VS 秋明高校
審判の上げたボールは短い滞空時間の後に、中央サークル内の二人にチップされる。厳密には出津の手に。
弾かれたボールは青木の手に吸い込まれ、常陸高校ボールで試合が始まる。青木はポジションでは司令塔に当たる僕にボールを渡し、遠ざかる。
マッチアップ(自分個人のマークマン同士)は当然のように"あいつ"だった。トップのポジションでボールを持つ僕を中心に、自ずと各自がバランスの良いポジションにつく。本来なら出津がゴール付近にポジションを取るのがセオリーなのだが、なぜかコーナーに陣取っている。つまり5人が限界までコート半分に広がっている。
これが何を意味するのかは、この状況を目の当たりにすれば素人でもわかる。ぽっかり空いた中央、細かい動きを繰り返す4人。
つまり「行け」と。
みんなの好意は素直に嬉しい。あの『何が何でも自分で点取るマン』な奴らが、ここまでのお膳立てをしてくれているのだ。きっと明日は雪だろう。いやむしろ雷が降るかも、落ちるとかじゃなくて。
だがしかし、バスケットにおける最も難しい一対一は、ドリブルをついている状態からのトップでの一対一だ。技術あるものは逆らしいが、普通の人は違う。かなり意外に感じるだろうが実際そうだ。左右両方にディフェンスがいるのだ。そりゃやりづらいに決まっている。
「でもまぁ、ここはひとつ行ってやるか。」
ジリジリとヤツとの距離を詰める。ヤツの構えは、見た感じではかなり完成されている。仮にもこのチームのエースといったところか。
既に試合開始15秒が経過している。1人でこんなに長い時間ボールを持っている奴なんてほとんどいない。24秒以内にボールをリングに当てなければいけないというルールがあるおかげで、バスケはあそこまで早い展開のスポーツとして成り立っているのだ。
そろそろ仕掛けないと時間だ、と言わんばかりの仲間の視線を感じ、仕掛けることにした。
「さて、ここからは私的なやり返しの時間だ。」
一発目。最初のプレー。
そして久々の対峙。
それはフェイクも一切ない、どんな技術も組み込まれていない、ただの単純な『突撃』。正確には『ダックイン』という技で、その名の通りアヒルが水に潜る様子に似ていることから命名されている。体制を極限まで低く保ちつつ、相手のそばぎりぎりを抜く技だが、基本これ自体に技術は必要ない。
ただこの技は基本、複数人の間を縫う、または自分より大きい相手に使う技だ。低い体勢というのはバランスがかなり悪く、少しの接触で倒れてしまう危険があるからだ。ゆえにこの技は相手が動きにくい状況にある、または相手が自分より鈍い時にしか使えない。
のだが、僕はあえてノーフェイクでこの技をかける。
ヤツはノーフェイクの僕にすぐに反応し、体側面をぶつけてくる。妥当な判断だ。ダックイン中の衝突による転倒は、外見だとスリップに見えやすく、ファールを取られにくい。ヤツ的にも、これで僕が怪我をすれば良かったと思っていただろう。
しかしこれはいわば挑発だ。
わざと衝突させるようにけしかけた。
右方向にダックインを仕掛けたことに反応したヤツは体を当ててくる。僕の頭がヤツの横を通り過ぎようかという時に、左肩に衝撃が伝わる。
ただこれを予期していた僕はあえてそれを押し返す。
地面に伏したのはヤツだった。
審判の笛が鳴り、ファールが宣告される。やったのは僕、やられたのはヤツ。
地面に伏しているヤツは、あたかも今自分が置かれている状況が理解できていないようだった。それもそうだ、自分がぶつかっていったはずなのに、自分が倒れているのだから。
結果だけ見れば僕が反則をし、ヤツがされたという構図だが、周りから見るとヤツは
『勝負に勝って戦いに負けた。』
という風に写っていることだろう。
上から見下ろした景色はまさに圧巻で、かなりスッキリした。いやはや、我ながらゲスいですな。
ほらよくある、『昨日の敵は今日の友』ってやつ?あんなの迷信だね!あんなのできるのはドラゴン○エストで仲間になりたそうな目で見られた時と、チートラノベ主人公が戦いを終えた後くらいだもの。
『昨日の敵は今日も敵』だね、もはや。
もし僕の人生を物語にするなら、もうこの時点で主人公失格だね。
そのまま試合は流れていき、差は着々とついていった。ハナから実力差もあったり、出鼻で敵エースをくじかせることに成功した常陸高校の優位は明らかなものだった。
肝心な僕個人の活躍だが、正直最初のプレーで満足してしまって、あとはいつも通りだった。もっとも、ヤツがあそこでイラついてくれていたらもっとやりようがあったが、随分と大人しくなってしまったせいで僕も何もできなかった。
「そこまで心がおれるようなプレーだったかなぁ。」
「ついカッとなってやった。反省はしていない。」なんて文字列を並べると、いよいよ主人公降板どころか、もはや警察に御用だ。
差がついてきたところでレギュラーメンバーはベンチへと下り、控えのメンバーが試合に出ている。控えと言っても、みんな他のチームならレギュラーメンバーになってもおかしくないレベルだ。遅れをとったりはしない。
ベンチでいらぬ考えを働かせていると、先生が声をかけてきた。
「どうだ?最後にもういっちょやってくるか?」
試合終了まであと3分。40分の試合のうちに実質20分くらいしか出てないので、体の疲れは全くない。
ただ完全とまではいかなくても、多少の集中力を欠いたこの状態で出て大丈夫なものか…。やはり怪我はいちばん怖い。それに今まで静かにしているヤツが、いつ逆上するかもわからない。
悩みどころではあるが、もう一度しっかりと締めて終わりにすることにした。
「行きます。」
「ああ、わかった。」
試合がなかなか止まらず、やっとの事で僕の交代が宣告された時には残り時間は1分。常陸高校ボールでのスタートだ。攻撃に使える最長の時間は24秒。おそらく僕らが攻撃できる回数は二回。
スローインでボールを受け取った僕に対峙してきたのは、やはりヤツだった。
その目は、いつかのあの目をしていた。
「(やはり最後に何かしでかす気か…)」
僕は受け取ったボールを自陣まで運ぶと、仲間にパスをし逆サイドに逃げる。この試合の本当のラストプレーで決着がつけたかった。
他の選手がうまいことパスを回しつつシュートを決めた。
残り40秒。秋明のオフェンス。ここで予想通り、相手はヤツにボールを集めたが、ヤツはなかなか仕掛けては来ず、パスを他に流していた。
24秒計がのこり10秒をさしたところで、またヤツにボールが渡る。今度はボールを他に渡さない。
「(来る!)」
まだドリブルはついていないが、右足を左右に振り揺さぶりをかけてくる。全身の体重移動をフェイクに使い、ヤツは僕が先に反応して動いてしまうのを待つ。
「来いよ、早く。」
ディフェンスがシステム的にもルール的にも不利とされているバスケは、ほぼ必ずディフェンス側が後手に回る。だからこそこういうトラッシュトークを仕掛けた。
細かいフェイクをかけ続けていたヤツが、右に大きな動作を見せてから左でドリブルを突き出す。
半歩遅れて反応した僕は、ファールが吹かれてもおかしくはない距離感でヤツについていく。
ディフェンスは相手正面に入って動きを止めるか、ボールをカットするかが一番わかりやすい勝ちだが、これはやっている人ならわかるのだが、かなり難しい。
ドリブルをカットするなんて芸当は、上に行けば行くほど見なくなる。
さらにこの場合においては、僕らとゴールまでの位置が近すぎるため、僕がヤツの正面に入る前にゴールに到達してしまう。
ならば…
と僕が狙ったのは『シュートブロック』。
いちばん狙いやすく、一番ファールが吹かれやすい。
トップスピードてゴールに向かうヤツに、途中で止まってシュートを打つ選択肢はない。これが先ほど挑発を仕掛けた理由だ。怒り任せのスピードなら、ジャンプショットの選択肢はほぼ消える。
左手ボールを持ちレイアップに構えに入った瞬間、僕は一瞬スピードを緩める。周りから見たら、少なくとも敵から見たら完全にヤツが僕を抜き去ったように見える。
ただ僕が狙うのはブロック。相手のシュートをはたき落すのだ。
この行動の理由は簡単で、ヤツの右側に立つ僕が、左手から放たれるシュートをはたき落すのは困難極まりない。なので一瞬スピードを緩め、相手が高揚したところを背中側から左手を狙うという技だ。
これはあまり身長が小さくない人でもできて、かつ大きい人がやると最もきれいに見えるブロックの一つだ。ただいかんせん労力がかかるのと、タイミングが難しい。
一か八かの賭けに出た僕だったが、ヤツは僕を抜き去ったとまんまと勘違いをし左手を上に突き出した。
ふわりと浮き上がったボールは、短い滞空時間の後、僕の右手にはたき落された。
こぼれたボールはラインぎりぎりのところで仲間の手に渡り、僕の元に帰ってくる。
残り時間は15秒。正真正銘ラストプレーだ。
ゆっくりとボールを運び、3Pライン付近まで来る。僕とヤツ以外の選手は完全に停止し、行く末を見守る。
残りは7秒。不意に辺りを見渡せば、ベンチどころか観客席すらこのプレーに注目し、そして静まり返っている。
「この感覚だよ、これだからバスケは。」
他では味わえない緊張感。自分の口角が上がるのを感じる。
残りは3秒。そろそろ仕掛けないと間に合わない時間だ。
極度の緊張状態はヤツも同じらしい。顔から伝わってくるのは、気迫とは違った、それはやはり恨みや怒りのようなものだった。
僕は素早く体制を前かがみにすると、やつは大きく後ろに下がる。
これを見ている誰もが、僕がドライブに行くと思っていただろう。
しかし
僕がここで選んだのは
あの日こいつに奪われた
かつて僕が最も得意とした
僕が一番のの武器としていた
『3ポイントショット』
予想だにしない僕の選択にやつは明らかに遅れたタイミングで飛んでくる。
伸ばした手はボールを捉えることはできず、僕の手を離れたボールは緩やかで美しい弧を描いてリングに吸い寄せられた。
ピーーーーーっ
ホイッスルとともに沈んだシュートは会場に一瞬の静寂を生む。
ビーーーーーーっ
そしてほんの一瞬遅れてなるブザー。
そう、先ほどのホイッスルは試合終了の合図ではなく、ファールの合図。
会場が動揺するなか、ファール宣告された先には、ヤツの下敷きになる僕の姿があった。
皆がボールの行方を追っている間に、ヤツは僕のところに飛び込んできた。肘がちょうど頭の位置を捉え、激しい痛みが走る。
わああああああああああああああ
会場には大きな歓声が上がる。それはこの事の顛末ゆえではなく、『3Pのバスケットカウント(ファールをもらいながらシュートを決めること)』が起きたからだ。
滅多にお目にかかれないプレーに大きな歓声が上がったが、すぐにそれは収まる。
コート上には小さな赤い血溜まり。 汗を拭うつもりで持ち上げた手には赤い血が付いていた。
タイマーは0だが、ほんの一瞬ファールの方が早かったため、本来ならフリースローが一本与えられるが、バスケのルール上、流血した選手はプレーできない。
対して傷は深くないだろうが、運動していたために血流が良くなっているために、血は止まらずに流れ出す。
一旦ベンチに戻り、血を拭き取った後ワセリンを塗りたくる。すぐに代わりの選手がフリースローを打つ場面だが、床に血が流れてしまっているため、試合は一時中断されている。
「透、打つか?」
「はい。」
とりあえずという意味で頭を白いテーピングでぐるぐる巻きにした僕は、1人フリースローラインに立つ。
すでにタイマーは0なので他の選手はもう整列している。
この一投が本当の最後。
頭はクラクラするし、力も入らない。目に血が入ったのかよく見えもしない。
それでもこの日まで毎日欠かさず続けてきた朝練が、フリースローの感覚を覚えている。
放ったシュートは、リングにワンクッションおいてはネットを揺らした。
ここで初めて過去を克服した気がした。
このまま誰かに代わりを頼んでいたらこうはいかなかっただろう。
フラフラと整列位置に戻ると、おどけたように青木が言った。
「どうせなら最後のフリースローは、もっときれいに決めろよ。リングにワンクッションなんてしょっぱいだろ。」
「目があんま見えないんだよ。やっぱ有名漫画のようにはいかないな。」
ピッ
したっ!
常陸高校ー回戦突破。
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