踏ん切り
試合まで3分を切り、円陣を組みベンチへ戻る。スターティングメンバーの5人がベンチに座り、その前に監督がかがみ、その周りを他のメンバーが囲むような形。試合直前に見られる形だ。
敵陣にいた『あいつ』の姿を目にしてから、どうにも集中しきれていない。いや、少し違うな。
集中は出来ている。コンディションは万全だ。おそらく最高のパフォーマンスができるであろう。
ただ、ただほんの少しだけ、心のどこかに怒りのようなものが混ざっている。
おそらくこのままあいつと相対したら、僕は必ず勝負を仕掛けるだろう。
卑劣な手を使おうとか思ってるわけではないが、お高く纏ったプライドをへし折るくらいのことはしてやろうと考えてしまう。
おそらくこの試合は難なく勝てるし、僕一人が少し利己的に動いたところで、戦局が大きく傾くことはまずない。それでもそれは『この試合』においての話だ。
この大会はトーナメント戦だ。連戦がゆえに、小さなほころびからのちの試合に響くことがないとは言えない。極力リスクは回避すべき。
つまり、このままの精神状態で試合に臨むことは、決して良い結果を生まないのだ。
それにまたあのようなことが起こるかもしれない。
「(どうにかあれだけは避けたい。)」
監督の話を聞きながら、右腕に残る傷跡を眺める。
完治に至らなかった腕。
実力を制限する腕。
これさえなければ僕はもっと…。
いや、無い物ねだりはよそう。これは試合だ。怖がっていても仕方がない。後悔しても仕方がない。考えても仕方がない。
「それじゃあ、今日もいつも通り自由にやってきなさい。」
この『自由』が決して『自分勝手』ではないことを僕は理解している。
私情も過去も全て、この試合には持ち込まないし、ここで終わらせる。
「あ、あと透。ちょっと。」
秋明の選手がジャージを脱ぎコートに入り始め、常陸の選手も僕以外はみなコートに入っている。
タイマーの残り時間は30秒。
「相手のキャプテンは、君にとって因縁の相手なのは覚えてるかな?君が今どんな感情をもち、どんなスタンスで試合に臨もうとしているかは理解している。さしずめ『チームの為に』なんて思っているのだろう?君はそういう奴だ。ただそんな無粋なことは考えなくて良い。これはヒーロー漫画でもなければ偉人の伝記物語でもないのだよ。人なら誰しも恨みや怒りはあるだろう。さらに君にとっては彼は『中学1年時で既に推薦の声がかかっていた立真高校の推薦を取り消した』張本人だよ。我慢せずにぶつけなさい。みんなは黙っているが、既にチームメイトはこのことを知っているし、いつもはバカなチームのまとめ役で目立とうとせず裏方に徹する君にも、少しは活躍させたいでしょう。見せてあげなさい。『なぜ試合に出てるかわからない』と言われ続けている君の力を。」
肩の荷が少し降りた気がする。ここまで言われたらやるしかないな。
会話の内容的に僕がまるでスーパースターかのような実力保持者に聞こえるが、事実そこまでではない。が、それでもこのチームのレギュラーだ。
「早く入ってください!」
ブザーが鳴り試合開始時刻になってもコートに入って来ない僕に、審判が痺れを切らし呼びかける。
「驚きましたよ、監督。あなたそんなに喋れるんですね。」
かっこいい監督で終わらせるのは癪だったので、少し皮肉を言ってみた。
いや事実ここまで饒舌に話す監督を見たのは初めてだったのだけれど。
「あ、あと。」
そういえばさっき聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。
「ぼくって『なぜ試合に出てるかわからない』って言われてるんですね。それは少しイラッとしますね。」
自分の口角をが不敵に釣り上がるのを感じた。
まさか裏で嘲笑されていたなんてな。おそらくチーム外からだろうな。
「(確かに普段の試合は、バカ奴らのせいでかなり地味な仕事押し付けられてるし、ぼくが活躍する前に勝手に点数とか取ってきちゃうからな。それでもあの罵倒は傷つくなぁ。やっぱ3次元に望みはねぇな!)」
ぴっ!
審判の一人が笛を鳴らし、両チームが挨拶を交わす。
中央のサークルを囲むようにして、各々がジャンプボールの体制に入る。
僕たち常陸高校は、挨拶後に相手チームに『よろしく』の意味合いを込めて軽いハイタッチをする。
大体のチームは応じるし、その一面だけ見るとかなりいい絵になる。
今回も例に従い向こうもそれに応じた。ただ一人を除いては。
奴はぼくが差し出した右手を左手で弾いた。なんだ、よかったよ。忘れられてたらどうしようかと思ったけど、ちゃんと覚えてくれているみたいじゃないか。
「今日は彼女さんは一緒じゃないんですか?あれ、もしや別れちゃったんですか?」
審判がボールトスをするまでの短い時間にトラッシュトーク、もとい安っぽい挑発を仕掛けた。
これが物語の主人公のセリフだって言うんだから、この物語も終わってるな。
完全に悪役モブのセリフだよこれ。これが死亡フラグにならないことを祈るよ。
「へし折るぞ。ベンチ引っ込めや。」
『へし折る』の言葉には少しビクッとしたが、まぁこのくらいどうってことない。
バスケットは上位に行けば行くほどフィジカルが必要になる。つまりぶつかり合いが激しいのだ。
それに比べたら悪口なんてちょろすぎる。
「今日はへし折られるのは僕じゃないんじゃないかな」
ここで僕は気がつく。この日を待ち望んでいたことを。
単なる復讐。単なる怨恨。
いやいやこの作品からコメディ色消えちゃいますよそれ。
そもそもさっきから『作品』とかなんのことだ?これって物語なの?
まぁさておき、僕は出来た人間なんかじゃない。
あの借りはきっちり返してもらおう。
審判の手からボールが上げられた。




