第80話 立場の変わった街
ドルンに着いたのは、宿場を出て三日目の昼だった。
門には、ゴブリンが二人立っていた。一人がユナの文を読み、もう一人が荷を調べる。
薬の袋を開けようとしたところで、リゼルが手を添えた。
「薬は日陰へお願いします。日が当たったまま、全部出させないでください」
ゴブリンは袋を日陰へ戻した。
横を通ったドワーフの荷車は、止められることなく門を抜けていく。後ろに並んでいた人間が声を上げた。
「あっちは見ないのか」
「工房の荷だ」
「俺のも仕事の荷だぞ」
「こっちへ出せ」
レオナが振り返ると、アレンが肘に触れた。
「ちょっと待って。こっちの荷、まだ見てる」
「うん」
レオナは目の前の荷を開いた。兵が腰の剣を指し、外して見せるよう求める。
剣を荷の横へ置きながら、レオナはもう一度、ドワーフの荷車が消えた門の向こうを見た。
***
街の坂には、槌の音が響いていた。
前にドワーフが集められていた区画を越えて、広い通りにも工房が増えている。十五年前は人間の店ばかりだったあたりにも、ドワーフの看板が並んでいた。
一軒の工房の前で、人間の男が待っていた。中から出てきたドワーフの職人が、男の持つ部品を一度見る。
「今日は駄目だ。鉱山の荷が先だ」
「昨日もそう言った。うちの炉は止まってる」
「前は、こっちが頼んでも来なかったろう」
ドワーフは扉を閉めた。
男は戸口を見たまま、持っていた部品を袋へ戻した。レオナは歩く速さを落とす。
「前は、ドワーフが狭いところに集められてたんだ」
「今は人間の方が待たされてるんだな」
アレンが閉じた扉を見る。
「うん。でも、それじゃ炉は動かないよ」
坂の上から声がした。
「割れた部品か。見せてみろ」
別の工房から、背の低い、肩幅の広い男が顔を出していた。人間の男は少しためらってから、袋を抱えてそちらへ歩き出す。
レオナも地図を開いた。
ユナのつけた印は、その工房の場所にあった。
***
戸口では、人間の女とゴブリンが車輪を立てていた。レオナたちが通れるように、二人で脇へ寄せる。
奥から、帳面を抱えた人間の男が出てきた。髪には白いものが混じっている。
「レオナさん」
「マルク。まだ、ここを見てるんだね」
「ええ。作る方は、相変わらず職人に任せていますが」
ギドの子孫だった。十五年前も、槌より帳面の方が性に合うと言っていた。
マルクは空いた卓へ帳面を置き、工房の奥を示す。
「ロイさんも、お待ちですよ」
奥にロイがいた。
机に広げた金具から顔を上げ、手に持っていた道具を置く。
「戻ったんですね」
「うん。ロイは、あんまり変わらないね」
「あなたほどではないと思いますけど」
近くまで来て、レオナの腕へ目を移す。
「もう、痛みはありませんか?」
「ないよ。いつ来たの?」
「昨日です。ユナさんの文が来てから、荷車に乗せてもらいました」
ロイが机を振り返った。腕に巻く形の装具が置かれている。
「これ、私に?」
「はい。あとは、あなたの腕に合わせるだけです」
その向こうでは、先ほど声を掛けたドワーフが、人間の男から受け取った部品を裏返していた。
「オルグさん。そちらが終わったら、こっちもお願いします」
ロイが声を掛ける。
「ああ」
レオナは部品を持つ手と、その顔を見比べた。
「あ。前の工房にいた人」
オルグが部品から顔を上げた。
「聖剣を壊したとき、いたよね」
「覚えてる。よく壊してくれたな」
「うん」
レオナは少し笑った。
「オルグっていうんだ。名前、知らなかった」
「そうだったか」
オルグは部品の繋ぎ目を指でなぞった。
「これ、前にも直したか」
人間の男が頷く。
「ああ。繋いだところが、また割れた」
「また繋いでも同じだな。炉も見せてくれ」
「来てくれるのか」
「明日なら行ける。寸法を取ってから、どう直すか決める」
マルクが帳面を開いた。
「場所と、お名前をお願いします」
男から聞いた内容を書き留め、部品を預かり品として記す。
「明日の朝、こちらから向かいます」
「ああ。頼む」
男は何度か頭を下げて工房を出ていった。
オルグは割れ目をもう一度見てから、部品を棚へ置く。
「飯にするぞ。机を空けろ」
ロイが金具を寄せ、マルクは帳面を別の卓へ移した。戸口にいた二人が鍋を運んでくる。
「テッサ、そっち持て」
「持ってるって。ツク、傾けないで」
「傾いてない」
二人で鍋を卓へ置いた。
「一緒に働いてるの?」
レオナが尋ねると、オルグは二人へ顎を向けた。
「テッサは炉を見る。ツクは車輪を組む」
「親方、遅い」
ツクが言った。
「先にあけた穴は縮まらんぞ。寸法が出るまで、そこは置いとけ」
テッサが笑いながら器を並べた。
「それで昨日も作り直したんだよ」
ツクは何も言わず、鍋の蓋を取った。
レオナは空いた場所へ座り、自分の器を差し出した。
***
食事のあと、ロイが装具をレオナの腕へ合わせた。
肘を曲げると、縁が少し当たる。オルグがそこへ炭で印をつけ、外して削った。着け直し、今度は拳を握るよう言う。
「こっちは、もう少し空ける」
「緩くならない?」
「留め具をずらす。そこは締めんでもいい」
位置をロイへ示したあと、オルグの目がレオナの腰で止まった。
「まだ、その剣を使ってるのか」
「うん。聖剣の次に丈夫だったから」
「全力は通してないな?」
「通してないよ」
「ならいい」
オルグは道具を取り直した。レオナはその手元を見ながら聞く。
「聖剣は? まだ作ってる?」
「作ってる。前の剣は越えた。お前に渡すには、まだ足りん」
「十五年経ったよ」
「十五年でできるなら、とっくに渡してる」
レオナは腰の剣に触れた。柄には新しい革が巻かれている。
オルグは留め具の位置へ印を足し、装具を外した。ロイが調整する間に、リゼルはレオナの腕と胸を診た。
「これを着けると、何が変わるんですか」
リゼルが尋ねた。
「前の装具を作り直しました。身体が治ろうとする働きを助けながら、負担が一か所に集まらないようにしています」
「強く使っても大丈夫になりますか」
「今までよりは。ただ、一度に出しすぎれば追いつきません」
ロイが答える横で、オルグは削った縁を確かめていた。
「昨日の図から、留め具をずらしたな。逃がし方は変わらんか」
「大きくは変わりません。腕に合わせた方が、動かしやすそうです」
オルグは頷き、装具をレオナの腕へ戻した。
「聖剣にも使えそう?」
レオナが聞いた。
「昨日から考えてる。受け止めるだけじゃ、足りなかったからな」
ロイもレオナの剣へ目を向けた。
「身体と同じに働くとは限りません。剣では、負担がどこへ行くか調べ直すことになります」
「だから、壊れた剣が要る。割れたところから見るぞ」
オルグはそう言って、レオナを見る。
「剣には、まだ全力を通すなよ」
「分かってるよ」
オルグはロイへ顔を向ける。
「装具の働くところを先に見る。そこで分かったものを剣にも使えるか、あとで考える」
留め具を閉じ、レオナにもう一度腕を曲げさせた。
***
工房の隅では、テッサとツクが古い金床の周りを片づけていた。アレンも椅子を一つ運び、壁際へ寄せる。
レオナは金床へ手を向けた。
「少しだけお願いします」
ロイに言われ、力を出す。金床が床の砂を押し、ゆっくり動いた。腕に痛みはない。
「いったん止めてください」
リゼルが腕と胸を診ている間に、ロイとオルグは留め具を確かめた。異常はない。
次は力を増やさず、横から押した。金床が先ほどの砂の筋を横切る。腕を伸ばし切ったところで、装具の縁が擦れた。
「ここ、当たる」
レオナが力を解くと、オルグは炭の印を確かめた。金具の端がずれている。
オルグはロイを呼び、ずれたところを見せた。
「腕を伸ばすと、こっちへ引かれる」
「留め具を動かしたところですね」
レオナが留め具へ手を伸ばすと、オルグは金具を押さえた。
「締めると食い込む。ここは位置を変える。腕をもう一度伸ばせ」
二人は装具を外した。リゼルが腕を診ている間に、ロイが金具を押さえ、オルグが印の位置を直す。
もう一度、同じ力で金床を押した。今度は腕を伸ばしても縁が当たらず、金具もずれなかった。
「今のところは、いいな。自分で締め直すなよ」
「壊れたら?」
「欠片も持ってこい。どこが駄目だったか見ないと、次を作れん」
レオナは少し笑った。
「十五年前も、みんなすぐ次を作ろうとしてたね」
「壊れたままにしてどうする」
ロイに着け直してもらい、レオナは腕を曲げ、伸ばした。
「腕が平気でも、剣はこれまでと同じです。そこは気をつけてくださいね」
ロイが言った。レオナは腰の剣へ目を落とす。柄には、フィンたちが巻き直してくれた革がある。
「これは、折りたくないな」
オルグは剣と装具を見比べてから、机へ戻った。
***
夕方、机には紙が何枚も広がっていた。
ロイが昼に変えた箇所を図へ書き足す隣で、オルグも別の紙に短い線を引いていた。書いては消し、ロイの図と見比べている。レオナはその手元を覗き込んだ。
「それ、何?」
「まだ何でもない」
「何でもないのに描いてるの?」
「考えるだけなら壊れん」
「図ではまだ、無理をさせてませんからね」
ロイが小さく笑った。オルグは「その図にも無理がある」と返し、紙を裏返した。
少し離れた卓では、マルクが今日預かった仕事を帳面へまとめている。その向こうでは、テッサとツクが翌日に使う材を並べていた。
オルグが装具の繋ぎ目を指した。レオナは腕を上げ、彼が紙へ戻るまで、そのままにしていた。
「ロイ、明日もいる?」
「朝、リードへ戻ります」
「一緒には来ないんだね」
「使ったときの違いを聞かせてください。ここでの調整も、リードへ送ってもらいます。僕は、その記録と比べて次を考えます」
レオナは留め具の下へ指を入れてみた。
「戻るまで、持っててくれたんだ」
ロイの手が少し止まる。
「渡さないと、あなたに合うかも分かりませんから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ロイは紙へ目を戻した。
オルグも、描きかけの紙を手元へ引き寄せた。
***
翌朝、ロイはリードへ向かう荷車に乗った。
「無理はしないでくださいね」
「リゼルがいるよ」
「止めます」
隣からリゼルが答え、ロイが頷く。
「お願いします」
「二人とも、私が無茶するみたいに言うね」
「してきましたからね」
ロイは少し笑った。
荷車が動き出す。レオナが道の端で手を振ると、ロイも一度だけ手を上げた。
工房へ戻ると、オルグが道具を袋へ入れていた。昨日、部品を持ち込んだ男の炉を見に行くのだという。
マルクは帳面を開き、その男の名前の横へ目を落とした。
「炉を見たら、必要なものだけ教えてください。こちらで手配します」
「ああ」
机にはロイの図と、オルグが昨夜描いていた図が残っている。オルグは二枚を重ねて畳み、棚の上へ置いた。
レオナも荷の中の手紙を確かめた。粉挽き場で預かったものだった。渡す相手の店は、炉のある坂の下にある。
「私たちも、下へ行くよ」
「なら、途中まで一緒だ」
「昨日の人にも、話を聞きたい」
オルグが顔を上げた。
「炉のことか」
「うん。あそこに頼みに行く前は、どうしてたのか」
「本人に聞け。俺も、まだ炉を見てない」
オルグは袋を肩へ掛けた。
レオナはアレンとリゼルを呼び、オルグと一緒に工房を出た。




