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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第二章

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第8話 石を掘る人々

 朝、目を覚ましたレオナは、しばらく天井を見ていた。


 低い梁も、壁際に積まれた籠も、自分の家にはなかった。隣の部屋から器の触れ合う音が聞こえてきて、ようやくユアンの家に泊まったことを思い出す。


 そのあとに、昨日見たサナの景色も戻ってきた。


 草に埋もれた畑。残された家。父と母の墓。


 レオナは毛布を押しのけて起き上がった。


 食卓へ行くと、すでに朝食が始まっていた。ユアンはパンをちぎりながら食べ、ミラは自分の椀を空にしつつ、仕事に持っていく袋の中身を足元で確かめている。ニナは煮込みの中へ沈めたパンを、崩さないよう慎重に匙ですくっていた。


 ミラがニナの椀を覗いた。


「それ、もうパンじゃなくなってない?」


 ニナは真剣な顔で匙を動かした。


「まだある」


 レオナが座ると、ユアンの母親が空いていた椀を寄せてくれた。誰もサナのことを聞かなかった。


 食事が終わりかけたころ、ユアンが何気なく言った。


「今日、何かすることあるか」


 レオナは少し黙った。


「……ない」


「じゃあ石置き場だ。お前が一人来れば、運ぶのが早く済む」


 レオナは顔を上げた。


「行く」


 ユアンの母親が棚から布を二枚出し、パンと干し肉を包んだ。一つをユアンに渡し、もう一つをレオナへ差し出す。


「昼」


「ありがとう」


 受け取った包みには、まだパンの温かさが残っていた。


 山へ近づくにつれて、人の声に石を打つ硬い音が混じり始めた。


 空の荷車が上っていき、石を積んだ二輪車が反対から下りてくる。長い木材を二人で担いだ男たちの服には白い粉が付き、肩に鶴嘴を担いだ女が、知り合いらしい坑夫へ手を上げて通り過ぎた。


 さらに進むと、山肌に張りつくように小屋や屋根が見えてきた。斜面の途中では何人かが声を合わせて荷を引き上げ、その少し下では、荷車から石を下ろす音が絶え間なく響いている。


 レオナは歩きながら何度もそちらへ顔を向けた。


 一度、前を見ないまま歩いていて荷車とぶつかりそうになった。


「前」


 ユアンに肩を引かれる。


「見てた」


「見ながら歩け」


 レオナは今度は正面を向いた。


 石置き場は、山の斜面を削って作られた広い場所だった。


 屋根だけを掛けた作業場がいくつか並び、その下には掘り出された石が山になっている。


 その中に青が見えた。


 レオナは足を止めた。


 黒い表面の割れ目から覗く青。少し離れた籠にも、その隣にもある。


 あのとき、ハルで飛ばした石と同じだった。


 一つ拾い上げる。


「それはこっち」


 横から手が伸び、別の青黒い石が籠へ放り込まれた。


「こいつは割れすぎだ」


「端だけだろ。まだ使える」


 人々はレオナが持っているものと同じ石を、割れ目を確かめたり掌で転がしたりしながら、迷いなく仕分けている。泥のついたものを桶で洗う者もいれば、木や革の具から使い終わった石を外している者もいた。


 レオナがまだ石を持っていると、ユアンが籠の取っ手を持った。


「それ入れて、こっち」


 レオナは石を籠へ戻し、反対側を持つ。


 かなり重い。底を押し上げるように魔力をかけた途端、籠の向こう側まで持ち上がった。


「上げすぎ」


 レオナは少し力を抜いた。


「これくらい?」


「それくらい」


 二人で籠を運んだ。


 しばらくして、レオナは石の選別を手伝うことになった。


 三度目に同じ籠へ石を入れたところで、近くにいた男に止められた。


「それ、違う」


 レオナは手元と二つの籠を見比べた。


「同じに見える」


 男はレオナの手から石を取り、しばらく掌に載せてから隣の籠へ入れた。


「そっちはすぐ抜ける」


 レオナも別の石を二つ取ってみたが、重さにも手触りにも大した差はない。割れ目を光へ向けてみても、青の色がわずかに違うような、違わないようなものだった。


 男が笑った。


「そんな見てもわからんよ。使ってりゃ、そのうちわかる」


 そう言って、もう次の石を拾っている。


 レオナも真似して一つ取った。


 今度は、一度だけ隣の籠を確認してから入れた。


 昼前、大きな石を積んだ台車の車輪が土へ沈んだ。


 三人が肩を入れても抜けず、そのうちの一人が腰から木の具を外した。青黒い石が革紐で留められている。


 男がそこへ指を添え、もう一度台車へ肩を当てる。


 押し方そのものは、さっきと変わって見えなかった。


 けれど、割れ目の奥に淡い光が浮かぶと、土に食い込んでいた車輪が動いた。縁が土を崩し、ゆっくりと溝から抜けていく。


 男が石から指を離すと、光も消えた。


 レオナは仕事の手を止めていた。


 台車が通り過ぎたあと、割れ目の奥に残る青白さは、さっきより薄くなっていた。


 男が戻ってきたところで、レオナは腰の石を指した。


「減った?」


「ああ、少し」


 男は木の具を軽く叩いた。


「押すときに、石の中の力も借りるんだ。手だけでやるより楽だろ」


 それだけ言って、また台車の後ろへ回った。


 次に押したときも石は淡く光った。


 レオナは、台車が動くのと石の光が薄くなるのを見届けてから、自分の仕事へ戻った。


 昼になると、作業場の人々は一人、また一人と手を止め始めた。


 レオナもユアンと屋根の影へ入り、丸太に腰を下ろした。朝にもらった包みを開くと、パンはもう冷えていたが、干し肉の脂が少し染みて柔らかくなっている。


 ユアンがパンを口へ運びかけ、レオナを見た。


「顔、汚れてるぞ」


 レオナは頬を手の甲で拭った。


「取れた?」


「反対」


 もう一度拭う。


 ユアンは少し見てから、


「もういい」


 と言った。


 レオナは自分の袖を見る。いつの間にか、そこにも薄く石粉がついていた。


 午前中、台車を押していた男が近くを通った。


 腰から木の具を外し、中の石を抜いて籠へ入れる。代わりに棚から淡く光る石を取り、同じ具へ嵌め込んで戻っていった。


 レオナはパンを食べながら、その背を目で追った。


「珍しいか」


 ユアンが言った。


「うん」


 戻された石は、別の者が籠ごと運んでいった。


 近くでは朝から選別をしていた男が帽子を顔に載せて横になり、二人の坑夫は欠けた鶴嘴を間に置いて、柄だけ使えるだの、もう捨てろだのと言い合っていた。


 やがてユアンが立ち上がると、レオナも残ったパンを口へ入れ、包みを畳んだ。


 午後になると、午前中なら二人で持っていた籠を一人で渡された。


「これ、あっち」


 レオナは取っ手を持ち、底へ魔力をかける。


 今度は浮き上がらない程度に力を抑え、そのまま一人で運んだ。少し離れたところにいた男が振り返ったが、レオナはそのまま棚の前まで歩いていった。


 次の木箱には、もう手伝いを呼ばれなかった。底を魔力で支えて運び終えると、さっきの男がさらに大きな籠を指した。


「じゃあ次、あれ」


 その次には、地面に転がっている石の塊を頼まれた。レオナが手を向けて滑らせると、男は運ばれた石を見て、また別の荷を探し始めた。


 午後の後半には、空になった石を集める作業へ回された。


 使い終わったものを籠から出し、欠けがないか確かめてから並べる。その隣では、一人の女が石へ力を戻していた。


 女は掌ほどの青黒い石を握り、しばらくじっとしている。やがて割れ目の奥に淡い光が戻ると棚へ置き、次を取った。


 レオナは自分の石を並べながら、ときどきその手元を見ていた。


 四つ目を置いたところで、女と目が合った。


「やるか?」


 レオナは頷いた。


 差し出された石を掌に載せる。


「無理するなよ」


 女はそれだけ言って、自分も次の石を取った。


 レオナは石を自分の前へ向け、荷を押すときと同じように魔力を送った。


 青白い光が、一息に割れ目の奥まで広がった。


 隣で動いていた手が止まる。


「……待て」


 レオナも止めた。


 女が石を取り上げて覗き込み、少し離れたところにいた男まで寄ってきた。


「もう?」


「もう」


 男は自分の手元の石と見比べる。そちらはまだ弱くしか光っていない。


 女はレオナへ石を返した。


「もう十分だ。そこ置いとけ」


「うん」


 棚へ置こうとしたところで、レオナは手を止めた。


 さっきまで石へ向ければそのまま流れていた魔力が、今はうまく通らない。


 もう一度、ごく弱く力を向ける。


 同じだった。


 レオナは石を見た。


 それなら、と少し強めに魔力を流した。


 抵抗が消えた。


 石の割れ目を青白い光が走る。


 次の瞬間、正面で空気が低く鳴った。


 積まれていた木箱が、まとめて奥へ滑った。最前列の箱が籠へぶつかり、その先の板も荷も、押し重なるように崩れていく。


 石の入った籠が横倒しになり、ぶつかった拍子に木片が跳ねた。


 一番奥の荷車まで大きく後ろへずれ、車輪を軋ませた。


 レオナは石を持ったまま固まっていた。


 すぐ脇に置かれていた水桶は、そのままだった。


 正面では、最後まで傾いていた木箱が遅れて倒れ、大きな音を立てた。


 それを聞きつけたのか、作業場の外から足音が近づいてくる。


「レオナ!」


 ユアンが駆け込んできた。


 散らかった荷にはほとんど目も向けず、レオナのところまで来る。


「怪我は?」


「ないけど……」


 レオナの視線は、ユアンの向こうへ向いていた。


 ユアンもその先を見る。


 木箱も籠も板も、ずっと奥まで押しやられている。


 朝から選別をしていた男が、少し離れたところでその光景を見ていた。やがて、崩れた荷の先を指す。


「……俺、あれも分けたんだけど」


 誰も何も言わなかった。


 レオナは掌の石を見た。


 割れてはいない。


 さっきまで中を満たしていた青白い光だけが、ほとんど消えている。


 ごく弱く、もう一度魔力を向けた。


 先ほどまで感じていたものが、もうない。


「……空になった」


 その声で、周囲の視線が石へ戻った。


 隣にいた女が近づき、レオナの掌を覗き込む。それから、正面に崩れた荷へ目を向けた。


「……今の、何した?」


 レオナもそちらを見る。


「入れただけ」


「どれくらい」


 レオナは少し考えた。


「いつもくらい」


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