第47話 五人目
翌朝、ギルドの前には一台の荷車が止まっていた。
荷台には木箱と麻袋が積まれ、その前で二頭の馬が時折鼻を鳴らしている。ラウルたちはすでに揃っていて、レオナが近づくと、ラウルが荷車を指した。
「近くの村までの護衛だ。途中、街道の様子も確認する」
「最近、魔獣が出てるんだっけ」
「ああ」
ラウルはレオナの腰の剣へ一度目をやった。
「今日は俺たちのやり方を見てくれ。任せるところでは、俺が声を掛ける」
「うん」
荷車が動き出し、五人もそれについてハルを出た。
町を離れると、街道は畑の間を抜け、やがて林に沿って伸びていく。途中の分かれ道には大きな石が立っていて、レオナは通り過ぎかけたところで足を止めた。
石には地名と、その横に数字が刻まれている。
「これ、距離?」
「そう。そっちは歩いて半日くらい」
カヤも足を緩めた。
レオナは文字を指でなぞり、そのまま分かれた道の先を見る。
「こういうの、ほかにもある?」
「大きい道ならだいたい」
「へえ」
もう一度石を見ているうちに、荷車との間が開いた。
「置いてくぞ」
前からラウルの声が飛んできて、レオナは小走りで追いついた。
それからしばらくは何も起こらず、馬の蹄と車輪の音だけが続いた。
先を歩いていたカヤが、不意に足を止める。
「待って」
ラウルが片手を上げると、荷車も止まった。
カヤは街道の端へしゃがみ、泥についた跡を確かめてから、少し先の草むらへ移った。折れた草を指で起こしている横へ、レオナもしゃがみ込む。
「いた?」
「二頭以上。新しい」
指された先へ顔を寄せると、泥の上に浅い窪みが残っていた。
「これで二頭って分かるの?」
「足の形、こことここで違うでしょ。一頭が二度通った跡じゃないと思う」
レオナは隣の跡と見比べたが、違いはよく分からない。
「……分かんない」
「慣れればね」
カヤは立ち上がり、林の方へ目を向けた。
「何度か出入りしてる」
ラウルは御者に荷車を少し下げるよう伝え、エリナは馬のそばへ回った。
「大きな音がしたら暴れるかもしれないので、手綱は離さないでください」
御者が頷く横で、フィンも杖を手に取った。細身の杖の先には、小さな魔石が嵌め込まれている。
レオナも立ち上がった。
「行くぞ」
カヤを先頭に、五人は荷車が見える林の縁へ入った。
少し進んだだけで、レオナにはもう足跡が見えなくなった。それでもカヤは地面や低い枝を確かめながら、ほとんど迷わず進んでいく。
「まだ分かる?」
「うん。ここ」
指された場所へ屈み込むと、草が何本か同じ方向へ倒れていた。
レオナは指先で触り、隣の草と見比べる。
「これか」
「そう」
立ち上がってからも、しばらくはカヤの足元を真似するように地面を見ながら歩いた。
やがて、カヤの手が上がった。
全員が足を止める。
低い藪の奥で、灰色の身体が動いていた。頭には二本の太い角があり、以前、山で見た魔獣によく似ている。
さらに少し離れた藪も揺れた。
二頭いた。
こちらへ顔を向けると、ほとんど同時に頭を下げる。
「来るぞ」
ラウルが剣を抜いた。
二頭が地面を蹴る。
フィンが杖を向ける。先端の魔石が淡く光り、正面から来た一頭の足元へ強い風が叩きつけられた。土と枯れ葉が舞い上がり、前脚を流された魔獣の身体が大きく傾く。
ラウルは、その時にはもう走っていた。
体勢を崩した魔獣の脇へ入り、剣を振る。
もう一頭はその横を抜けた。
「右!」
カヤの声にレオナが振り向く。
魔獣は林の出口へ向かっていた。その先には街道があり、少し離れた場所で荷車が待っている。
レオナはすぐに走った。
魔獣もこちらへ気づき、身体を向け直す。二本の角を正面へ据え、そのまま地面を蹴って突っ込んでくる。
レオナは足を止め、手前にある角の根元へ視線を定めた。
右手を上げる。
押す。
ばき、と硬いものが割れた。
角が根元から飛び、頭を大きく振られた魔獣の前脚がもつれる。巨体は肩から地面へ落ち、そのまま土の上を滑っていった。
レオナは一歩下がった。
背後から、もう一頭が倒れる重い音が聞こえる。
「レオナ」
エリナの声に振り向くと、地面に倒れていた魔獣がゆっくり身体を起こしていた。
レオナはもう一度右手を上げる。
だが、魔獣は来なかった。
残った一本の角をこちらへ向けたまま一歩、さらにもう一歩と後ずさりし、やがて身体を反転させて森の奥へ走り出した。
追ってこない。
レオナの手が下がった。
その横をラウルが無言で通り過ぎた。
フィンが杖を振ると、逃げる魔獣へ横から風がぶつかった。足を乱したところへラウルが追いつき、剣を振った。
魔獣は地面へ倒れ、そのまま動かなくなった。
レオナは少し離れた場所から、その姿を見ていた。
剣についた血を払ったラウルが戻ってくる。
「……逃げてたよ」
「魔獣だぞ。倒すに決まってる」
ラウルは林の出口へ目を向けた。荷車は、まだ街道で待っている。
「帰りの荷車に出てこられたら困る」
そう言って剣を鞘へ戻した。
エリナも倒れた魔獣へ目を向ける。
「かわいそうですが、魔獣ですから」
そのまま魔獣のそばへ行くと、膝をつき、胸元に指を添えて短く目を閉じた。
レオナはしばらく、その様子を見ていた。
「あー」
少し離れたところで、カヤが声を上げた。もう一頭の魔獣の頭の横へしゃがみ込んでいる。
「何?」
「角。そこ、一番高いんだけど」
レオナもそちらへ行くと、フィンは杖を脇へ抱え、地面に落ちていた角を拾い上げた。
「これが?」
レオナが受け取って両手で持つと、見た目よりずっと重かった。フィンの杖の先へ一度目をやってから、折れた断面を覗き込む。
「何に使うの?」
「この種類は角が一番高いですね。折れていないところを残せば、その分は売れます」
「へえ」
角を回して眺めていると、カヤが横から覗き込んだ。
「ただ、その状態だとちょっと安くなる」
「危なかったから」
「それは分かるよ」
カヤは別の個体へ移ると、短い刃で牙を外し始めた。
レオナは角をフィンへ返し、今度はカヤの横へしゃがむ。外された牙と魔獣の身体を見比べた。
「そういうのも記録にある?」
「あるよ」
「見てみたい」
フィンが顔を上げる。
「ギルドにありますよ」
「あとで見れる?」
「仕事が終われば」
「じゃあ見る」
「先に戻るぞ」
ラウルに呼ばれ、レオナはまだカヤの手元を見ながら立ち上がった。
「次はそこ、折らないでね」
「危なかったら折るよ」
カヤが笑う。
「そう言うと思った」
エリナは出発する前に五人を見回し、怪我がないかを確かめた。レオナも腕を回してみたが、痛むところはない。
五人は荷車へ戻り、その後は何事もなく村まで荷を届けた。
***
ハルへ戻った頃には、日が傾いていた。
ギルドへ入ったところでレオナが足を止めると、ラウルはそのまま受付へ向かっていく。
「終わり?」
「まだだ。報告までが仕事だ」
「そっか」
レオナも後を追った。
ラウルが依頼の完了を伝える横で、カヤは受け取った紙へ街道で魔獣を見つけた場所と数を書き込んでいく。
レオナはすぐ横から筆先を覗いた。
「さっきの足跡も書くの?」
「私が書くよ。今日見えた跡も入れる。次の人が同じのを見つけるかもしれないから」
「前に出たのも読める?」
「うん。この報告が済んだら、探そう」
カヤの筆が止まる前から、レオナは棚の方へ目を向けていた。
書き終えた紙が受付へ渡されると、今度は持ち帰った素材が台の上へ並べられた。
折れた角を手に取った職員が、断面を見て言う。
「折れてますね」
カヤが横目でレオナを見た。
レオナも見返す。
「危なかったから」
「だそうです」
職員は少し笑い、そのまま査定を続けた。
やがて報酬が渡される。
ラウルは受け取った硬貨を分け、その一つをレオナへ差し出した。
レオナは手のひらに載せられた硬貨を見る。
「私も?」
「働いただろ」
「うん」
レオナは硬貨を握った。
その横でカヤが棚を探し、厚い記録を一冊抜き出してくる。
「さっきの街道なら、この辺かな」
机へ置かれた本を、レオナはすぐ横から覗き込んだ。
紙をめくると、魔獣が現れた場所や数、その時の被害などが短く書き残されている。古い頁になるほど文字も紙も少しずつ変わっていた。
「こんなにあるんだ」
「ずっと残してるからね」
カヤは頁を戻し、今日歩いた街道を指した。
「ここ。前にも二頭、出てる」
レオナは折れた角を思い出した。逃げていく背中へ、ラウルが剣を振ったところも。
「今日のも、ここに入るんだね」
「うん。今、書いた分がね」
レオナは硬貨を袋へしまい、カヤが次の頁を開くのを待った。




