第52話 同じものから
しばらく壁を見ていたカヤが、紙を取り出した。
「これ、写していこう」
「そうだな。フィンは床を頼む」
ラウルが答えると、カヤは壁の前へしゃがみ込み、フィンも魔獣の下に残った円形設備を描き始めた。エリナは右前脚、腹、首の後ろに残る傷跡を、もう一度確かめている。
レオナは灯りを持ったまま、壁画と倒れた魔獣を交互に眺めた。
「すごいの見つけたね」
「ね」
カヤは線を写しながら笑う。
「初代王も、これ見たのかな」
「ここへ入った跡は見つかりませんでした。記録にない発見なのは、確かです」
フィンの返事に、カヤは広げた紙を押さえ直した。
「それ、いいね」
ラウルも壁画を見上げる。
「初代王も見てないなら、かなりの発見だぞ」
「でしょ?」
「戻ったら忙しくなりそうだな」
一通り記録を終えると、五人は広間を出た。
一つ手前の部屋には、まだ確かめていない細い通路が残っている。入口から見る限り、通路は短く、その先は小さな部屋らしかった。
「あと、ここだけ見てもいい?」
ラウルは右腕を下ろしたまま奥を見た。
「写したら戻るぞ」
フィンが通路の床を確かめ、五人は奥へ進んだ。
***
通路の先には、小さな部屋が二つ続いていた。
床には細い溝が走り、広間の設備にもあった小さな穴がいくつか残っている。
「ここにもある」
レオナが灯りを落とすと、フィンがしゃがみ込んだ。
「中の金属も似ていますね」
少し先を見ていたカヤが足を止める。
「ねえ、来て」
声が弾んでいた。
壁一面に、人のような姿が並んでいる。
普通の人間。その隣には耳の長いエルフらしき姿と、背の低いドワーフらしき姿があり、さらに大柄なもの、腕の長いもの、小柄なものが続いていた。
「オーガ、トロル……こっちはゴブリンかな」
カヤが灯りを動かす。
「そう見えますね」
フィンも壁へ近づいた。
カヤは一歩下がり、端から端まで眺める。
「こんなの見たことない。全部写したい」
「そうするか」
「いいの?」
「ここまで来て一部だけ持って帰る方が気になるだろ」
「ラウル、分かってきたね」
「何がだ」
カヤは笑いながら紙を広げた。
レオナも壁に沿って歩き、一体ずつ姿を眺めていく。
やがて、その足が止まった。
「これ」
「何?」
人型の下には、それぞれ円のようなものが描かれていた。
「さっきのと似てない?」
広間で魔獣の下にあった円形設備。
壁画の円からも細い線が伸びているが、途中で削れているものが多く、どこまで続いていたのかは分からない。
カヤの笑顔が消えた。
「……ほんとだ」
「形は似ていますね」
フィンが壁へ近づく。
「こっち、印もある」
エルフらしき姿に小さな刻みが残っていた。探してみると、ドワーフやトロルにも似た印がある。
レオナは広間の方を振り返った。
「これも、あの魔獣と同じ?」
誰もすぐには答えなかった。
「描き方は似ています」
「あの魔獣は、あそこで何かされたんだよね」
カヤが言う。
「傷と印の位置は合っています。魔石をつなぐ設備も見ました。その二つは記録しておきましょう」
レオナは灯りを端へ戻した。人間の図にも、薄い印が残っている。
「人にもある」
ラウルが壁を見直す。
「種族を並べただけじゃないのか」
「それなら、この円は何でしょう」
フィンの言葉に、ラウルは黙った。
「あの魔獣と同じなら、この人たちも身体に何かされたってこと?」
レオナが聞くと、エリナが壁画へ近づいた。
「治す場所なら、見た目ほど違わないんです。同じ処置ができたかまでは分かりませんけど」
「そんなに似てるの?」
「人間とエルフ、ドワーフなら。ゴブリンやトロルは、記録を見ないと分かりません」
カヤは壁一面を見渡し、もう一度紙を広げた。
「全部写そう。帰ったら調べたい」
「そうしよう。終わったら戻るぞ」
「うん」
***
遺跡を出た五人は近くで一晩を過ごし、翌朝ハルへ戻った。
翌日、ギルドの記録室には、壁画の写しと何冊もの資料が広がっていた。
「エリナが言ってた通りだ」
カヤは人間とエルフの身体図を並べ、その隣へドワーフの記録を置く。
「こことか、ほとんど同じ」
胸から腹にかけての部分を指すと、レオナも身を乗り出した。
「ほんとだ」
ゴブリンの冊子を開くと、エリナが肋骨の下へ指を置いた。人間の図にも同じ位置を示す。頭や腕の長さは違っていたが、身体の中の配置は近かった。
「じゃあ、治せる?」
「図が合っていれば、人間と近い場所へかけられそうです。ただ、実際には診てからにしたいです」
カヤが壁画の写しを見る。
「見た目は全然違うのに」
トロルの記録は少なかったが、残っている骨格図も大きく外れてはいなかった。オーガについては、体格や目撃場所を記したものしか見つからない。
カヤは遺跡の設備を写した紙を、身体図の横へ置いた。
「あの魔獣も、あそこで身体を変えられたのかもしれない」
カヤの指が、同じような円の上に描かれた人型へ移る。
「それで、この人たちも」
レオナは人間の身体図を見た。
「中が似てるなら、同じことができたのかな」
「同じ処置だったかは、別の記録とも比べたいですね」
フィンは壁画の欠けたところへ指を置いた。
レオナは自分の手を見た。指を曲げて、開く。
「身体って、変えられるんだね」
「そういう技術があったのなら、ですが」
「じゃあ……」
そこで言葉を止めた。
「私も?」
部屋が静かになった。
フィンがゆっくり首を振る。
「それは、まだ何も分かりません」
「そっか」
レオナは手を下ろした。
「でも、もっと調べたい」
「なら、絵のことを知らない人の記録も見たいね。最初にここへ来た人は、何を見たんだろ」
カヤが言う。
「この遺跡を最初に調べた人のとか」
***
その日の午後、初代王が探索者だったころの回収品目録を調べていたカヤが、途中で指を止めた。
「これ、ほとんど王都に送られてる」
フィンが横から欄を覗き込む。
「王家保管庫ですね」
「だったら、まだ残ってるかもしれない」
「見せてもらおう」
レオナが言うと、ラウルは目録を見ながら苦笑した。
「遺跡の調査で王様に会うことになるとは思わなかったな」
「大発見だったでしょ?」
「それは間違いない」
「じゃあ、ユナさんに聞いてくる」
カヤは目録を持って立ち上がった。
***
翌日、ユナが一枚の紙を持って記録室へ入ってきた。
「王家から返事が来ました」
カヤが顔を上げる。
「もう?」
「はい。謁見の許可も下りています」
「早いね」
「私も、もう少しかかると思っていました」
ユナは王家の印が押された紙を机へ置いた。
「初代王が調査した遺跡について、皆さんから直接報告を聞きたいそうです。保管されている資料についても、その場で相談してよいとのことでした」
レオナが紙を覗き込む。
「五人で?」
「はい。皆さん全員で来るように、と」
「いつ?」
「明日の朝です」
カヤが壁画の写しを見る。
「何が残ってるか、見せてもらえるかもしれないね」
「うん」
レオナはすぐに頷いた。
「じゃあ、行こう」




