第70話 塞がれた道
東門の外には、まだ朝の冷気が残っていた。
レオナは門を出るなり、壁際へ身を寄せた。頭上を矢が通り、道の向こうの土へ刺さる。外側の見張り台にも兵士がいた。
グレイホーンが腕を振る。見張り台へ風が吹きつけ、兵士たちが身を伏せた。その間にユナが、門を抜けた者を壁際へ集める。
「北へ。道を曲がった先に、馬車が待っています」
カヤが先頭へ出た。脚を固定されたゴブリンは、同じ檻にいた者と人間の男が布で運んでいる。エリナの身体を載せた板も、その後ろに続いた。
門の中で、トロルが低く呻いた。
下がりかけた格子の先が、背に引っかかっている。レオナは振り返り、両手を上げた。格子へ力を当てて押し戻すと、鎖が音を立てて張った。
「そのまま、前へ」
トロルが身を縮めて進む。その後ろから工房の男が飛び出し、手を振った。
「もういい! 離れろ!」
最後の一人が通ったのを見て力を抜くと、格子は大きな音を立てて落ちた。
レオナは腕を下ろした。指先が痺れ、握り直しても感覚が戻らない。
その手の向こうを、赤い光が横切った。
城壁の北寄りから飛んできた火球が、道を進むトロルへ向かっている。
「伏せて!」
レオナは手を突き出した。火球を横から押すと、赤い塊は道を外れて畑へ落ち、土と炎が噴き上がった。
城壁の上で杖が動く。
二発目は、エリナを運ぶ二人へ向かっていた。一人が足を止めたため、板が傾く。
レオナは腕を振った。
火球が二人の頭上から逸れ、斜面へ落ちた。熱い風が頬へ当たり、腕の奥に鋭い痛みが走る。手を下ろそうとしても、指だけが伸びたまま動かなかった。
そこへ、グレイホーンの風が城壁を駆け上がった。杖を持っていた兵士が姿勢を崩し、手すりへしがみつく。グレイホーンが腕を返すと風は弱まり、兵士はその場に座り込んだ。
「進め。ここに留まるな」
レオナも後を追った。腕を身体へ寄せると痛みは少し薄れたが、歩くたびに肩の奥が引きつった。
***
道は城壁に沿って北へ伸びていた。左は石壁、右は畑へ落ちる斜面で、負傷者を運んだまま下りられるところはない。
切通しへ入る手前で、カヤが足を止めた。
二台の荷車が太い板でつながれ、道を塞いでいた。車輪には楔がかませてある。カヤが足元を覗くと、二本の鉄棒が車体から敷石へ打ち込まれていた。押しただけでは動かない。板の後ろには盾と槍が並んでいる。
カヤは引き返し、ユナへ見張り小屋の陰を示した。
「ここへ寄せて。前が塞がれてる」
シグレが負傷した同族を下ろし、刀を抜いた。
「俺が開ける」
「一緒に行く」
レオナが続くと、板の隙間で青い光が灯った。
シグレの刃が、板へ届く前に止まる。刀が押し返され、踏み込んだ身体まで一歩戻された。
直後、盾の間から矢が飛んだ。
二人が壁際へ退いたとき、シグレの上腕には一本が刺さっていた。彼は矢柄を折り、板の向こうを睨む。
荷車をつなぐ金属帯には、魔石が三つ埋め込まれていた。その後ろで二人の術者が帯へ手を当てている。
「もう一度、行けるか」
「待って」
レオナが言ったとき、術者たちの横で別の杖が動いた。
道の脇を流れていた水が、荷車の下へ広がる。
白く変わったと思う間に、氷がこちらへ伸びてきた。
レオナが手を向けると、先端が砕けた。だが、奥から流れ込む水が破片を巻き込み、シグレの退いた足元まで凍りついていく。砕くだけでは追いつかない。白さは、もう道幅いっぱいに広がっていた。
「レオナ、後ろにも!」
カヤの声に振り返ると、氷が壁際の溝を伝い、見張り小屋の陰へ回り込もうとしていた。負傷者を抱えた者たちは、それ以上下がれずにいる。
レオナは手を低く向けた。
壁際の溝から畑へ向け、道を横切るように敷石を押し割った。水が畑側へ流れ始める。だが、氷は砕けた石を覆い、再びこちらへ伸びてきた。
レオナは奥歯を噛み、荷車側の敷石を押し上げた。めくれた石が水の通り道を塞ぎ、氷の先端が止まる。最後に伸びてきた氷を砕き、ようやく力を緩めた。
手を下ろした途端、胸の奥が痛んだ。
息を吸うと背中まで引きつる。壁へ手をついたが、その腕にも力が入らず、肩から石へもたれた。
「レオナ?」
カヤが駆け寄ってくる。
「止まったよ」
「押したものは止まった。でも、レオナの息が変。さっきより浅くなってるよ」
答えようとしたところで、南側から兵士の声がした。
別の門から盾兵が出てきた。その後ろには弓兵が続き、杖を持った男たちも見える。
グレイホーンが両腕を上げると、カヤが顔を向けた。
「その腕、もう治ったの?」
負傷していた左腕が、右腕と変わらず動いていた。
「見ての通りだ」
グレイホーンは逃がした者たちの後ろへ進んだ。
「わしが後ろを抑える。シグレ、レオナ。前は任せた」
弓兵たちが矢を放つ。グレイホーンが片手を振ると、矢は誰もいない路肩へ落ちた。もう一方の手で盾の列を押し返し、その奥から飛んできた火球も上空へ逸らす。
兵士の一人が城壁へぶつかりかけたところで、風の向きが変わった。男は道の中央へ倒れ、後続が足を止める。
それでも、門から出てくる兵は途切れなかった。
カヤは荷車へ目を戻した。
「あれごと、畑へ落とせる?」
レオナも、荷車を固定している二本の鉄棒へ目を向けた。
「下が留まってる。あそこを切れば」
「私が見る。無理に近づかないで」
カヤは壁際を低く進んだ。
***
切通しの先で、フィンは鐘の音を聞いていた。
坂の上へ様子を見に行ったゴブリンが、道を駆け戻ってくる。
「来た。止まる。兵、いる」
フィンは荷台の縁をつかんだ。前にはセイルが立ち、馬の手綱を押さえている。
「見えるところまで、お願いします」
「道が塞がってるんだぞ」
「こちらからなら、何かできるかもしれません」
セイルは一度坂を見上げ、手綱を引いた。
曲がり角の手前で馬車が止まった。二台目から弓を持ったエルフが下り、ゴブリンとともに前へ出る。フィンも荷台で身を起こした。
板を重ねた二台の荷車が見えた。そのこちら側で、二人の術者が金属帯を押さえている。盾を持った兵も、その横の杖を持つ男も、向こう側へ顔を向けていた。
大柄なオーガの刀が、板の隙間から一瞬見える。
「あの二人を止められれば、通れます」
フィンが金属帯のそばの術者を示すと、エルフが弓へ矢をつがえた。
「何ができる?」
「水が届くまで待ってください。届けば、私が二人の足元を凍らせます」
エルフが頷く。ゴブリンは石を拾い、畑側の斜面へ下りた。
フィンは足元の桶へ目を落とした。退路を凍らせるために用意した水が、揺れている。
「馬を押さえていてください」
杖を上げると手が震えた。荷台の縁へ肘を置き、息を整える。
「流れよ。地を這い、その足元へ。届きしとき、冷たく固まれ」
水が桶の縁を越え、細く道へ落ちた。敷石の継ぎ目を伝い、荷車の下へ消えていった。




