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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第七章

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第50話 王を作った遺跡

 レオナの腰には、昨日までなかった剣が下がっていた。


 鍔の近くに小さな魔石が二つ埋め込まれ、そこから細い金属が刃の根元まで伸びている。


 昨日壊した試作品ほど多くの魔力は通せない。その代わり、すでに何本も作られている型で、少しくらい無理をしても簡単には折れないらしい。


「それ、さっきから触ってるよね」


 前を歩いていたカヤが振り返った。


「何が?」


「剣」


 レオナは柄から手を離した。


「新しいから」


「使いたいんでしょ」


「うん」


 横を歩いていたフィンが、呆れたように剣を見る。


「昨日一本壊したばかりなのに、よくそんなに楽しそうにできますね」


「これは壊さないよ」


「昨日も壊すつもりではなかったでしょう」


「うん」


「じゃあ、何の安心にもならないじゃないですか」


 カヤが笑った。


 少し前を歩いていたラウルが振り返る。


「遺跡の壁で試すなよ」


「切っていいところなら?」


「俺がいいと言ったらな」


 レオナは頷いた。


***


 依頼を受けたのは、ドルンの冒険者ギルドだった。


 山側の壁には大きな地図が掛けられ、その周りに依頼書や注意書きが何枚も留められている。


 カヤが一枚を机へ広げた。


「ここ」


 ドルンから半日ほど山へ入った場所にある遺跡だった。


「前からあるところですよね」


 フィンが地図を見る。


「前に調べた場所。だから、何も変わってなければ、私たちの出番はなかったんだけどね」


 カヤが依頼書の端を指で叩いた。


「この前の雨で、奥の壁が崩れたんだって」


「新しい部屋が出た?」


「壁の向こうが空いてるところまでは確かめたんだって。入って見た人は、まだいない」


 依頼は、その先へ進めるかの確認と、新規区画の調査だった。危険箇所や遺物があれば記録し、魔獣がいれば状況に応じて討伐か撤退する。


 レオナは依頼書の下に書かれた名前を見た。


「初代ハル王?」


「ああ」


 ラウルが答えた。


「この遺跡を調べた探索隊の一つにいたらしい」


「王様が?」


「王になる前」


 カヤが別の紙を引っ張ってくる。


「昔はかなり有名な探索者だったんだって。遭難した人を助けたり、新しい道を見つけたり」


「へえ」


 レオナは紙を見る。


「すごい冒険者だったんだ」


「そうみたい」


 もう一度、遺跡の名を見る。


「この人も、ここに来たんだね」


「そこが嬉しいの?」


「ちょっと」


「剣も使えるしね」


「それも」


 ラウルが依頼書を畳んだ。


「遊びじゃないぞ」


「分かってる」


「俺が帰る時刻を決める。道が怪しくなったら、その場で戻るぞ。見つけたものは、帰って話せなきゃ意味がない」


 カヤとフィンが頷く。


「分かりました」


 エリナも答えた。


 レオナも少し遅れて頷いた。


***


 遺跡は、山腹の岩肌に半分埋まるように残っていた。


 入口の周りだけは石が積み直され、雨水を逃がす溝も掘られている。


 中へ入ると、壁のところどころに白い印があった。


「二本なら出口方向」


 カヤが歩きながら指す。


「丸は水場。斜めの線は崩れやすいところ」


 少し先には、もっと古い印が残っていた。石壁へ直接刻まれた小さな三角形で、長い年月のせいか角は削れ、溝には土が詰まっている。


 カヤが灯りを寄せた。


「あった」


「何?」


「初代王の探索隊が使ってた印」


 レオナも顔を寄せる。


「本人がつけたの?」


「そこまでは分かんない」


「そっか」


 レオナは指を伸ばしかけ、途中で止めた。


「触らないの?」


「消えたら嫌だから」


 カヤが少し笑った。


 そこから先も、しばらくはよく調べられた遺跡だった。床はところどころ補強され、壁には探索者の打ち込んだ鉄杭が残っている。不要になった石も壁際へ積まれ、人が何度も行き来してきたことが分かった。


 途中でカヤが急に立ち止まった。


「そこ踏まないで」


 レオナの足が止まる。


「どこ?」


「その右」


 見ると、床の色がほんの少し違っていた。カヤが小石を落とすと、二度跳ねたあと、石板ごと沈んで暗い穴が開いた。


「……分からなかった」


「だから私が前なんだよ」


「うん」


 ラウルが穴を覗き込む。


「帰りも忘れるなよ」


「印つけとく」


 カヤが壁へ白い線を一本足した。


***


 やがて、通路の終わりに着いた。


 壁の一部が大きく崩れ、その向こうに暗い隙間が見える。ただし、人が通れるほどではない。四角く加工された大きな石材が何枚も重なり、奥への道を塞いでいた。


 ラウルが一つを押す。


 動かない。


 レオナを見る。


「これ、動かせるか?」


「切れるよ」


「動かせるかって聞いたんだが」


 レオナはもう剣を抜いていた。


 カヤが吹き出す。


「やっぱりそれ使いたかっただけじゃん」


「使えるから使う」


「待て」


 ラウルの声で、レオナの剣が止まった。


「切って全部落ちてきたら、奥どころじゃない」


「うん」


「カヤ」


「見てくる」


 カヤが崩れた壁の脇へ入り込む。しばらく声がなく、剣を持ったまま待っていたレオナが耐えきれずに口を開いた。


「まだ?」


「上を見てるから、少し待って」


 奥から返ってくる。


 少しして、カヤの顔が隙間から出た。


「上は残ってる。こっち側の一枚だけなら大丈夫そう」


 フィンも石へ手を当てた。


「魔石も入ってません」


 ラウルが切る位置を指した。


「ここから縦に。全部落とすなよ」


「分かった」


 レオナが剣を構え、鍔の魔石へ魔力を流す。淡い光が刃を走り、石へ当てて力を込めた瞬間、刃先がわずかに横へずれた。


 レオナは一度止め、握りを直す。


 先ほどより出力を落とし、刃へ沿うように力を通した。


 もう一度石へ押し込むと、ざら、と低い音がして、今度は細い線だけが下へ伸びていく。


「そこまで」


 ラウルの声で止める。


 少し離れたところへ、もう一本。同じように力を絞って切り終え、剣を抜くと、石材の一部だけが細長く切り離されていた。


 レオナはそこへ手を向け、軽く押した。


 切れた部分が向こう側へ倒れ、重い音とともに埃が舞う。


 しばらくすると、開いた隙間から冷たい空気が流れてきた。


 レオナが振り返る。


「ほら」


 カヤが笑っている。


「何?」


「別に」


「綺麗に切れたよ」


「うん。見てた」


「剣も壊れてない」


「そこまで言うと、もう完全に自慢じゃん」


 レオナは刃を見る。欠けていない。鍔にも異常はなかった。


「手、見せてください」


 エリナが言った。


「何?」


「少しだけ」


 差し出した手を取ると、エリナは手首へ指を添え、少し待ってから腕を軽く押さえた。


「手や腕に、痛みはありませんか?」


「何もないよ」


 レオナの顔も確かめてから、エリナは手を離した。


「なら、大丈夫です」


 レオナはもう一度剣を見る。


「もっと入れられそう」


「やめてください」


 フィンが即答した。


「まだ何も起きてないうちに壊さないでください」


「壊さないよ」


「昨日も聞きました」


 ラウルが、開いた穴の向こうへ灯りを向けた。


「遊ぶのはそこまでだ」


 白い探索印は、ここで終わっている。向こうには足跡も杭もなく、誰かが壁へつけた傷さえ見えなかった。


「ここから先は、誰も入ってないんだ」


 レオナが言った。


「少なくとも、この入口からはな」


 ラウルが先を見る。


「カヤが前。俺がその後ろ。帰りに迷うようなら、そこで終わりだ」


 それからレオナを見る。


「勝手に触るなよ」


「分かってる」


***


 穴を抜けると、外の風も人の足音も届かなくなった。


 五人が歩くたびに靴音が石壁へ返り、少し遅れて別の誰かが後ろからついてくるように響く。カヤは何歩か進むたびに足を止めて床を確かめ、そのたびに後ろの四人も黙って待った。


 石棚も、床の丸い窪みも空だった。フィンが灯りを寄せても、壁には用途を示す文字が見つからない。カヤは部屋の形だけを書き留め、次の通路へ進んだ。


 途中でエリナがレオナの肩を掴んだ。


「止まってください」


 レオナの顔のすぐ横に、錆びた金属片が突き出している。


「あ」


「横も見てください」


「見てたよ」


「見てませんでしたよ」


「次は見る」


「お願いします」


 カヤが小さく笑った。


 その声が、誰もいない通路の奥まで長く響いた。


***


 さらに二つ、用途の分からない部屋を通った。


 その次の部屋で、全員の足が止まった。


 中央に長い石台があり、その上へ黒く錆びた金属の枠が組まれている。


「ベッド?」


 レオナが言った。


「寝るためには見えませんね」


 エリナが近づいた。


 石台の両側から伸びた細い棒の先には輪があり、エリナが自分の腕を台へ置くと、それはちょうど手首の位置に来た。足元にも同じようなものが二つある。


「人が寝たら、ここで留められそうです」


「怪我人?」


 レオナが聞く。


 エリナは輪を見たまま、すぐには答えなかった。


「……それは分かりません」


 フィンは床へしゃがみ、台の下に並んだ穴を覗き込んだ。


「ここ、魔石を入れてたみたいです」


「人を寝かせて?」


「それ以上は分かりません」


 壁にも薄い線が残っている。人の腕や脚のようにも見えたが、ところどころ欠けていて、何を描いたものなのかまでは分からなかった。


 レオナは石台を見る。


 人を寝かせ、動かないようにする。そこへ魔石をつなぐ。


 分かるのは、そこまでだった。


「位置と形だけ記録しろ」


 ラウルが言った。


「外せそうでも触るな。壊したら、何があったのか報告できなくなる」


「はいはい」


 カヤが紙を取り出す。


「奥を見たら戻る。持ち出すのはそのあと、必要なら別の依頼だ」


 レオナが台へ伸ばしかけていた手を止めた。


 エリナがそれを見る。


「触ろうとしてました?」


「まだ触ってない」


***


 さらに奥にも道があった。


 今度は人ひとりずつしか通れないほど狭く、しばらく進んだところで先頭のカヤが立ち止まった。


「どうした?」


「下ってる」


 階段ではなく、床そのものがゆっくり傾いている。灯りを先へ向けても、その終わりまでは見えなかった。


 ラウルが後ろを振り返る。


「まだ行けるか?」


 フィンが来た道を見る。


「戻る時間はあります」


「次の広いところまで見る。何もなければそこで戻る」


「了解」


 再び進み始めると、自然に会話も減った。


 下るにつれて空気が少し冷たくなり、足音の響きも変わっていく。さっきまではすぐ近くから返ってきた音が、今は少し遠くまで抜けてから戻ってくる。


 途中でレオナが足を滑らせ、前を歩いていたラウルの肩を掴んだ。


「おい」


「滑った」


「分かる」


「ありがとう」


「次は壁を掴め」


 そのままさらに下っていく。


 やがて先頭の灯りが、急に遠くまで伸びた。


 通路の先に広い空間がある。


 カヤが足を止め、続いてラウルが片手を上げた。


 全員が止まる。


 広い部屋だった。天井も高く、太い柱が何本か並んでいる。


 その向こうに、大きな黒い塊があった。


 最初は石に見えたが、よく見ると、ゆっくり上下している。


 呼吸していた。


 フィンが灯りを少し上げる。


 最初に見えたのは、異様に太い前脚だった。後脚よりずっと長く、丸めた身体の前半だけが不自然に大きい。肩は高く盛り上がり、その間へ短い首と頭が埋まっている。


 背には黒い板のような皮膚が何枚も重なっていたが、腹のあたりは妙に滑らかだった。


 どこが、とは言えない。


 ただ、身体の形が少し噛み合っていない。


「……魔獣」


 カヤが囁いた。


 丸まっていても大きい。レオナたちが通ってきた道より、胴の方が明らかに太かった。


 ラウルは一瞬だけ様子を見ると、剣には手をかけず、後ろへ手を伸ばした。


 戻る。


 誰も声を出さず、その合図に従って一歩ずつ下がる。


 ところが途中で、カヤだけが止まった。


 ラウルが振り返る。


 カヤは魔獣を見たあと、自分たちが入ってきた通路へ視線を移し、もう一度魔獣を見た。


「……ラウル」


「何だ」


「あれ」


 声が小さい。


「ここ、通れないよね」


 ラウルも通路と、丸まった魔獣を見比べた。


 フィンが灯りを天井へ向ける。


 穴はない。


 壁にも、大きく崩れた跡は見えなかった。


 レオナは、まだ眠っている魔獣を見る。


「じゃあ」


 誰に聞くでもなく言った。


「どうやってここに来たの?」


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