第42話 ニナの手紙
ロイは、何も言わずに待っていた。
レオナは封筒を裏返し、閉じられた封の端へ指をかけた。少し力を入れて、やめる。
もう一度、指をかけた。今度は手を止めず、紙を破らないようにゆっくりと封を開く。
中の紙を取り出して膝の上で揃え、一枚目を開いた。
* * *
レオナへ。
戻ってきたんだね。
これを読んでいるなら、そういうことだよね。
次はいつって聞いたの、覚えてる?
あのときは二十五年だったから、もしかしたら次もいるかもしれないって、本気で思っていました。
だから、「私、次もいる?」って聞きました。
困らせたよね。
でも、あのときは本当に、次もいたかった。
もう一度会いたかったし、また一緒にどこかへ行きたかったです。
あなたといる間、変なことがたくさんあったよね。
研究室で火を出したり、急に剣を習い始めたり、山へ行ったら知らないものを見つけたり。
森にも行ったね。
知らない魔獣がいたらそっちを見るし、知らない道具があったら触りたがるし、ヴァンさんが剣を使っていたら、今度は自分もやりたがるし。
知らないものを見つけたときのあなたは、いつも楽しそうでした。
大変なこともあったけど、楽しかったです。
私は、あなたがいなくなったあとも、いろんな仕事をしました。
いろんなところへ行って、いろんなものを見ました。
それから、できるだけ記録を残しました。
大したことをしようと思って始めたわけじゃありません。
ただ、あなたが戻ってきたときに、前みたいに、知っている町も人もいなくなって、何がどうなったのか分からなくなるのは嫌だと思いました。
だから、何があったのか辿れるようにしたつもりです。
どこへ行けばいいのか。
誰に聞けばいいのか。
昔、何があったのか。
全部は無理でも、それくらいなら残せると思ったから。
ちゃんと残せたのかは、私には分かりません。
でも、もし前より迷わず誰かのところまで行けたなら、少しはうまくいったのかな。
また、知っている人を探すところからになるのかな。
前みたいに。
そういうこと、あまり言わないけど、たぶん寂しいと思います。
だから、今度は困ったら誰かに頼ってください。
ロイさんがまだいたら、遠慮しなくていいからね。
たぶん、あなたが戻ってきたと知ったら、頼んでもいないのに何か測ろうとすると思います。
そのくらいは付き合ってあげてください。
あなたに見せたかったものも、たくさんあります。
新しく見つけた魔獣もいるし、面白い場所も見つけました。
昔はなかったものも、ずいぶん増えました。
でも、ここには全部書きません。
私が全部教えたら、つまらないでしょう。
どうせ自分で見に行くと思います。
だから、探してみて。
あなたが戻った頃の世界が、どんなふうになっているのか。
私にはもう見られないけど。
きっと、またいろんなものを見つけるんだと思います。
それから。
あのときのことも、ちゃんと書いておきます。
みんなを助けてくれて、ありがとう。
あなたがあの穴を開けてくれたから、私も、ヴァンさんも、エドさんも帰れました。
ちゃんと空も見えました。
だから、本当にありがとう。
でもね。
あなた、最後に「よかった」って言ったでしょう。
覚えています。
私たちが無事なのを見て、笑って。
それから、いなくなりました。
あとになって、何度も思いました。
四人だったのに、って。
私とヴァンさんとエドさんが帰れたら、それでみんな無事なのかなって。
違うよね。
レオナもいたでしょう。
あなたのことだから、また自分で何とかしようとするんだと思います。
そういうところに、私は何度も助けられました。
だから、やめてとは書きません。
書いたって、きっとまたやるでしょう。
でも、次にみんなの無事を数えるときは、
自分もちゃんと数えてね。
あなたまでいて、みんな無事です。
本当は、次もいたかったです。
あなたが戻ってきたところを、自分で見たかった。
でも、そこまでは行けなかったみたいです。
だから、これを残します。
ちゃんと届いたなら、よかった。
おかえり、レオナ。
ニナ
* * *
最後まで読んでも、レオナは紙を下ろさなかった。
手に持ったまま、しばらく動かなかった。
部屋の外を、誰かが歩いていく。
足音はすぐに遠ざかった。
ロイは向かいに座ったまま、何も言わない。
「……これ、いつ書いたの?」
しばらくして、レオナが聞いた。
「かなり年を取ってからですよ」
「そっか」
レオナは小さくうなずいた。
また少し、間が空いた。
「……ちゃんと、生きた?」
「ええ」
ロイはすぐに答えた。
「長く生きましたよ。よく働いていました、彼女は」
「そっか」
レオナは手紙の端を揃えた。
一枚ずつ重ねて、ずれた角を指で直す。
「……会いたかったな」
「ええ」
それだけだった。
レオナは手紙を封筒へ戻そうとした。
一枚を入れ、次の紙へ手を伸ばす。
そのとき、紙の上に小さな染みができた。
レオナは慌てて手紙を持ち上げた。
次の雫は、膝の上に落ちた。
袖で目元を拭う。
また落ちる。
もう一度拭った。
それでも止まらなかった。
手紙を濡らさないように、両手で少し高く持つ。
息を吸おうとして、喉が詰まった。
「……っ」
もう一度吸った息も、途中で崩れた。
レオナは俯いた。
ロイは何も言わなかった。
やがて、静かな部屋にレオナの泣き声だけが残った。
涙は、止まらなかった。




