↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/77

第9話 残る力

 荷車を元の場所へ戻すのに、男が三人必要だった。


 一人が馬の手綱を引き、二人が後ろから押す。土へ深く食い込んだ車輪の下へ板を差し込み、掛け声を合わせてようやく動き始めると、さっきまで石を選別していた男が手を止めた。


「……これを、あの石一つで動かしたんだよな」


 レオナは少し離れたところで、散らばった青黒い石を籠へ戻していた。


 顔を上げると、荷車から手前へ向かって、木箱や板、空の籠がほとんど同じ方向にずれている。その列から外れた場所には、水桶が一つ残っていた。


「横のは動いてないな」


 別の男も気づいたらしい。


 桶の周囲には転がった石がいくつか落ちていたが、桶そのものはほとんど元の位置にある。


「石が爆ぜたなら、こっちも飛ぶだろ」


「じゃあ、前だけか」


 男たちは散らばった荷と、レオナの手にある石を見比べた。


 レオナも、さきほど自分が石を持っていた向きを思い返す。


「私、こっちに向けてた」


 手を前へ出した。


「石に入れてたのも、押す力か?」


「うん」


 年長の坑夫、ローデンが、ようやく元へ戻った荷車から手を離した。


「中に入ってた分まで、一緒に出たのかもしれんな」


「そんな使い方、したことあるか?」


「知ってたら石置き場でやらせるか」


 何人かが笑った。


 ローデンは足元の青黒い石を拾い、掌でゆっくり転がした。


「出る前、何か変わったことは?」


「最初はすっと入ったよ。最後は、石がこっちを押し返す感じだった」


「そこまでは普通だ」


「いっぱいになってくると入りにくくなる。だから、いつもはそこでやめる」


「押し返されるより強くしたら、まだ入ったよ」


 近くで板を拾っていたユアンが顔を上げた。


「押し返されたら終わりだ。次はそこで手を止めろ」


「今はそう思う」


「遅い」


 ユアンはそれだけ言って、また板を運び始めた。


 ローデンは散らかった石置き場へ目をやった。


「その先で中の力が出たなら、明日確かめるか」


「ここではやるなよ」


「見れば分かる」


 ローデンは石を籠へ戻した。


***


 山を下りるころには、斜面の半分ほどが夕方の影に入っていた。


 事故のせいで仕事そのものは早く切り上げたが、飛んだ荷を拾い、壊れた板を外し、荷車を元へ戻しているうちに日が傾いてしまった。


 ユアンの家へ着くと、先に帰っていたミラがレオナの服を見て眉を上げた。


「今日はずいぶん土だらけね」


「箱が飛んだ」


 鍋をかき混ぜていた手が止まる。


「箱?」


「石に力を入れたら」


 ミラはレオナからユアンへ視線を移した。


「誰も怪我してない」


 ユアンが先に言う。


「なら、先に手を洗って」


 ミラはまた鍋へ向き直った。


 夕食が始まると、ニナはレオナが今日いくつ石を運んだのかを聞き、ユアンの母は明日の昼に何を包むかをミラと相談していた。昼間の騒ぎも、食卓ではいくつもある話の一つに混じっていった。


 食後、空いた器を運ぼうとして立ち上がったとき、部屋の隅に置かれた青黒い石が目に入った。


 トーマが残したものだった。


 採掘場では、同じ色をした石が籠いっぱいに積まれている。見た目だけなら、今日レオナが空にしてしまった石とも大して変わらない。


 それでも、手を置けば、前に確かめたときと同じ感覚が返ってきた。


 今日の石は、一度力を吐き出しただけで空になった。


 こちらには、トーマがいた頃の力がまだ残っている。


「トーマの石か」


 食器を持って通りかかったユアンが言った。


「うん」


 レオナは手を置いたまま、少し黙った。


「こんなに長く残るんだね」


「うちじゃ使ってないからな」


 ユアンは奥へ食器を運んでいった。


 レオナはもう一度だけ石へ触れ、それから手を離した。


***


 翌朝、採掘場の外れに数人が集まった。


 石屑を捨てるために使われている広い場所で、正面には荷車も建物もなかった。


「まず、いつも止めるところまで入れてみろ」


 ローデンが言った。


「その先は、それからだ」


 レオナは、ほとんど力の残っていない石を一つ受け取った。


 指先から少しずつ魔力を流す。


 最初は何の引っ掛かりもなく、送り込んだ力がそのまま石の中へ入っていった。


 しばらく続けても変わらない。


「どうだ?」


「まだ普通」


「そのまま」


 さらに流す。


 やがて、同じように力を向けているはずなのに、さきほどまでほど素直には通らなくなった。押した力の一部が、指先へ返ってくるような感覚がある。


「ここ」


 レオナが言うと、ローデンが頷いた。


「そうだ。普段なら、そこでいっぱいだと思ってやめる」


 レオナは手を止めた。


 ローデンが石を受け取り、掌で転がしながら割れ目の奥を覗いた。青白い光が、さきほどよりはっきり残っている。


 ローデンは石をレオナの手へ戻した。


「昨日は、この先まで押したんだな。入りにくくなるところを覚えとけ」


 レオナはごく弱く力を向けた。石はさっきと同じように押し返してくる。入りにくくなったところで手を離し、籠へ戻した。


 傍らにいた男が、石の入った籠を覗き込んだ。


「でかいのでも同じか?」


 持ち上げたのは、それまでより一回り大きな石だった。


 ローデンが受け取る。


「これはいつも、何人かで交代しながら入れてる。いっぱいになるまで時間がかかる」


「やってみる」


 レオナは石を両手で持った。


 さきほどと同じように魔力を流しても、なかなか感触が変わらない。少し出力を上げ、それでもまだ余裕があるので、さらに強く流した。


「まだ?」


「うん」


 レオナはそのまま力を送り続けた。


 やがて右肩の奥に、鈍い違和感が残り始めた。


 石にはまだ入る。


 少し出力を落とすと負担は軽くなったものの、肩から肘にかけて残った鈍さは消えなかった。


「どうした」


 ユアンが聞いた。


「腕が変」


「痛い?」


「まだそこまでは」


 レオナは石から手を離した。


 右手を握って、ゆっくり開く。息は乱れていない。もう一度押せと言われれば、まだ押せる。


 それでも、腕にはさきほどまでなかった感覚が残っていた。


「休む」


 ユアンは一度だけレオナを見て、それから持っていた水筒を差し出した。


 レオナは受け取り、岩の陰へ腰を下ろした。


 ローデンは大きな石を掌で転がした。


「一気に入れるもんじゃないな」


「いつも通りにやれってことだ」


 別の男が石を籠へ戻した。


***


 休んだあと、小さな石を一つ用意した。


 すでに、魔力が通りにくくなるところまで満たしてある。正面には、捨てる予定だった木片を何本か並べた。


「この先で強く入れたんだな」


 石を持った男が尋ねた。


「うん」


「どのくらい?」


「思いきり」


 男は手の中の石を見下ろした。


 彼も物を押す魔力を使える。普段は荷運びを少し楽にできる程度で、大きな荷車を直接動かせるほどではない。


「じゃあ、やってみる」


 石を木片へ向け、弱く魔力を流した。


 男の眉が寄った。


「ほとんど入らんな」


「そこから」


 男は正面に誰もいないことを確かめ、足を開いた。


「やるぞ」


 男は一息に、思いきり魔力を押し込んだ。


 押し返していた感触が、不意に消えた。


 石の割れ目に青白い光が走る。


 ほとんど同時に、正面へ並べていた木片がまとめて跳ね飛ばされた。土を削って滑ったものもあれば、何度か転がってから止まったものもある。


 石を持っていた男が、飛んだ木片を見た。


「……俺、あんなに押せないぞ」


 レオナは石を受け取り、弱く魔力を流してみた。


 今度は、ほとんど抵抗がない。


「空になってる」


 ローデンは一番遠くまで飛んだ木片のところまで歩いていった。拾い上げ、石を持つ男との距離を目で測った。


「これ、荷車にも使えるな」


 近くの男が木片を受け取り、坑道の入口を見た。


「でかい岩も、ずらせるかもしれん」


 別の男が石を覗き込んだ。


「火を入れたやつなら?」


「火を使う奴を連れてきてから試せ」


 ローデンが答えた。


 木片の飛んだ向きや石の持ち方を確かめながら話していたローデンが、やがて口を閉じた。


 手元の石を掌で転がす。


「……北の穴が落ちたときも、妙な話があったな」


「去年の?」


「ああ。三人埋まったところだ」


 別の男が顔をしかめた。


「掘り方が悪かったんじゃなかったのか」


「そう聞いてる。俺もそう思ってた」


 ローデンは石を転がす手を止めた。


「落ちる前に変な音がして、壁が青く光ったって言ってた奴がいた」


 男の一人が、飛ばされた木片を見た。


「……似てるな」


「知らん」


 ローデンは石を籠へ戻した。


「けど、坑道の中で今のが起きたら、木片じゃ済まん」


 さきほどまで石を囲んでいた者たちの目が、坑道の入口へ向いた。


***


 午後、坑道から運び出されたばかりの石がいくつか集められた。


 レオナが順番に魔力を流してみると、見た目にはよく似た青黒い石でも、入り方にはかなり違いがあった。すぐに通りにくくなるものもあれば、同じくらい流しても、まだ素直に受け入れるものもある。


 その中で、妙に力の入りやすい石が続けて二つ見つかった。


「これ、どこから?」


 ローデンが一つを手に取り、掌で転がした。


「三番の奥だな」


 レオナはもう一つを持ち上げる。


「こっちも?」


「同じだ。最近、あそこから出るやつはよく入る」


 レオナは坑道の入口を見た。


「そこ、見たい」


 ユアンも同じ方向を見た。


「俺も行く」


 三番坑の奥は、昨日仕事をした場所よりさらに狭かった。


 灯りを持ったローデンのあとを進むにつれ、壁に混じる青黒い筋が少しずつ増えていく。肩を傾けなければ岩に擦るような場所を抜けた先で、ローデンが足を止めた。


「この辺だ。最近はここを掘ってる」


 レオナは壁へ手を近づけた。


 青黒い筋が、岩の中へ斜めに伸びている。


 触れてはいない。


 それでも、さきほど手にした石と似た感覚が、さらに奥まで続いているように思えた。


「向こうにもある」


「分かるのか?」


「たぶん」


 ローデンは壁を見た。


「なら掘ってみるか」


 つるはしを振るった。


 岩が欠けた。


 さらに何度か削ったところで、返ってくる音が変わった。それまでの硬い音より、わずかに深い。


 ローデンの手が止まる。


 今度は軽く叩いた。


 同じ音が返ってきた。


「向こう、空いてるな」


 周囲の者が集まり、壁を少しずつ削っていった。


 やがて指が入るほどの穴が開いた瞬間、そこから冷たい風が吹き抜け、手元の灯りが大きく揺れた。


「空洞だ」


 穴を広げる。


 人の頭が入るほどになったところで、ローデンが灯りを差し込んだ。


 近くの岩肌だけが浮かび、その先は暗闇へ沈んでいる。


「でかいぞ」


 レオナも穴から中を覗いた。


 底は見えない。


 向こう側の壁も遠く、灯りが届くのはほんの一部分だけだった。


 その壁を、青黒い筋が何本も走っている。


 ローデンが灯りを高く掲げた。


 光の中をどこまで目で追っても、青黒い筋の端は見えなかった。


 レオナは一度、自分の掌を見た。


 それから、もう一度、暗闇の向こうへ目を戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。