↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/77

第61話 帰れない町

 暗くなるまで歩き、三人は斜面の窪みへ入った。


 倒れた木の根が、上からの視線を遮っていた。カヤは枝を二本ずらし、外から見える隙間を塞ぐ。


 レオナがフィンを下ろすと、彼は歯を食いしばった。


「ごめん」


「大丈夫です」


 カヤは膝をついてフィンの脚を確かめた。布の表まで血が滲んでいるが、さっきほど広がってはいない。水を少し使って手を洗い、外側の布を取り替えていく。


 その横で、レオナは手元の荷物を探った。あるのは自分の袋とカヤの筒、それに背負うときに預かったフィンの杖だった。


 エリナの荷物は、荷台に載せたままだった。


「薬、こっちにはない」


「私が持った分がある」


 カヤが小さな瓶を出した。底に少しだけ液が残っている。レオナがそれを見ると、カヤは彼女から目を逸らしてフィンへ瓶を渡した。


「飲める?」


「はい」


 フィンは受け取ったものの、すぐには口をつけなかった。


「カヤの腕は」


「浅いから」


「でも」


「今は、そっちが先」


 フィンは頷いた。


 外の道を馬が通り、カヤがすぐに灯りを消した。三人は動かずに待つ。蹄の音はほどなく遠ざかったが、誰も灯りをつけ直さなかった。


***


 翌朝、フィンは立とうとして座り込んだ。杖を地面へ突き、もう一度体重をかけようとしたが、顔から血の気が引く。


「背負うよ」


 レオナが前へしゃがんだ。


「すみません」


「謝らなくていい」


 答えてから、レオナは黙った。


 カヤは荷物をまとめ、昨夜の跡に枯れ葉を戻すと、斜面の下を確かめた。


「街道を使うと、門まで見通されるよ。少し遠回りでも、外から近づこう」


「ユナに話したい」


 レオナが言った。


「うん。私も」


 カヤは道の先を見た。


「誰か連れて、戻ろう」


 少しして、続けた。


「エリナも、あそこにいるから」


 レオナは頷いた。


 歩き始めてからも、何度も足が止まった。フィンを下ろして休み、布を確かめ、水を飲ませる。昼を過ぎても町は見えなかった。


 休憩のあとで荷物を分け直していると、カヤの袋から一枚の紙が落ちた。施設で抜き取ったものだった。


 レオナが拾う。


「あの二人の?」


「うん」


「持ってきたんだ」


「名前も処置の跡も載っています。口で説明するだけより、あそこで見たことを伝えられます」


 人間の男の名前の下には、ゴブリンのものらしい短い名前も書かれていた。それぞれの名前に、番号と処置の日付が続いている。


 レオナは紙の端を持ったまま言った。


「名前、聞いてなかった」


 カヤが受け取り、折り目を伸ばす。


「また会えたら、聞こう」


 そう言って袋へしまった。


***


 ハルの屋根が見えたのは、さらに翌日の昼前だった。


 三人は畑の縁で足を止めた。門へ続く道には人と荷車が並び、兵士が一台ずつ荷を開けさせている。


「ここで待ってて」


 カヤはレオナの肩から筒を取り、自分の荷物を地面へ置いた。


「門の近くまで見てくる。町には入らない」


「一人で?」


「二人ともここにいて。私も近づきすぎないから」


 レオナはフィンを木陰へ下ろした。


「戻ってきてね」


 カヤは一度こちらを見て、「戻るよ」と答えた。


 畑沿いを歩いていく背中を、レオナは枝の隙間から見送った。


 しばらくして、フィンが杖を横へ置いた。


「ラウルは、何と言っていたんですか」


 レオナが顔を向ける。


「部屋へ行くときです」


「話を聞くだけだって」


「そうですか」


「でも、出ようとしたら、手をつかまれた」


 レオナは左手首を見た。金属帯で擦れたところが、赤く腫れている。


「放してって、言ったんだけど」


 フィンはその手首を見たまま黙っていた。


「その後、一度だけ外で呼ばれた。扉が少し開いて、すぐ閉まった。出たときには、もういなかった」


 フィンはしばらく黙り、やがて目を閉じた。


「私たちには、すぐ戻ると」


 レオナは何も言わなかった。


***


 カヤが戻ってきたとき、その後ろには小さな荷車を引いた女がいた。


 フィンが杖を取る。


「ギルドの人。門の外で、私たちを探してたって」


 カヤが先に言った。


 最初にギルドを訪ねたとき、レオナの名を呼んだ受付の女だった。道から見えないところまで荷車を寄せると、フィンの脚に目を止め、積んでいた袋から布と水を取り出す。


「清潔な布です。あと、水。薬は持っていません」


「ありがとうございます」


 フィンが答えた。


 レオナは立ち上がり、女を見る。


「ユナは?」


 女はすぐには答えなかった。少し視線を落としてから、口を開く。


「今朝、連れていかれました」


「どこに」


「王宮の方です。私が見たのは、通りへ出るところまで」


 レオナは木の幹へ手をついた。


 その横で、カヤが畳んだ紙を取り出した。端は乱暴に破られている。


「門の手前に、これがあった」


 書かれていたのは、レオナ、カヤ、フィンの三人の名だった。その下には、王家の施設を損壊し、管理下の者を連れ出そうとした、とある。見つけた者は兵士へ知らせること。匿った者も処罰すること。


 ラウルとエリナの名はなかった。


「私たちが、あそこでしたことは――」


 カヤは紙を強く握った。


「こんなのじゃない」


 女が頷いた。


「ユナさんも、そう言っていました」


 荷車の板の隙間から、今度は別の紙を取り出す。


「昨日のうちに、ギルドへ持ち込まれたものです。署名するように、と」


 紙には、レオナが王家の研究へ自ら長期協力を申し出た、と書かれていた。


「私、言ってない」


「ユナさんもそう言いました。それで、署名を断ったんです」


 フィンが紙を受け取り、王の印と、空欄の署名欄を確かめた。


「これも、持っていていいですか」


「そのために持ってきました」


 カヤが手配書と重ね、筒へ入れた。


 レオナが女を見る。


「私たちと話して、大丈夫なの?」


「見つかったら、たぶん」


 女はそこで口を閉じ、荷車へ目を落とした。


「でも、ユナさんが連れていかれるのを見て……戻ってくる皆さんに、知らせないとと思って」


 カヤが荷車の取っ手へ手をかける。


「もう戻って。布、ありがとう」


「治療師を呼びたいけれど、町の中は兵士が聞いて回っています。誰を信じていいか、私には」


「分かった。無理しないで」


 女は頷いたが、すぐには行かなかった。


「エリナさんと、ラウルさんは?」


 カヤの手が取っ手から離れた。


「エリナは、死んだ」


 女が息を止めた。


「ラウルは、向こうにいる。どうなったかは知らない」


 カヤはそれ以上言わず、荷車から一歩退いた。


***


 女が去った後も、レオナは町を見ていた。


「ユナのいる場所を、確かめたい」


 フィンが顔を上げる。


「今、行くんですか」


「分かんない。でも、ここから離れたら」


「今行っても、どこにいるか分かりません。私も歩けない。何か起きても、ついていけません」


 レオナは彼の脚を見た。


 カヤは新しい布を用意しながら言った。


「ドルンの工房も、今は頼れないかもしれない」


「どうして」


「門の近くで、工房の印がある箱を積んだ車を見た。そばに二人、手を縛られた人がいた」


 フィンが彼女を見る。


「工房の人だったんですか」


「分かんない。荷を渡せって言われて、一人が『人を留めるために作ったんじゃない』って怒ってた。そこで兵士に口を塞がれた」


 レオナは左手首を握った。


 カヤは包帯を巻き直し、端を結ぶ。


「リードは?」


「遠すぎます。この脚では、宿場を避けて進めません」


「そっか」


 カヤが水袋の口を閉じた。


 レオナはもう一度町を見て、畑の陰から一歩だけ出た。遠くには、門へ向かう荷車の列がまだ続いている。


 背後で杖が地面を擦り、続いてフィンが息を詰める音がした。


 振り返ると、フィンは杖へ体重を預けていた。傷ついた脚を地面につけようとしていたが、すぐに浮かせる。


 レオナはしばらく彼を見てから、畑の陰へ戻った。


「森へ行こう」


「どこの?」


「前にいた、エルフの里」


 カヤが顔を上げる。


「人間を、入れてくれるかな」


 レオナは少し黙った。


「頼んでみる。二人も一緒に」


 カヤは目を伏せたが、やがてフィンの杖と荷物をまとめて持ち上げた。


「そっちへ行こう」


 フィンも頷く。


「今は、治療を受けられる場所が必要です」


 レオナは彼の前へしゃがんだ。背中へ腕が回るのを待って立ち上がる。


 もう一度だけ、屋根の並ぶ方を見た。


 カヤは袋を肩にかけ、先に畑の陰へ入っていく。


 門を目指す荷車の列から離れ、三人は森の方へ歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。