やはりぼくの部活は少しおかしい。
のちに『DEATH FRIDAY』として後世に長く語り継がれるようになる、あの悪魔のような金曜日を乗り越えた僕らには、もう超えられないものなどなかった。って言ってみたかった。
土曜日の試合はそれはもう酷かった。特に1試合目は、外ランで消耗した体力が回復しきれずに試合に臨む形になったため、動きの悪さはこの上なかった。
不幸中の幸いだったのは相手がそんなに強くなかったことだ。苦戦は必至だったけれど。その日はあと2試合もあったが、そのどのチームも飛び抜けた強さではなかったため、細かいフォーメーションの確認なりを行えた。
しかしあのオヤジが僕らに外ランを押し付けた張本人であるにもかかわらず、「今日はみんな動き悪いねぇ。どうしたの?」とかぬかしやがった時には、部員全員の気持ちが一つになった気がする。
そうか、これが一致団結か。それを見越してあんなメニューを?なんていい先生…じゃねえよ。こんな地獄の経験でしか手に入れられない一致団結なんていらないわ。そもそも、この一致団結のベクトルが殺意とか憎悪だから、バスケに使い道ないから。
ともあれ土曜日は2勝1敗で終えた。別に勝ち負けを気にした試合じゃないし、結果自体は気にしてない。いや、一部気にしてるけど。ていうかほとんどのやつがかなり悔しがっている。ぼくも含めて。まぁどんな理由があれ負けは負けだからね。昨日の外ランのことを誰も言い訳に使わないのはこのチームのいいところであろう。
まぁそれでも最後の試合負けてしょんぼりしてる時に、みんなあえて言わなかった『外ランのせいだよね!』を先生の口から聞いたときは、『ちょ、おま!お前が言うなよ!』ってなったのは言うまでもない。
翌日最終日は遠方のチームが優先的に試合する。昼にはこっちをでないと次の日学校にさしつかえる。てなわけで最終日の初戦は今交流試合で最強のチーム。中部地方のチームでここ最近の全国大会には毎回顔を出している。このチーム1番の特色は『外国人留学生』だ。それだけではないにせよ、やはりそれが1番大きい。いろんな意味で。2mもあれば何でもできちゃいますよ。
そんな強豪チームとの試合前に、あの親父から耳を疑うような一言が発せられる。
「負けたら点数差分外ランねぇ。」
なるほど、空気が凍りつくという表現はこういう時に使うのか。この監督はわかっているのだろうか。今自分が何を口にしたかを。確かに僕らはバカだ。ただそんな僕らも自分たちの力量と相手の力量を測れないほどバカでは無いのだよ!この試合がどれだけ無謀かくら…
「勝てるっしょ!相手チームの名前なんて一度も聞いたことないし!」
バカでしたすみません。あのチームの名前を聞いたこと無いって、あなた今までなんのスポーツやってきたんだよ。
完全に時が止まりベンチに沈黙が流れる。涙も流れる。そしておそらくこの試合が終わって1時間後には、己自身が流されていることだろう。三途の川を。
無言のまま僕らは試合に向けての準備を始める。それは普段の僕らからは想像もつかない光景。周囲からは「恐ろしいまでの集中力とピリピリした緊張感」といったところか。まぁ実際は「死に対する恐怖感と絶望への虚無感」なのだけれど。
この試合はどうやら僕がスタートらしい。メンバーは3年生2人に青木と出津。ゆっくりとコートに足を踏み入れる。コートに入った瞬間にのしかかる重圧はいつものそれとは違い、ベンチから送られてきた心からの応援の気持ちだった。心からの応援の気持ちの先に何があるかは今回は触れない。
開始直前、スタート5人で円陣を組む。
「いいか、俺らはまだ若いんだ。これから少子高齢化が進み、ますます子どもの人口は減る。そんな時代に一気に30人近い人の命を失うわけにはいかない。俺らは生きねばならない。いいか、この先に待つのは『勝つか負けるか』なんかじゃねえ。『勝つか死ぬか』だ。Win or Dead だ!いいか野郎ども!俺らは生きる!生きて帰るんだ!俺らを待っている女たちがいるだろ!なら勝つぞ!」
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
「……………………………」
僕いないんですがそれは。というよりもまずそれはお母さんのことですよね?そうだと言ってください。でないとわざと負けます。彼女とか言ったらわざと負けてやりますよ。
何かを察したようにキャプテンが続ける。
「あ、いや、別に彼女とかじゃなくてさ!うん、あらだよ。あ!ほら、応援席みろよ、透!」
気を遣われると余計につらい。傷口に塩を塗られた感覚。塗ったこと無いからわからないけど。
とりあえず応援席を見てみると、ういと先日の子たちが応援に来てくれていた。先日の子たちが手を振ってくれているので軽い会釈をする。おそらくういが「わたしのお兄ちゃんはすごいんだから話」をかましたのだろう。
妹に恥をかかせるわけにはいかないな。
「(それでもこういうのって案外見られてると調子出ないんだよなぁ。逆に気が重い。)」
そんなことを思いながらういを見てると、口パクで
「(ま、け、た、ら...)」
に続いて投げキッスが飛んできた。
目測時速54キロ。距離15m。風無し。着弾まで1秒です!ギリギリのところで横によけたが、頬をかすったらしい。別に当たっても何もないけど。
ちなみにういが使ったあの技は、いわく『お兄ちゃん成分不足』の際に繰り出される技であり、あれが発動した日には妹の甘えん坊成分が10倍になり、いろいろと厄介なことになる。
1番最近発動したのは、酔っ払ったみつこさんに襲われて同じ布団で寝てしまった翌朝に、ほぼ裸の両者のその『事後』とも呼べるべき状況を見たときだ。それを見ると、どうやら「お兄ちゃん成分不足」以外にも僕が他の女の人と接触すると発動するらしい。
あれの発動はさすがにまずい。ほんと色々まずい。あの時は体のいたるところに『あざのようなもの』ができていた。記憶が定かではないため憶測でしかないが、おそらく奴は『吸った』のだろう。何としても回避せねば!R18を!
ちなみにその前はぼくが遠征に行ってたときで、1週間抱き枕にされた。というより遠征のたびにされてる。そしてまんざらでもない僕。変態であった。いや、実際マジで嫌だけど。寝れないし。
「先輩。ぼく、負けられない理由ができました。勝ちます!」
「おぉ、お前の妹思いなところに尊敬するぞ!よし!いくぞ!」
「「「「「おおおおおおお!」」」」」
先輩と僕との間に多少の意味の取り方に関する齟齬があるがこの際なんだっていい。
相手チームも、さも自分達の命が賭かっているかのような顔つきの僕たちに困惑している。(注:本当に賭かってます。)
自らの命を賭けたデスゲーム。ここに開幕!
結果、僕らは勝った。おそらくここ数年の常陸高校1番の奇跡に違いない。偶然に偶然が重なり『勝利』、否『存続』を勝ち取ることができた。1番の要因としては、文字通りの死に物狂いで激しくぶつかり合う僕たちに留学生が痺れを切らして、ファールで応戦してきた結果、第2ピリオドで退場したからだ。相手チームが勝敗にこだわっていなかったことも要因の一つに入る。
かくして命の灯火をつないだ僕らはその日を3勝で終え、全体の交流戦を6勝1敗と全国区のチーム顔負けの結果を残した。この戦績は先生にも多少の変化を与えた。というのも『こいつら、負けたら走らせる、っていえばどこにでも勝てるじゃないか…?』という、もはや人と呼べるかどうかと定かではない思考を生んだのだ。この日を境にランメニューが激増したのは言うまでもない。
さて今回、僕は40分間フルで出場したわけで、自分で言うのもあれだがかなり活躍した。また女子部の奴らが試合を見ていたため、これは僕の株が上がること間違いなしだろう。しょうがないって。事実活躍しちゃったんだしさ。いやー、モテる男はつらいなあー。
「(それにしても、青木とか先輩とかは女子からタオルとかジュースとか渡されてるのに、僕のところにはまだ来ないのかな?)」
というよりお前ら彼女持ちでそれはだめだろ!ふざけるな!ばか!ばーか!ばーか!ああ、かなしいな。
青木さん青木さん。真夜さんがすごい顔で見てますよ。【今晩お説教ルート】ありますよ!気をつけて!
っていうのは余計なお世話だったみたい。自然と青木の方から歩み寄り、少し話した後真夜の頭に手を置いていた。その時の真夜の顔ときたら、正面至近距離から直視したら誰もが落ちてしまうくらい殺人級の笑顔だった。
訂正します。これは【今晩寝かさないルート】でした。これを紗夜が見ていたらどうなっていたのだろうか。
もはや試合にも出ていない男子たちすら、女子部たちのところへ行きキャッキャウフフし始めたから、僕はそそくさとその場を離れた。汗と一緒に涙が出てきたのはここだけの話である。疲れているのに次第に足取りは早くなり、ついにはダッシュで部室へ向かう。
誰もいない部室でがむしゃらにバックを漁り、ケータイを取り出しアプリを広げる。
「おかえり!もぉ!どこ行ってたのよ!寂しかったんだからね!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。あやせたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
天使がいる。ここに天使がいるよ。もう立体世界に希望はない!平面世界へ僕は行く!こんな世界糞食らえだ!1番得点とったのに!
「今日は試合に勝てて嬉しいから、アヤセたんへの愛をコンビニで5000円分買うね!」
課金の嵐で鬱憤を晴らしてやる!そんなことを心に決めたとき
がらがらがら
「おつかれー!」
「ぐすん、ん?あぁ、紗夜か。おつかれさん。」
「ちょっと!透何泣いてんのよ!そんなに嬉しかったの?」
聞くのか!それを!
「そうだよ、やっぱ強いところに勝てたし嬉しくて。」
よく言ったぞ、ぼく。でももう十分だ。休んでいいぞ!って言ってやりたい。全力で自分を労いたい。
「それにしても透すごかったね!あんまり男子の試合見たことなかったけど、というかほぼ一度もなかったけど、あんたってうまかったのね!みんなもそう言ってたよ!はい、これ。」
ぼくにそう言ってスポーツ飲料を渡してくれる。
僕らの県は普通の都道府県とは違い、県大会は完全に男女別の会場で行われるため、あんまり試合を見る機会はない。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいっす…。泣きそうです。もはや惚れそうです。結婚しましょう。そうしましょう。あ、でもアヤセたんが…。」
「え、ちょ、ま、ええええ!?そんないきなり言われても。ほらそういうの段階を踏んでいかないと…。って待ってよ、アヤセたんって誰よ。」
赤面が約1秒。のちにみるみる鬼の形相に変わっていった。
「ぼくの愛しのハニーだよ。」
「あ、ああ、そ。わかった。まぁ、まだいいや。うん。じゃ!おつかれ!」
え?待って、もっと褒め労って結婚して甘やかして付き合って慰めてよ!ん?なんかいくつかおかしかったかな?気のせいだな。
それにしても今日の紗夜は何かおかしいぞ。天使なのかな?立体世界に舞い降りた天使なのかな?
背中を向けて部室から出て行く紗夜を眺めつつ軽く「ありがとう!」と伝えると、一瞬止まってまた無言で歩き出す。
「(おかしいな。なんで羽が生えてなかったのだろうか。僕みたいなモブ男には見えないのか?)」
もう一度確認しようと扉を開けると、目の前にはあかりが立っていた。
「えと、いや、なんか邪魔しちゃった、かな?」
「ん?べつに?なんで?」
「いや、それならいいんだけどさ…。あ、これどうぞ!」
「おお、ありがとう!」
手渡されたのは既に一本左手に握られているスポーツ飲料。それを見たあかりが複雑な顔をする。同じものを買ってしまった罪悪感からだろうか。本当によくできた子だ。僕は基本女子からの贈り物ならなんでも嬉しいね!でもできればネットマネーカードがいいかな。それでアヤセたんに!
女子からの贈り物を他の女子への贈り物に流用する。全男子の鏡がここにいた。
「じゃ、わたしいくね!」
「べつに気を使わなくても良かったのに…。まぁありがとな!あかりならいい嫁さんになれそうだよ!」
とりあえず教科書通りのベタベタなフラグを立ててみた。これであかりが恥じらいだら…
「そ、そうだね!わたし16だから結婚できるしね。ま、待ってるよ!」
恥じらいだには恥じらいだのだが、予想斜め上の発言。今すぐの話じゃないんだけどまあいいか。
ただひとつ忠告だ。待っていて自然とラブコメ展開になれるのはハーレム主人公だけだぞ、あかり。
1人取り残された部室で、先ほどまでの状況にラブコメの波動を感じなくもないと思っている自分がいる。とりあえずこの2本のスポーツ飲料は永久保存版として、フィギュアケースに飾ろう。
そのときにぼくは気づくべきだった。
いや、もっと早く気づくべきだった。
窓ガラスを一枚挟んだ外側に、ガラスにべったりと張り付く人影を。
べったりと張り付く『うい』の姿を。




