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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第七章

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第52話 同じものから

 しばらく壁を見ていたカヤが、紙を取り出した。


「これ、写していこう」


「そうだな。フィンは床を頼む」


 ラウルが答えると、カヤは壁の前へしゃがみ込み、フィンも魔獣の下に残った円形設備を描き始めた。エリナは右前脚、腹、首の後ろに残る傷跡を、もう一度確かめている。


 レオナは灯りを持ったまま、壁画と倒れた魔獣を交互に眺めた。


「すごいの見つけたね」


「ね」


 カヤは線を写しながら笑う。


「初代王も、これ見たのかな」


「ここへ入った跡は見つかりませんでした。記録にない発見なのは、確かです」


 フィンの返事に、カヤは広げた紙を押さえ直した。


「それ、いいね」


 ラウルも壁画を見上げる。


「初代王も見てないなら、かなりの発見だぞ」


「でしょ?」


「戻ったら忙しくなりそうだな」


 一通り記録を終えると、五人は広間を出た。


 一つ手前の部屋には、まだ確かめていない細い通路が残っている。入口から見る限り、通路は短く、その先は小さな部屋らしかった。


「あと、ここだけ見てもいい?」


 ラウルは右腕を下ろしたまま奥を見た。


「写したら戻るぞ」


 フィンが通路の床を確かめ、五人は奥へ進んだ。


***


 通路の先には、小さな部屋が二つ続いていた。


 床には細い溝が走り、広間の設備にもあった小さな穴がいくつか残っている。


「ここにもある」


 レオナが灯りを落とすと、フィンがしゃがみ込んだ。


「中の金属も似ていますね」


 少し先を見ていたカヤが足を止める。


「ねえ、来て」


 声が弾んでいた。


 壁一面に、人のような姿が並んでいる。


 普通の人間。その隣には耳の長いエルフらしき姿と、背の低いドワーフらしき姿があり、さらに大柄なもの、腕の長いもの、小柄なものが続いていた。


「オーガ、トロル……こっちはゴブリンかな」


 カヤが灯りを動かす。


「そう見えますね」


 フィンも壁へ近づいた。


 カヤは一歩下がり、端から端まで眺める。


「こんなの見たことない。全部写したい」


「そうするか」


「いいの?」


「ここまで来て一部だけ持って帰る方が気になるだろ」


「ラウル、分かってきたね」


「何がだ」


 カヤは笑いながら紙を広げた。


 レオナも壁に沿って歩き、一体ずつ姿を眺めていく。


 やがて、その足が止まった。


「これ」


「何?」


 人型の下には、それぞれ円のようなものが描かれていた。


「さっきのと似てない?」


 広間で魔獣の下にあった円形設備。


 壁画の円からも細い線が伸びているが、途中で削れているものが多く、どこまで続いていたのかは分からない。


 カヤの笑顔が消えた。


「……ほんとだ」


「形は似ていますね」


 フィンが壁へ近づく。


「こっち、印もある」


 エルフらしき姿に小さな刻みが残っていた。探してみると、ドワーフやトロルにも似た印がある。


 レオナは広間の方を振り返った。


「これも、あの魔獣と同じ?」


 誰もすぐには答えなかった。


「描き方は似ています」


「あの魔獣は、あそこで何かされたんだよね」


 カヤが言う。


「傷と印の位置は合っています。魔石をつなぐ設備も見ました。その二つは記録しておきましょう」


 レオナは灯りを端へ戻した。人間の図にも、薄い印が残っている。


「人にもある」


 ラウルが壁を見直す。


「種族を並べただけじゃないのか」


「それなら、この円は何でしょう」


 フィンの言葉に、ラウルは黙った。


「あの魔獣と同じなら、この人たちも身体に何かされたってこと?」


 レオナが聞くと、エリナが壁画へ近づいた。


「治す場所なら、見た目ほど違わないんです。同じ処置ができたかまでは分かりませんけど」


「そんなに似てるの?」


「人間とエルフ、ドワーフなら。ゴブリンやトロルは、記録を見ないと分かりません」


 カヤは壁一面を見渡し、もう一度紙を広げた。


「全部写そう。帰ったら調べたい」


「そうしよう。終わったら戻るぞ」


「うん」


***


 遺跡を出た五人は近くで一晩を過ごし、翌朝ハルへ戻った。


 翌日、ギルドの記録室には、壁画の写しと何冊もの資料が広がっていた。


「エリナが言ってた通りだ」


 カヤは人間とエルフの身体図を並べ、その隣へドワーフの記録を置く。


「こことか、ほとんど同じ」


 胸から腹にかけての部分を指すと、レオナも身を乗り出した。


「ほんとだ」


 ゴブリンの冊子を開くと、エリナが肋骨の下へ指を置いた。人間の図にも同じ位置を示す。頭や腕の長さは違っていたが、身体の中の配置は近かった。


「じゃあ、治せる?」


「図が合っていれば、人間と近い場所へかけられそうです。ただ、実際には診てからにしたいです」


 カヤが壁画の写しを見る。


「見た目は全然違うのに」


 トロルの記録は少なかったが、残っている骨格図も大きく外れてはいなかった。オーガについては、体格や目撃場所を記したものしか見つからない。


 カヤは遺跡の設備を写した紙を、身体図の横へ置いた。


「あの魔獣も、あそこで身体を変えられたのかもしれない」


 カヤの指が、同じような円の上に描かれた人型へ移る。


「それで、この人たちも」


 レオナは人間の身体図を見た。


「中が似てるなら、同じことができたのかな」


「同じ処置だったかは、別の記録とも比べたいですね」


 フィンは壁画の欠けたところへ指を置いた。


 レオナは自分の手を見た。指を曲げて、開く。


「身体って、変えられるんだね」


「そういう技術があったのなら、ですが」


「じゃあ……」


 そこで言葉を止めた。


「私も?」


 部屋が静かになった。


 フィンがゆっくり首を振る。


「それは、まだ何も分かりません」


「そっか」


 レオナは手を下ろした。


「でも、もっと調べたい」


「なら、絵のことを知らない人の記録も見たいね。最初にここへ来た人は、何を見たんだろ」


 カヤが言う。


「この遺跡を最初に調べた人のとか」


***


 その日の午後、初代王が探索者だったころの回収品目録を調べていたカヤが、途中で指を止めた。


「これ、ほとんど王都に送られてる」


 フィンが横から欄を覗き込む。


「王家保管庫ですね」


「だったら、まだ残ってるかもしれない」


「見せてもらおう」


 レオナが言うと、ラウルは目録を見ながら苦笑した。


「遺跡の調査で王様に会うことになるとは思わなかったな」


「大発見だったでしょ?」


「それは間違いない」


「じゃあ、ユナさんに聞いてくる」


 カヤは目録を持って立ち上がった。


***


 翌日、ユナが一枚の紙を持って記録室へ入ってきた。


「王家から返事が来ました」


 カヤが顔を上げる。


「もう?」


「はい。謁見の許可も下りています」


「早いね」


「私も、もう少しかかると思っていました」


 ユナは王家の印が押された紙を机へ置いた。


「初代王が調査した遺跡について、皆さんから直接報告を聞きたいそうです。保管されている資料についても、その場で相談してよいとのことでした」


 レオナが紙を覗き込む。


「五人で?」


「はい。皆さん全員で来るように、と」


「いつ?」


「明日の朝です」


 カヤが壁画の写しを見る。


「何が残ってるか、見せてもらえるかもしれないね」


「うん」


 レオナはすぐに頷いた。


「じゃあ、行こう」


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