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体育会系インドア派!  作者: 日なた日かげ
残念系家族事情
16/21

決別

ういに抱き枕にされてから5日が経ったが、ういの僕に対する依存度は日に日に増していった。何かあったのかと問い詰めても一向に口を開かない。

今週末は練習のみだが、来週から大会が始まるので、正直なところ厄介ごとは早めに解決しておきたい。

何の解決の糸口も見つからないまま、土曜日を迎えた僕は早くに家を出て練習へ向かう。送り出してくれた時のういの顔はここ最近では1番ひどい顔だった。


「(早めに解決してあげないと。)」


単なる妹のヤンデレ化現象と高を括って、そのまま放っておいた少し前の自分が悔やまれる。というよりも『単なる妹のヤンデレ化現象』というところに、何の疑問も抱かなかった自分が恐ろしい。世も末だな。いや、僕も末だな。

こう考えると、やはりやり直しの効くゲームは現実に比べて楽なのかもしれない。

まぁ現実はそこまで甘くないってことか。それでも、前に戻れたらなぁという後悔を拭い切ることはできないのだけれど。


その日の練習は、僕にしては珍しく集中力を欠いていた。自分で言うのもあれだが、そういう分別というか、区切りのようなものをきちんとつけられているから、勉学にスポーツにオタクにとすべてうまくやれていたのだと思う。

もちろん感情の起伏にもいつも気をつけていたつもりだし、どんなことがあっても部活には私情は持ち込まなかった。

それが『ケガ』として、最悪に直結していることを僕は知っていたから。

だからこそ50,000円課金して20連ガチャを引き続けたにもかかわらず、糞しか当たらなかった日の部活も、いつも通り平然とやってのけていた。

福沢諭吉さん5人とお目当のキャラとのトレードに失敗するという、もはや人生に希望が見出せなくなるような状況でも僕は取り乱さなかったのに…。

まぁ後日運営に、匿名で嫌がらせクレームメールを続投したのだけれども…


その日の練習の最後の最後で、僕は軽いつき指をした。かなり軽傷だったので、後々に支障は出ないことは明らかだが、それでも気を抜いた時には走る痛みは、もっと奥の方まで響いている気がする。

自分のドリブルで突き指をしたのだが、これはかなりのレアケースなのである。経験者はこんな突き指滅多にしない。相当ふざけてないと起こりえない。

例えて言うなれば、自転車に乗っているそばの配達の人が、バナナの皮で転んで頭から蕎麦をかぶるくらいに。いや、盛った。

この大したことのない突き指からくる妙な痛みは、純粋なケガによる痛みなのか、集中できていない自分への戒めによる痛みなのか、はたまた、ういに何もしてやれない自分への不甲斐なさからくる痛みなのか、僕にはわからなかった。もしかしたら全て違うかもしれないし、すべて当てはまっているかもしれない。

みちこさんとういに今日は1日練習だと伝えていたが、先生の急用とやらで午前で上がりになった。

練習が嫌なわけではないが、この日ばかりは助かったとしか言いようがない。

12:30に練習が終わり13:30まで自主練をしたところで帰ることにした。お腹が空いたのも一因ではあるけれど、それ以上に集中力がもたなかった。

そもそも僕はそこまで物事に関して深く思い悩む方ではない。父の死や大ケガの際は例外だが、それ以外のことに関してはそこまででもなかった。

それなのになぜ今回は、と考えてみたものの、その答えはわからない。

解決が望めない悩みと戦いながら帰り道をとぼとぼと歩いていると、先日に紗夜と訪れたファミレスの前に差し掛かった。

特に何か思い返したわけではないけれど、何となく店内を覗いてみるとそこには目を疑う光景があったーーーー


母とういが窓際の席で食事を取っていたのだ。


様々な感情が込み上げてくる。

困惑、怒り、憎しみ、悲観、動揺…。

こういう際にはよく『言葉にならない感情』なんて比喩表現が使われるけれど、この時は明確に自分の意識を理解することができた。

ここでの僕は、どうする判断が正しかったのだろうか。

今までの不満をぶつけるために乗り込むことか。過去を水に流し関係を修繕することか。現状維持で軽く挨拶だけすることか。


しかしここで僕が僕が選択したのは『逃げる』だった。見て見ぬ振りをした。その場から立ち去った。


ただこれで一つわかったことは、最近のういの変化はこれが原因なのかもしれないということ。

混乱でろくに働かない頭を使い、必死に考えながら、いや、必死に考えてるフリをしながら道を歩く。

考えてるフリをして現実から目をそらすようにして。


帰宅した家には誰もいない。みちこはんは今日は大学に行くって話していたし、ういは先ほどの通りだ。


「とりあえずういの帰りを待とう。」


声に出したのは、そうすることによって自分の今すべきこと、できることを言い聞かせられる気がしたから。

おそらく時間にしては30分も待たなかっただろう。それでもその30分はとても長く感じられた。


ガチャ


玄関の開く音が聞こえた。

僕が落ち込んでいるところを見せて、変にういに気を使わせるのも悪いので、平然を装って出迎えよう。

玄関に向かいういを出迎える。


「おかえり!どこいってた……の。こんにちは。お久しぶりです。麻友さん。」


ういの隣には1人の女性が立っていた。

麻友さん。僕がそう呼んだのは僕らの母にあたる人だ。少し考えれば母が家まで来ることくらい予想できたのに。

それにわざわざ名前で呼ぶあたり、僕もまだ子供なんだと実感した。


「ひ、ひさしぶりね。透。」


僕も動揺したが、母はより動揺しているようだった。母はういの顔を見たが、ういも動揺しているのを見て、この状況は本当に予想外の事態なのだと悟る。


「たまたま会ったんですか?ひょんな偶然もあるもんですね。まぁ立ち話もあれですから、上がってください。」


今の言葉に棘はなかっただろうか。冷静になっていただろうか。


「いや、私はこれで…


「家に上がろうとしたから、そこの敷居をまたいだんでしょう?上がってくださいよ。」


母の言葉を遮った。今回の口調は完全に棘のある言い方だったと自分でも実感している。


「じゃ、じゃあ。」


みるみる青ざめていくうい、冷静を装う僕、

無理に苦笑いを浮かべる母。

リンビングのテーブルに腰掛け、僕はとりあえずお茶を出した。


「あ、ありがとう。」


ぎこちない感謝の声は一層僕を苛立たせる。

僕は「いえ、客人ですから。」と、嫌味ったらしい言葉を放つ。


しばしの沈黙が流れる。時計の音だけが響く部屋。この沈黙を破るのは母の責務だろう。話があるのも母だろうし。

しかし、沈黙を破ったのはういだった。


「とーにー。話があるんだけど…。」


重々しく開かれた口から放たれた言葉は震えていて、見ると既に涙が目にためられていた。


「私ね、この家出て、かあさんの所に行こうと思うの。」


いくつか予想していたうちの最も最悪なパターンだった。母が僕らを引き取りに来たんだ。これを母のプラスの成長と捉えるか、無責任と捉えるかの判断をできるほどの余裕は、僕にはなかった。

ただ後に続いたういの言葉は、全く予想だにしないものだった。


「だからとーにーは、この家で勉強と部活に集中してね!」


本人からしたら今できる最大級の作り笑顔だったのかもしれないが、そこにあったのは涙を必死にこらえる16歳の少女の顔に他ならなかった。

あまりにも予想外すぎる。なぜ一人だけ。なぜういだけを。なぜ僕ではなくういを。どんな利点が……


そういうことか。

そういうことなのか。


おそらくこんな考えを思いつくのは僕だけだろう。普通の人ならこういう考えは思いつかない。改めて自分の卑屈さに驚く。


「麻友さん……」


外れていてほしい。本当はまだ母がまともな人間だと信じたい。心のどこか片隅に『親』としての自覚が残っていてほしい。

僕が紡ぐ、次に続く言葉ではっきりする。




「新しい男に自分の娘を売るな。」




明らかに動揺した母を見て、僕は確信した。どう言いくるめてういを説得したのかは知らないし分からないが、それでも確信を得るには十分な反応だった。

全身の熱が引いていくのを感じた。


おそらくういはまだ意味がわかってない。本当ならこのままぼかしたまま会話を続けたいところだが、ういにも現実を知ってもらおう。


「麻友さん、服のセンス変わりましたよね。父さんと離婚してからはアクセサリーもたくさんつけてたし、服も高級そうなものばっかりだったのに。あれら、どうしちゃったんですか?」


「い、いや、それは。やっぱり我が子と会うのに適さなー


「嘘つかないでくださいよ。『売った』んでしょ?あれら。前の男に捨てられて全部金にしたんでしょ?」


「ちがうわ!」


間髪入れずに叩く。


「違くないでしょう。そして新しく見つけた金持ちの男に体でも売ってたんでしょ?」


「いや、やめて、ち、ちがうの…」


いや、真実だ。正直なところここら辺までの事実は叔父から聞いていた。


「その後、さしあたってはいい感じのおっさんを誘惑して結婚をせがんだんだ。そしてこう言われた。


『おまえ、娘がいるんだったよな?』


と。

どうせ何かの拍子に子供がいる、とか漏らしたんでしょう。」


「………」


だまりこむ母と隣で震えだすうい。


「どうやってういをその気にさせたかは知りませんが、ういは渡しませんから。」


「……のょ。」


「なんですか?」


かすかに漏れ出した空気と一緒に発せられた言葉は、小さすぎて聞き取れない。


「何が悪いっていうのよ!あなたたちを生んだのは私よ!あなたたちは私のものよ!黙って従いなさいよ!私だってクソめんどくさい子育てを、あいつと離婚するまでは我慢して続けていたのよ!なのに、あんたたちは!恩を仇で返そうっていうの?」


母に一縷の望みがあると心のどこかで信じてしまっていた僕が馬鹿馬鹿しく思えた。

逆上した母は、僕の足元にお茶を投げつける。割れた大きめの破片が足に突き刺さるのを感じた。


「やめてくださいよ。この椀も僕たちのじゃないんですから。あー、刺さっちゃってますよ足に。来週試合なんだから勘弁してくださいよ。」


「なん、なの、それ。なんなのよ!その言い方は!なめてるの?」


母の言葉を無視して刺さっていた破片を乱暴に引き抜いた。傷口が熱い。しかし頭は奇妙なほど冷静だった。

そして



心は驚くほど冷たかった。



「麻友さん、あなたは今僕たちの母でもなければ、親でもない。ただの『生物学的に僕らの母体だった人』に過ぎません。だいたい感謝して欲しいのは僕たちの方ですよ。あなたは僕たち2人という『既成事実』があったから、父さんと結婚できて、裕福に暮らせたんでしょ?あなたにとって、内面的にはゴミ以下だった僕たちも、外面的には神のような存在だったんじゃないんですか?」


言い過ぎなのはわかっている。僕は今、人を人と扱っていないのだ。


「選択肢は2つです。ここで父さんの本家の方を交えてことを大きくするか、今すぐ消えるか。」


「…………」


黙り始めた母は下を向くでもなく、僕をただ恐れるように見ていた、


「どうします?」


「………」


「なら消えろ。」


「………」


しばらくして力なく立ち上がった母はそのまま部屋から立ち去った。ういは放心状態から抜け出せていない。

玄関の扉が開く音がした。

このまま黙って送り出すつもりだった。冷たく突き放すつもりだった。

それでも…


「母さん!できることなら、できることならさ、いつになってもいいからーーーーー



僕たちを忘れてまともに暮らしてよ!」



言葉が自然と飛び出してきた。決別のために放っていた先ほどまでの冷たい言葉とは裏腹の、心からの言葉。しかし、最後は本音ではなかったけれど。

思わず部屋を飛び出し、背を向けて立っている母に言った。


「ごめんなさい。今までありがとう。さようなら。」


振り向きもせず、母は扉を閉め歩き出した。


「(あぁ、まだ僕はあんな母さんが好きだったのか。これだけの仕打ちを受けて、まだ一緒にいたかったんだ。)」


目尻が熱くなるのを感じる。それでも涙は絶対に流さない。

リンビングに戻り、無表情でただただ涙を流すういを見て、胸が痛くなる。

きっとういが1番辛いはずだ。ファミレスで温かい言葉をかけてもらったのだろう。少しの希望を持っていたのだろう。


「うい、さっき僕が母さんに言っていた言葉は全部嘘だよ。もちろん母さんが僕たちに言った言葉も。あんなの真っ赤な嘘。僕がカッとなって、有る事無い事叫んでしまったんだ。それに怒った母さんも、心に思ってもいないことを叫んだんだよ。あれは母さんの本音ではないよ。だからごめんね?うい。辛い思いさせちゃって。」


嘘をついた。先ほどのはすべて実話であり、真実だ。ただ、ういの中の母は美しいままにしておきたかった。ういのためではなく、自分のために。

母さんへの小さな希望を持つことは、もう僕にはできない。ただういがそれを持ち続けることで、ぼくもその希望を感じることができるから。

信じれない、でも信じたい。

そんなぼくが生んだエゴだった。


「母さんはきっとまた戻ってくるよ。もっといい人に、昔の母さんみたいになって。」


ぼくの腰にしがみついたういの嗚咽だけが部屋中に響いている。


最悪の解決方法だったのだが、自然とスッキリしたのはなぜだろう。




後から聞いた話だと、ういが説得された理由はこうだった。


『いつまでも兄に甘えていると、透に迷惑がかかる。家事をやらせて、部活もやって、勉強もやって。そんな負担は透にはかけられない。だから透のためにもうちへおいで。』


と言われたかららしい。

ぼくのことを思っての決断だった。


母との決別は最悪な形だった。それでもずっと押し殺していた本音を少し吐けた。長い間本音を漏らせなかったぼくからしたら、かなり大きな救済だった。


母はおそらく多少なりとも、自分のあり方について考えることにならだろう。もしかしたら本当に改心するかもしれないし、そうにはならないかもしれない。それでもおそらくもう2度と僕らの前には現れないだろう。


ういは少なからず、この先も母にわずかな希望を持ち続けるだろう。すんなりとぼくの嘘を聞き入れたういは、心のどこかで母を待つことになるのかもしれない。残酷かもしれないが、大人になったら気づける範疇だ。それに今はういにネガティヴなイメージは持たせられない。

次の日の日曜日はふさぎこんでいたが、夜あたりから元気は取り戻していた。なにせういの中では『母は戻ってきたが、少し反省が足らず兄に追い出された』だけの意味なのだから。


そして僕。言いたいことは言えた。憎悪も吐き出して、それでも母を思っていたことも言えた。



この僕が導き出した答えは最低最悪だっただろう。

それでも、おそらくこれは『正解』のうちの一つだったのだと思う。




ただ、ただあの時、


『いつになってもいいからーーーー



僕らのもとに帰ってきてよ!』


と漏らしていたら、今頃はどうなっていたのだろうか。

などといらぬ妄想に耽ってしまう。




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