第11話 空にならない石
「ギド!」
ユアンの声が空洞に響き、水の落ちる音の向こうへ消えていった。返事はなかったが、しばらくすると、遠くから石を打つような音が二度返ってきた。
「いる」
ローデンは暗がりを見たあと、すぐにレオナの手元へ視線を戻した。
「そのまま支えられるか」
「うん」
「動かすなよ」
「分かってる」
入口側から太い支柱を二本入れ、岩が木へ重さを預けたところで、レオナは少しずつ力を抜いた。
「平気」
「よし」
ローデンはユアンから縄を受け取った。
「俺が見に行く。レオナも来い」
「俺も行く」
「ここがまた落ちたら誰が見る」
ユアンは崩れた場所を見て、それ以上は言わなかった。
「何かあったら呼ぶ」
「ああ」
ローデンが先に暗がりへ入り、レオナもそのあとを追った。
***
さっき倒した岩蜥蜴は、まだ同じ場所に転がっていた。二人は灰色の背を避け、細い水の流れをまたいで奥へ進む。
「ギド!」
「こっちだ!」
今度は声が返った。
大きな鉱脈の壁まで戻ると、床に灯りとつるはしが落ちていた。その少し先で細い通路が崩れ、いくつもの岩が重なっている。
「脚が抜けん!」
レオナが近づこうとすると、ローデンが上を指した。
塞いでいる岩の上に、もう一枚大きな岩が斜めに乗っている。そのさらに上にも亀裂があり、細かな砂が落ち続けていた。
「上げれば抜ける? どっちから押すの」
「持ち上げるな。ずれないようにしろ」
レオナが手を向けると、わずかに動いていた岩が止まった。
「ギド。脚は下敷きか」
「足首が穴の縁に噛んどる。引くな、先にそこを削れ」
「なら下を広げる」
ローデンはつるはしを隙間へ差し込み、小さな石から順に外していった。やがて縄を中へ通し、ギドの腰へ回させる。
「引くぞ」
ローデンが縄を引き、レオナも空いた手を添えた。
腕が出る。頭、肩と続き、最後に右脚が抜けた。
片方の靴がなくなっている。
「立てる?」
「たぶん」
ギドは壁に手をついて身体を起こしたが、右脚へ体重を掛けた途端に顔をしかめた。
「……無理だな」
「だろうな」
それでも岩の外へ出られたことで、その場の空気が少しだけ緩んだ。
「助かった?」
レオナが聞く。
「脚以外はな」
「じゃあ助かった」
「雑だな」
ギドが笑った。
ローデンが肩を貸して歩き始めたが、右脚をほとんど使えないため、数歩進むだけでも時間がかかった。
すぐ横の壁には、太い青黒い筋が来た道に沿うように伸びている。
ローデンがそこを見た。
「レオナ。さっきの力、ここにも入れられるか」
「たぶん」
「入れてくれ」
「何に使うの?」
「こいつを歩かせる」
「俺?」
「他に誰がいる」
「少しだけだ。入りにくくなる前に止めろ」
「うん」
レオナは鉱脈へ手を当て、力を入れた。
「そこまで」
今度はローデンが壁へ触れた。自分の魔力を向けると、中に残っていた押す力が流れ出し、ギドの腰を後ろから押した。
「お」
ギドが右脚を引きずりながら一歩進む。さらにもう一歩。
「これなら歩ける」
レオナが横から見る。
「これなら、歩く間ずっと私が押さなくていいね」
「お前は、また岩が落ちたら止めろ」
レオナはギドから手を離し、来た道を見た。
三人は来た道へ向かった。
それからは、ローデンが壁の力を使うたび、レオナが少し先の鉱脈へ補った。青黒い筋はところどころ岩の中へ消えながらも、進む先でまた姿を現す。ギドはその力に押され、ローデンに肩を支えられながら、一歩ずつ前へ進んだ。
「これ、荷運びにも欲しいな」
「まず脚治せ」
「それはそうだな」
***
「ローデン!」
やがてユアンの声が聞こえてきた。
「いた!」
「生きてる?」
「元気だぞ!」
ギドが返すと、向こうから笑い声が上がった。
支柱を入れた場所まで戻り、まずギドを隙間の向こうへ通す。
「脚どうした」
ユアンが聞いた。
「穴に落ちた」
「何してんだよ」
「石拾おうとした」
「拾った?」
「落とした」
ユアンは一瞬黙った。
「何しに行ったんだよ」
「脚は持って帰ってきた」
「怪我してるけどな」
ギドのあとを鉱夫たちが通り、ローデン、レオナと続いた。
全員が同じ側へ揃うと、すぐに入口へ向かう。
ギドの両側にはローデンと鉱夫がつき、ユアンが後ろから身体を支えた。レオナは最後から、壁に現れる青黒い筋へ力を足しながら歩いていく。
来るときにまたいだ亀裂が見えてきた。その向こうには、空洞へ下りるときに使った縄もある。
あそこまで行けば、あとは上へ戻るだけだった。
「もうちょっとだな」
ギドが言う。
「喋る元気あるなら歩け」
「歩いてるだろ」
そのとき、岩の奥を低い音が長く走った。
ローデンは足を止めない。
「そのまま行くぞ」
レオナも次の鉱脈へ手を置いた。
力を入れる。
そこで、感触が変わった。
「……あれ」
「どうした」
「急に入りにくくなった」
レオナはすぐに手を離した。
「止めた」
「分かってる。行くぞ」
一行はそのまま進んだ。
数歩遅れて、奥で岩が崩れる音がした。
レオナが振り返る。
さっきまで触れていた青黒い筋が、以前より明るくなっている。
「ローデン」
「ああ」
歩みは止めない。
さらに進むうち、青白い光は少しずつ強まり、やがて周囲の黒い岩肌まで照らし始めた。
「急ぐぞ」
ギドも歯を食いしばって足を進める。
どん。
空気が強く押された。
壁から大きな石が剥がれ、床へ叩きつけられる。その衝撃でさらに奥の岩が崩れ、長い音が暗闇へ走っていった。
その先で、別の青黒い筋が光り始める。
ローデンの顔が変わった。
「走るぞ!」
***
ローデンと鉱夫がギドを両側から抱え、ユアンが後ろから押した。レオナは最後を走る。
背後では岩の音が途切れず、足元が何度も揺れた。天井から降る砂に混じって大きな石が一つ落ちてきたときだけ、レオナは振り返って横へ弾き、すぐに前を追った。
また遠くで、どん、と鳴った。
ようやく穴へたどり着く。
「ギドから!」
縄を腰へ回して上から引き、ローデンたちが下から押した。ギドが穴の向こうへ消えると、鉱夫が一人、また一人と続く。
ユアンも上がった。
残った鉱夫が縄へ手を掛けたところで、ローデンが壁を見る。
「もう少し使えるか」
「うん」
レオナが鉱脈へ力を入れ、ローデンがそれを使って鉱夫を押し上げる。
「上がった!」
「もういい!」
「うん」
レオナはすぐに壁から手を離した。
ローデンが縄を登る。
そのあとを、レオナも間を置かずに追った。
上からユアンが腹ばいになって腕を伸ばしている。
「もう少し!」
レオナも右手を伸ばす。
指先が触れた。
その瞬間だった。
どん。
穴の縁が崩れた。
足元から岩が消え、レオナの身体が下へ落ちる。ユアンが掴み直そうとしたが、指先が滑った。
「レオナ!」
途中の岩へ肩をぶつけ、そのまま下へ落ちた。
直後、大きな岩が穴へ滑り込み、上から差していた光を塞いだ。
「レオナ!」
「いる!」
「そこ動くな! 今どける!」
「待って!」
「何で!」
すぐ横の壁に、青黒い筋が浮かんでいた。
淡かった光が強くなっていく。
「離れて!」
岩の向こうが静かになった。
どん。
壁が押し出され、レオナは咄嗟に押し返した。肩に痛みが走ったが、岩は止まり、青白い光もやがて消えた。
暗くなる。
その奥で、小さな光が灯った。
少し離れて、もう一つ。
さっき暗くなったはずの筋にも、淡い青白さが戻ってくる。
「……また」
壁の奥で何かが割れた。
光が一気に強くなる。
レオナが振り向いた。
どん。
身体が岩壁へ叩きつけられ、そのまま地面へ落ちた。
レオナは死んだ。
やがて身体は淡い光へほどけ、服も、流れた血も残さず消えた。
***
「レオナ!」
岩の向こうから返事はなかった。
ユアンが穴へ戻ろうとしたところで、ローデンが腕を掴んだ。
「出るぞ」
「レオナが下にいる」
「分かってる。ここも落ちる」
また岩の奥が鳴った。
ローデンはギドたちへ振り返る。
「外まで出るぞ。止まるな」
ユアンは塞がれた穴を見た。細かな砂が、まだ岩の隙間から落ち続けている。
「ユアン」
ローデンが呼ぶ。
少し間を置いて、ユアンは穴から目を離した。
一行は坑道を離れた。
***
人のいなくなった山の中で、しばらく岩の音が続いた。
やがて静かになった。
一度暗くなった青黒い筋に、また淡い光が戻った。
岩の中へ消えたその先でも、青白い光が灯る。
さらに奥で、もう一つ。




