第53話 三代目の王
翌朝、五人は王宮の門をくぐった。
門番にユナから預かった紙を渡すと、すぐに案内の者が現れた。ラウルが五人分の名前を伝えている間、レオナは門の奥を眺めていた。石を敷いた広い庭の向こうに、何列もの窓が並んでいる。
「大きいね」
「そりゃ、王様が住んでるからな」
戻ってきたラウルが答えた。いつもより襟元がきちんと閉じられている。
カヤは抱えていた筒を持ち直し、彼の顔を覗き込んだ。
「緊張してる?」
「してる。お前は?」
「ちょっと。でも、写しは全部持ってきた」
「それは昨日も確かめただろ」
「朝も確かめた」
ラウルは笑い、先へ進む案内の者を追った。
建物へ入り、明るい廊下を歩く。壁には大きな絵が掛かっていたが、その下の棚に置かれた品へレオナは目を留めた。
欠けた石板や、緑色に変わった金属片に交じって、刃の短い道具がある。先端が片側へ曲がり、柄には何度も巻き直したような革が残っていた。
「これも遺跡から?」
レオナが尋ねると、案内の者が足を止めた。
「こちらは、初代陛下が探索に使われていたものです」
「王様になる前の?」
「はい。奥の石板などは、そのころに持ち帰られた品です」
カヤも棚へ近づいた。金属片を覗き、それから道具の柄へ視線を移す。
「これで掘ってたんだ」
「記録には、そのように」
「まだ残ってるんですね」
案内の者が頷くと、カヤはもう一度棚を見てから、五人の列へ戻った。
***
通された部屋には、長い卓と椅子が用意されていた。
窓際に立っていた男が振り返る。髪に少し白いものが交じり、胸元には門の紙と同じ紋章があった。
ラウルが立ち止まり、頭を下げる。四人もそれに続いた。
「よく来てくれた。エルドだ」
王は卓へ歩み寄り、五人に席を勧めた。
「初代が調べた遺跡で、新しい区画を見つけたそうだね。直接話を聞きたかった」
「はい。今日は、その記録を持ってきました」
ラウルの返事に、カヤが筒を少し持ち上げる。
「楽しみにしていた。まずは座ってくれ」
五人が椅子に収まると、茶が運ばれてきた。レオナは湯気の立つ器に目を落とし、卓の向こうに座った王を見た。
「遺跡までは、街道から歩いたのか?」
「はい。途中から森へ入りました」
「道の方はどうだった。雨の後、土が流れる箇所があると聞いている」
ラウルは少し考えた。
「街道の曲がる辺りですね。端は崩れていましたが、俺たちが歩く分には通れました」
「荷車なら?」
「一台なら通れます。ただ、すれ違うのは難しいと思います。轍も、かなり端へ寄っていたので」
王は傍らの男へ顔を向けた。
「直すまでは、手前で待たせた方がよさそうだ。伝えておいてくれ」
男が手元の紙に書き留める。
「助かった。通った者の話が一番分かりやすい」
「いえ」
ラウルは背筋を伸ばしたまま答えた。
王が傍らの男と話している間に、ラウルは膝の上で握っていた手をほどいた。
「森では、ほかに大きな魔獣を見たか?」
「行き帰りには見ませんでした。遺跡の中にいたものが、一番大きかったです」
「では、その話から聞こう」
カヤがラウルを見た。彼が頷くと、筒から取り出した紙を卓へ広げる。
巻き癖で戻ろうとする端を、フィンとエリナが押さえた。
***
「ここまでは、前の記録にもありました」
カヤは通路を写した紙に指を置いた。
「この先が埋まっていて、私たちが入ったのは、そこを抜けた奥です」
「初代の隊が引き返した場所か」
「はい。広間の魔獣を倒したあとで、床と壁を調べました」
フィンが円形設備の写しを置いた。王は茶の器を脇へ寄せ、魔石をつなぐ穴の印へ目を留めた。
エリナは魔獣の身体図と壁画を並べた。三つの古い傷は、壁の印と同じ位置にあった。
「戦ってついたものではない?」
「はい。私たちがつけた傷とは違います。何のためのものかは、分かりませんでした」
王は二枚を自分の方へ向け、傷と印を見比べた。
「それと、一つ手前の部屋から別の通路へ入ったら、こっちも見つけました」
新たに取り出した紙には、人間、エルフ、ドワーフ、その先にも大きさの違う人型が並んでいた。
王は紙の端を押さえ、一体ずつ目を移した。
「これほど残っていたのか」
「削れているところもありました。でも、見えたものは全部写してきました」
「この部屋へは、初代の隊も届いていないはずだ」
カヤの口元が緩んだ。
「やっぱり、そうなんですね」
「ああ。よく持ち帰ってくれた」
王は壁画の写しをもう一度見た。
「まだ、こんなものが残っていたとはね。ほかにも、見つかっていないものがあるのだろうな」
「私も、まだ調べたいところがたくさんあります」
「初代の記録にも、途中で諦めた場所は多い。残った話は、持ち帰ったものの方に偏るがね」
「全部調べ尽くした人みたいに思ってました」
「私も子どものころは、そう思っていた。実際の記録を読むと、道具が足りない、食料が足りない、また出直す、と何度も書いてある」
「食料は、なくなったら帰るしかないですから」
ラウルが言い、少し遅れて口を閉じた。
王は笑った。
「そうだろう。だが、帰ってきても、また出かけるんだ。祖父はよほど遺跡が好きだったらしい」
レオナは廊下にあった道具を思い出した。
「あそこにあったのも、何度も使ったのかな」
「曲がった刃の道具か?」
「うん。柄のところ、直してあったから」
「あれは長く使っていたらしい。よく見てくれたね」
傍らの男が、王へ紙を一枚渡した。王は目を通し、男を近くへ呼んだ。
「落石で脚を潰された者は、まだ歩けないのか」
「傷は塞がりましたが。治療師からは、これ以上は難しいと」
「手当てと食料は続けてくれ。身体を治す設備の記録も、担当へ回してほしい」
「まだ、使えると確かめられたものではありません」
「だから調べる。待っている者には、ほかの方法がない」
王は紙を男へ返し、写しへ目を戻した。
「初代が持ち帰った記録で道を通せた場所も、掘れるようになった鉱山もある。今でも、古い記録に助けられることは多い。今回の発見も、きちんと残しておきたい」
「ギルドには、同じ写しを置いてきました」
カヤが答えると、王は満足そうに頷いた。
***
「それで、王家にあるものを調べたいというのは、この壁画についてかな」
「はい。初代の回収品目録に、こちらへ送られたものがたくさんあったので」
カヤが目録から控えた紙を取り出す間に、フィンが人型の図を示した。
「身体の下にある円が、魔獣のいた設備と似ています。身体に何かをするためのものだった可能性を考えています」
「何か、というと?」
「治療なのか、別の処置なのかは、まだ。身体の図や治療の記録とも比べましたが、それだけでは分かりませんでした」
「だから、もっと知りたいんです」
レオナが言うと、王は彼女へ顔を向けた。
「君自身のことも?」
「知ってるの?」
「教会から報告があった。古い記録に残るレオナという人物が、当時と同じ姿で訪ねてきたと」
「ああ、あのときの」
王は少し間を置いて尋ねた。
「本当に、昔のことを覚えているのか」
「自分がいたときのことなら。間のことは知らないけど」
「間?」
「死んでから、次に起きるまで。気がついたら、何十年も経ってる」
卓の向こうで、王の手が止まった。
「目覚めたとき、身体は以前と変わっていないのか?」
「うん。たぶん。前と同じだと思う」
「そうか。不思議なこともあるものだね」
「王様も、どうしてなのか知りたい?」
「もちろん。そんなことが本当に起きるのなら、私も知りたいね」
「じゃあ、一緒だね」
レオナが笑うと、王も笑った。
レオナは壁画の写しを見下ろした。人型の下に並んだ円を、指でたどる。
「でも、身体に何かできる設備なら、私にも関係あるのかなって」
「それを確かめたいんだね」
「うん。だから、ほかの記録も見てみたい」
「分かった」
王はカヤが出した目録の控えを手に取った。
「初代が持ち帰ったものは、今も保管してある。今回の写しと照らせば、分かることがあるかもしれない」
「見せてもらえるんですか?」
カヤが身を乗り出す。
「そのために来たのだろう。担当の者をつけよう。ただ、古くて傷んだものも多い。扱い方は、その者に聞いてほしい」
「はい!」
「君のことが分かる資料まであるかは、約束できないが」
王がレオナを見る。
「うん。探せるなら、それでいい」
レオナが答えると、王は傍らの男へ保管庫の案内を頼んだ。
五人が席を立つと、王はラウルに声をかけた。
「君が、この隊の代表のラウルだったね」
「はい」
「今回はよく来てくれた。街道のことも助かったよ」
「はい。ありがとうございます」
ラウルは深く頭を下げた。
***
部屋を出てから、ラウルが長く息を吐いた。
「……ちゃんと話せたな」
「街道の話、普通にしてたじゃない」
「聞かれたから答えたんだよ」
ラウルは襟元に手をやり、少し緩めた。
「王様って、もっと怖い人かと思ってた」
カヤが顔を向ける。
「そう?」
「会ったことなんかなかったからさ」
カヤは紙を収めた筒を両手で抱えた。
「初代王の記録にも、ないんだって」
「聞いてたよ」
「全部写してきてよかったね」
「ああ」
ラウルも笑った。
廊下の先では、案内を引き継いだ年配の男が鍵を確かめていた。フィンが追いつき、回収品目録の控えを見せながら何か尋ねている。
レオナもそちらへ歩きかけ、隣のエリナへ振り向いた。
「身体のことが書いてあったら、一緒に見てくれる?」
「もちろんです。読めるものだといいですね」
「読めないのもあるのか」
「古いものですから」
前を歩いていたカヤが振り返った。
「そのときは、読めるところから調べよう。絵だけでも、分かることがあるかもしれないし」
「そうだね」
廊下の角を曲がると、窓が途切れた。
案内の男が立ち止まり、大きな扉の鍵穴へ鍵を差し込む。
重い扉が、ゆっくりと開いた。
レオナはカヤの横へ並び、奥を覗いた。
「入っていい?」
案内の男が頷く。
「行こう、カヤ」
レオナは保管庫へ足を踏み入れた。




