第58話 王命
「レオナ殿には、当施設に滞在し、身体と魔力の調査に協力していただく」
鎧の男が読み上げた。
レオナは、その手の紙を見ていた。
「それ、王様が言ったの?」
「陛下のご命令です」
「泊まらないって言ったよ。傷をつけるのも嫌だって」
「詳しい内容は、担当者から説明いたします」
「じゃあ、その人を呼んで」
男は紙を畳んだ。
「皆さんには、先に武器を預けていただきます」
フィンが半歩退いた。
「その条件は依頼書にありません。武器を預けたあと、どう退出するのか、先に説明してください」
「施設内の安全を守るためです」
「この人たちの傷も、安全のためですか」
エリナの声で、男の目が動いた。
ゴブリンがレオナの背へ隠れる。鎖の先が床を擦った。
男は兵士へ手を上げた。進みかけていた槍が止まる。
「全員を、隣の部屋へ。説明する者を呼びます」
示された先は、戸を開けたままの小部屋だった。椅子と長机があり、反対の壁にもう一つ扉がある。
カヤは天井と窓を見た。明かり取りは高く、身体を通せるほど広くない。
「ここで待つだけですよね」
ラウルが聞いた。
「まずは」
「俺たちは武器を持ったまま待つ。そちらの槍も下げてください」
鎧の男はラウルの顔を見た。それから兵士へ頷く。
槍先が上がった。
ラウルは四人へ振り返った。
「座らせよう」
カヤが支える男は、片脚だけで立ち続けていた。額から汗が落ち、靴の先が床を擦っている。
エリナが先に部屋へ入り、椅子を寄せた。
五人と二人の負傷者が入ると、兵士が戸口の左右へ立った。
***
「外へ出られたら、ユナさんに知らせたいです」
フィンが声を落とした。
「そうだな」
ラウルは扉の向こうを見ている。
カヤは向かいの壁へ近づき、もう一つの扉を押した。開かない。鍵穴から覗くと、薄暗い通路が見えた。
「こっちは?」
椅子の男に尋ねる。
「荷を運ぶ方だ。下へ行く」
「出口はある?」
「知らない。俺は、上から運ばれてきた」
カヤは戻り、ラウルの前へしゃがんだ。
「武器を渡したあとに、また条件を足されたら? 出口まで行けなくなるよ」
「渡さない」
「私も、ここには残らないよ」
レオナが言った。
エリナが顔を上げる。
「はい。帰りましょう。この人たちも連れて」
カヤは依頼書を通路図と一緒に筒へ戻した。フィンは戸口から見えない位置へ杖を置き、腰掛ける。
「戻るなら、狭い廊下を使いましょう。一度に来られる人数は限られます。ただ、後ろからも来ます」
「前は私が押す。後ろを、フィンにお願いしていい?」
フィンはレオナを見て、頷いた。
「引き受けます。動く合図だけ、先に決めてください」
ラウルは膝の上で左手を握っていた。
戸口から呼ばれ、顔を上げる。
「代表の方。こちらへ」
王宮で連絡先を渡してきた側役が立っていた。
「あんたも、来てたのか」
「少しお話があります」
ラウルは立った。
「俺が帰る条件を確かめてくる。武器の話も、まだ決めてない」
「私も行く」
レオナが腰を上げたが、側役が手で制した。
「まず依頼の責任者と、条件の確認を」
レオナはラウルを見た。
「何を言われたか、教えてね」
「ああ」
ラウルは部屋を出た。
***
側役は向かいの部屋へ入り、後ろの扉を閉めた。
奥には鎧の男がいた。卓の上に、五人の名前を書いた依頼書の控えが広がっている。
「あの部屋へ入るようには、頼んでいませんでした」
側役が言った。
「俺が声を聞いて、入ると決めました。中にいた人を放っては戻れなかった」
「それは聞いています」
「あそこで、何をしてるんですか」
「身体の治療と改変についての研究です。陛下が、レオナさんへ説明された通りです」
「本人が断ったら、そこまでだと聞いていた。俺も、それが条件だと思って来ています」
側役は卓の書類を揃えた。
「レオナさんには、ここに残っていただきます」
「だから、本人が断ってる」
「あなた方四人は、帰れます」
ラウルは黙った。
「あの二人は?」
「治療はこちらで続けます」
その言葉に、さっきの男の声が浮かんだ。
治したら、また切る。
「外へ出すんですよね」
「必要な処置が終われば、その後のことは担当が判断します」
「二人とも、そこへは戻りたくないと言った。俺も聞きました」
「今すぐ移動させる方が危険です」
「治療って言っても、あの人は――」
言いかけて、ラウルは止まった。
鎧の男が口を開く。
「ここでは必要な処置を行っています。拘束も、患者と職員双方の安全を守るためのものです」
「鎖につないで?」
「暴れる者もいます」
「ゴブリンも、人間も?」
「対象によって扱いを変えてはいません」
男の口調は変わらなかった。
ラウルは卓へ目を落とした。
「武器を使えば、全員を拘束する」
鎧の男は続ける。
「この場所で起きる損害は、依頼の範囲を越える」
「襲ってきたのは、そっちだろ」
「まだ誰も襲っていない」
男はラウルの右肩へ目を向けた。
「その腕で、四人を守れるか」
「レオナがいる」
「その力を、負傷者のいる廊下で使わせるのか」
ラウルは口を閉じた。
自分の右腕はまともに動かない。あの男は片脚を引きずり、ゴブリンも一人では歩けない。
ここで戦えば、無事に全員を連れ出せる保証はなかった。
外で、重い足音が止まる。扉の下の光が、二人分の影で途切れた。
側役が一枚の図を出した。
「彼女だけを、こちらへ案内してください」
「何がある」
「魔力を測りながら身体を支える設備です。大きな力を使った際にも、本人や周囲を傷つけにくいよう作られています」
「拘束するのか」
「拘束ではありません。安全のための固定です」
側役は図の一部を指した。
「検査に協力していただけるなら、必要以上のことはしません」
「本人に説明は?」
「説明は設備の前で行います。担当者をこちらへ呼ぶことはありません」
ラウルは図を押し戻した。
「測定の話と違う」
「あなただけは、話を聞いてくださると思っていました」
側役は声を荒らげなかった。
「昨日、探索中のレオナさんの様子を知らせてほしいとお願いしましたね。陛下にも、代表の方は協力してくださると報告しています」
「俺は、そんなつもりで――」
「探索中の様子をお知らせいただくお約束でした。安全に力を使うための調査だと、ご理解いただいていますね」
ラウルは答えなかった。
「ここで争えば、あの部屋にいる方々も巻き込まれます」
側役は図へ手を置いた。
「検査後の対応は施設が決めます。あなた方四人については、退出の手配ができます」
ラウルは扉へ向き直った。
レオナは、あの二人も連れて帰るつもりでいる。カヤもエリナも、残していくとは言わないだろう。
左手を取っ手にかけた。
戻れば、どう出るかを聞かれる。レオナが前へ出て、フィンが後ろを守る。その間、自分は何ができる。
右肩を少し上げただけで、痛みが走った。
取っ手を握ったまま、開けなかった。
「四人を出す準備なら、できている」
背後から鎧の男が言った。
ラウルは振り返らなかった。
「……本当に、帰すんですね」
「彼女が検査を受ければ」
「カヤたちには、手を出さないでください」
「抵抗しなければ」
「あの二人も」
ラウルは扉を見たまま言った。
「もう傷つけないでください」
「治療は続けます」
取っ手を握る左手に力が入り、金具が小さく鳴った。
しばらくして、その手が離れた。
ラウルは扉の前に立ったまま、床へ目を落とした。
カヤたちと外へ出られれば、ユナに知らせられる。助けを呼べる。レオナとあの二人を連れ出す機会も作れる。
今ここで話せば、皆で出ると言うだろう。外へ知らせる者も、ここに残る。
ラウルは扉に背を向け、側役を見た。
四人を先に出してもらう。その約束だけは、守らせなければならなかった。
「四人とも、必ず外へ出してください」
「承知しました」
ラウルは卓まで戻った。
側役が置いた図を見る。
「……俺が、レオナを連れてきます」
側役が図をラウルの方へ向けた。
ラウルは頷かず、設備のある部屋までの道だけを確かめた。
***
レオナは椅子に座ったゴブリンの足から、鎖を外そうとしていた。
足首の輪には、布が薄く挟まっている。刃を入れる場所がなく、エリナと二人で留め金を確かめていた。
「鍵を借りようか」
「貸してくれるでしょうか」
「聞いてみる」
顔を上げると、ラウルが戻ってきたところだった。
ラウルは一度、カヤとフィン、それからエリナを見た。
「どうだった?」
ラウルはレオナを見た。
「担当者と話せる。レオナ、来てくれ」
「ここへ来ないの?」
「設備のある部屋で説明するそうだ。俺もついていく」
カヤが立った。
「全員で行く?」
「通路が狭い。二人を頼む。すぐ戻る」
カヤはラウルの顔を見た。
「……話だけ?」
「ああ」
ラウルは先に廊下へ目を向けた。
エリナがレオナを見た。
「検査をするなら、私も呼んでください」
「話だけだ」
ラウルがもう一度言った。
レオナは頷き、ゴブリンへ向き直った。
「鍵も聞いてくるね」
ゴブリンは服の端を離した。
廊下では、兵士が道を開けた。
ラウルについて角を曲がり、低い戸口をくぐる。
中には椅子が一つあった。戸口の脇の壁沿いに太い金属の枠が立ち、床の溝へつながっている。
レオナは入口で止まった。
壁に下がる金属の帯を見る。
「これ、身体につけるの?」
ラウルは答えなかった。
「測るところ?」
「ああ」
「私は、話を聞きに来たんだよ」
「分かってる」
背後の兵士が手を出した。
「剣をお預かりします」
レオナは鞘を押さえた。
「どうして?」
「設備を傷つけないためです」
「じゃあ、外で話す」
彼女が振り返ると、ラウルが戸口を塞いでいた。
「頼む。少しだけ待ってくれ」
「ラウル?」
レオナが一歩戻る。
ラウルは動かなかった。
「向こうで話せばいいよ」
ラウルの左手が、レオナの左手首をつかんだ。
その間に、後ろから兵士がレオナの腰の剣を鞘ごと奪った。
レオナは腕を強く引いた。
ラウルは踏ん張ったが、その身体ごと引かれる。負傷している右肩が、戸口の石壁へ強くぶつかった。
「っ……」
ラウルがうめき、身体を折った。
それを見て、レオナの腕から力が抜けた。
兵士がレオナの肩を押さえ、壁際の枠へ押しつけた。金属の帯が下ろされる。
ラウルの指が一度、緩んだ。帯の縁がレオナの手首へ触れる。
「放して」
ラウルは手首を握り直した。
「ラウル、放して」
左手首に金属の帯が閉じた。
彼の指が、ようやく離れた。
兵士が右腕も枠へ押しつけた。もう一つの金属帯が閉じ、腰にも太い帯が回される。
レオナは魔法で枠を押した。
床の溝に並んだ青黒い石が、手前から順に光る。
金属の枠が軋んだ。しかし、押した力が床へ流れていくように、足元の石へ次々と光が移った。
レオナがさらに力を込める。
部屋の奥で金具が震えたが、枠はほとんど動かなかった。
「動くな!」
兵士が叫んだ。
ラウルが扉の外へ押し出される。
「待って、ラウル!」
レオナは彼へ顔を向けた。
扉が閉まり始めた。
「みんなは、どこに行くの」
ラウルが何かを言ったが、金属の音に重なって聞こえなかった。




