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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第六章

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第40話 レオナという名前

 ドルンの冒険者ギルドは、人の出入りが絶えなかった。


 壁際には何枚もの紙が並び、その前で腕を組んでいる者がいる。奥の机では地図を広げた二人が話し込み、受付の前には、泥のついた靴のまま順番を待つ者がいた。


 ラウルたちの少し後ろで、レオナは立っていた。


「遺跡の北側で見つけた」


 受付の男に、ラウルが説明する。


「一人で?」


「ああ。怪我はない。荷物もほとんどなし」


「遭難者では?」


「たぶん違う」


 カヤが横から口を挟んだ。


「道の位置まで知ってるんです。今の地図とは違うのに、迷って話してる感じじゃない」


 受付の男が眉を寄せ、レオナを見た。


「とりあえず、記録を作ります。名前は?」


「レオナ」


 男の手が紙の上を動いた。


「出身は?」


「サナの――」


 レオナは口を閉じた。


 崩れかけた家と、草に埋もれた道が浮かんだ。


「……ハルのあたり」


「ハル?」


 男が顔を上げた。


「うん。そのあたり」


「王都周辺、ということでいいですか?」


「王都?」


 男の手が止まる。


 隣でフィンが小さく咳払いをした。


「王都の説明はあとにしましょう。見つけた場所を先に確かめれば、古い地図とも比べられます」


「……そうですね」


 男は紙に何かを書き足した。


「では、見つかった場所を確認します」


 机の上に地図が広げられる。


 カヤが指を置いた。


「ここです。この旧遺跡の北側」


 レオナも覗き込んだ。


 山があり、川がある。


 その間を、見覚えのない道が何本も走っていた。


「ここ、道になったんだ」


「なった?」


「前はなかったから」


 受付の男がレオナを見る。


 カヤが地図へ顔を近づけた。


「遺跡でもそう言ってたね。前の道がどこだったか、ここでも教えて」


「うん」


 レオナは少し東を指した。


「道はこっちだった。川沿い」


「そこは今、林ですよ」


「そうなんだ」


 カヤが受付を見る。


「その川沿いの道が載ってる地図、ありません? 今のと比べたいんです」


 男はしばらく地図を見てから席を立った。


「待っていてください」


 戻ってきた時には、手に別の地図を持っていた。


 新しいものより紙が厚く、端が茶色く変色している。


 カヤがそれを広げた。


「あ」


 川沿いに一本の細い線があった。


 レオナが指した場所だった。


 カヤが黙る。


 指で道を辿り、その先を新しい地図と見比べた。


「……同じだ」


 ラウルも覗き込む。


「いつの地図だ?」


「かなり古いですね。少なくとも百年以上前です」


 フィンがレオナを見る。


 レオナは地図から目を離さなかった。


「こっちの方が分かる」


 カヤがレオナを見る。


 それからもう一度、古い地図へ目を落とした。


 受付の男が、先ほど書いた紙へ視線を戻す。


「名前、レオナでしたね」


「うん」


「少し待ってください」


 また奥へ消えていった。


 その間にも、別の受付では冒険者が何かを報告し、入口から入ってきた男が大きな袋を床へ置いた。壁際では二人組が貼り紙を指して話している。


 レオナもそちらを見た。


 何枚かの紙には、大きな文字で場所や金額が書かれていた。


 しばらく眺めてから、レオナはまた受付へ顔を戻した。


 男が古い紙束を抱えて戻ってきた。


「ありました」


「何が?」


 ラウルが聞く。


 男は紙を机に置き、何枚かめくった。


「レオナ、という名前です」


「私?」


「おそらく」


 レオナも横から覗いた。


 文字は読めるが、言葉遣いが少し古い。


 男が一行を指で追った。


「――レオナを名乗り、記録された特徴と一致する者が現れた場合、身元不明者として拘束せず、まず保護すること」


 カヤが身を寄せる。


「続きは?」


「研究都市リードへ連絡。ロイへ知らせること。連絡が取れない場合は、エルフの里のリセ、またはネラへ――」


「ロイ?」


 声を出したのはフィンだった。


 男が顔を上げる。


 フィンは紙へ近づいた。


「ロイって、あのロイですか?」


「リードのロイなら、そうでしょうね」


 レオナはその少し下を見ていた。


「リセと、ネラも」


 カヤがレオナを見る。


「その人たちも知ってるの?」


「うん」


 フィンはロイの名が書かれた行を見たままだった。


「……じゃあ、ロイとも?」


「知ってるよ」


「本当に?」


「うん」


 レオナは受付の男を見る。


「ロイ、生きてるの?」


 答えたのはフィンだった。


「生きてますよ」


 レオナが瞬きをする。


「本当に?」


「今も講義をしています。私も学院で受けました。生きていることは、確かですよ」


「そうなんだ」


 レオナは紙へ目を落とした。


「ロイはいるんだ」


 受付の男が古い記録を脇へ寄せ、新しい紙を一枚取り出した。


「では、申し送りに従います。リードまでの護送依頼を出しましょう」


 ラウルが眉を上げた。


「街道で?」


「普通なら出しません。ただ、今回は申し送りが申し送りですから」


「まあ、そうか」


 レオナが顔を上げた。


「護送?」


「はい」


「誰を?」


 男がレオナを見る。


「あなたを」


 レオナは自分を指した。


「私?」


「そうなります」


「歩けるよ」


 カヤが吹き出した。


 ラウルが額を押さえる。


「そういう意味じゃない」


 受付の男はそのまま紙を書き進めた。


「発見者が引き受けるのが一番早いでしょう。皆さん、これから別の依頼は入っていますか?」


「いや」


「では、お願いできますか。ドルンからリードまで。対象者一名。特記事項あり」


 レオナが横から紙を覗く。


「特記事項って?」


 男は古い記録を見た。


「百五十年以上前の記録と一致する可能性あり、ですね」


「それ、書くの?」


「必要ですから」


 紙がラウルの前へ滑った。


 フィンとエリナも横から覗き込む。


 カヤが下の方を指した。


「ちゃんと名前ある」


 そこには、


 ――護送対象 レオナ。


 と書かれていた。


 レオナも見る。


「私だ」


「あなたでしょ」


 カヤが笑った。


 レオナはさらに下へ目を動かした。


「これ何?」


「報酬」


「誰の?」


「私たちの」


「私を連れていくと、お金もらえるの?」


 ラウルが依頼票を手に取った。


「仕事だからな」


「へえ」


 受付の男が出発の手続きを説明している横で、カヤはまだ古い紙束を見ていた。


「地図を二枚比べてみたいんです。戻ったら、もう少し調べてもいいですか?」


「閲覧申請を出せば」


「分かりました」


 ラウルが依頼票を折る。


「明日の朝でいいか?」


 三人が頷き、レオナも「うん」と答えた。


「じゃあ、今日は宿だな」


***


 夕食には、焼いた肉と豆の煮込み、それに黒いパンが出た。


 レオナは煮込みを一口食べ、もう一口すくった。


「これ、おいしい」


「気に入った?」


 向かいに座ったカヤが聞く。


「うん」


「よかった」


 カヤも自分の皿へ戻った。


 少しして、また顔を上げる。


「ねえ、本当に百五十年前にいたの?」


「いたよ」


「昔を知ってるのは分かった。でも、姿まで変わらないのは、どうして?」


「死んで、また出てきたから」


 カヤの手が止まった。


 フィンも顔を上げる。


「……死んだ?」


「うん」


「それで今ここにいるの?」


「うん」


 カヤはしばらくレオナを眺めた。


「じゃあ、初めてじゃないんだ」


「うん」


「何回死んだの?」


「三回」


「三回?」


 カヤの顔がますます楽しそうになる。


「毎回戻ってくるの?」


「今のところは」


「どれくらい経ったら?」


「分からない。毎回違うみたい」


「今回は百五十年?」


「たぶん」


 カヤが指を折り始めた。


「じゃあ、次は――」


「カヤ」


 ラウルが呼んだ。


「何」


「そのくらいにしておけ」


「だって面白いじゃん」


「本人が聞いてくれと言った話じゃないだろ。まず食わせろ」


「あ」


 カヤは少しだけ気まずそうな顔をした。


「ごめん」


「いいよ」


 レオナは煮込みを食べた。


 フィンはまだ考えていた。


「待ってください」


「うん」


「死んだんですよね」


「うん」


「でも、戻ってきた」


「うん」


 フィンは眉間に皺を寄せた。


「それって……死なないってことですか?」


「死ぬよ」


「でも戻る」


「うん」


「じゃあ、死なないんじゃ……」


「死ぬけど」


 フィンが黙った。


 カヤがまた笑いそうになって、今度は口を押さえた。


 ラウルがフィンを見る。


「どうせ考えても分からないだろ」


「無理ですよ」


 エリナはレオナを見ていた。


「戻ってきた時、知ってる人はいました?」


 レオナの匙が止まった。


「ほとんどいなかった」


 エリナは小さく頷き、自分の皿へ目を戻した。


 レオナもまた煮込みを食べ始める。


 少しして、フィンが口を開いた。


「それで、ロイとはいつ会ったんです?」


「今回死ぬ前」


「百五十年前ですよね」


「私には少し前」


 フィンが額を押さえた。


 カヤが笑う。


「また止まった」


「いや、だって……」


「ロイに何してもらったの?」


 カヤが聞いた。


「魔力を測ってもらった」


 フィンが顔を上げる。


「ロイに?」


「うん」


「……あの人に直接?」


「うん」


「どうでした?」


「測れなかった」


 フィンは黙った。


 今度はカヤが声を出して笑った。


 ラウルがため息をつく。


「明日は早いぞ」


「まだ聞きたいことあるのに」


「リードまで時間はある」


「じゃあいいか」


 カヤはあっさり引き下がった。


 エリナがレオナの皿を見る。


「足りますか?」


「うん。でも、これもう少し食べたい」


「頼みましょうか」


「お願い」


 エリナが店員を呼んだ。


 フィンはまだ考え込んでいた。


***


 翌朝、四人に連れられて宿を出たレオナは、門とは違う方へ歩いていることに気づいた。


 大通りの先に、何台もの馬車が並んでいた。


 荷を積んでいるものもあれば、屋根の下に長椅子を並べたものもある。


「どれに乗るの?」


 カヤが一台を指した。


「あれ。リード行き」


 レオナは馬車を見る。


「誰の?」


「誰の?」


「商人とか」


「ああ」


 カヤが笑った。


「乗り合い。お金を払えば誰でも乗れるよ」


 レオナは並んだ馬車をもう一度見た。


 御者の横では、係の男が乗客の荷物を確認している。


「じゃあ、護送って馬車に乗るだけ?」


「だいたいはな」


 ラウルが答えた。


「何するの?」


「何も起きなければ、何もしない」


 カヤが言う。


 ラウルが依頼票を取り出した。


「今回は道中の護衛より、お前をリードまでちゃんと届ける方が仕事だ」


「そうなんだ」


 レオナは依頼票を覗いた。


「馬車のお金も出るの?」


「依頼経費だ」


 レオナはもう一度、馬車を見た。


 カヤが笑う。


「そこ気になるんだ」


「知らないから」


 ラウルが人数を確認する。


「対象者はいるな」


「いるよ」


「確認した」


 レオナが馬車へ乗り込む。


 窓の外には、朝のドルンが広がっていた。荷車が行き交い、遠くから金属を打つ音が響いている。


「やっぱり大きくなったね」


 ラウルが後ろから乗り込んでくる。


「前を知ってるんだったな」


「うん」


 最後にカヤが乗り、扉が閉じられた。


 しばらくして、馬車が動き出す。


 レオナは窓の外を流れていく街並みを見た。


 道は、そのままリードへ続いていた。


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