト"。時にシュートよりも鮮やかに決まるそれは、見る者を魅了するまである。また外角のシュート力や鋭いドライブイン(敵陣に切り込んでいくこと)能力が必要となる。僕や紗夜真夜シスターズ、あかりがここに当てはまる。
2つ目はシューティングガード。ポイントガードの司令塔の役割を丸々得点力の方にシフトしたようなポジション。ポイントガードよりも、さらに高いシュート力やドライブイン能力が必要となる。もちろんアシストも必須。バスケット勘やセンスのある人たちが担う役割で、青木や後ろの席の潤などがこのポジション。
3つ目はスモールフォワード。いわゆるオールラウンダー。中外両方を担当し、得点の要。ガード同等の機動力、知能にそれ以上の得点力と身長。本当に上手い奴は怪物級である。青木が場合により担当する。つまり青木は怪物。
4つ目はパワーフォワード。高い身長とそれに見合わない機動力を持ち味として、地味な持ち回りではあるが、仕事量はかなり多く縁の下の力持ち的存在。リバウンドやパワープレーはもちろん、繊細なセットプレー(決められた動き)の要にもなっている。残念ながら我がチームはこのポジションがいない。
5つ目はセンター。超高身長や規格外のパワーを持ったものがなる。ゴール下を支配しオフェンスにおいては一番リングに近く、ディフェンスにおいては壁になる。どのポジションよりもタフネスさが要求される。我が部では3年生で180cmながら体重が100kgの拓磨さん、2年で188cmの出津、あと新入生に193cmの生井がいる。
以上の5つのポジションがあり、順番に1番2番3番4番5番と呼ばれたりする。
基本的には1番から5番へ身長が大きくなっていくが、強いチームは正直なところみんな大きい。どのポジションも同じ能力値なら大きい人が選ばれる。
そういう現実を見るとやはりあかりは向いてはいない。ただひたむきな姿勢は皆が知っているために邪険に扱ったりはされておらず、むしろみんなから愛されている。
「なんか考え事かよ。」
声をかけてきたのは境潤。身長は170cm。ポジションは2番。身長と技術こそ平均的だが恐ろしいまでの身体能力とフィジカルを持っている。いわゆる筋肉バカ。ここら辺に散らばっているダンベルは全部こいつのだ。
「いや、なんでもないよ。」
相談事は口外していいようなものではないし、それ以上にこいつは口が軽い。でも言及されたらどうしよう。変に勘がいいからな、こいつ。ラノベ主人公特有スキル"な、なんのこと?"でも発動しようかな?
など考えているうちに、後ろから寝息が聞こえてくる。
会話終了3秒で眠りにつく彼。もは異能力なんじゃないかな?これ。"剛健の睡魔"とかめっちゃそれっぽいんだけど。
「はは、寝るの早いね、潤くん。」
苦笑を浮かべるあかり。うん、かわいい。この子が彼氏とか連れてきたら、僕殴っちゃうかも。
「本当だよ。でもなんか人生楽しそうだよな。」
皮肉ではなく心からの言葉。なんか物事を深く考えてなさそうだし、悩みとかなさそう。
いや僕だって悩みくらいあるよ?バイトなんかしてる暇ないのに、絶え間ない運営からの課金催促。お気に入りのあの子に対する愛はカード決済できないから、コンビニで2000円から買わなきゃいけないし、グッズだって観賞用、保存用、使用用と3セット買わなきゃだし…。どこにそんなカネあるんだよ!
これって高校生なら誰しも悩むことだよね?そうだよね?高校生の悩みの9割これでしょ?そうだといってくれよ!
「たしかにそうだね!潤くんいつも楽しそうだし。でもその点負けず劣らず、画面に顔向けてる時の透くんもいつも楽しそうだよ?」
たしかにそうだね!って言われた時、僕の悩みについての共感かと思って本気で嬉しくなったけど勘違いだったね。うん。
「当たり前だよ!かわいい女の子が平面世界にたくさんいるんだよ!そりゃ楽しいよ!」
「それを女の子の前で言っちゃうのかー…。ちょっと嫉妬しちゃうな。」
最後の一言はかなり小声だったけど余裕で聞こえる。この辺りは、そこらへんに転がっているハーレム主人公とはわけが違うぜ!
『おい、そもそもお前ハーレムじゃない』だろとか言ったやつ手を挙げろ。東京湾に沈めてやる。
「そういえばなんか悩み事でもあるの?」
頬を少し染めたあかりが問いかけてきた。うん。やっぱりかわいい。あかりちゃん、おじさんが立体世界に希望を持てるようになったら迎えに行くからね。
と、内心穏やかではない僕は冷静に答える。
「ちょっとめんどくさいことになっちゃって。あ、でも気にしないで!このくらいどうにかなるから!」
なりません。どうにもなりません。実際なんの策も思い浮かんでない。自分千葉の高校の奉仕部部員じゃないから、自己犠牲で解決とかできないしなぁ。
そもそも自分の現実における恋愛経験が乏しすぎる。ん?いや待てよ。乏しいって単語って『経験は0ではないが、著しく少ない』って意味だよな?てことは『乏しい』以下か!ここにきて恋愛"未経験"(2次元を除く)が仇となるとは。
だいたいこんな時ゲームなら、ヒロインのうちどちらかが苦しみながらも笑って送り出してくれるのに。
いや、稀にヤンデレ化あるけどね。目から光消えちゃうけどね。怖いけどね。
「本当?なんか結構切羽詰まってるように見えるよ?よかったら相談のるよ?」
正直ありがたい。あかりは信用できるし、これだけかわいいのだから恋愛経験の1つは2つあるだろう!でもなんかそう思うとなんだか悲しい。娘に彼氏できたらこんな感じだろうか。おそらく独り身で死んでいく僕は17歳にして貴重な体験をした。おそらくこれが人生最初で最後。
「いや、なんでもない、よ!」
そう、人の秘密を話すのは良くない気がするのも事実。そんなに気軽に話せることじゃない!
「本当に本当?」
だめだだめだ!自分で蒔いた種でもある!のかどうかは正直定かではないが、無関係を貫けるほど僕もクズではない!ここはやっぱり気持ちだけモラッティーー
「あ、あのさぁ…」
僕はこれまでの状況を事細かに話し始めた。ここまで意思が弱く無責任なやつだとは、自分でもびっくりだ。しかしあかりは親身になって聞いてくれていて、コロコロ変わる表情が、愛らしかった。なんかもうなんでもいいんじゃないかな?
そして全てを聞いたあかりは
「一番理想的なのは紗夜ちゃんが行動を移す前に諦めてくれることだよね…。どうせ青木くんと真夜ちゃんの関係はばれちゃうだろうから、あくまで自発的に諦めてもらわないと…。」
「そう!でもどうすればいいかわからなくて。なんか策ない?」
もはや他力本願にルートを完全シフトさせた僕は聞いた。やっぱり僕はクズでした。すみません。
「現状1番あり得る手段は、紗夜ちゃんが他の誰かに惚れちゃうことだよね。ほら紗夜ちゃんって惚れっぽいところあるから。会場とか言っても他のチームの男子にキャーキャー言ってるし、話しかけにとか行っちゃうからさ。まぁ話しかけちゃう人とかはチーム内外問わず結構いるんだけどね。やっぱうちみたいにそこそこに強いチームとかだとね…。まぁわからなくもないけど…。」
「え?そうなの?」
びっくり仰天。何に驚いたのかって言うと、まぁたしかに紗夜が惚れっぽいのになぜ僕には?ってとこにも驚きはしたが、1番は男子選手が他の女子チームから話しかけられるってところ。
え、本当なの、それ。僕なかったよ、いままでそんなこと一度も。僕も割と試合にも出てる方なのに。この際だから言うけど活躍もそこそこしてるのに!
じゃあなに!いままで僕以外のチームメイトが会場で話していた女の子たちってそういうことなの?みんな『ああ、昔の友達だよ』とか言ってたじゃん!なにそれ!むかつく!羨ましい!
ちなみにあかりの『わからなくもないけど』発言に対して、僕はあかりのお父さんとしてそんなこと許しません。
「でもそんなにうまくいかないよね…。」
たしかにその通りだ。
いや。いや、待てよ。ここで僕に惚れてもらえれば完全に日常系ハーレム展開開幕フラグじゃん!ここらで一発ラノベの主人公になるのも悪くないんじゃないか?そうだよ!17年目にして報われたっていいじゃないか!
男"色々透"。推して参ります。
「よし!わかった!じゃん僕に惚れてもらおーー
「だめ。絶対ダメ。」
結構大きな声出したのに誰も起きない。いや、大きくはなかったけど強さがあったというか、覇気があった気がする。静かに怒るってきっとこんな感じなのかな?それにしても一限目の数学の呪文の効力すごいな。
それよりもえっとあかりさん?目から光消えてますけど大丈夫ですか?
「いやいや、冗談だって。だいたい僕なんかに誰も惚れないよ。オタクだし、ぱっとしないし。」
あぁ、泣きたいなぁ。自分で言っててあまりの説得力にメンタル崩壊寸前だよ。早く否定の言葉を言ってくれないかなぁ。あかりちゃん!早く否定して!
「そ、そうだよね!きっとそうだよ!」
すみません。とりあえず窓から飛び降りてみます。もう希望は持てません。ごめんなさい。
それにしてもさっきのあかりの反応。あんな反応意外だったな。も、もしかして、僕のこと好きなのか?きたか!モテキ!
なんて罠にもかからない。ただでさえ紗夜と真夜の罠にかかっているのだ。もうかからないよ。
それにしてもよかった!目に光が帰ってきたみたい。ヤンデレに勝るとも劣らない目だったからな、さっきのは。
「否定してほしかったなぁ、あかり。まぁいいけど。それよりも誰が紗夜の相手に適任かな?」
「潤くん!」
「なんで?すごい自信ありげだけど。」
「結構前に紗夜ちゃん、潤くんかっこいい!って言ってたから!」
ああなるほど。そういうことね。たしかに潤はイケメンだよ。ちっ。まぁとりあえず潤には後でなにかしらの制裁措置を取るとして…。人生ゲームの運営さん!画鋲の用意をお願いします!
「じゃあとりあえずその路線でいこうか!あかりは紗夜に、遠回しにその話題を振ってみて!」
潤がモテるのは誠に遺憾ではあるがしょうがないと割り切って僕はそういった。
「わかった!」
あかりの明るい返事と同時にチャイムがなり、各々が起床し部活へ向かう。なるほど、これで数学の呪文が解けるわけか。
それにしても、あかりはやっぱりいいやつだ。高校で初めて学校が一緒になったけど、実は前からお互いのことは知っていた。2人ともいわゆる"地元組"なので小学校の頃から地区大会で何度も顔を合わせている。
話すようになったのは中学に上がってから。大会で会えば会話をするし、メールのやり取りなんかも結構してた。
「(あれ?そういえばどうやって知り合ったんだっけ?)」
何か重要なことを忘れている気がする。おそらくあかりからなんらかの接触があったはずなんだけどな。まぁこういうのは、気がする、で止めておくのが一番!
あいつはあの頃からおとなしくていいやつだったな。そのまますくすく成長していて兄として誇らしいよ!
あかりに対する自分の立ち位置がブレブレなのもあかりの愛らしさゆえだな。僕はあかりを溺愛しているからな!心の中で。なにせ理想の女の子像だからね。恋愛対象とかではなく、女性としての理想形として。
みんなもあかりくらいおしとやかなら良かったのになぁ。
あの時の、忘れもしないえの忌まわしき過去を思い出しながらそんなことを思った。きっと今の自分の顔は恐ろしく険しい顔になっているのだろう。
過去の話ついでに余談になるが、これでも小学校の頃はそこそこにモテた。僕の小学校も他との例外なしに"運動神経がいい奴がモテる"方式を採用していたからだろう。地元の陸上記録会でも好成績だったからだろう。
だが中学に上がってすぐに【あれ】があってから、めっきりだ。しかしなぜなのかは正直わからないままなのだけれど。そう、なぜ急に女の子が寄り付かなくなったのだろうか。
はい、すみません。単に顔が微妙で冴えないからモテないだけです。ごめんなさい。
さておき、正直かなり頼りない策だけど、これにかけるしかない。
それにしても今日は衝撃の連続だな。まさかバスケ部はモテるなんて。もしかして僕だけかな?会場で話しかけられないのって。それともあれか?みんなはSNSで他校の人と知り合いになってるけど、僕はオタク活動用のアカウントしか持ってないからなのかな?でもなぜか作ろうとすると周りから真面目な顔で止められるんだよな。あたかもそこにある何かを隠すかのように。
まぁそれも今日で解決だな。まさかそんな『モテ男秘術』をみんな隠していたなんて。僕がモテたら困るからって隠すことはないだろう!
とりあえず帰ったらアカウント作ってやるからな。これで僕の人生の道も華やかに飾られることになるだろう!
見てろよお前ら、立体世界での僕の活躍を!
アヤセたんのステータス振りをしながら野望を熱く語る。この時点で花の人生街道は夢のまた夢な気がする。てかもはや真っ暗だろ、これ。いや、やめるつもりなど毛頭ないけどね。
内心どこか諦めていた僕だが、しかしどうだろう。
SNSアカウントを作ることによって、本当見事に花の人生街道を歩むことになっていくことを僕はまだ知らなかった。
そして同時に、その街道の行く先が天国ではなかったことも、僕は知らなかった。
隠されていたのは『モテ男秘術』なんかとは程遠い、知りたくなかった事実だった。