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あの世界ができるまで ~死ぬたび未来に目覚める少女と、「いつもの異世界」ができるまでの数百年~  作者: 古江 門
第五章

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第37話 空をつくる

 背後で続いていた破砕音が、急に近くなった。


 四人が走る先で天井から砂が噴き出し、その直後、人の身体ほどもある岩が通路の端へ落ちた。石床にぶつかった衝撃で欠片が跳ね、レオナたちの足元まで転がってくる。


 エドが止まった。


「戻れ!」


 レオナも足を止めかけたが、すぐ後ろからヴァンに肩を押された。四人はその場で向きを変え、先ほど魔獣を追い出した広い場所へ駆け戻る。


 途中でも、小さな石が何度も落ちてきた。


 一つがレオナのすぐ横で割れる。


 広い場所へ戻ると、エドは入口へ向かう通路を振り返った。さっき岩が落ちた場所からは砂が流れ続け、その少し手前でも壁の隙間が広がっている。


「向こう、通れない?」


 息を整えながらニナが聞く。


「今入る方が危ない」


 エドは灯りを通路へ差し出した。落ちた岩の手前にも砂が溜まり、その上で壁と天井の継ぎ目が開いていく。


 彼は踏み出しかけた足を戻し、広間の天井へ灯りを向けた。


「一箇所じゃない」


 低い音がした。


 今度は頭上だった。


 四人が顔を上げる。


 天井を走っていた細い亀裂が、砂をこぼしながらゆっくりと伸びていた。その横でも別の線が開き、岩の奥から何かを押し潰すような音が続く。


「下がれ」


 エドが壁際を指した。


 ニナとヴァンが動く。


 レオナも続こうとして、足を止めた。


 頭上の岩がずれている。


 広間の天井から大きく張り出した一枚が、わずかに傾いていた。そのまま落ちれば、エドが示した壁際まで届く。


 レオナは右手を上げた。


 押す。


 岩の動きが止まった。


 ――ように見えた。


 手のひらへ返ってくる感触が、いつもと違う。


 力を出しているのに、岩全体を押し返している感じが薄い。どこかへ抜け、途中で何かに取られているような感触だった。


 暗い天井の中に、細い光が浮かぶ。


 一本。


 それと交わるように、もう一本。


 灰色の岩を走っていた筋が、青黒く光り始めた。


「レオナ」


 ニナの声がした。


 レオナも見ていた。


 少しだけ力を強める。


 岩はほとんど戻らない。


 代わりに青黒い光が濃くなった。すぐそばだけではない。少し離れた天井でも、別の筋が淡い光を帯び始める。


「止めろ!」


 エドの声が飛んだ。


 レオナはすぐに手を下ろした。


 岩がまた、ゆっくりと沈む。


 それでも光はしばらく消えず、暗い天井の中に何本もの青黒い線を残していた。


「入った」


 レオナが言った。


「何が?」


 ヴァンが天井を見る。


「石に」


 エドは光る筋を見上げたまま言った。


「もう入れるな」


 レオナはうなずいた。


 押せない。


 頭上で岩同士が擦れた。


 反対側の天井から、大きな塊がずるりと沈む。


「来るぞ」


 ヴァンがニナの腕を引いた。


 岩が落ちた。


 床へ叩きつけられ、砕けた欠片が横へ飛ぶ。


 四人が身を寄せる。


 レオナは腰の細剣を抜いた。


 広く押せない。


 なら、狭くする。


 次に落ちかけている岩を見つけ、その付け根へ剣先を向けた。


 細く。


 亀裂の端だけへ。


 剣先で狙った一点へ力を向ける。


 腕へ返る重さを革帯が肩と背中へ逃がした。


 一点で乾いた音が鳴る。


 亀裂が走った。


 張り出していた岩が根元から割れ、そのまま真下へ落ちる。


「いける」


 ヴァンが言った。


 レオナもそう思った。


 すぐ右奥へ剣先を向ける。


 二つ目も落とした。


 その音が消える前に、反対側の天井が沈んだ。レオナは剣先を返しかけたが、亀裂は端から端まで増えていた。砂の筋が何本も落ち、その間で別の岩がずれていく。


「こっちだ!」


 エドが、まだ大きな亀裂のない壁際へニナを動かした。


 ヴァンは落ちてきた小石を避けながら、レオナを見る。


「次は?」


 レオナは一番大きくずれた場所へ剣を向けた。


 壊す。


 その横も。


 だが、三つ目を狙うより先に、さっきまで何もなかった場所から岩が落ちた。


 床が揺れる。


 ニナが身を伏せた。


「レオナ!」


「分かってる」


 剣を上げる。


 目の前で一本の亀裂が二つに分かれた。


 さらに奥でも音がした。


 右。


 左。


 その上。


 レオナの剣先が止まる。


 一つずつでは遅い。


 レオナは剣を下ろした。


「どうした?」


 ヴァンが聞く。


 レオナは答えず、天井を見上げた。


 広い。


 先ほど光った青黒い筋の間を、新しい亀裂がいくつも走っている。どこか一つを壊しても、別の場所がすぐにずれる。


 また砂が落ちてきた。


 レオナはしばらく天井を見ていた。


「これ」


 ニナが顔を上げる。


「何?」


「全部なくしたらいい?」


 誰もすぐには答えなかった。


 ヴァンが天井を見回す。


「全部って」


 レオナは剣先で上を示した。


「上」


 エドの眉が寄る。


「どこまでだ」


 レオナは亀裂の続く先を目で追った。


「このへん、全部」


「だめ」


 ニナの声が、すぐに返ってきた。


 レオナがそちらを見る。


 ニナはもう天井を見ていなかった。


 レオナを見ている。


「それ、どれだけ出すつもり?」


「分からない」


 ニナが一歩、レオナの方へ出た。


「じゃあ、だめ」


「でも、落ちる」


「だからって――」


 頭上で大きな音がした。


 ニナが言葉を切る。


 岩の一部が沈み、エドがすぐに三人を壁へ寄せた。


「止めるなら後だ。今は下がれ!」


 それでもニナはレオナを見ていた。


「別のやり方は?」


 レオナは天井を見る。


 首を振った。


 エドが入口へ向かう通路へ灯りを向けた。岩の間から砂が流れ、狭まった隙間の奥でも石が落ちた。彼は灯りを下ろし、ニナの肩へ手を置いた。


 ニナの顔が歪む。


「……また、そうやって」


 その先は聞こえなかった。


 大きな石が落ち、床を打つ音が言葉を消した。


 レオナは剣を握り直した。


「ニナ、下がって」


「レオナ」


「下がって」


 今度はニナが動かなかった。


 ヴァンがその腕をつかむ。


「ニナ」


「でも」


「今は下がれ」


 エドも言った。


「ここにいれば全員潰れる。来い」


 ニナはレオナを見たまま、ヴァンに引かれて壁際へ下がった。


 レオナは三人から少し離れた場所に立つ。


 剣を両手で持った。


 いつの間にか、剣先を一点へ向ける癖がついていた。


 必要なところだけへ。


 細く。


 レオナはその切っ先をゆっくりと上げた。


 今日は逆だった。


 一箇所ではなく、その向こうまで。


 広く。


 もっと広く。


 息を吸う。


 切っ先を目印に、頭上の岩盤へ力を向けた。


 革帯が張り、肩から背中、腰へ重さが広がった。


 まだ足りない。


 天井の青黒い筋が、一斉に光る。


「レオナ!」


 ニナの声が響いた。


 レオナは止めない。


 力が石へ入っていく。


 それでも出す。


 青黒い光が強くなり、暗かった広間を照らし始める。


 剣を握る手が震えた。


 肩に掛かった革帯が身体へ食い込み、腰を支える部分まで強く引かれる。


 金具が軋んだ。


 それでも、まだ立っていられる。


 レオナはさらに力を出した。


 頭上で音が変わる。


 乾いた音が、一つ。


 少し離れて、もう一つ。


 それが一気に広がった。


 亀裂が天井を走り、枝分かれしながら、その向こうへ、さらに先へとつながっていく。


 まだ足りない。


 レオナは剣を握った。


 もっと上へ。


 全部。


 力を出す。


 剣を掲げた両腕が大きく震えた。


 足元の砂が外へ吹き飛ぶ。


 次の瞬間、頭上の岩盤が一斉に跳ね上がった。


 轟音が広間を埋める。


 岩盤がいくつもの塊に割れた。青黒く光る筋を含んだ岩も、その上に積もった土も、一気に上へ押し上げられていく。


 レオナは剣を離さなかった。


 上へ。


 落ちてこないところまで。


 光が差した。


 最初は、細い一本だった。


 暗い天井の割れ目から白い光が落ちてくる。


 その筋が太くなる。


 岩が外へ飛んだ。


 土が崩れた。


 眩しさにレオナは目を細める。


 青かった。


 頭上に、空があった。


 それまで天井だった場所に大きな穴が開き、山の上から光が広間へ降り注いでいる。


 舞い上がった砂が、その光の中をゆっくりと漂った。


 少し遅れて、砕けた岩の中から小さな欠片がぱらぱらと落ちてくる。


 灰色の石に混じって、青黒い破片がいくつも光を返した。


 レオナの足元にも一つ落ちた。


 レオナは力を切った。


 急に、辺りが静かになった。


 どこかで最後の石が転がった。


「……終わった?」


 ニナの声がした。


 レオナは空を見上げる。


 穴の縁から少し土が崩れたが、それだけだった。


 ヴァンが身体を起こす。


 エドも壁から離れ、頭上と周囲を順に見た。


「全員いるか」


「ああ」


「いる」


 ニナも立ち上がった。


 三人ともいる。


 レオナは空を見上げたまま、少し笑った。


「よかった」


 剣先を下ろす。


 指が開いた。


 細剣が石床へ落ちた。


 硬い音が、広間に響く。


 レオナはそれを拾おうとした。


 膝が落ちた。


「レオナ?」


 ニナの声が近づく。


 大丈夫、と言おうとした。


 でも、身体が先に傾いた。


 駆け寄ってきたニナが、レオナを受け止めた。


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