第64話 運ばれるもの
偵察に出たセイルが戻ってきたのは、五日後だった。
小屋の入口でその姿に気づいたカヤは、何か言いかけて道を空けた。セイルは肩の荷を下ろすと、広げられていた地図の上に指を置く。
「施設には荷車が出入りしてる。普通の荷運びもあるけど、布をかけて、兵士が前後につく車が何度か出た」
「中に誰かいた?」
「そこまでは見えなかった。一日だけじゃ分からないと思って、何度か見たんだ。出るのは夜明け前か、朝が多い。ハルへ向かう道に入っていく」
フィンが敷物から身を起こした。
「今も、誰かが見ているんですか」
「ああ。途中でグレイホーンたちと合流した。道を知ってるゴブリンを二人、向こうに残してある」
レオナは地図に引かれた道を目で追った。施設の印から離れるにつれ、線は逃げてきた道とは別の方へ伸びている。
「私も見に行きたい」
「私も行く」
カヤが腕の布を押さえながら言った。傷は乾いていたが、肘を深く曲げるとまだ引きつる。
フィンはそばに置いた杖へ目を向け、それから二人を見た。
「私は残ります」
杖に頼れば入口までは歩けるようになっていた。それでも、戻るときにはまだ誰かの肩を借りている。
「道を急ぐことになったら、また運んでもらうことになりますから」
レオナが返事に迷っていると、フィンは小屋の奥へ顔を向けた。
「私は、戻ってきた人を迎える場所を用意します。ここへ全員は入りませんから、人数が増えたときの場所も」
「それなら、何が要るか一緒に考えておくれ」
入口で聞いていたネラが言った。
「木を動かすのは、ほかの者を呼びな。支度の間に、その脚をまた腫らすんじゃないよ」
「分かっています」
出発の支度を終える頃、セイルが預かっていた剣を持ってきた。レオナは受け取って腰の帯へ差し直し、ネラはその横から水袋と布をカヤの荷へ押し込む。
「助けに行く者まで倒れたら、こっちも手が回らないよ」
***
二晩を外で過ごし、三日目の朝に荷運びの道へ着いた。
グレイホーンとシグレは、道から離れた窪地で待っていた。シグレの腰には、大柄な身体に合わせた長い片刃の刀が下がっている。鞘には古い傷がいくつもあったが、柄も鍔も丁寧に手入れされていた。
レオナの視線に気づいたのか、シグレが刀へ手を置く。
「ザクが直した」
それだけ言って、また道の方を見た。
グレイホーンも刀へ一度目をやる。
「まだザクと決まったわけではない」
「分かっている」
短く返したシグレの手は、しばらくして柄から離れた。
ゴブリンの一人に案内され、レオナとカヤは斜面へ上がった。草の間から覗くと、丘を回り込む道の先を、空の荷車が施設へ向かっていくところだった。
続いて樽を積んだ車が通る。どちらにも目立った護衛はいない。そのあとしばらく道は静かなままで、草を動かす風と、遠くから聞こえる車輪の音だけが途切れながら届いた。
日が高くなった頃、反対側の坂に兵士が見えた。
「来た」
カヤが声を落とす。
二台の荷車のうち、前には木箱が積まれ、後ろには高い幌がかかっていた。両脇を兵士が歩き、最後尾には革鞄を肩から掛けた男が馬に乗っている。
坂の途中で後ろの車が止まり、幌の裾から手が出た。
細い灰緑の指だった。
兵士が長い棒を持って車の後ろへ回る。幌を上げると低い柵が見え、その内側から身体を起こしかけたゴブリンが、棒で奥へ押し戻された。
横倒しになった身体は、そのまま動かなかった。
レオナが肘を立てると、カヤの手が袖へ触れる。
「知らせよう」
「うん」
二人は斜面の陰へ下がり、そのまま窪地まで急いだ。
「止めたい」
見たことを話し終えると、グレイホーンは道の方へ顔を向けた。
「中にいたのは何人だ」
「見えたのは一人。奥にも誰か寝てたかもしれない」
「護衛は八人です」
カヤが続ける。
「追えば行き先は分かります。でも、押し戻された人は、そのあと動きませんでした。そこまで待てるかどうか」
グレイホーンがシグレを見る。
シグレの手はすでに刀の柄へかかっていたが、抜こうとはせず、そのまま返事を待っていた。
「追わなくていいのか」
「行き先なら、あとでも探せる」
グレイホーンは道の方へ目を戻した。
「あの車の中の者は、あとでは間に合わぬかもしれん」
シグレが一度頷く。
「行く」
「車は壊すな。中の者を連れて帰る」
「分かった」
レオナはシグレの刀へ目をやった。
「あの……できれば、兵士も殺さないでほしい」
グレイホーンがレオナを見る。
「向こうが刃を向けてもか」
「……危なかったら、そんなこと言えないけど。でも、殺さなくていいなら」
グレイホーンはしばらく答えず、やがて道へ顔を戻した。
「約束はせん。こちらから命を捨てるつもりもない」
「うん」
「だが、武器を捨てた者まで追う気はない」
シグレは何も言わなかった。
グレイホーンはそのままレオナへ向き直る。
「わしが前へ出る。レオナ、おぬしは後ろを頼む。中の者を振り落とすな」
カヤは鍵を探すと告げ、腰の袋を留め直した。グレイホーンが見張りを道の先へ送り、セイルたちは荷車を森へ逃がす道へ向かった。
そのあとに続こうとして、カヤがレオナを呼び止めた。
「奥に、ほかにもいたんだよね」
「うん。誰かは分かんなかった」
カヤは幌の見えた方へ目を向けた。
「……エリナも、あそこから運ばれてたら」
レオナもすぐには答えなかった。
「見つけたら、今度は置いていかない」
「うん」
二人は腰を低くして、草の陰へ入っていった。
***
グレイホーンが道へ出ると、先頭の兵が槍を構えた。
御者が慌てて手綱を引き、木箱が荷台の上で滑る。後ろの車を引く馬も嘶いて道の縁へ寄り、レオナは斜面を駆け下りながら幌の車へ手を向けた。傾きかけた荷台へ横から力を当て、車輪が浮く前に押し戻す。
「魔物だ!」
槍を突き出した兵士をグレイホーンが腕で払い、空いた道へシグレが踏み込んだ。刀が鞘を離れ、二人の兵が盾を合わせるより早く、片方の槍を横から払う。返した刃が柄を断つと、穂先だけが土へ落ちた。
もう一人が盾を前へ出す。シグレは刀を返して縁を強く打ち、盾が横へ流れたところへ身体を寄せると、肩で兵士を道脇へ押し倒した。
その間に、カヤは幌の車へ走り寄っていた。車体の陰から槍の穂先が突き出される。
「カヤ、右!」
カヤは車輪の後ろへ身を引き、通り過ぎた柄を踏んだ。レオナが兵士の胸当てへ力を当てると、男は槍を残して後ろへ倒れる。
「大丈夫!」
カヤは柄を蹴って遠ざけ、そのまま車の後ろへ回った。
最後尾の騎兵は馬首を返し、来た道へ逃れようとしていた。荷車の脇を抜けてきたグレイホーンがその進路へ踏み出すと、大きな身体が正面を塞いだことに驚いた馬が前脚を上げる。男は手綱を引ききれずに鞍から落ち、馬だけが坂を駆け戻っていった。
「武器を置け」
グレイホーンの声に、残っていた兵の一人が槍を落とした。隣の男はまだ剣を握っていたが、刀を下げたまま近づくシグレを見ると、やがてそれも土へ投げる。
さらに一人が起き上がりかけると、シグレはそちらへ向き直り、切っ先を喉元で止めた。
「置け」
男の手から剣が離れる。
シグレが刀を下ろすと、グレイホーンが声をかけた。
「もうよい。車を見ろ」
シグレは頷き、幌の方へ向かった。
カヤは車輪のそばに倒れた兵士へしゃがみ、腰から鍵束を外そうとした。血のついた手に指が触れて一度手を引いたところへ、レオナが来る。
「私が取る」
「いい。柵、押さえて」
カヤはもう一度手を伸ばした。鍵束を外し、柵の錠へ差し込もうとするが、鍵は二度滑った。三度目で錠が開き、レオナが柵を外側へ倒す。
幌の中には、人間が二人とゴブリンが二人いた。カヤは奥まで顔を向けてから、入口近くにいた男へ手を伸ばす。
「起きられますか」
男は薄く目を開けた。腕に巻かれた布と痩せた頬には、見覚えがある。
「あのときの」
「うん。助けに来たよ」




