第54話 変わった身体
保管庫の棚は、廊下から見えたよりずっと奥まで続いていた。
箱にも、布を掛けた石にも、小さな札が結ばれている。カヤは手近な札を覗き、すぐ隣のものにも目を移した。
「全部、初代王が?」
「その後に集められたものもあります。お探しの品はこちらです」
案内の男が奥へ進む。カヤは棚を見ながらついていき、卓へ案内されると、抱えていた筒を置いた。
「一日じゃ終わらないね」
「今から全部見る気だったのか」
「見せてもらえるなら」
ラウルが苦笑した。
男は目録の控えを確かめ、平たい箱を二つ運んできた。
「まずは、こちらを。石板は持ち上げずにご覧ください」
蓋が開くと、布の上に欠片が並んでいた。大きなものでも両手に収まるほどで、どれも途中で線が切れている。
カヤが身をかがめた。
「これ、足だ」
レオナも横から覗いた。細い線が二本伸び、その先が同じ向きに曲がっている。
「ほんとだ」
「下にも残ってる」
足の下には、円の一部があった。
フィンが壁画の写しを広げる。カヤは紙と石板を見比べ、円から外へ伸びた線を指した。
「ここの曲がり方、同じじゃない?」
「似ていますね。これが出たのは、どの辺りですか?」
「入口に近い、崩れた部屋とあります」
男が答えた。
「ずっと手前だね。そこにも同じ形のものが残ってたんだ」
カヤは目録の控えへ場所を書き加えた。
レオナは隣の箱を見る。こちらには石だけでなく、曲がった金属片も入っていた。内側に溝が走り、縁には小さな穴が並んでいる。
「これも、床にあったよね。でも、小さい」
フィンが顔を寄せた。
「形は近いですね。大きさを、図と比べましょう」
エリナが魔獣の図を取り出した。金属片と見比べてから、自分の腕をそばへ寄せる。
「この身体なら、こっちの大きさが合いそうです」
レオナは遺跡の石台を思い出した。
「人を寝かせる方に、輪があったね」
「ええ。そちらと比べてみましょう」
ラウルが箱の中を見る。
「魔獣のいた場所だけじゃないんだな」
フィンは写しの脇へ金属片の形を描いた。
三つ目の箱を開けてもらったとき、カヤの手が止まった。
「待って」
箱の中央に、ほかより大きな石板があった。人の胴と腕が描かれ、その右側には長い耳のある頭が残っている。
レオナが覗き込んだ。
「エルフ?」
「こっちはね。でも、ここ見て」
胴体の右には、長さの違う腕が二本描かれていた。片方は細長く、もう片方は短く太い。その下にも何かあったらしいが、石ごと欠けている。
「腕が多いね」
「腕だけ替えて描いてるのかな。同じ身体から出てるように見える」
カヤは自分の紙へ線を写し、石板の上でつながりを確かめた。
中央の胴から伸びた線が、途中で分かれている。一方は長い腕へ、もう一方は短い腕へ続いていた。
「同じところから出てる」
レオナが言った。
フィンは壁画の写しを隣へ置いた。人間、エルフ、ドワーフ。並んだ人型を見てから、石板へ視線を戻す。
「別々の種族を描いた図というより、身体の違いを比べているように見えますね」
「この人を、こっちに変えるとか?」
カヤの指が、胴から長い腕へ動いた。
エリナは箱の反対側へ回った。
「肩のところにも印があります。壁画のものと似ていますね」
レオナも見ようとしたが、カヤの頭で隠れていた。
「少しどいて」
「あ、ごめん」
カヤが横へずれる。
肩と胸の下に、小さな刻みがあった。隣へ描かれた腕にも、肘の辺りに同じ形の印が残っている。
ラウルが石板を見下ろす。
「最初から別のものじゃなくて、同じ身体を変えた?」
フィンは、胴体から二つに分かれた線を見た。
「……そういう図にも見えますね」
エリナが魔獣の図を隣へ寄せた。
「あの魔獣は、図の印と傷跡が同じ位置にありました。そばには魔石をつなぐ設備も残っていましたし」
「絵だけじゃなくて、本当にやってたのかもしれないね」
カヤは中央の胴体へ目を戻した。
「元は、人間だったのかな」
頭の部分は欠けていた。腕や胸の形は人間に見えるが、それならエルフも、耳を隠せば変わらない。
「これだけじゃ、分かんないね」
自分で言って、カヤは石板の縁まで写した。
案内の男は、探索記録を取りに奥の棚へ戻っていた。
レオナは壁画の写しを近くへ寄せた。大柄なものも、小柄なものも、同じような円の上に立っている。
「グレイホーンも、昔はこうだったのかな」
「グレイホーン?」
「うん。知り合いの魔物」
カヤが石板から顔を上げた。
「……魔物と知り合いなの?」
「うん。昔、助けたんだ。話もできるよ」
「話せるの?」
「うん」
カヤは、レオナの顔を見た。
「でも、魔物って討伐の対象になるんだよ。人を襲うこともあるし」
「グレイホーンは、私を襲わないよ」
「レオナが襲われないのは分かった。私たちが行っても、大丈夫なの?」
レオナは少し考えた。
「……それは分からない。人間のことは嫌いみたいだから」
「そっか」
カヤは石板へ目を戻したが、しばらく筆を持たなかった。
***
男が初代王の隊の記録を抱えて戻ってきた。
遺跡の地図や道具の絵に交じり、各地で出会った人々について書かれた冊子がある。カヤが開いた頁には、背丈の違う人型が同じ線の上に並んでいた。
「こんなに違うんだ」
隣には、魔石へ力を込めた時間も書かれていた。フィンが数字を追い、別の頁と見比べる。
「同じ大きさの石を使っていますね。こちらの人は、小柄でも早く満たしています」
レオナも数字を覗き込んだ。小柄な姿の横に、石を満たすまでの短い時間が記されている。
後ろの頁には、同じ集落を訪ねた者が書き足したらしい記録があった。前の旅で会ったエルフの名が、何十年も後の記録にも残っている。
「この人、またいる」
カヤが頁を行き来する。
「前に会った人の息子が訪ねたんだって。それでも、ほとんど変わってなかったって」
「エルフなら、そうだね」
レオナはネラの顔を思い浮かべた。
レオナは年代を見直した。長く生きて、何度も会えた人の話だった。
「死んでから、また起きた人の記録はある?」
案内の男へ尋ねると、首を振られた。
「そこまで記したものは、まだ見つかっていません」
男が目録へ戻る間に、カヤは筆を置き、別の束を引き寄せた。
「その人の後の記録を探そう。私はこっちを当たるから、レオナは続きを見て」
「ありがとう」
レオナも、書き写した名前を次の冊子と見比べ始めた。
ラウルが棚の方を見た。
「今日、どこまで見せてもらえるんですか?」
***
昼を過ぎたころ、五人は保管庫を出た。
カヤの筒には、持ってきたときより紙が増えていた。レオナは書き写した人名を何度か見返してから、その紙もカヤへ渡した。
廊下で待っていた使いの者に案内され、先ほどの部屋へ戻る。王の前には食事が用意されていたが、五人を見ると手を止めた。
「何か見つかったようだね」
「はい」
カヤは椅子に座る前に筒を開けかけた。
「食べながら聞こう。君たちも、まだだろう」
そこで初めて、カヤは卓を見た。
「……いいんですか?」
「もちろん」
ラウルが礼を言い、五人は席についた。
食事を取りながら、石板と設備の話をした。カヤが写しを広げると、王は皿を脇へ寄せ、胴体から分かれた線を指でたどった。
「保管してあるだけでは、気づかなかっただろうな」
「遺跡の絵を見てなかったら、私たちも分からなかったと思います」
「残しておいてよかった」
王は隣の男に、石板を調べた者の記録も探すよう頼んだ。
「もし身体の作りそのものを変えられたなら、今は治せない怪我にも使えるかもしれないね」
エリナが写しを見直した。
「調べる者にも、この写しを見せたい。構わないかな」
「はい」
カヤが答えた。
王はレオナへ顔を向けた。
「君のことにつながりそうな記録はあったか?」
「まだ。でも、身体を変えられるなら、調べたい」
「それなら、君自身の身体も調べさせてもらえないだろうか」
「私を?」
「うん。ここには治療師も、魔力を測る者もいる。古い記録と比べる手伝いができると思う」
レオナは食べかけのパンを皿へ置いた。
「何をするの?」
「まずは体格や、魔力を使う前と後の身体の様子だね。詳しいことは、担当する者から説明させよう」
「痛い?」
「背丈や脈を測るだけなら、痛くはないよ」
「それならいい」
エリナが王を見た。
「測るとき、私も一緒でいいでしょうか」
「もちろん。普段の様子を知っている人がいれば助かる」
「じゃあ、お願い」
レオナが言うと、エリナは頷いた。
王は隣の男から紙を受け取り、幾つかの項目に目を通した。
「傷の治り方も調べられるそうだ。それから、何日か滞在してもらって、体調の変化を見る方法もある」
「怪我してないよ」
「調べるために、小さな傷をつけることがあるらしい」
レオナは自分の腕を見た。
「それで、どうして私が死んでも目を覚ますのか分かる?」
「そこまでは、まだ分からないね。まずは傷がどう治るかを調べることになる」
「そっか。じゃあ、それは今はいいや。わざと怪我はしたくない」
「そうか」
王は紙へ目を戻した。
「泊まるのも、私だけ?」
「測るものによっては、朝も夜も様子を見る必要がある。君には部屋を用意するつもりだが」
「それなら、通ってきたい。終わったら、みんなと帰る」
レオナはエリナを見てから、王へ向き直った。
「それでも、調べられる?」
「ああ。まずは、できるところから始めよう」
王は紙を男へ返した。
「傷をつけるものは外してくれ。通える範囲で予定を組むように」
男が書き留める。
レオナは皿のパンを手に取りかけ、もう一度王を見た。
「分かったこと、私にも教えてね」
「君に一番に伝えよう」
「分からなかったことも」
王は少し笑った。
「それも全部だね」
「うん。次に、何を調べたらいいか知りたいから」
男が、まだ日付の入っていない予定表を卓へ広げた。
隣でカヤが筒を抱え直す。
「保管庫の続きもあるよ」
「そっちも見たい」
「測ってない時間なら、行けるかな」
ラウルが二人を見た。
「先に、どれくらいかかるか聞いてからな」
「分かってる」
カヤは答え、予定表へ目を戻した。
レオナも椅子を少し寄せた。二人で空いている欄を覗き込む。
「いつからできる?」




