↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/77

第45話 残っているもの

 ネラの家を出ると、若い男のエルフが待っていた。


「グレイホーンのところまで案内するよ。セイルだ」


「よく行くの?」


「最近はね。向こうから話を持ってくることもあるけど、俺が行くことの方が多いかな」


 セイルが森の奥へ続く道を示したので、レオナもそちらへ向かおうとしたが、ロイは家の前から動かなかった。


「ロイは?」


「少し里に残ります。ここがどう変わったか、まだ見ていませんから」


 そう言って見回すロイの視線の先には、百五十年前にはなかった家や建物が並び、その間をレオナの知らないエルフたちが行き来していた。


「分かった」


「あとで合流しましょう」


 ロイを残し、レオナはセイルと森へ入った。


***


 里から離れるにつれて道は細くなったが、セイルは迷うことなく木々の間を進んでいった。何度も行き来しているらしく、低い枝を避ける場所まで決まっているように見える。


「グレイホーンとは、どうやって話してるの?」


「どうやって?」


「言葉。前に会った時、何も喋らなかったから」


 セイルは意外そうにレオナを振り返った。


「普通に喋るよ」


「……喋れるの?」


「知らなかったの?」


「うん」


 セイルは少し笑ってから、また前を向いた。


「ゴブリンも、こっちの言葉なら片言で話せるのが増えてるよ。最近はグレイホーンが教えてるから」


「なんで?」


「話せないと困ることが増えたんだよ。人間がどこまで来たとか、どこの道が危ないとか、それくらいは伝え合えないとね」


 それ以上は聞かずに歩いていると、前方の木々の間に、人とは比べものにならないほど大きな影が見えてきた。


 太い首と肩、その下に長い腕が垂れている。相手も二人に気づいたらしく、進路を塞ぐようにこちらを向いた。


「オーガ?」


「ああ。山向こうの里から来てる」


 セイルはそのまま近づいていったが、オーガの視線は彼ではなく、その後ろを歩くレオナへ向いていた。


「……人間か」


「レオナだよ。聞いてるだろ?」


 セイルがそう言うと、オーガはしばらくレオナを見つめた。


「聞いている」


 それでも道は空けなかった。


 森の奥から、低い声がした。


「その辺にしておけ。そやつは儂が知っておる」


 枝を長い腕で押し退けながら現れたのは、昔と変わらない巨大な身体だった。頭から伸びた灰色の角には、覚えているものと同じ古い傷が残っている。


「久しいな、レオナ」


 レオナはしばらくグレイホーンを見上げた。


「……喋れたの?」


「喋れぬなどと言った覚えはないぞ」


「前は喋らなかったよね」


「貴様と話す用もなかったのでな」


「そっか」


 グレイホーンは鼻を鳴らした。


「来い」


 その後ろには二体のゴブリンがおり、地面には何本かの枝と石が置かれていた。


 セイルがそばへしゃがみ込むと、一体のゴブリンが腰に挟んでいた細い枝を取り出した。先端近くの樹皮が、刃物で削られたように白くなっている。


「南?」


 セイルが聞く。


「人、増えた。木、切る。道、ここまで」


 ゴブリンは枝を地面へ置き、並んでいた石の一つを少し奥へ動かした。


「また伸びたのか」


 今度はオーガが別の場所を指した。


「東の尾根にも入った。二十、いや、三十ほどいる。穴を掘り始めている」


「鉱山か?」


「まだ分からん」


 グレイホーンは地面を見下ろしたまま少し考え、ゴブリンへ顔を向けた。


「南は、まだ空いておる場所まで移れ。今いる場所に残れば、次の道が来る」


 ゴブリンはすぐには頷かなかった。


「また、移る?」


「今はな」


 その答えに、オーガが低い声を挟んだ。


「我らは退かん」


 グレイホーンがゆっくりと顔を上げる。


「勝手に仕掛けるな」


「東も退いた。前の山も捨てた。次も退けば、その次が来る」


「分かっておる」


「ならば戦う」


 グレイホーンはしばらく相手を見ていた。


「まだだ」


 オーガは何も言わず、地面の枝へ目を戻した。


***


 話が終わると、ゴブリンたちはセイルと森の別の方角へ向かい、オーガも山へ戻っていった。


 グレイホーンがその背中を見送ってから歩き出したので、レオナも並んでついていく。


「あのオーガ、戦うつもりだったね」


「オーガは戦えるからな。だが、ゴブリンやトロルでは今の人間の集団には敵わぬ。武器もある。魔法を使う者もおる。だから退かせてきた」


「ずっと?」


「そうして済むうちはな」


 グレイホーンは少し先を歩いてから、低く続けた。


「だが、家を失い、仲間を殺され、それでもまた退けと言われれば、聞かぬ者も出る」


「止められる?」


「知らん。儂の命令を聞いておるわけではない」


 レオナはグレイホーンを見る。


「そうなの?」


「あやつらには、あやつらの里がある。ゴブリンにも、トロルにもな」


「じゃあ、なんでグレイホーンのところに来るの?」


「話を持ってくれば、他へ伝えられる。人間が来た場所も、空いておる土地も分かる。必要なら儂も行ける」


 しばらく歩くうちに木々が薄くなり、その先に切り株の並ぶ場所が見えてきた。さらに向こうには土を固めた道が伸び、木材を積んだ荷車がゆっくりと通っている。


「今はまだ、儂が退けと言えば退く者もいる」


 グレイホーンは道の向こうを見たまま続けた。


「いつまで聞くかは知らんがな」


「グレイホーンも、人間が嫌いになった?」


「好く理由はだいぶ減ったな」


「怒ってる?」


「腹が立たぬと思うか」


「思わない」


「なら聞くな」


 不機嫌そうに返したグレイホーンの横で、レオナは少し笑った。


 そのまま二人で、しばらく道を見ていた。


「私、人間の方も見てくる」


 グレイホーンがレオナを見る。


「そうか」


「うん」


「止めはせぬ。だが、貴様の知っておる人間とは、変わっているかもしれんぞ」


 レオナは少し黙った。


「うん。だから見に行く」


「そうか」


「本を読んでも、よく分からなかったし。ニナが残してくれたものが、どうなったのかも見たい」


 グレイホーンはしばらく黙ってから、道に背を向けた。


「ならば、己の目で見てくるがよい」


「うん」


「ただし、大勢連れて戻ってくるなよ」


「連れてこないよ」


「どうだかな」


 グレイホーンは鼻を鳴らし、森の奥へ歩き出した。


***


 里へ戻ると、ロイは水場の近くに立ち、以前にはなかった建物を眺めていた。


「見終わった?」


「ええ。昔のままのところも、少しは残っていました」


 ロイはそう答えてから、レオナを見る。


「グレイホーンには会えましたか?」


「うん。それで、人間の方も見に行くことにした」


「そうですか」


「今どうなってるのか、自分で見たい」


「でしたら、まずハルへ行くのがいいでしょう」


「なんで?」


「ニナの子孫がいます」


 レオナはロイを見る。


「……子孫?」


「ユナという人です。今は冒険者ギルドの代表をしています」


 ロイは少し間を置いた。


「それと、ドルンにも一度戻ってみるといいかもしれません」


「何かあるの?」


「ギドさんとヴァンさんが始めた工房が、今も残っています。当時と同じものではありませんが」


 レオナは少し黙った。


「……残ってるんだ」


「ええ」


 レオナは頷いた。


「じゃあ、見に行く」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。