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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第六章

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第42話 ニナの手紙

 ロイは、何も言わずに待っていた。


 レオナは封筒を裏返し、閉じられた封の端へ指をかけた。少し力を入れて、やめる。


 もう一度、指をかけた。今度は手を止めず、紙を破らないようにゆっくりと封を開く。


 中の紙を取り出して膝の上で揃え、一枚目を開いた。


* * *


 レオナへ。


 戻ってきたんだね。


 これを読んでいるなら、そういうことだよね。


 次はいつって聞いたの、覚えてる?


 あのときは二十五年だったから、もしかしたら次もいるかもしれないって、本気で思っていました。


 だから、「私、次もいる?」って聞きました。


 困らせたよね。


 でも、あのときは本当に、次もいたかった。


 もう一度会いたかったし、また一緒にどこかへ行きたかったです。


 あなたといる間、変なことがたくさんあったよね。


 研究室で火を出したり、急に剣を習い始めたり、山へ行ったら知らないものを見つけたり。


 森にも行ったね。


 知らない魔獣がいたらそっちを見るし、知らない道具があったら触りたがるし、ヴァンさんが剣を使っていたら、今度は自分もやりたがるし。


 知らないものを見つけたときのあなたは、いつも楽しそうでした。


 大変なこともあったけど、楽しかったです。


 私は、あなたがいなくなったあとも、いろんな仕事をしました。


 いろんなところへ行って、いろんなものを見ました。


 それから、できるだけ記録を残しました。


 大したことをしようと思って始めたわけじゃありません。


 ただ、あなたが戻ってきたときに、前みたいに、知っている町も人もいなくなって、何がどうなったのか分からなくなるのは嫌だと思いました。


 だから、何があったのか辿れるようにしたつもりです。


 どこへ行けばいいのか。

 誰に聞けばいいのか。

 昔、何があったのか。


 全部は無理でも、それくらいなら残せると思ったから。


 ちゃんと残せたのかは、私には分かりません。


 でも、もし前より迷わず誰かのところまで行けたなら、少しはうまくいったのかな。


 また、知っている人を探すところからになるのかな。


 前みたいに。


 そういうこと、あまり言わないけど、たぶん寂しいと思います。


 だから、今度は困ったら誰かに頼ってください。


 ロイさんがまだいたら、遠慮しなくていいからね。


 たぶん、あなたが戻ってきたと知ったら、頼んでもいないのに何か測ろうとすると思います。


 そのくらいは付き合ってあげてください。


 あなたに見せたかったものも、たくさんあります。


 新しく見つけた魔獣もいるし、面白い場所も見つけました。


 昔はなかったものも、ずいぶん増えました。


 でも、ここには全部書きません。


 私が全部教えたら、つまらないでしょう。


 どうせ自分で見に行くと思います。


 だから、探してみて。


 あなたが戻った頃の世界が、どんなふうになっているのか。


 私にはもう見られないけど。


 きっと、またいろんなものを見つけるんだと思います。


 それから。


 あのときのことも、ちゃんと書いておきます。


 みんなを助けてくれて、ありがとう。


 あなたがあの穴を開けてくれたから、私も、ヴァンさんも、エドさんも帰れました。


 ちゃんと空も見えました。


 だから、本当にありがとう。


 でもね。


 あなた、最後に「よかった」って言ったでしょう。


 覚えています。


 私たちが無事なのを見て、笑って。


 それから、いなくなりました。


 あとになって、何度も思いました。


 四人だったのに、って。


 私とヴァンさんとエドさんが帰れたら、それでみんな無事なのかなって。


 違うよね。


 レオナもいたでしょう。


 あなたのことだから、また自分で何とかしようとするんだと思います。


 そういうところに、私は何度も助けられました。


 だから、やめてとは書きません。


 書いたって、きっとまたやるでしょう。


 でも、次にみんなの無事を数えるときは、


 自分もちゃんと数えてね。


 あなたまでいて、みんな無事です。


 本当は、次もいたかったです。


 あなたが戻ってきたところを、自分で見たかった。


 でも、そこまでは行けなかったみたいです。


 だから、これを残します。


 ちゃんと届いたなら、よかった。


 おかえり、レオナ。


 ニナ


* * *


 最後まで読んでも、レオナは紙を下ろさなかった。


 手に持ったまま、しばらく動かなかった。


 部屋の外を、誰かが歩いていく。


 足音はすぐに遠ざかった。


 ロイは向かいに座ったまま、何も言わない。


「……これ、いつ書いたの?」


 しばらくして、レオナが聞いた。


「かなり年を取ってからですよ」


「そっか」


 レオナは小さくうなずいた。


 また少し、間が空いた。


「……ちゃんと、生きた?」


「ええ」


 ロイはすぐに答えた。


「長く生きましたよ。よく働いていました、彼女は」


「そっか」


 レオナは手紙の端を揃えた。


 一枚ずつ重ねて、ずれた角を指で直す。


「……会いたかったな」


「ええ」


 それだけだった。


 レオナは手紙を封筒へ戻そうとした。


 一枚を入れ、次の紙へ手を伸ばす。


 そのとき、紙の上に小さな染みができた。


 レオナは慌てて手紙を持ち上げた。


 次の雫は、膝の上に落ちた。


 袖で目元を拭う。


 また落ちる。


 もう一度拭った。


 それでも止まらなかった。


 手紙を濡らさないように、両手で少し高く持つ。


 息を吸おうとして、喉が詰まった。


「……っ」


 もう一度吸った息も、途中で崩れた。


 レオナは俯いた。


 ロイは何も言わなかった。


 やがて、静かな部屋にレオナの泣き声だけが残った。


 涙は、止まらなかった。


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