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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第八章

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第69話 知りたいこと

 中庭を半分戻ったところで、東門の方から重い音がした。


 続いて、木の割れる音が響く。


 シグレが振り返った。門の内側へ入った兵士たちが、巻き上げ軸のそばに集まっている。軸を止めていた楔の一つが、槌で砕かれた。


「門が!」


 カヤが叫ぶ。


 レオナはカヤとともに、担いでいた板を下ろした。剣へ手をかけたとき、頭上から声がした。


「そこまでだ」


 西側の高い回廊に、エルド王が立っていた。両脇を護衛が固め、その後ろには、先ほど獣を動かしていた男もいる。


 グレイホーンが上を見た。


「王自ら出てくるとはな」


 王は一瞬その角に目を止めたが、すぐレオナへ視線を戻した。


「手を出すな」


 周囲の兵へ告げる。


 槍は下がらなかったが、誰も動かなかった。


「レオナ。まだ、話は終わっていない」


 兵へ命令するときとは、少し違う声だった。


「あなたが残るなら、門を開けさせよう」


 格子は少し下がったところで止まっていた。残った楔が軋み、シグレが門へ走ろうとしたところへ、兵士が槍を並べた。


「先に、開けて」


「あなたがこちらへ来ればよい」


「前も、そう言われた」


「分かっている。だから私が来た」


 レオナは黙って王を見る。


「私は、あなたに残ってほしい。命じられてではなく、自分でだ」


 レオナは門を見た。


「でも、閉めるんだね」


 王の返事が少し遅れた。


「ここを出れば、もう話す機会はない」


「それ、自分で選ぶって言うの?」


 王は答えなかった。


 カヤはその間にユナへ近づき、詰所の横を示した。縛っておいた兵の縄が解かれ、その兵が別の兵から剣を受け取っている。その奥には、格子を巻き上げる軸があった。


「あそこ、もう一度動かせる?」


「人が多すぎます」


 ユナの隣にいた男が、門の上を見た。工房で働いていたという、救い出された者の一人だった。


「軸さえ止められれば、それ以上は落ちん。だが、鎖は切るな。格子ごと落ちる」


 カヤが頷く。


 王は再びレオナを見た。


「あなたを測った結果について、報告は受けている」


 レオナの表情が変わった。


「見せると約束した記録も残っている。今も隠すつもりはない」


「何が分かったの?」


「古い記録には、死後にも魔力の反応が残る例がある。強い者ほど長く続く。あなたの場合、その反応が消えないのかもしれない」


 レオナは顔を上げた。


「死んだあとも?」


「確かめる価値はあるだろう。あなたは、自分がどう戻るかを見たことがない」


 レオナの口が少し開いた。


 なかった。


 目を閉じ、次に開けるまでの間のことは、何も知らない。


「分かるの?」


「まだだ。あなたほど強い反応を示す者はいない。だからこそ、協力が必要なのだ」


 どうして死んでも戻るのか。何が身体を作り直しているのか。


 ずっと知りたかったことだった。


 後ろで板が擦れた。


 振り返ると、カヤがエリナの身体を壁際へ寄せていた。工房の男が手伝い、ユナは捕らわれていた者たちを門から少し離れた壁際へ下げている。


 布の端から、何も履いていない足が見えていた。


「エリナは」


 レオナは王へ向き直った。


「どうして、あんなふうにしたの」


「あの者は、すでに死んでいた」


「知ってる」


「治療魔法を使っていた身体には、その魔力の流れが残っている可能性がある。死後もその働きを残せるなら、失われるものを減らせる」


「返事は、しなかった」


 レオナは上を見たまま言った。


「呼んでも、こっちを見ただけだった」


「身体が動くことと、本人の意識が残ることは同じではない。それも、まだ分かっていない」


「ゴブリンも?」


 王の眉がわずかに動く。


「あそこにいた人たちも、嫌がってたよ」


 王は少し黙った。


「意思があることは認めている。言葉を解する者がいることも分かった」


「ならば」


 グレイホーンの声が低くなる。


「我らが拒んでも、使うのか」


 王は救い出された者たちへ一度目を向けた。


「私は、この国の王だ」


 グレイホーンはしばらく王を見ていた。


「そうか」


 声に怒りはなかった。


「よく分かった」


 それ以上、グレイホーンは何も聞かなかった。


「待て」


 シグレが低く言った。


 グレイホーンが動く方の腕を出す。


 シグレは壁際にいる、脚を負傷したオーガを見た。


「あいつにも、名がある」


 王もそちらへ目を向けた。


「それでも、私が守るべき民ではない」


 鞘の中で刀が鳴った。


「シグレ」


 グレイホーンが呼ぶ。


 シグレは王を見たまま、やがて柄から手を離した。


 レオナは二人を見てから、王へ向き直る。


「人間にも、同じことするの?」


 王の返事が少し遅れた。


「必要なら、調べることはある」


「魔物と同じように?」


 王は答えなかった。


「違うんだ」


「私は、人の国の王だ」


 それだけだった。


 レオナはエリナを見る。


「人を助けたいっていうのは、分かるよ」


 王の表情がわずかに緩んだ。


「でも」


 レオナは顔を上げる。


「嫌だって言ってるのに使うのは、違うと思う」


「それでは救えぬ者が出る」


「うん」


 レオナは小さく頷いた。


「いると思う」


 王が黙る。


「私がいいって言ったら、ほかの人はやめる?」


 王は答えなかった。


 レオナは待った。


「やめない」


「魔物も?」


「ああ」


「そっか」


 レオナはもう一度頷いた。


「じゃあ、残らない」


 王の顔から、わずかに力が抜けた。


 怒ったようには見えなかった。


「あなたなら、分かると思っていた」


「分かるよ」


 レオナは答えた。


「でも、同じにはならない」


 王はしばらく何も言わなかった。


「自分がなぜ戻るのかも知らず、次に戻れる保証さえない。それでも、ここを出るのか」


「知りたいよ」


 レオナは答えた。


「でも、ここには残らない」


 王はしばらくレオナを見ていた。


「そうか」


 その声が落ちた直後、回廊の兵が弓を上げた。門では、残った楔へ槌が振り下ろされる。


 グレイホーンが動く方の腕を振る。


 風が手すりへ叩きつけられ、兵士たちは床へ伏せた。王も護衛に引かれて下がる。


 同時にシグレが、門と詰所の間を塞ぐ盾の列へ突っ込んだ。


 盾が傾き、槍の先がばらける。木の砕ける音とともに、格子が再び下がり始めた。


 カヤはその脇を壁沿いに走った。詰所の入口で兵士が振り向くと、レオナが横から力を当てて押し倒す。カヤはそのまま巻き上げ軸の前へしゃがんだ。


 工房の男が続いて入り、鉄棒を歯車の間へ差し込んだ。格子の下降が止まる。


「下から支えてくれ!」


 グレイホーンが動く方の腕で格子を持ち上げた。男が鉄棒を抜き、カヤと二人で巻き上げを回す。重みが軽くなり、ようやく人の通れる高さまで上がった。


 その向こうにも、騒ぎを聞きつけた兵が集まり始めている。


 シグレは盾の列を崩すと、西の階段へ向かった。王のいる回廊へ、そのまま上がろうとする。


「戻れ!」


 グレイホーンが呼んだ。


 シグレは階段の途中で振り返った。


「あいつを残すのか」


「こっちを運べ!」


 門の手前には、脚を引きずるオーガがいた。自力では格子をくぐれず、壁へ手をついている。その後ろにも、まだ救い出された者たちが続いていた。


 シグレは一度だけ王を見上げた。


 護衛が王を奥の扉へ引いていく。


「外へ出すな!」


 王が叫んだ。


「レオナは傷つけるな! 人間は拘束しろ。魔物は止めろ!」


 王の姿が扉の向こうへ消える。


 直後、兵たちの槍は門へ向かうゴブリンたちへ向いた。


 シグレは階段を下りた。負傷した同族へ腕を回し、門へ向かう。


「ユナさん、先に!」


 カヤが軸を回しながら叫んだ。


 ユナが救い出された者たちを門へ向かわせる。その横で、グレイホーンがゴブリンたちを急かした。


 一人、また一人と格子の下をくぐった。


 門の外側へ回り込んだ兵が迫る。


 先に抜けたシグレが負傷者を壁際へ預けると、刀を抜いた。横へ振った刃で先頭の槍を弾き、そのまま一歩踏み込み、続く兵たちを門から遠ざける。


 レオナは壁際へ戻り、エリナの載った板へ手を掛けた。そこへ、門の外から二人の男が戻ってきた。


 板の反対側へ手を掛けたのは、さっきシグレを見て逃げようとした男だった。


「俺が持つ。あんたは、門を」


 レオナは少しだけ彼を見た。


「重いよ」


「二人なら持てる」


 隣の男も前へ出た。


 レオナは板を二人に任せ、門へ走った。


 息は上がっていたが、足はまだ動いた。


 東の空が白み始めていた。


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