第46話 魔法戦士
ロイには、ハルへ着いたら平石を探せと言われていた。
町の中へ進むにつれて人通りが増え、荷車や馬が行き交うようになる。昔とは建物も道幅もずいぶん変わっていたが、大通りの先に平たい大きな石が見えた。
「まだある」
その向かいに、大きな建物があった。
入口の上には、剣と杖を組み合わせた印が掛かっている。革鎧の男が出てきたかと思うと、入れ替わるように大きな袋を背負った二人組が中へ入っていった。
レオナもあとに続く。
中では何人もの人が行き来していた。壁には紙が並び、奥の長机では地図を広げて話している者たちがいる。
レオナが壁の紙へ近づこうとすると、受付の女がこちらを見た。
「レオナさんですね」
名前を言う前だった。
「うん」
「代表がお待ちです。こちらへどうぞ」
奥へ通されると、大きな机の向こうに女が一人座っていた。四十を少し過ぎたくらいだろうか。壁際の棚には、帳面や紙束が隙間なく詰まっている。
けれど、レオナはその女より先に、壁に掛けられた絵を見た。
足が止まる。
「……ニナ」
絵の中の女は、レオナの知っているニナよりずっと年を重ねていた。
髪をきれいにまとめ、濃い色の服を着ている。椅子に腰掛け、一冊の帳面へ片手を添えて、正面を向いていた。
頬も、目元も変わっている。
それでもニナだった。
「はい」
机の向こうの女が立ち上がった。
「晩年に描いてもらったものだそうです」
レオナは絵へ近づき、目元や口元を眺めた。
「きれい」
「ずいぶん良く描いてもらった、と本人は言っていたそうです」
「言いそう」
レオナも少し笑った。
もう一度、肖像画を見る。
「こんなふうになったんだ」
しばらくしてから、レオナは絵の前を離れた。
「ユナ?」
「はい。ユナです」
改めて向き合う。
ユナの顔はニナとはあまり似ていなかった。年齢も違えば、声も違う。ただ、笑ったときの目元に、ほんの少しだけ見覚えがある。
ユナはレオナを見たまま、小さく息をついた。
「本当に若いままなんですね」
「そう聞いてた?」
「家では、ユアンやミラ、ニナの話と一緒に、あなたの名前も残っています」
「私の?」
「ええ。聞いていた通りの姿です」
「そうなんだ」
「子どもの頃は、どこまで本当なのか分かりませんでした」
「今は?」
ユナはレオナの顔を見た。
「目の前にいますから」
レオナは少し笑った。
「ロイさんからも、昨日のうちに連絡をもらっています。こちらへ向かった、と」
「早いね」
「ええ」
ユナは机の引き出しを開け、小さな布袋を取り出した。
「これも見せようと思っていました」
紐をほどく。
掌に転がった青黒い石を見て、レオナは身を乗り出した。
「まだあるんだ」
「ええ」
「見せて」
受け取る前から、かすかに分かった。
昔、力をたくさん使ったあとに身体の奥へ残るものと、どこか似ている。
石は以前より滑らかになっていた。指先で触れると冷たく、その奥にまだ淡い何かが残っている。
「ずっと使ってないの?」
「お守りですから。今でも、家の者が遠くへ行くときに持つことがあります」
「ニナも持ってた」
「聞いています」
レオナはしばらく掌の上で石を眺めたあと、ユナへ返した。
「持っていきますか?」
「ううん」
「いいんです?」
「ユナが持ってて」
ユナは石を受け取り、袋へ戻した。
「分かりました」
紐を結び終えると、ユナは壁際の棚へ目を向けた。
「もう一つ、あなたにも確かめてほしい記録があります」
「何?」
棚の下にある扉を開き、平たい木箱を取り出す。
机へ置いて蓋を開けると、中には一枚の古い紙が収められていた。
「普段は写しを使っています。これは元のものです」
ユナが紙をゆっくり広げる。
レオナは覗き込んだ。
文字を見たところで、手が止まる。
「ニナだ」
ユナがレオナを見る。
「分かるんですか?」
「うん。いっぱい見たから」
何度も見た字だった。
一番上に、自分の名前がある。
レオナ。
その下にも、ニナの字が続いていた。
剣を使う。
遺跡に入った経験あり。
魔獣との戦闘経験あり。
魔力で物を押す。
「私のこと書いてる」
「はい。残っている探索者の記録では、一番古いものです」
レオナは指を下へ動かした。
「押すって書いてある」
さらにその先、少し離れた余白にも、小さな字が書き足されていた。
一人で行かせないこと。
レオナの指が止まる。
「……これ、いる?」
ユナが笑った。
レオナはその一文をもう一度読んだ。
そのとき、廊下から複数の足音が近づいてきた。
「来ましたね」
ユナが紙を木箱へ戻す。
「誰?」
扉が開いた。
入ってきたのは、ラウル、カヤ、フィン、エリナだった。
「あ」
レオナが立ち上がる。
「久しぶり」
「本当にいた」
カヤが言った。
「いるよ」
「ユナさんから聞いてたけど」
カヤはレオナの前まで来た。
「調べた?」
「かなり。遺跡も町も、あなたが言ってたのと合ってた。もう疑う方が難しいかな」
「そっか」
フィンはその横で黙ってレオナを見ていたが、何も言わなかった。
ラウルがユナを見る。
「それで、俺たちを呼んだのは?」
「まず座ってください」
ユナが四人へ椅子を勧め、レオナも座り直した。
全員が席につくと、ユナはレオナを見る。
「レオナさん。ギルドで仕事を受けるつもりはありますか。冒険者として、です」
「冒険者?」
「見に行きたい場所へ、仕事で行けます。ただ、受けた依頼を終えることは必要になります」
「やる」
答えるまでが早く、カヤが少し笑った。
「最初は、この四人と動いてほしいんです。今の仕事の進め方を知ってもらいたいので」
レオナは四人を見る。
「この四人?」
「はい。そのつもりで来てもらいました」
ラウルがレオナを見る。
「俺は引き受ける。道中でお前が何をするか、少しは分かってる」
「何するの?」
「気になったものの前で止まる。そこは俺が呼ぶ」
「私は行く。前の地図の話、まだ聞きたいしね」
カヤが言う。
「私もご一緒したいです。今度は、道中の話も聞かせてください」
エリナも頷いた。
ラウルがフィンを見る。
「依頼ごとに役割を決められるなら、私も引き受けます」
レオナは四人を順に見た。
「じゃあ、一緒に行く」
「決まりですね」
ユナが新しい紙を一枚取り出した。
「では、登録しましょう」
「うん」
ユナが筆を取る。
紙には、名前や武器、職能を書き込む欄が並んでいた。ニナの記録では文章の途中にあったことが、ここでは別々の枠に入っている。
「前と違うね」
「依頼する人が、必要なところを探せるように変えてきたそうです」
ユナは名前を書き、次の欄へ筆を移した。
年齢の欄で筆が止まる。
「ここは……」
「分からない」
「ですよね」
そこだけ空欄にして、次へ進む。
「これまで、今のギルドで仕事を受けたことは?」
「ない」
「実績なしですね」
「昔のは?」
「百五十年前のものは、今の実績には入りません」
「だめ?」
「だめです」
「そっか」
レオナはあっさり引き下がった。
ユナが次の欄へ移る。
「武器は剣ですね」
「うん」
「魔法も使いますか?」
「使う。押す」
「ほかは?」
フィンが聞いた。
レオナは少し考える。
「ロイには向いてないって言われた」
フィンが顔を上げた。
「ロイに?」
「うん。火とか風とか」
「じゃあ、使えるのは押すだけですか」
レオナは少しむっとした。
「でも、すごく押せるよ」
フィンは眉間に少し皺を寄せた。
「……前に、測れなかったと言ってたやつですね」
レオナは頷いた。
フィンはそれ以上聞かなかった。
ユナが登録表へ視線を戻す。
「剣を使って、魔法も使って、前へ出るなら……魔法戦士ですね」
「魔法戦士」
レオナは書かれた文字を見る。
「そういうのがあるんだ」
「ありますよ」
「魔法戦士」
もう一度言ってみる。
カヤが横から顔を覗き込んだ。
「気に入った?」
「うん」
「分かりやすいね」
ユナも少し笑って、職能の欄へ印をつけた。
「これで登録は終わりです」
今度は別の帳面を開く。
四人の名前が並んだ一番下へ、ユナが新しい名前を書き足した。
レオナ。
その隣に、魔法戦士。
レオナは少しだけ顔を近づける。
「私、ここ?」
「はい」
「へえ」
ラウルも帳面を覗いた。
「明日、一つ仕事がある」
「行く」
「まだ内容を言ってないぞ」
「何するの?」
カヤが笑った。
ユナは筆を置いた。




