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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第九章

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第80話 立場の変わった街

 ドルンに着いたのは、宿場を出て三日目の昼だった。


 門には、ゴブリンが二人立っていた。一人がユナの文を読み、もう一人が荷を調べる。


 薬の袋を開けようとしたところで、リゼルが手を添えた。


「薬は日陰へお願いします。日が当たったまま、全部出させないでください」


 ゴブリンは袋を日陰へ戻した。


 横を通ったドワーフの荷車は、止められることなく門を抜けていく。後ろに並んでいた人間が声を上げた。


「あっちは見ないのか」


「工房の荷だ」


「俺のも仕事の荷だぞ」


「こっちへ出せ」


 レオナが振り返ると、アレンが肘に触れた。


「ちょっと待って。こっちの荷、まだ見てる」


「うん」


 レオナは目の前の荷を開いた。兵が腰の剣を指し、外して見せるよう求める。


 剣を荷の横へ置きながら、レオナはもう一度、ドワーフの荷車が消えた門の向こうを見た。


***


 街の坂には、槌の音が響いていた。


 前にドワーフが集められていた区画を越えて、広い通りにも工房が増えている。十五年前は人間の店ばかりだったあたりにも、ドワーフの看板が並んでいた。


 一軒の工房の前で、人間の男が待っていた。中から出てきたドワーフの職人が、男の持つ部品を一度見る。


「今日は駄目だ。鉱山の荷が先だ」


「昨日もそう言った。うちの炉は止まってる」


「前は、こっちが頼んでも来なかったろう」


 ドワーフは扉を閉めた。


 男は戸口を見たまま、持っていた部品を袋へ戻した。レオナは歩く速さを落とす。


「前は、ドワーフが狭いところに集められてたんだ」


「今は人間の方が待たされてるんだな」


 アレンが閉じた扉を見る。


「うん。でも、それじゃ炉は動かないよ」


 坂の上から声がした。


「割れた部品か。見せてみろ」


 別の工房から、背の低い、肩幅の広い男が顔を出していた。人間の男は少しためらってから、袋を抱えてそちらへ歩き出す。


 レオナも地図を開いた。


 ユナのつけた印は、その工房の場所にあった。


***


 戸口では、人間の女とゴブリンが車輪を立てていた。レオナたちが通れるように、二人で脇へ寄せる。


 奥から、帳面を抱えた人間の男が出てきた。髪には白いものが混じっている。


「レオナさん」


「マルク。まだ、ここを見てるんだね」


「ええ。作る方は、相変わらず職人に任せていますが」


 ギドの子孫だった。十五年前も、槌より帳面の方が性に合うと言っていた。


 マルクは空いた卓へ帳面を置き、工房の奥を示す。


「ロイさんも、お待ちですよ」


 奥にロイがいた。


 机に広げた金具から顔を上げ、手に持っていた道具を置く。


「戻ったんですね」


「うん。ロイは、あんまり変わらないね」


「あなたほどではないと思いますけど」


 近くまで来て、レオナの腕へ目を移す。


「もう、痛みはありませんか?」


「ないよ。いつ来たの?」


「昨日です。ユナさんの文が来てから、荷車に乗せてもらいました」


 ロイが机を振り返った。腕に巻く形の装具が置かれている。


「これ、私に?」


「はい。あとは、あなたの腕に合わせるだけです」


 その向こうでは、先ほど声を掛けたドワーフが、人間の男から受け取った部品を裏返していた。


「オルグさん。そちらが終わったら、こっちもお願いします」


 ロイが声を掛ける。


「ああ」


 レオナは部品を持つ手と、その顔を見比べた。


「あ。前の工房にいた人」


 オルグが部品から顔を上げた。


「聖剣を壊したとき、いたよね」


「覚えてる。よく壊してくれたな」


「うん」


 レオナは少し笑った。


「オルグっていうんだ。名前、知らなかった」


「そうだったか」


 オルグは部品の繋ぎ目を指でなぞった。


「これ、前にも直したか」


 人間の男が頷く。


「ああ。繋いだところが、また割れた」


「また繋いでも同じだな。炉も見せてくれ」


「来てくれるのか」


「明日なら行ける。寸法を取ってから、どう直すか決める」


 マルクが帳面を開いた。


「場所と、お名前をお願いします」


 男から聞いた内容を書き留め、部品を預かり品として記す。


「明日の朝、こちらから向かいます」


「ああ。頼む」


 男は何度か頭を下げて工房を出ていった。


 オルグは割れ目をもう一度見てから、部品を棚へ置く。


「飯にするぞ。机を空けろ」


 ロイが金具を寄せ、マルクは帳面を別の卓へ移した。戸口にいた二人が鍋を運んでくる。


「テッサ、そっち持て」


「持ってるって。ツク、傾けないで」


「傾いてない」


 二人で鍋を卓へ置いた。


「一緒に働いてるの?」


 レオナが尋ねると、オルグは二人へ顎を向けた。


「テッサは炉を見る。ツクは車輪を組む」


「親方、遅い」


 ツクが言った。


「先にあけた穴は縮まらんぞ。寸法が出るまで、そこは置いとけ」


 テッサが笑いながら器を並べた。


「それで昨日も作り直したんだよ」


 ツクは何も言わず、鍋の蓋を取った。


 レオナは空いた場所へ座り、自分の器を差し出した。


***


 食事のあと、ロイが装具をレオナの腕へ合わせた。


 肘を曲げると、縁が少し当たる。オルグがそこへ炭で印をつけ、外して削った。着け直し、今度は拳を握るよう言う。


「こっちは、もう少し空ける」


「緩くならない?」


「留め具をずらす。そこは締めんでもいい」


 位置をロイへ示したあと、オルグの目がレオナの腰で止まった。


「まだ、その剣を使ってるのか」


「うん。聖剣の次に丈夫だったから」


「全力は通してないな?」


「通してないよ」


「ならいい」


 オルグは道具を取り直した。レオナはその手元を見ながら聞く。


「聖剣は? まだ作ってる?」


「作ってる。前の剣は越えた。お前に渡すには、まだ足りん」


「十五年経ったよ」


「十五年でできるなら、とっくに渡してる」


 レオナは腰の剣に触れた。柄には新しい革が巻かれている。


 オルグは留め具の位置へ印を足し、装具を外した。ロイが調整する間に、リゼルはレオナの腕と胸を診た。


「これを着けると、何が変わるんですか」


 リゼルが尋ねた。


「前の装具を作り直しました。身体が治ろうとする働きを助けながら、負担が一か所に集まらないようにしています」


「強く使っても大丈夫になりますか」


「今までよりは。ただ、一度に出しすぎれば追いつきません」


 ロイが答える横で、オルグは削った縁を確かめていた。


「昨日の図から、留め具をずらしたな。逃がし方は変わらんか」


「大きくは変わりません。腕に合わせた方が、動かしやすそうです」


 オルグは頷き、装具をレオナの腕へ戻した。


「聖剣にも使えそう?」


 レオナが聞いた。


「昨日から考えてる。受け止めるだけじゃ、足りなかったからな」


 ロイもレオナの剣へ目を向けた。


「身体と同じに働くとは限りません。剣では、負担がどこへ行くか調べ直すことになります」


「だから、壊れた剣が要る。割れたところから見るぞ」


 オルグはそう言って、レオナを見る。


「剣には、まだ全力を通すなよ」


「分かってるよ」


 オルグはロイへ顔を向ける。


「装具の働くところを先に見る。そこで分かったものを剣にも使えるか、あとで考える」


 留め具を閉じ、レオナにもう一度腕を曲げさせた。


***


 工房の隅では、テッサとツクが古い金床の周りを片づけていた。アレンも椅子を一つ運び、壁際へ寄せる。


 レオナは金床へ手を向けた。


「少しだけお願いします」


 ロイに言われ、力を出す。金床が床の砂を押し、ゆっくり動いた。腕に痛みはない。


「いったん止めてください」


 リゼルが腕と胸を診ている間に、ロイとオルグは留め具を確かめた。異常はない。


 次は力を増やさず、横から押した。金床が先ほどの砂の筋を横切る。腕を伸ばし切ったところで、装具の縁が擦れた。


「ここ、当たる」


 レオナが力を解くと、オルグは炭の印を確かめた。金具の端がずれている。


 オルグはロイを呼び、ずれたところを見せた。


「腕を伸ばすと、こっちへ引かれる」


「留め具を動かしたところですね」


 レオナが留め具へ手を伸ばすと、オルグは金具を押さえた。


「締めると食い込む。ここは位置を変える。腕をもう一度伸ばせ」


 二人は装具を外した。リゼルが腕を診ている間に、ロイが金具を押さえ、オルグが印の位置を直す。


 もう一度、同じ力で金床を押した。今度は腕を伸ばしても縁が当たらず、金具もずれなかった。


「今のところは、いいな。自分で締め直すなよ」


「壊れたら?」


「欠片も持ってこい。どこが駄目だったか見ないと、次を作れん」


 レオナは少し笑った。


「十五年前も、みんなすぐ次を作ろうとしてたね」


「壊れたままにしてどうする」


 ロイに着け直してもらい、レオナは腕を曲げ、伸ばした。


「腕が平気でも、剣はこれまでと同じです。そこは気をつけてくださいね」


 ロイが言った。レオナは腰の剣へ目を落とす。柄には、フィンたちが巻き直してくれた革がある。


「これは、折りたくないな」


 オルグは剣と装具を見比べてから、机へ戻った。


***


 夕方、机には紙が何枚も広がっていた。


 ロイが昼に変えた箇所を図へ書き足す隣で、オルグも別の紙に短い線を引いていた。書いては消し、ロイの図と見比べている。レオナはその手元を覗き込んだ。


「それ、何?」


「まだ何でもない」


「何でもないのに描いてるの?」


「考えるだけなら壊れん」


「図ではまだ、無理をさせてませんからね」


 ロイが小さく笑った。オルグは「その図にも無理がある」と返し、紙を裏返した。


 少し離れた卓では、マルクが今日預かった仕事を帳面へまとめている。その向こうでは、テッサとツクが翌日に使う材を並べていた。


 オルグが装具の繋ぎ目を指した。レオナは腕を上げ、彼が紙へ戻るまで、そのままにしていた。


「ロイ、明日もいる?」


「朝、リードへ戻ります」


「一緒には来ないんだね」


「使ったときの違いを聞かせてください。ここでの調整も、リードへ送ってもらいます。僕は、その記録と比べて次を考えます」


 レオナは留め具の下へ指を入れてみた。


「戻るまで、持っててくれたんだ」


 ロイの手が少し止まる。


「渡さないと、あなたに合うかも分かりませんから」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 ロイは紙へ目を戻した。


 オルグも、描きかけの紙を手元へ引き寄せた。


***


 翌朝、ロイはリードへ向かう荷車に乗った。


「無理はしないでくださいね」


「リゼルがいるよ」


「止めます」


 隣からリゼルが答え、ロイが頷く。


「お願いします」


「二人とも、私が無茶するみたいに言うね」


「してきましたからね」


 ロイは少し笑った。


 荷車が動き出す。レオナが道の端で手を振ると、ロイも一度だけ手を上げた。


 工房へ戻ると、オルグが道具を袋へ入れていた。昨日、部品を持ち込んだ男の炉を見に行くのだという。


 マルクは帳面を開き、その男の名前の横へ目を落とした。


「炉を見たら、必要なものだけ教えてください。こちらで手配します」


「ああ」


 机にはロイの図と、オルグが昨夜描いていた図が残っている。オルグは二枚を重ねて畳み、棚の上へ置いた。


 レオナも荷の中の手紙を確かめた。粉挽き場で預かったものだった。渡す相手の店は、炉のある坂の下にある。


「私たちも、下へ行くよ」


「なら、途中まで一緒だ」


「昨日の人にも、話を聞きたい」


 オルグが顔を上げた。


「炉のことか」


「うん。あそこに頼みに行く前は、どうしてたのか」


「本人に聞け。俺も、まだ炉を見てない」


 オルグは袋を肩へ掛けた。


 レオナはアレンとリゼルを呼び、オルグと一緒に工房を出た。


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