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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第二章

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第10話 山の中の青

 穴を人が通れる大きさまで広げると、ローデンはすぐには中へ入らなかった。


 灯りを差し込み、縁の岩を手で押す。次に足元の石片を穴へ落とすと、何度か岩に当たり、しばらくして音が止まった。


「下までは遠くないな」


 レオナが穴へ足を掛けようとすると、肩を掴まれた。


「先に入るな」


 ローデンだった。


「見えてるよ」


「前に穴がないのは見えてる。頭の上も見ろ」


 灯りで穴の上を照らす。削ったばかりの岩が何か所か浮いていた。


 レオナは足を戻した。


 ユアンが後ろで笑う。


「珍しく止まったな」


「止められたから」


「同じだろ」


 ローデンは返事もせず、浮いた岩をつるはしの柄で落とした。


 ユアンは坑道の入口側へ戻り、縄を二本ともう一つ灯りを受け取ってきた。一方の端を太い支柱へ結び、二度引いて確かめる。もう一本は肩へ掛けた。


「これでいい?」


「十分だ」


「じゃあ俺が下りる」


「お前も待て」


「なんでだよ」


「灯り持ってろ」


 結局、ローデンが最初に穴を抜けた。


 少しして下から声がした。


「来ていいぞ。足元は滑る」


 レオナが縄を掴み、足場を確かめながら下りた。そのあとをユアンと三人の鉱夫が続く。


***


 穴の向こうは、坑道よりずっと静かだった。


 水の落ちる音だけが、離れた場所からいくつも聞こえる。


 足元には細い流れがあり、灯りを近づけると、黒い岩の間を冷たい水が走っていた。天井は高く、光を掲げても途中で暗闇に溶けている。


 レオナは壁へ近づいた。


 青黒い筋が、手の幅ほどのものから腕より太いものまで、岩の中を入り乱れて走っている。


「すごい」


 指先を近づける。


 触れる前から、さっき手にした石よりもはっきりとした感覚があった。


 ローデンたちは別の場所を見ていた。


「こっちは太いな」


「下にも続いてる」


 鉱夫の一人、ギドがしゃがみ込み、流れる水の向こうへ灯りを向けた。


「これ、掘れるか?」


「掘った石を置くところがない。先に足場を作らんとな」


 ローデンはそう答えてから、少し先の壁へ歩いた。


 レオナもついていこうとして、足元で止まった。


 細い亀裂があった。


 幅は靴一つ分ほどだが、中は真っ暗で底が見えない。小石を落とすと、何度も壁へぶつかりながら遠ざかっていった。


「そこ踏むなよ」


 ユアンが後ろから言った。


「踏まない」


「さっき穴に入ろうとした奴の言葉とは思えないな」


 レオナは亀裂をまたいだ。


 少し進むと、空洞はさらに奥へ広がっていた。


 岩肌は場所によって丸く削られ、天井から落ちた水が浅い窪みに溜まっている。そこでは細かな青黒い石屑が水底に沈み、灯りを向けなくても淡い青白さが揺れていた。


 上も奥も暗いのに、足元の水だけがぼんやり明るい。


 レオナはしゃがみ込んだ。


「石が光ってる」


「そりゃあるだろ。こんだけあるんだから」


 ユアンが横を通り過ぎる。


 レオナが水へ指を入れると、思った以上に冷たかった。


 底へ手を伸ばし、細かな青黒い欠片を拾い上げようとしたとき、奥で音がした。


 石を引っかくような音だった。


 レオナはすぐに立ち上がった。


「何かいる」


 身体が先に動いた。


 掌を前へ向け、ユアンたちより半歩前へ出る。


 暗闇の中で、また音がした。


 一つではない。


 右。


 左。


 少し高いところからも、岩を擦る音が返ってくる。


「奥にもいる? ここからだと見えない」


「さあな」


 ローデンは落ち着いたまま灯りを上げた。


 光の端で、灰色の塊が動いた。


 一匹。


 その後ろにもいる。


 壁際に二匹。


 さらに、岩の上から長い尾が垂れていた。


 最初は岩の一部にしか見えなかったものが、次々と脚を伸ばしていく。


「岩蜥蜴だな」


 ローデンが言った。


 レオナは返事をしなかった。


 正面の一匹は、その中でも大きかった。背は人の腰ほどまであり、頭から背中まで灰色の硬い鱗に覆われている。


 その左右で、別の個体も動き始めた。


 後ろには亀裂がある。


 右は壁。左にはユアンと鉱夫たち。


 一斉に来たら、まとめて押すしかない。


 けれど、ここでどこまで力を出していいのか分からない。岩壁も近く、天井がどこまで持つのかも分からなかった。


 レオナは指先へ力を集めた。


「レオナ」


 ユアンの声がした。


「何」


「そこ、邪魔」


「え?」


 ユアンがレオナの横へ出た。手には灯りを持っている。


「ローデン、でかい方から?」


「ああ」


 正面の岩蜥蜴が近づく。


「待って。何匹もいる」


「見えてる」


 ユアンは灯りを持ち上げた。


 岩蜥蜴が一歩踏み出す。


 レオナが魔力を向けた、その瞬間だった。


 ユアンの灯りが魔物の顔へ真っすぐ当たる。


 岩蜥蜴が激しく頭を振った。


「今」


 ローデンが踏み込み、顔を背けた岩蜥蜴の脇腹へつるはしを打ち込んだ。


 巨体が跳ねる。


 ユアンは光を外さない。


 もう一撃。


 岩蜥蜴が崩れた。


「次」


 ユアンが灯りを横へ振る。


 二匹目が光を嫌って身体をひねった。


 今度はユアンが腰に差していた短いつるはしを抜く。


「それ持ってたの?」


「仕事場だぞ」


 脇腹へ一撃。


 浅い。


「もう一つ前」


 ローデンが言う。


 ユアンは半歩踏み込み、もう一度打ち込んだ。


 魔物が倒れる。


 レオナが横を見る。


「後ろ!」


 叫んだときには、硬い音がした。


 振り向くと、岩の上にいた一匹がすでに横倒しになり、その脇でギドがつるはしを引き抜いていた。


「こっちは終わった」


 反対側でも、もう一つ音がする。


 壁際にいた二匹のうち、一匹はすでに動かない。残った一匹も、別の鉱夫に灯りを向けられて顔を背けたところへ、つるはしを打ち込まれた。


 もう一撃。


 それで終わった。


 水滴の音が戻ってきても、レオナの手はまだ前へ出たままだった。ユアンが灯りを下ろし、ローデンは一番大きな岩蜥蜴の背をつるはしで叩いた。


「上は硬い。脇は柔らかい」


「それは分かったけど」


 レオナは倒れた魔物を見回した。


「……怖くないの?」


 ユアンも一度、倒れた岩蜥蜴を見た。


「岩蜥蜴だぞ」


「五匹いたよ」


「まあ、でかかったな」


 レオナは黙った。


 さっきまで、何匹をどちらへ飛ばすか考えていた。


 誰を先に逃がすかまで考えかけていた。


 その間に、全部終わっていた。


 ギドが倒れた岩蜥蜴の脚を持ち上げた。


「こいつ、でかいな」


「重そう」


「持つか?」


「いらない」


「そうか。皮は取れそうだな」


「帰りにしろ。今持つと邪魔だ」


 ローデンが言った。


 ギドは素直に脚を下ろした。


 レオナはまだ魔物を見ていた。


「行くぞ」


 ローデンが歩き始める。


 ユアンも続く。


 レオナはようやく手を下ろし、最後にもう一度だけ五匹の岩蜥蜴を見てから後を追った。


***


 さらに奥へ進むにつれ、青黒い筋は太くなった。


 途中でまた何かが岩を打つような音がした。


 レオナは立ち止まり、掌を上げかけたところでローデンを見る。


 ローデンも足を止め、少し耳を澄ませた。


「水だ」


 灯りを向けると、離れた岩壁から細い流れが落ちていた。


 レオナは手を下ろし、また歩き始めた。


 やがて、一行は大きく開けた壁の前で止まった。


 そこでは青黒い鉱脈が、岩の中へ埋まっているというより、壁そのものの一部になっていた。


 ローデンが手を当てる。


「ここはすごいな」


 鉱夫たちも近づいた。


「これだけまとまってるの、上じゃ見ないぞ」


「道を広げれば運べるか?」


 ユアンが来た道を振り返る。


「人なら通せる。荷車を入れるなら、途中の壁を広げないとな」


「先に足場だ」


 ローデンが言った。


「あの亀裂もそのままじゃ使えん」


 ユアンは少し考えてから頷いた。


「板と支柱がいるな。運ぶのは何とかする」


「仕事増やすの好きだな」


「増やしてるの俺じゃないだろ」


 ローデンが笑った。


 レオナは壁へ手を置いた。


 魔力をほんの少し向けると、吸い込まれるように入っていく。


「これ、よく入る」


「さっきのより?」


 ローデンが尋ねる。


「うん」


 ギドが鉱脈へ近づいた。


「当たりじゃないか?」


「まだ分からん」


 ローデンは鉱脈の縁を目で追った。


「端だけ取ってみるか」


 つるはしを構える。


 最初の一打で、周囲の黒い岩が少し欠けた。


 二打、三打と続ける。


 鉱脈の縁に沿って細かな亀裂が入り、青黒い塊が手のひらほどの大きさで剥がれ落ちた。


「きれいに取れたな」


 ユアンが拾い、灯りへかざした。内部に青い筋が見える。


「これなら運ぶのも楽だ」


 ローデンは別の場所を軽く叩いた。


 音を聞き、割れ目を確かめてから、もう一つだけ切り出す。


 同じように青黒い塊が落ちた。


 少し遅れて、壁の奥で何かが小さく鳴った。


 ローデンの手が止まる。


 耳を澄ませたが、それ以上は何も聞こえない。


「今日はこれでいい」


「もう?」


 ギドが壁を見た。


「道も足場もない。掘るのは準備してからだ」


「分かったよ」


 ギドもつるはしを肩へ戻し、来た道へ身体を向けた。


 レオナは落ちた石を一つ手に取り、魔力をほんの少し向けた。


 やはり力が入りやすい。


「持って帰る?」


「二つあれば十分だろ」


 ユアンがもう一つを袋へ入れた。


「戻るか」


 そのとき、レオナの肩へ細かなものが落ちた。


 砂だった。


 見上げる。


 今いた鉱脈の上ではない。


 少し離れた天井の暗闇から、もう一粒落ちてきた。


「ローデン」


 呼ぶより少し早く、ローデンも顔を上げた。


 静かになった空洞に、水滴の音だけが残った。


 遠くで、低い音がした。


 今掘った壁とは別の場所からだった。


 岩の奥を何かが走ったような、長い音。


「戻るぞ」


 ローデンが言った。


 全員が動く。


 ユアンが袋を肩へ掛ける。


「急ぐ?」


「走るな。足元見ろ」


 ローデンが先へ出る。


 その瞬間、足元が揺れた。


 レオナの頭上で岩が割れた。


「下がって!」


 声と同時に魔力を上へ向ける。


 落ちてきた岩が一つ、横へ弾かれた。


 だが、その奥からさらに大きな音が来た。


 空洞の入口側で岩が崩れ、灯りが一つ消えた。


 土煙の中で誰かが叫ぶ。


「ユアン!」


「いる!」


 すぐ近くから返事が来た。


 レオナは声の方へ向かい、倒れた男の腕を掴んだ。ユアンが反対側の肩を持つ。


「立てるか?」


「足は大丈夫」


「ならこっち」


 二人で壁際まで運ぶ。


 もう一度、石が落ちる音がした。


 レオナは崩れた場所へ向かおうとした。


「待て!」


 ローデンの声が飛ぶ。


「そこ抜くな。上が乗ってる」


 レオナの手が止まった。


 崩れた岩の隙間から、まだ細かな砂が落ち続けている。


 ローデンは灯りを拾い、天井と瓦礫を順番に見た。


「支える。ユアン、縄あるか」


「ある」


「入口側に声届くか?」


 ユアンは肩に掛けていた縄を下ろすと、崩れた岩へ近づいた。


「おーい! 聞こえるか!」


 少し間があって、向こうから声が返った。


「聞こえる!」


「怪我人は!」


「一人、腕やった! 歩ける!」


 ユアンは振り返る。


「向こうも生きてる」


「支柱を持ってこさせろ。細いやつじゃなくて太いのだ」


「分かった」


 ユアンは再び岩へ声を張った。


 ローデンは崩れた石を一つずつ確かめながら、残った鉱夫に指示を出す。


 レオナも横へ入った。


「私は?」


「そこ押さえろ」


 ローデンが、瓦礫の上でわずかにずれている岩を指した。


「動かすな。支えるだけだ」


「分かった」


 レオナは両手を岩へ当て、必要な分だけ力を向けた。


 すぐ横で、別の男が小石を取り除いていく。


 ユアンは向こう側と声を掛け合いながら人数を確かめた。近くにいる者を数え、向こう側にも人数を返させる。


 途中で手が止まった。


 もう一度数える。


「……ギドは?」


 誰も答えなかった。


 ローデンが顔を上げた。


「さっきまでいたぞ」


「鉱脈のところで、俺の後ろにいた」


 ユアンが暗い奥を振り返る。


 崩落した場所とは反対側だった。


「ギド!」


 声が空洞へ響く。


 返事はない。


 レオナも耳を澄ませた。


「ギド!」


 もう一度。


 遠くで、小さな音がした。


 声ではなかった。


 石が一つ落ちた音だった。


 続いて、天井の奥から低い音が返ってきた。


 ローデンが灯りを持ち上げる。


 ユアンも暗闇を見た。


 レオナは岩から手を離さず、その先を見つめた。


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