第55話 測れるもの
レオナが手を離すと、測定器の針が止まった。
卓には、青白く光る魔石が五つ並んでいる。ドルンでも試した魔石への充填だが、今日は一つ満たすたびに、治療師がレオナの脈や呼吸を確かめていた。
「疲れた感じはありますか」
「ないよ。もっと入れられる」
レオナが次の魔石へ手を伸ばすと、測定を担当する男が箱の蓋を閉じた。
「魔石は、ここまでにしましょう」
「もういいの?」
「ええ。ドルンの記録とも比べられました。脈も呼吸も、始める前とほとんど変わっていません。次は、身体に負担がかかるときの様子を見たいんです」
レオナは箱から手を引いた。
「重いものを押してると、胸とか腕が重くなる。ずっとやってると痛いし。剣を使うと、少し楽だけど」
男が窓の外を見た。中庭の端には、石の重りを引き上げるための木枠が置いてある。
「あれで試してみましょうか。重さを変えられますし、途中で止められます」
「分かった」
「痛くなる前にやめてくださいね」
エリナが念を押すと、レオナは頷いて椅子を降りた。
***
重りは幅のある鉄の板に載せられ、板の両端から縄が木枠へ伸びていた。
レオナがその裏へ力をかけると、石が持ち上がり、縄が緩んだ。木枠の印に高さを合わせたところで、男が砂時計を返す。
「そのまま保ってください」
カヤは木枠の横で高さを見ていた。フィンが砂時計を確かめ、エリナはレオナのそばに立つ。
砂が落ちきる前に、レオナが空いた手で胸を押さえた。
「この辺、重くなってきた。腕も」
「下ろしてください」
レオナが石を地面へ戻すと、エリナはその腕に手を添え、弱い魔力を通した。
「あれ?」
「どうしたの?」
エリナは自分の魔力を弱めた。それでも、レオナの腕の奥では、別の流れが続いている。
「まだ魔法を使っていますか?」
「もう押してないよ」
「腕の方です。何かしていますか?」
「ううん」
エリナは、レオナが先ほど押さえていた胸にも触れた。
「こっちにも流れていますね」
「私の魔力?」
「はい。重りを押すときとは、別の流れです」
レオナは胸に手を当てた。
「全然分かんない」
「痛みはありませんか?」
「ないよ。ちょっと重いくらい」
エリナはもう一度腕に触れたが、やがて手を離した。
「……収まりました」
「押すのをやめても、腕の方は流れていたんですか」
男が尋ねると、エリナは頷いた。
「はい。いつからかは、まだ分かりません」
「もう一度やるよ。今度は、押してるところから見て」
レオナが重りへ向き直る前に、エリナが声をかけた。
「胸が楽になってからにしませんか。私も、次は始めから診ますから」
「……うん。もう少し休む」
レオナは庭の端に腰を下ろした。
「ねえ、次は押してるときから見てて」
「そうですね。治療師さんにも、一緒に診てもらいましょう」
しばらく休んでから、今度は重りを石畳の上で短い距離だけ押すことになった。
男が石畳に印をつけ、カヤは重りの横へしゃがんだ。フィンは記録用の紙を持ち、砂時計が見える場所へ立った。
エリナはレオナの腕に、治療師は胸に手を添えた。
「押す前は、どうですか?」
男が尋ねた。
「さっきの流れはありません」
「こちらもですね」
治療師が答えた。
「じゃあ、押すよ」
「お願いします」
レオナが手を向けると、重りが石畳の上を滑った。
「……流れています」
エリナが言うと、治療師も頷いた。
「胸の方にもありますね」
「今?」
「はい。胸は重くないですか?」
「まだ平気だよ」
重りが印へ近づいた。
「止めてください」
レオナが手を下ろすと、石が止まった。男が砂時計を返し、エリナと治療師は手を添えたまま診察を続けた。
やがて、エリナが手を離した。
「腕の方は、収まりました」
「胸も、もう感じませんね」
治療師もレオナから手を離す。フィンは、腕と胸で流れが収まった時刻を別々に書き留めた。
レオナは自分の胸に手を当てた。何も感じなかった。
「押すのをやめたら、全部止めたつもりだった」
「腕と胸では、そのあとも流れていました」
エリナが二つの印を示す。レオナは重りを見てから、紙へ目を戻した。
「こっちで、何をしてたんだろう」
「まだ分かりません。でも、次はここから調べられます」
レオナは紙の端を押さえた。
「どっちが先に流れたかも、見たい。胸かな」
エリナはその問いを書き加えた。男は石畳の印を残し、砂時計を片づけ始めた。
***
部屋へ戻り、治療師がレオナの腕と胸をもう一度診た。痛みや張りがないことを確かめてから、袖を戻すように言う。
「腕も胸も、張りは残っていませんね」
レオナはエリナと治療師の記録を見比べた。二人が書いた流れの位置は同じだった。
「私も結果、持って帰っていい?」
「もちろんです」
レオナは差し出された紙を受け取った。重りの高さと時間が書かれ、その下には腕と胸で魔力の流れを感じたときの印がある。
「これ、工房にも見せよう。剣を使ったらどうなるか、気になるし」
「そちらで試したら、記録を見せていただけますか」
男が尋ねた。
「うん。聞いてみるね」
レオナは腕と胸につけられた印をもう一度見た。
「ありがとう。何してたのか、分かるといいな」
エリナは、次に診る場所が分かるよう腕の図へ印を足し、記録を揃えた。
***
五人が帰り支度をしていると、昨日の側役が部屋へ入ってきた。
「検査は終わりましたか」
「うん。これ、もらった」
レオナが記録を見せると、男は頷いた。
「陛下から、皆さんに依頼があります。少しお時間をいただけますか」
ラウルが上着から手を離した。
「俺たち五人に、ですか」
「はい。魔獣の討伐と、遺跡の調査をお願いしたいのです」
男が卓に地図を広げた。町の東から伸びる道をたどり、山裾に記された印を示す。
「初代陛下の隊が調べた場所の一つです。今も王家が調査を続けていますが、奥の旧区画に魔獣が現れました」
「調査していた人たちは、大丈夫ですか?」
カヤが聞いた。
「退避しています。負傷者は出ましたが、取り残された者はいないと報告を受けています」
ラウルは地図を自分の方へ向けた。
「どんな魔獣ですか」
男はもう一枚の紙を取り出した。
低い胴から六本の脚が伸びている。横には、通路の幅と比べた大きさが書き添えてあった。前の二本だけが太く、先が内側へ曲がっている。
「数は一体。灯りを持って入った者へ向かってきたそうです。入口に柵を設け、今は人を入れていません」
「これ、腕みたいに使うのかな」
レオナが前脚を指す。
「人を引っかけようとした、とありますね」
エリナが報告の文字を追った。
カヤは地図の下から、別の写しを引き出した。
「これも、そこで見つかったんですか?」
床へ埋め込まれた輪と、細長い台が描かれていた。輪の縁には、内側へ向いた短い線がいくつも並んでいる。
フィンが紙を押さえた。
「この溝、昨日見た曲がった金属片に似ていませんか?」
「そう、それ。こっちの線も見て」
カヤが荷物から昨日の写しを取り出し、横に並べる。
「昨日見せていただいたものと、関係があるかもしれないと思いまして」
側役が言うと、レオナも身を寄せた。
「欠片じゃなくて、残ってるんだ」
カヤは台の端まで目で追った。
「どのくらい大きいのかな」
「人が寝られるくらい?」
レオナが尋ねる。
「長さは、そのくらいですね」
エリナが写しに記された寸法を見て答えた。
「魔獣が現れる前に調べた、奥の部屋です。討伐後に通路の安全を確かめ、こちらの設備も見ていただきたいのです」
「動かしてみてもいいんですか?」
フィンが聞くと、男は首を振った。
「まずは、形や残っている印を調べてください。無理に動かす必要はありません」
「近くで見たいな」
レオナが台の絵に指を置く。
「私も。昨日のと比べてみたい」
カヤは写しを重ねようとして、また横に並べ直した。
ラウルは魔獣の報告を読み終え、地図へ戻った。
「通路は、どこまで分かっていますか。戦う場所と、下がれる場所を見ておきたいんですが」
「確認できている範囲の図があります。詳しい報告と、依頼の条件もお渡しします」
男が扉の外へ声をかける間に、ラウルは四人へ向き直った。
「俺が条件を読む。受けるか決めるのは、それからにしよう」
フィンは魔獣の図を見た。
「通路が狭いと、脚を狙いにくそうですね」
「図で、下がれる場所から決めよう。そこが使えなければ、戦いに入らない」
ラウルが答えると、カヤは荷物から筆を取り出した。
***
依頼書を受け取りに行ったラウルは、側役から道順と現地の案内人について説明を受けた。
「奥まで入れなければ、引き返してもいいんですね」
「もちろんです。確認できた範囲を報告してください」
「引き返した場合の報告も、依頼書に入れてください。俺がそこまで確認してから受けます」
側役が筆を取る間、ラウルは左手で紙の端を押さえた。右肩を動かさずに済む位置へ、身体を寄せる。
書き足された行を読み終えてから、紙を受け取った。
帰り際には、探索中にレオナの体調や魔力の使い方で変わったことがあれば、教えてほしいとも頼まれた。
「本人にも聞いておきます」
ラウルが答えると、男は連絡先を書いた紙を渡した。
***
戻ると、四人は通路図を囲んでいた。ラウルは書類を卓へ置いた。
「現地で、地形を知ってる人が待ってるそうだ」
「よかった。ここの高さ、図だと分かんなくて」
カヤが通路の脇を指した。
ラウルは依頼書を開いた。
討伐と旧区画の安全確認。その後の設備調査は、入れる範囲に限る。帰還後に報告を出すこと。
カヤが設備の写しへ戻りかけると、ラウルは書き足してもらった行を指した。
「難しければ、そこで引き返せる。入ったから最後までやれ、という依頼じゃない」
カヤは依頼書を引き寄せた。五人で確かめた条件を裏へ書き足し、その行も写してから、通路図の隣へ置いた。
「俺は、この条件なら行けると思う。お前たちは?」
「私は行きたい。あの台、近くで見たいし」
レオナが言うと、カヤも手を挙げた。
「私も。まだ調べてないところもありそうだし」
「私も行きたいです」
フィンは頷き、魔獣の写しを通路図の横へ置いた。
ラウルは右腕を軽く上げかけ、途中で止めた。
「俺の肩はまだ使えない。前で受ける役は頼む。道と合図は俺が見る」
「分かってるよ。私が押して、フィンが足を止めればいいんでしょ?」
レオナが答えると、フィンはもう一度通路図を見た。
「私は脚を狙います。この広い場所まで下がれることが条件です。現地で通り道を確かめましょう」
「ここまで通れるか、案内の人に聞いてみよう」
カヤが通路を指でたどる。
「ああ。着いたら確かめて、戦う場所を決めよう」
ラウルはエリナへ目を向けた。
「エリナは?」
エリナはラウルの肩を見てから、荷物へ目を向けた。
「明日なら用意できます。手当てに使うものを、もう少し買っておきたいです」
「じゃあ、明日の朝にしよう」
ラウルはレオナへ向き直った。
「身体は、もう何ともないか?」
「うん。平気」
「王宮からも、探索中の様子を気にかけてくれって言われてる。何かあったら俺にも教えてくれ」
「エリナに話してることと同じでいい?」
「ああ。それでいい」
レオナは頷き、検査記録を畳んだ。カヤが差し出した遺跡の写しも受け取る。
「こっちも持っていっていい?」
「そのために写したんだよ」
「ありがとう」
レオナは二枚を重ね、荷物へ入れた。
ラウルが扉の外で待つ側役へ声をかけた。
「この依頼、五人で受けます」




