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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第七章

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第46話 魔法戦士

 ロイには、ハルへ着いたら平石を探せと言われていた。


 町の中へ進むにつれて人通りが増え、荷車や馬が行き交うようになる。昔とは建物も道幅もずいぶん変わっていたが、大通りの先に平たい大きな石が見えた。


「まだある」


 その向かいに、大きな建物があった。


 入口の上には、剣と杖を組み合わせた印が掛かっている。革鎧の男が出てきたかと思うと、入れ替わるように大きな袋を背負った二人組が中へ入っていった。


 レオナもあとに続く。


 中では何人もの人が行き来していた。壁には紙が並び、奥の長机では地図を広げて話している者たちがいる。


 レオナが壁の紙へ近づこうとすると、受付の女がこちらを見た。


「レオナさんですね」


 名前を言う前だった。


「うん」


「代表がお待ちです。こちらへどうぞ」


 奥へ通されると、大きな机の向こうに女が一人座っていた。四十を少し過ぎたくらいだろうか。壁際の棚には、帳面や紙束が隙間なく詰まっている。


 けれど、レオナはその女より先に、壁に掛けられた絵を見た。


 足が止まる。


「……ニナ」


 絵の中の女は、レオナの知っているニナよりずっと年を重ねていた。


 髪をきれいにまとめ、濃い色の服を着ている。椅子に腰掛け、一冊の帳面へ片手を添えて、正面を向いていた。


 頬も、目元も変わっている。


 それでもニナだった。


「はい」


 机の向こうの女が立ち上がった。


「晩年に描いてもらったものだそうです」


 レオナは絵へ近づき、目元や口元を眺めた。


「きれい」


「ずいぶん良く描いてもらった、と本人は言っていたそうです」


「言いそう」


 レオナも少し笑った。


 もう一度、肖像画を見る。


「こんなふうになったんだ」


 しばらくしてから、レオナは絵の前を離れた。


「ユナ?」


「はい。ユナです」


 改めて向き合う。


 ユナの顔はニナとはあまり似ていなかった。年齢も違えば、声も違う。ただ、笑ったときの目元に、ほんの少しだけ見覚えがある。


 ユナはレオナを見たまま、小さく息をついた。


「本当に若いままなんですね」


「そう聞いてた?」


「家では、ユアンやミラ、ニナの話と一緒に、あなたの名前も残っています」


「私の?」


「ええ。聞いていた通りの姿です」


「そうなんだ」


「子どもの頃は、どこまで本当なのか分かりませんでした」


「今は?」


 ユナはレオナの顔を見た。


「目の前にいますから」


 レオナは少し笑った。


「ロイさんからも、昨日のうちに連絡をもらっています。こちらへ向かった、と」


「早いね」


「ええ」


 ユナは机の引き出しを開け、小さな布袋を取り出した。


「これも見せようと思っていました」


 紐をほどく。


 掌に転がった青黒い石を見て、レオナは身を乗り出した。


「まだあるんだ」


「ええ」


「見せて」


 受け取る前から、かすかに分かった。


 昔、力をたくさん使ったあとに身体の奥へ残るものと、どこか似ている。


 石は以前より滑らかになっていた。指先で触れると冷たく、その奥にまだ淡い何かが残っている。


「ずっと使ってないの?」


「お守りですから。今でも、家の者が遠くへ行くときに持つことがあります」


「ニナも持ってた」


「聞いています」


 レオナはしばらく掌の上で石を眺めたあと、ユナへ返した。


「持っていきますか?」


「ううん」


「いいんです?」


「ユナが持ってて」


 ユナは石を受け取り、袋へ戻した。


「分かりました」


 紐を結び終えると、ユナは壁際の棚へ目を向けた。


「もう一つ、あなたにも確かめてほしい記録があります」


「何?」


 棚の下にある扉を開き、平たい木箱を取り出す。


 机へ置いて蓋を開けると、中には一枚の古い紙が収められていた。


「普段は写しを使っています。これは元のものです」


 ユナが紙をゆっくり広げる。


 レオナは覗き込んだ。


 文字を見たところで、手が止まる。


「ニナだ」


 ユナがレオナを見る。


「分かるんですか?」


「うん。いっぱい見たから」


 何度も見た字だった。


 一番上に、自分の名前がある。


 レオナ。


 その下にも、ニナの字が続いていた。


 剣を使う。


 遺跡に入った経験あり。


 魔獣との戦闘経験あり。


 魔力で物を押す。


「私のこと書いてる」


「はい。残っている探索者の記録では、一番古いものです」


 レオナは指を下へ動かした。


「押すって書いてある」


 さらにその先、少し離れた余白にも、小さな字が書き足されていた。


 一人で行かせないこと。


 レオナの指が止まる。


「……これ、いる?」


 ユナが笑った。


 レオナはその一文をもう一度読んだ。


 そのとき、廊下から複数の足音が近づいてきた。


「来ましたね」


 ユナが紙を木箱へ戻す。


「誰?」


 扉が開いた。


 入ってきたのは、ラウル、カヤ、フィン、エリナだった。


「あ」


 レオナが立ち上がる。


「久しぶり」


「本当にいた」


 カヤが言った。


「いるよ」


「ユナさんから聞いてたけど」


 カヤはレオナの前まで来た。


「調べた?」


「かなり。遺跡も町も、あなたが言ってたのと合ってた。もう疑う方が難しいかな」


「そっか」


 フィンはその横で黙ってレオナを見ていたが、何も言わなかった。


 ラウルがユナを見る。


「それで、俺たちを呼んだのは?」


「まず座ってください」


 ユナが四人へ椅子を勧め、レオナも座り直した。


 全員が席につくと、ユナはレオナを見る。


「レオナさん。ギルドで仕事を受けるつもりはありますか。冒険者として、です」


「冒険者?」


「見に行きたい場所へ、仕事で行けます。ただ、受けた依頼を終えることは必要になります」


「やる」


 答えるまでが早く、カヤが少し笑った。


「最初は、この四人と動いてほしいんです。今の仕事の進め方を知ってもらいたいので」


 レオナは四人を見る。


「この四人?」


「はい。そのつもりで来てもらいました」


 ラウルがレオナを見る。


「俺は引き受ける。道中でお前が何をするか、少しは分かってる」


「何するの?」


「気になったものの前で止まる。そこは俺が呼ぶ」


「私は行く。前の地図の話、まだ聞きたいしね」


 カヤが言う。


「私もご一緒したいです。今度は、道中の話も聞かせてください」


 エリナも頷いた。


 ラウルがフィンを見る。


「依頼ごとに役割を決められるなら、私も引き受けます」


 レオナは四人を順に見た。


「じゃあ、一緒に行く」


「決まりですね」


 ユナが新しい紙を一枚取り出した。


「では、登録しましょう」


「うん」


 ユナが筆を取る。


 紙には、名前や武器、職能を書き込む欄が並んでいた。ニナの記録では文章の途中にあったことが、ここでは別々の枠に入っている。


「前と違うね」


「依頼する人が、必要なところを探せるように変えてきたそうです」


 ユナは名前を書き、次の欄へ筆を移した。


 年齢の欄で筆が止まる。


「ここは……」


「分からない」


「ですよね」


 そこだけ空欄にして、次へ進む。


「これまで、今のギルドで仕事を受けたことは?」


「ない」


「実績なしですね」


「昔のは?」


「百五十年前のものは、今の実績には入りません」


「だめ?」


「だめです」


「そっか」


 レオナはあっさり引き下がった。


 ユナが次の欄へ移る。


「武器は剣ですね」


「うん」


「魔法も使いますか?」


「使う。押す」


「ほかは?」


 フィンが聞いた。


 レオナは少し考える。


「ロイには向いてないって言われた」


 フィンが顔を上げた。


「ロイに?」


「うん。火とか風とか」


「じゃあ、使えるのは押すだけですか」


 レオナは少しむっとした。


「でも、すごく押せるよ」


 フィンは眉間に少し皺を寄せた。


「……前に、測れなかったと言ってたやつですね」


 レオナは頷いた。


 フィンはそれ以上聞かなかった。


 ユナが登録表へ視線を戻す。


「剣を使って、魔法も使って、前へ出るなら……魔法戦士ですね」


「魔法戦士」


 レオナは書かれた文字を見る。


「そういうのがあるんだ」


「ありますよ」


「魔法戦士」


 もう一度言ってみる。


 カヤが横から顔を覗き込んだ。


「気に入った?」


「うん」


「分かりやすいね」


 ユナも少し笑って、職能の欄へ印をつけた。


「これで登録は終わりです」


 今度は別の帳面を開く。


 四人の名前が並んだ一番下へ、ユナが新しい名前を書き足した。


 レオナ。


 その隣に、魔法戦士。


 レオナは少しだけ顔を近づける。


「私、ここ?」


「はい」


「へえ」


 ラウルも帳面を覗いた。


「明日、一つ仕事がある」


「行く」


「まだ内容を言ってないぞ」


「何するの?」


 カヤが笑った。


 ユナは筆を置いた。


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