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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第七章

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第49話 壊れる剣

 ドルンの石壁が見えてくると、その手前から荷車の列が始まっていた。鉱石を積んだもの、木箱を何段にも重ねたもの、空の樽を括りつけたものが山へ続く道を行き交い、その向こうでは、壁の内側から何本もの煙が上がっている。


 前に来た時は、屋根ばかり見ていた。今日は、その下を歩く人たちが目に入った。


 街へ入ると、鍛冶屋や武器屋の間に、縄や灯り、革袋、保存食を扱う店が並んでいる。店先に吊られた先端の曲がった金具をレオナが見ていると、カヤが足を止めた。


「それ、崖とか遺跡で縄を掛けるやつ」


「こんなのも売るようになったんだ」


「この辺、遺跡多いからね。ドルンが大きくなった理由の一つだって」


 百五十年前には、家も道もこれほどなかった。山の近くに鍛冶場があり、そのそばに人が暮らしていた。今は見覚えのある山肌を探さなければ、同じ場所だったことさえ分からない。


 向こうから、大きな木箱を抱えた二人のドワーフが歩いてきた。


 二人とも前が見えにくいほどの箱を両腕で支えている。その少し先を、人間の男が何も持たずに歩いていた。


「もう少し急いでくれ。昼までにあと三つある」


 ドワーフたちは何も言わなかった。一人がずれた箱を抱え直し、そのままレオナたちの脇を通り過ぎていく。


 レオナは振り返った。


 通りの反対側では、人間の男が客と何かの値段を話していた。その後ろで、別のドワーフが鉱石の袋を荷車から降ろしている。


「……ドワーフ、少ないね」


「この辺にはあんまりいないね。工房の多い方へ行けば増えるけど」


「歴史書に、人間がこっちまで広がったって書いてた」


 ラウルが頷いた。


「森でも聞いた。ドワーフも土地を取られたって」


 木箱を抱えた二人は、もう人混みに紛れていた。


 レオナは、二人の消えた方をしばらく見ていた。


***


 大通りを外れるにつれて建物は古くなり、黒ずんだ石壁や低い入口が増えていった。金属を打つ音も近くなり、道の両側に開いた工房では、炉の前で何人ものドワーフが働いている。


「あ、いた」


「だからいるって言ったでしょ」


 カヤが笑う。


 さらに奥へ入ると、人間とドワーフが一緒に働いている工房も増えた。金属板を二人で運ぶ者、焼けた鉄を炉から引き出す者、店先まで出て客と話しているドワーフもいる。


 やがてラウルが、一軒の大きな工房の前で足を止めた。


「ここだ」


 中にはいくつもの炉が並び、壁には剣や防具に混じって、曲がった棒やひびの入った金属板、中央から割れた部品まで掛けられていた。


 レオナは入口近くの折れた剣へ顔を寄せる。


「これ、壊れてる」


「試験品じゃないですか?」


 フィンが隣から覗く。


 レオナは別の部品へ目を移したところで、ラウルに「先に挨拶しろ」と言われ、ようやく奥を向いた。


「レオナさんですね」


 出てきた男は、槌ではなく帳面を持っていた。四十を少し越えたくらいに見える。職人たちと違って袖に煤はほとんどなく、腰にも工具は下がっていない。


「マルクと申します。この工房を預かっています。来ていただけると聞いて、朝から皆さん落ち着かなくて」


 レオナは帳面を見る。


「職人じゃないんだ」


「材料を買い、できたものを売る方です。皆さんが打っている間に、私は帳面を埋めています」


 マルクは笑った。


「この工房を作ったギドは職人だったらしいのですが、私はどうもそちらの才能がなくて。何代か続けば、そういう者も出ます」


「ギドの子孫なんだ」


「そういうことになりますね。槌より帳面の方が性に合っています」


 レオナは工房の中へ視線を移した。


「ここ、ドワーフ多いね」


「昔からですよ。腕のいい方には、人間でもドワーフでも働いていただいています」


 近くで金具を削っていたドワーフが、手元を見たまま口を挟んだ。


「その割に、俺たちの給金は人間より安いけどな」


「またそのお話ですか」


「事実だろ」


「現金でお渡ししている額なら、そうですね」


「まあ、部屋は用意してくれるし、飯も出る。こっちに出てきた時は助かったけどな」


「そうでしょう?」


「そこで得意そうにするな」


 ドワーフが笑う。


 レオナは二人を見た。


「人間とは違うんだ」


「同じ額にすれば、雇う人数を減らすことになります。材料も炉も、その給金とは別に要りますから」


 ドワーフは肩をすくめたが、それ以上は言わなかった。マルクも笑ったまま、奥へ歩き始める。


***


 工房の奥へ進むほど、完成した品よりも壊れたものが多くなっていった。曲がった刃、割れた留め具、黒く焼けた魔石。何に使ったのか分からない金属の輪や、途中まで組まれた装具もある。


「ずいぶん作ったね」


「百年以上続けていますから」


「そんなに作ったら、お金なくなりそう」


「なくなりますよ。ですから、ギルドから研究費をいただいています」


 マルクは棚から帳面を取り出した。


「昔の探索者が、遺跡で得た利益の一部を残したそうです。後の探索と装備の改良に使うように、と」


 頁を何枚かめくる。


「古い記録ですと、ヴァン。それから、エド」


「一緒に山へ行った二人だよ」


 レオナは帳面へ身を寄せた。名前の隣には、持ち帰った鉱石と、その売り上げが書かれていた。


 マルクが次の頁を開く。知らない名前に変わっても、同じ欄が続いている。


「まだ残ってるんだ」


「今はギルドが管理していますが、仕組みは残っています」


「聖剣も、これで作ってるんだね」


「先に測らせてください。使う材料を決めるにも、それが必要です。打ち方は職人に聞いていただくのが一番でしょう」


 横でフィンが小さく頷いた。


 レオナが見る。


「嬉しそう」


「気のせいです」


***


 測定設備は工房のさらに奥にあり、壁一面に大小の魔石が並んでいた。それぞれが金属の板や留め具で何列にもつながれ、以前ロイのところで見たものより、ずっと大がかりになっている。


「多い」


「昔の機械と一緒にするなよ」


 設備を担当しているドワーフは、最初から自信があった。


「記録は残ってる。お前を測ろうとして、ろくに数字が取れなかったってな」


「そうだった」


「今回は数字を取る。そのために作り直した機械だ」


 レオナは言われた通り金属板へ手を置いた。


「全力はいらん。身体に返ってこないくらいで、同じ強さを維持しろ。まず流れる速さを見る」


 レオナが魔力を流した。


 最初の魔石が光り、その光がすぐ隣の魔石へ移る。針が大きく跳ね上がり、高い位置で止まった。


 担当のドワーフは目盛りを追い、紙へ数字を書き込む。


「よし。取れた」


「今度は測れたんだ」


「ああ」


 フィンは書かれた数字へ顔を近づけ、もう一度目盛りを見た。


「これ、今の出力ですよね?」


「そうだ」


 フィンがレオナを見る。


「身体は?」


「何もないよ」


 フィンは数字を見たまま動かなかった。


 担当のドワーフはそのまま続ける。


「次は容量だ」


 魔石は一列ずつ光を増していった。


 十分ほど経つ。


 フィンは何度かレオナと目盛りを見比べた。


「まだ同じ出力ですか?」


「うん」


 それきり黙った。


 二十分を過ぎる頃には、壁の大半が青白く光っていた。


「普通なら、何人かで交代して数日だ」


「そんなにかかるんだ」


 レオナは壁を見上げた。


 三十分近く経った頃、最後の列まで光が届いた。


「止めろ」


 レオナが魔力を切る。


 部屋の中には、満たされた魔石の光だけが残った。


「まだ出るか?」


「うん」


「疲れた?」


「全然」


 フィンは最後の列まで光った魔石を見上げた。


 担当のドワーフは石を一つずつ確認していく。


「容量は駄目だな。受け皿が足りん」


「また測れなかった」


「容量はな。速さは取れた」


 紙に書いた数字を指で叩く。


「足りなかったなら、次は増やせばいい」


 フィンがようやく口を開いた。


「もっと増やすんですか?」


「足りんと分かったんだ。次に何をするかは決まっただろ」


 フィンは壁一面の魔石を見て、また黙った。


***


 試験場では、一本の剣を抱えたドワーフが待っていた。


 幅の広すぎない長剣で、目立った飾りはない。鍔の近くにいくつか魔石が埋め込まれ、そこから細い金属が刃へ伸びている。


「これが聖剣か」


「そうだ」


 レオナはしばらく眺めた。


「普通だね」


「何がだ」


「もっとすごい見た目だと思ってた」


「飾れば丈夫になるなら、いくらでも飾る」


 少し離れたところから声が飛んだ。


「そいつのは飾っても駄目だぞ。継ぎ目が弱い」


「お前のはまだ完成もしてねえだろ」


「完成したらそれより持つ」


「作ってから言え」


 レオナは周囲を見る。


「何本も作ってるんだ」


「試してるのはな。最後まで残ったのが聖剣だ」


「俺のだ」


 剣を持ったドワーフが即答し、周囲から笑い声が上がった。


 レオナが受け取った剣は、思ったより重かった。


「さっき測ったくらいから入れろ」


「うん」


 魔力を流す。


 鍔の魔石が光り、そこから刃へ薄い光が伸びた。しばらく待っても何も起きない。


「身体は?」


 エリナが聞く。


「何もない」


「当たり前だ」


 作ったドワーフが腕を組む。


 レオナは少しずつ力を増やした。刃の光が強くなる。


 まだ持つ。


 さらに一段上げたところで、腕の奥へ弱い重さが返ってきた。


 乾いた音がした。


 光の走る刃、その鍔の少し上に一本の黒い線が生まれ、斜めに伸びた。レオナはすぐに魔力を止める。


「壊れた」


 作ったドワーフだけが黙った。


 周囲の職人たちは一拍遅れて一斉に寄ってきた。


「そこか」


「だから言っただろ」


「見せろ」


「うるせえ」


 剣はすぐに職人たちの真ん中へ消えた。亀裂を見る者、魔石を確かめる者、刃を横から覗き込む者が、それぞれ勝手に口を出している。


「嬉しそう」


 レオナが言うと、一人が顔を上げた。


「俺のじゃないからな」


「お前は黙ってろ」


 別の職人が亀裂を指でなぞった。


「ここまで持ったなら次は直せる。中も見せろ」


「そこを厚くしたら重くなるぞ」


「また折れるよりいいだろ」


「持てても振れなきゃ困る」


 作った本人が、横から伸びた手を払った。剣を持ち直し、亀裂の両側にある金属の線を見比べる。


「折れたところを全部厚くするとは言ってねえ。力がどこに掛かったか、まず中を見る」


 金属の線を爪でたどると、亀裂の手前で指が止まった。別の職人が灯りを寄せる。


 フィンはその様子を見ていたが、ふと測定室の方を振り返った。


「今、壊れた時の出力も測れますよね」


 測定担当のドワーフがすぐに頷いた。


「もう一回、同じくらい出せるか?」


「たぶん」


 レオナは測定器へ手を置き、少しずつ出力を上げる。腕へ同じ弱い重さが返ったところで止めた。


「これくらい」


「そのまま」


 針が上がる。


「取れた」


 紙へ数字が書かれると、職人たちが一斉に覗き込んだ。


「次はこれを越えりゃいい」


「俺のなら越える」


「まだ言ってんのか」


 フィンも数字を見た。


 しばらくして、レオナへ顔を向ける。


「今ので、全力のどのくらいなんです?」


 レオナは右手を握ってから、ゆっくり開いた。


「……一くらい?」


 職人たちの声が止まった。


 もう少し考える。


「二までは出してないと思う」


 フィンの顔から表情が消えた。


「……さっきのが、二にも届いてない?」


「うん」


 聖剣を作ったドワーフが壊れた剣を見る。


「今ので割れたんだぞ」


「うん」


「それで一なら、全部で十か」


「たぶん」


 誰も動かなかった。


 さっきまで奪い合うように覗き込んでいた壊れた剣にも、しばらく誰も手を伸ばさない。


 フィンは、先ほど三十分かけて満たした魔石の列を見る。それから、壊れた剣へ視線を戻した。


「……あれでも、まだ全然だったんだ」


 沈黙の中で、一人のドワーフが口を開いた。


「……でも、二までなら俺の方が持つ」


「お前まだ言うのか」


「持つ」


「作ってから言え」


「作るよ」


 止まっていた工房が、また一気に騒がしくなった。


***


 測定結果と壊れた剣を持って表へ戻ると、マルクは帳面を広げていた。


「終わりましたか?」


「壊れた」


 レオナが言う。


「十のうち二も出してねえ」


 職人の一人が続けると、マルクの手が止まった。


「それはまた」


 測定結果を受け取り、数字を見る。


「これなら次の研究費はお願いしやすそうですね」


「まずそこかよ」


「大事ですよ。測定設備も増やすのでしょう?」


「増やす」


「剣も?」


「作る」


「でしたら、お金が要ります」


 マルクは帳面へ数字を書き足した。


「設備も増やせますし、職人ももう少し雇えますね」


「また立派なこと言ってる」


「本当のことですよ」


 マルクは計算を続ける。


「まあ、工房にも少しくらい残れば助かりますが」


「そこが本音か」


「そこも、ですよ」


 レオナは壊れた剣を持つ職人を見る。


「できたら呼んで」


「また壊す気か」


「今度は壊れないかもしれない」


「そういうのを作るんだよ」


 レオナは笑った。


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